第80話 双剣の将軍~おひとりでこちらに?~
「やはり、こちらが本命か……」
アシュトン・マーティーンの乗るGR-6〈ファイアドレイク〉が、出撃していってから数分後。
司令部の広域魔力レーダーが、異常な反応を捉えた。
レクサ・アルシエフ将軍はマシンゴーレムの操縦席内で、司令部から転送されてきた情報を吟味する。
首都エランの東側。
距離は約20km。
敵マシンゴーレムの反応でもなければ、強力な魔法が発動した反応でもない。
半径10km程の円状に、魔力波を撒き散らすような謎の反応。
「なるほど。これがセナ殿の言っていた、『ジャミング』という技術……。となれば妨害魔力波の中には、マシンゴーレムの大部隊が潜んでいると考えるのが妥当か? ……いや、性格の悪いヤスカワのことだ。これすら、陽動の可能性もあるな」
かといって、戦力の逐次投入は愚策。
相手はおそらく、XMG-4〈シラヌイ〉。
テスラの大森林では、姿すら拝めなかった未知なる機体。
大森林での戦いにおいて、最後に〈ミドガルズオルム〉が不自然な動きをしたこと。
これまでの帝国軍と反乱軍との戦いで、姿が見えない謎の機体がいたらしいこと。
そして城塞都市ダスカンのマシンゴーレム部隊と司令部の広域魔力レーダーが、 同時に欺かれたこと。
これらを踏まえ、本国にいるセナ・アラキはこう推測した。
〈シラヌイ〉は高度な隠密性と、強力なジャミング性能を併せ持った、凶悪極まりない電子戦機であると。
異世界地球には、そういう兵器が実在するらしい。
「やはり反乱軍最大の脅威は、お前か……ヤスカワ。ならばこちらの戦力を集中させて、早期に排除するのが良策だな」
「あたしも賛成だね。その〈シラヌイ〉って機体は、ヤバイ匂いがプンプンするよ。年寄りの勘ってやつは、馬鹿にできないもんさ」
しゃがれた声でそう告げたのは、この機体――GR-8〈ルドラ〉の操縦補助を務める水の高位精霊。
名をレヴィという。
彼女はパイロットであるレクサの思考をある程度読み取り、作戦に賛同してきた。
レヴィの姿は、スラリとした体躯の魚。
全身は碧玉の鱗で覆われ、美しい。
突き出た長い角が特徴的で、セナ・アラキいわく地球の「カジキ」という魚に酷似した姿だそうだ。
彼女は水中を泳ぐかのように、コックピット内をゆっくりと泳ぎ回る。
身をひるがえす度に、泡が弾けた。
だがコックピット内を濡らすことはなく、泡はすぐに消滅する。
「幸いフォウワードは、アシュトン・マーティーンが抑えている。〈シラヌイ〉は市街地に入り込まれると、厄介な相手だ。こちらから大部隊を出して、平地で迎え撃つぞ」
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レクサの命令により、マシンゴーレムの大部隊が発進した。
彼らはエランの都市防壁から出て、広大な平原へと走り出す。
部隊の中に、レクサの姿はない。
彼は指揮官であり、市街地防衛の要でもある。
〈ルドラ〉に乗ったまま、司令部近くで待機しつつ指示を出しているのだ。
大部隊の先頭を走っていたGR-3〈サミュレー〉から、無線で報告がもたらされた。
向かってくる敵機は、たったの2機だという。
それを聞いたレクサは、半ば呆れて呟いた。
「陽動の可能性は、高いと思っていたが……。あいつら、正気か?」
「大胆な連中だね」
すでにジャミングは、解除されていた。
今はレーダーにも、はっきりと強大な魔力反応が映る。
ゆっくりと歩いてこちらに接近してくる、2機のマシンゴーレム。
レーダー上の光点は、悠然と動いていた。
レクサは言い表し難い威圧感を感じ、思わず唾を飲み込む。
相手はエリーゼ女王の駆る、XMG-1〈サルタートリクス〉。
