第78話 愚行の償い~責任を取ってもらいましょうかしら?~
「……とまあ、こんなところですわね。あとはエマルツ・トーターに捕まり牢に入れられていたのを、姫様とケンキ様に救出していただきました。それ以降の話は、前に話しましたね?」
アディ・アーレイトの確認に、スザクが頷く。
アディは溜息と共に、深く吐き出した。
後悔の念を。
自分の無力に対する、やるせなさを。
「わたくしは……何も守れませんでした……」
スザクの瞳部分である緑の炎から、炎の雫がこぼれ落ちる。
まるで、涙のように。
炎の涙はアディのスカート上に落ちて、霧散する。
熱くはないので、火傷の心配はない。
むしろ心地よい暖かさを、アディは感じていた。
「わたくしの代わりに、泣いてくれているのですね。優しい子……」
アディは赤く燃えるスザクの羽を、慈しむように撫でた。
精霊であるスザクに、実体は無い。
なので、手応えは感じられない。
だが体を構成する火のマナと魔力が熱を生み出し、生き物の体温ぐらいの暖かさをアディの手に伝えてくる。
「アディ様……。アシュトン様とは、戦えるのですか?」
スザクの問いに、アディは逡巡した。
それから重たげに口を開くと、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「……わかりません。でも彼が、姫様に害をなすなら……。そしてもし、このままイースズを失うようなことになれば……。わたくしは、師を許しません。例え本当に、父親だったとしても」
エリーゼへの忠誠心に関しては言わずもがなだが、イースズもアディにとっては大事な友人だ。
死線を共にした仲間という関係だけではなく、プライベートでも仲が良い。
夜遅くまで、魔法の術式について語り合ったり。
機関銃や対物ライフルの試射で、一緒にガルマ平原へとお出かけしたり。
マシンゴーレムの個人的な模擬戦にも、付き合ってもらったり。
一般的な女性が友達とやるようなイベントの数々ではなかったが、そこには確かな友情があった。
決して、重症な変態同士の共感とかでは無い! ……と、アディは思っている。
「さあ。そろそろ哨戒任務、終了の時間ですわ。戻りましょう、スザク。……今日話した内容は、誰にも漏らさないことです。漏らしたら……わかっていますわね?」
いつものように、ギラリと光るアディの双眸。
それを見て、スザクもいつものように震え上がった。
もはや、お約束のやり取りだ。
「ヒッ! わかりましたよ。でも、別にいいのではないのですか? 決して、恥ずかしい内容では……」
「状況のみを簡潔に話すのは、別に構いませんわ。でも今回は、当時の心情まで赤裸々に語ってしまいましたからね」
「わかりました。……不器用な方ですね」
アディの〈フレアハウンド〉は旋回し、城塞都市ダスカンの方角へと加速した。
リニアホイールの出力を抑えた、静かで控えめな速度での滑走機動。
しかし操縦者の「前に進む」という意志を、感じさせる機動だった。
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翌朝アディが目覚めると、宿営地の空気が変わっていた。
マシンゴーレムの仮設ドックの前を通りかかると、皆一様に真剣な表情を浮かべている。
出撃を控える、獣人傭兵のパイロット達も。
整備をする、ドワーフのメカニック達も。
彼らの瞳は、闘争心に燃えていた。
昨晩までは、違ったはずだ。
イーグニース共和国軍本隊の面々は、大勝に浮かれていたのに。
勝利の美酒に酔い、自らの武勇伝を大声でわめき散らしていた。
今の彼らには、その面影はない。
粛々と、仕事を進めている。
「何ですの? この異様な士気の高まり方は……。まるで誰かの弔い合戦にでも、出向くような……まさか!?」
氷柱のように、鋭く、冷たい不安がアディの胸を貫く。
不安が現実のものになっていないことを祈りながら、彼女は病院までの道を駆け抜けた。
病院の玄関を風のように通過し、階段は足をかけず一気に踊り場まで跳躍して昇る。
アディは蝶番が吹き飛びそうな勢いでドアを開け、イースズ・フォウワードの病室へと飛び込んだ。
するとそこには――
「あ~。アディちゃん、おはよ。そぎゃん慌てて、どがんしたとね?」
アディの予想を遥かに越えて回復し、元気に立ち上がっていたイースズの姿があった。
「イースズ……。良かった……」
安堵のあまり、アディの全身から力が抜けた。
頭上の犬耳は倒れ、尻尾も力なく垂れ下がる。
これ以上無いぐらい、完璧な脱力体勢だ。
「まだ動かすと、少し痛かばってんね。その痛みに自分がどこまで耐えれるか、挑戦するのが楽しかとよね~。続けとると、痛みも何だか気持ち良くなってくるし」
「本当に良かった。精神面もいつも通り、安定の変態思考ですわね」
エリーゼ相手にハアハアする自分のことは棚に上げて、アディは失礼な安心をした。
「そういえばアディちゃん。あたしと〈サジタリィ〉の脇腹を抉ってくれたのって、アディちゃんのお師匠さんってね? 悪かばってん、この借りは返させてもらうけんね」
仕方の無いことだと、アディは思う。
