第77話 エランの落ちた日(3)~試してみるか?~
イレッサ様がマシンゴーレム2機を足止めして下さっている間に、馬車で前進するわたくし達。
すぐに遅れを取り戻し、脱出グループの隊列に追いつけました。
――まずいですわ。
前方に展開している帝国軍の排除に手間取り、隊列は一向に進めていません。
背後を振り返ると、マシンゴーレム達が再び動き始めているのが見えました。
つまり、イレッサ様はもう――
腹の底から、どす黒い殺意が湧きあがってきます。
『いい加減、あきらめやがれ! 悪いようにはしねえぞ~? 俺に従う、イイ女限定だけどな!』
拡声魔道器が、取り付けられているのでしょうか?
マシンゴーレムの操縦兵は、下卑た笑い声を大音量で撒き散らしました。
その態度と、機体の剣に付いた赤い血。
わたくしは怒りで、頬が熱くなりました。
しかしわたくしよりも早く、マシンゴーレムへと飛び掛った影があります。
疾風のように大地を駆けた、マイバッハ様です。
細剣による突きが、脚部装甲板の隙間に突き刺さりました。
「……私の剣が、ここまで通じないとはね。君のように醜悪な存在に敗れるのは、無念だよ」
マイバッハ様の細剣は、刀身の中ほどから折れていました。
折れ飛んだ先切が、地面に落ちます。
それよりも早く、マシンゴーレムの巨大な足がマイバッハ様の全身を押し潰しました。
「マイバッハ! 貴様! よくも弟を!」
レゲーラ様は熱線魔法【ヴァーミリオンレイ】を、マシンゴーレムに叩き込みました。
何発も何発も。
魔力が続く限りの全力連射です。
ですがやはり、効果はありません。
『お~、たいした魔道士様だ。だがな、誰だってそれぐらいの魔法は撃てるんだぜ? このマシンゴーレムに乗ればな。【フレイムアロウズ】!』
マシンゴーレムの杖から、巨大な炎の矢が放たれます。
しかも複数本同時に。
炎の矢はレゲイラ様に命中し、その全身を業火で包み込みました。
障壁魔法を張る魔力も残っていなかったレゲイラ様は、なすすべもなく炎に焼かれてしまいます。
一瞬で炭化した体が、ドサリと地面に倒れました。
『おっと! 美人だったのに、もったいねえ! 連れて帰って、可愛がってやろうと思ったのにな』
今度こそ、このゲスに目にもの見せてくれる。
そう身構えた構えたわたくしの耳に、声が飛び込んできました。
戦場に、似つかわしくない声が。
「うわああああん! おかあさん! おかあさん、どこお!?」
避難民の集団が、駆けて行った方角から聞こえました。
そちらを見やれば、小さな女の子の姿が。
泣きながら、こちらに歩いて来ます。
『お母さんと、はぐれちまったのか? 安心しろよ。おじさんは、優しいからな。すぐにお母さんも、連れて行ってやるよ。……あの世にな!』
『よせ! ユリウス!』
背後にいた上官らしき機体が、ユリウスを制止します。
ですがこのゲスは聞こえないフリをして、女の子に杖を向けました。
わたくしの位置からでは、助けようにも間に合いません。
『【ロックショットガン】』
杖の前に、大きな岩塊が出現しました。
岩塊は砕け散り、散弾となって女の子に襲い掛かります。
その瞬間、視界の端を誰かが横切りました。
人影は、女の子を守るべく覆い被さります。
光の膜を纏っていたので、障壁魔法を展開しているのは間違いありません。
しかし、あんな火力の魔法が相手では……。
岩石の散弾が巻き起こした砂煙が収まり、その中から現れた人物は――
「ケータム殿下!」
女の子を庇い背中をズタズタに傷つけられたのは、王太子ケータム殿下でした。
殿下は政治の勉強に多くの時間を割かれ、他のご兄妹に比べると戦闘は不得手なはず。
それが、なぜ?