もう1機は禍々しいシルエットを持つ、漆黒の機体だという報告が入った。
こちらが自由神の使徒、ケンキ・ヤスカワの〈シラヌイ〉と見て間違いないだろう。
『これで、陽動だということは確定だ。各機、突出しすぎるな。GR-3のマルチランチャーによる、一斉射撃だけあればいい。GR-1各機は敵増援に備え、エランの都市防壁まで後退』
エラン都市防壁の上には、長大なランチャーを構えたGR-3部隊が配備されていた。
マルチランチャー〈スターダスト〉を、大火力・長射程のバスターモードで構えている。
砲撃手の後ろには、もう1機のGR-3。
こちらはランチャーに魔力を供給するエネルギータンクと、砲撃の観測手を兼ねているのだ。
バスターモードは魔力消費量が莫大なため、2機のGR-3から魔力を供給しないと撃てない。
単機で使用できるのは、異常な魔力量を持つ【英雄】セナ・アラキが搭乗している時ぐらいのものだ。
『砲撃手、魔力チャージは済んでいるな? 射程内だ、……撃て!』
レクサの号令を受けて、砲撃手はランチャーへと撃発信号を送った。
光の激流が、防壁の上から解き放たれる。
標的の2機を、飲み込んでしまうべく。
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「な……何が起こった?」
GR-3のコックピット内で、砲撃手はうろたえていた。
目の前に広がる光景が、受け入れられない。
――落ち着け。
まずは状況を確認しろ。
彼は自分に言い聞かせ、経緯を振り返る。
まず砲撃手の放った、〈スターダスト〉バスターモードによる砲撃。
これは、命中しなかった。
〈サルタートリクス〉というエリーゼ女王の機体が背中の推進器を吹かし、前方へと爆発的な加速をしたからだ。
だが、想定内だ。
ブリーフィングでも、そういう機動をする機体だと聞いていた。
自分達の第1射で仕留められるほど、簡単な相手ではない。
それは重々、承知している。
しかし、味方部隊の惨状は説明がつかない。
大きく抉られた大地。
そこに散乱しているのは、GR-3のパーツ。
あるいは機能を失い、横たわった機体。
死屍累々という表現が、相応しい惨状だ。
「……何だ? あの〈シラヌイ〉とかいう、黒い機体からの攻撃? いや、これはまるで……。〈スターダスト〉の最大出力砲撃を、受けたかのような……」
その可能性に思い当たった砲撃手は、おそるおそる自機の右側を見やる。
僚機達2機の姿があった。
自分達と同じく砲撃担当なので、バスターモードのランチャーを構えている。
早くも魔力のチャージを終え、第2射を放とうとしていた。
何も、おかしな素振りは無い。
淡々と照準を行い、砲撃を放った。
普段は緑色の〈クリスタルアイ〉を、真っ赤に染めながら。
『やめ……!』
砲撃手が無線機越しに叫んだ時には、もう遅い。
今度は何が起こったのか、はっきりと認識できた。
光の激流が、味方部隊の背中に向けて発射される。
勘のいい何機かは回避行動を取るが、ごく一部だ。
ほとんどは避けきれず、光の激流の中でひしゃげ、引き裂かれ、蒸発する。
『くそっ! やむをえん!』
今回叫んだのは、砲撃手ではない。
彼の後ろで、観測手を務めていたパイロットだ。
観測手はとても冷静で、優秀だった。
携帯していた〈スターダスト〉を、ライフルモードで発砲。
隣で三度味方を撃とうとしていたGR-3達に、プラズマ弾が飛ぶ。
光の矢は機体とランチャーを繋ぐ、エネルギーバイパスを切断した。
魔力が暴発し、小爆発を起こす。
だが僚機2機が、小破する程度の規模だ。
その途端、赤い目をした2機は地面に崩れ落ちた。
まるで機体の制御術式を、破壊されたかのように。