イースズにとってアシュトンは、自分を死の淵まで追い込んだ敵でしかない。
むしろ自らの手で葬ることが、弟子である自分に課せられた使命なのかもしれない。
「具体的にどぎゃんして、借りを返すかっていうとね……。あたしの電磁加速砲でマシンゴーレムの両手両足を吹き飛ばして、動けなくなったらコックピットから引きずり出す」
爽やかな笑顔を浮かべながら、乱暴な計画を語るイースズ。
「抵抗したらみんなでボコって大人しくさせて、【奴隷首輪】を嵌める。あっ。ひょっとしてお師匠さん、それで喜んじゃう性癖とか持っとる?」
アディはぶんぶんと、首を横に振る。
そんな特殊性癖の人は、目の前のハーフエルフ以外には心当たりが無い。
「そしたらあたしの気が済むまで、解放軍で操縦兵として働いてもらうとよ。もしイーグニース軍の連中が『奴隷は違法だ』とか騒ぎ出したら、ケンキさんの命令でやったことにしとこ」
つまりイースズは、こう言ってくれているのだ。
無理矢理にでも、仲間にしようと。
自分を殺しかけた相手でも、解放軍のために働いてくれたら許すと。
「ふふっ。それはなかなか、いいアイディアですわね。そういえばわたくしも、恨みを晴らしていないのでした。いたいけな少女時代に、地獄のような訓練を課された恨みを。今回も弟子に、心配をかけて……。ダメな師匠ですわね」
「ほんなこつ。『俺は強い、心配するな』とかキメとって、心配かけまくりたい」
時間が静止したように、アディの笑顔が固まった。
おかしい。
かつて師が発したその台詞は、誰も知らないはずだ。
言った本人と、言われたアディ。
そして、あの神経質な火の鳥以外は。
「アディ、ここに居たか。実はマリアが、やらかしてな」
背後のドアから入って来たのは、【ゴーレム使い】安川賢紀。
相変わらず無表情で、何を考えているのか分からない男。
だが今回はこめかみをポリポリと掻く仕草から、容易に推測できる。
何かまずいことが、起こったのだ。
賢紀の右側には、アディの相棒である火の高位精霊スザクが浮遊している。
こちらはなんだか、申しわけなさそうな顔をしていた。
そして賢紀の左側には、彼の相棒である闇の高位精霊マリア。
こちらは体の前で腕を組み、両足のスタンスを広く取った姿勢。
堂々とした態度で、空中に漂っている。
表情も何だか、ドヤ顔だ。
「すみません、アディ様。僕よりも力が強い、マリア様には逆らえなかったのです」
「どういうことですの? もっと具体的に、説明しなさい」
アディの表情はにこやかだが、瞳は全く笑ってはいない。
「まあ待て、アディ。妾が説明してやろう。妾はSAI精霊達のリーダーとして、他の機体も状態を把握しておく必要があると思ってな。【ファクトリー】内で、各種データを見ておった。お主の〈フレアハウンド〉もな」
そこでマリアは、見つけてしまった。
ボイスレコーダー内に、アディとルータス戦士達の壮絶な物語が録音されていることを。
「これはお主とルータス戦士達の勇猛さを、皆に知らしめる必要があると思ってな」
「それで?」
頬に手を当て、小首を傾げつつ微笑を浮かべるアディ。
彼女のような美人がすると、非常に絵になる仕草。
しかし内面は爆発寸前の炸裂弾であることを、周りの面々は理解していた。
――マリア以外は。
すでにスザクは、身を丸めてブルブルと震えている。
イースズも危険を感じ、病室の窓際まで避難していた。
賢紀はマリアと同じく、悠然とした態度で佇んでいる。
だが心の中では、「この場から逃げたーい!」と叫んでいた。
「妾は連合軍マシンゴーレム全機と司令部の無線に割り込んで、ダスカン中にお主の語りを放送してやったのじゃ! な~に、礼など要らぬぞ」
「そうですか……。マリア様のやったことなら、仕方ありませんわね」
仕方ないと言いながら、なぜ銃を取り出す?
そしてなぜスライドを引いて、安全装置を外す?
賢紀は思ったが、口には出さない。
そう問いかけるのは、無意味だからだ。
アディがこれから起こす行動は、わかりきっている。
実体の無いマリアに、銃弾は無意味だ。
ならば銃口が、向く先は――
「それではケンキ様に、管理責任を取ってもらいましょうかしら?」
「アディ、よせ。弾代が、勿体な……」
7発の発砲音が、病院内に響き渡った。
敵襲と誤解されても、おかしくはない。
イースズが気を利かせて遮音の風魔法を使っていなければ、外まで聞こえて大騒ぎになっていただろう。
しかしとっさに遮音ができたのは、開いていた窓側だけ。
病院の内側には、大口径ハンドガンの大きな銃声が轟いてしまった。
「病院内で発砲したり、〈トニー〉を呼び出して暴れたり! あなた達は、いったい何を考えているのですか!?」
激昂したのは、発砲音を聞いて駆けつけたシロン・ブガッディだ。
賢紀とアディは廊下に正座させられ、お説教される羽目になった。
大の大人2人が、7歳も年下の少女にガミガミと叱られている。
なかなかに、情けない光景だ。
賢紀やアディと並んで、人間よりひと回り大きな人影も正座している。
小型無人マシンゴーレム〈トニー〉。
大柄な彼が全身を縮こまらせている様は、なんともシュールだった。