『なんじゃ。妾の玩具が、壊れてしまったではないか。ならば代わりに、お主達で遊ばせてもらうぞ』
突然無線に割り込んできた、少女の声。
砲撃手は、寒気を覚えた。
この声は艶やかだが、恐るべき狂気をはらんでいる。
そして今度は、自分がその狂気の犠牲になる番。
砲撃手は、本能的に理解した。
コックピット内に、赤い警告表示が踊る。
『誰か! 俺を止めてくれ!』
機体の制御を奪おうかとする何者かに抵抗しながら、砲撃手は背後の観測手に顔を向ける。
冷静で優秀な彼ならば、きっと自分を止めてくれると思いながら。
砲撃手が視線を向けた先には、観測手の機体があった。
両眼の〈クリスタルアイ〉を、真っ赤に輝かせた機体が。
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レクサはGR-8〈ルドラ〉のコックピット内で、矢継ぎ早に指示を出していた。
「各機散開! 固まるな! ……レヴィ、何が起こったか分かるか?」
「たぶん〈擬似魂魄AI〉が支配下に置かれて、機体の制御術式も書き換えられている。早い話が、あの〈シラヌイ〉の操り人形ってわけさ」
「何だ、その反則的な性能は? 頭痛がする。……弱点や対抗策は、あるのか?」
「膨大な魔力が、必要だからね。いちどに多くの機体は、操れないはずだよ。それと、この〈ルドラ〉は大丈夫だね。あたし達高位精霊なら、簡単には支配下に置かれない」
ならばレクサが取るべき行動は、ひとつしかない。
自らが〈ルドラ〉で、〈シラヌイ〉を撃破する。
それさえできれば、圧倒的物量を誇る帝国軍の優位は揺るがない。
そう考えたレクサは、〈ルドラ〉を発進させた。
広い道幅を持つエランのメインストリートを駆け抜け、都市防壁へと向かう。
高度なガラスの加工技術を誇っていた、ルータス王国。
その首都であるエランには、大きなガラス張りショーウィンドゥを持つ店舗も多い。
ガラスに、〈ルドラ〉の青い機影が映り込む。
本機は開発者のグレアム・レインが、〈サルタートリクス〉の映像に触発されて開発した機体だ。
それゆえ両機には、似ている部分が多い。
曲面を多用し、空力性能を意識した装甲板のデザイン。
GR-3より人間に近い、有機的なフォルム。
ここら辺は、そっくりだ。
しかし、相違点も存在する。
〈ルドラ〉は人工筋肉の使用量が多い。
細身で女性的な〈サルタートリクス〉に比べ、がっちりとした男性的なシルエットに仕上がっている。
メインストリートを疾走していた〈ルドラ〉だったが、都市防壁外へのゲート前で足を止める。
そこに立ち塞がる、マシンゴーレムの姿を見つけたからだ。
『これはこれはエリーゼ陛下、お久しぶりです。おひとりでこちらへ? わが帝国軍の盛大な歓待は、どうなさったのですかな?』
〈サルタートリクス〉を、背後から追ってくる機影は見当らない。
疑問に思ったレクサは、皮肉交じりに問いかけた。
『面倒だから、ケンキに丸投げしたわ』
『ヤスカワ……、苦労しているな』
予期せぬ味方からの砲撃で数が減ったとはいえ、それでも防壁外に展開している帝国軍マシンゴーレムは80機。
それらの相手を丸投げされた【ゴーレム使い】に、思わずレクサの口から同情の声が漏れた。
『ニーサに振り回されている、あなたほどじゃないと思うわよ』
『言わないで下さい。悲しくなる。……さあ、雑談はここまでにして、そろそろ始めましょうか』
『そうね……。あとはお互い、剣で語りましょうか』
エリーゼは魔剣〈エヴォーラ〉を、得意の脇構えに構えた。
レクサも機体背部から、ミスリル合金製の双剣を引き抜く。
左の切先は〈サルタートリクス〉の喉元に、右は上段に構えた。
『貴女がお父上にどこまで近づけたのか、私が量って差し上げましょう』