わたくしは急いで駆け寄り、回復魔法を掛けました。
ですが明らかに、もう手遅れです。
「やあ、アディ……。女の子は無事……かい?」
「喋っては、いけません! ……大丈夫です。殿下のおかげで、傷ひとつ負っていません」
「良かっ……た……。でも本当は……こんなことじゃ……いけないんだろうな……。僕は何があっても……生き延びて……みんなの指導者に……ならなくちゃ……。でも、身体が勝手に……」
「良いではありませんか。ルータス王国は自由の国。自由神フリード様も、殿下を咎めなどいたしません。王太子だからといって、殿下の生き様を縛ることは誰にもできません」
「そうか……。最期に僕は……自由に生きられた……。生きてやったぞ……。ざまあみろ、時代遅れの王制め……」
それが殿下の、最期のお言葉でした。
光を失って、虚ろに空を見上げる瞳。
わたくしは殿下の双眸をそっと閉じさせ、亡骸を地面へと横たえました。
「あああああっ!」
背後から聞こえたのは、ベネッタの絶叫。
振り返るとそこには、左手の肘から先を失った彼女の姿。
噴水のように、血を噴き出しています。
彼女はすぐに、回復魔法で止血を試みました。
しかし切断された先をくっつけてから回復魔法をかけないと、切断面から先は二度と元に戻りません。
なのにベネッタが迷うことなく回復魔法をかけたということは、肘から先は跡形もなく吹き飛ばされたのでしょう。
「アディ……どうしよう……。あたいもう、大剣振れなくなっちゃった……」
傷の痛みよりも、得意の大剣を振るえなくなったショックの方が大きいようです。
それでも歴戦の剣士であるベネッタは、戦う姿勢を崩しません。
大剣を捨て、サブウェポンとして腰に差していた片手剣を抜き放ちます。
左手を失ったベネッタを見て、思いました。
このままでは、何もかも奪われる。
わたくしの中で、何かが切り替わります。
もう、他のことはどうでもいい。
考えられる全ての手段を使い、こいつらを殺す。
今は師匠と生きて再会することも、イレッサ様との約束も忘れよう。
獣人の闘争本能と、腹の底から無限に湧きあがる殺意に全てをゆだねよう。
だらりと脱力したわたくしの体は、自分でも信じられないくらい軽く動きました。
ユリウスとかいうゲスが乗る、マシンゴーレムの足元へ。
瞬きする間に到達します。
ユリウスが、慌てて機体の剣を振り下ろしてきました。
ですが、もう遅い。
わたくしの体は機体の股下を潜り抜け、背後を取っています。
スカートの下から投げナイフを取り出し、わたくしはありったけの魔力を込めました。
魔力伝導により、刀身が桜色に輝きます。
この状態で投げれば、鉄板をも貫ける。
わたくしは、ナイフを投擲しました。
狙いはマシンゴーレムの腰部にある、スリット。
気付いていますのよ?
そこから大気を、取り込んでいることは。
怒りに狂っていても、わたくしの体に無駄な力みはありません。
しなやかに動いた筋肉の力は、完璧にナイフへと伝わりました。
ナイフは光の帯と化して、マシンゴーレムの吸気スリットへと吸い込まれていきました。
『おっ……? メイドてめえ! 何をしやがった!?』
『どうしたユリウス? 故障か?』
『すいません、団長。右足への魔力供給回路が、切断されました。……小ざかしい真似しやがって!』
ユリウスの機体は、足を引きずりながらわたくしの方に向き直りました。
「あら、無様ですこと。大仰なゴーレムに乗らないと戦えない、臆病者のくせして……。そのゴーレムすら満足に操れないなんて、情けないにも程がありますわ」
『メイドの分際で、調子に乗るんじゃねえぞ! こっちにはまだ、無傷な団長がいるのを忘れてねえだろうな!?』
忘れてなどいません。
後方に控える、両肩にグリフォンのマークが描かれた機体。
乗っているのは、「団長」と呼ばれる男。
こちらの方が、ユリウスなどより明らかな強敵です。
機体の足運びなど、動作の端々から感じ取れます。
――そして戦士としての矜持が、高いことも。
わたくしはそれに、賭けてみることにしました。
「ハッ! どうせその団長様も、マシンゴーレムが無ければ大したことないのでしょう? どうですか? 図星でしょう? 悔しかったら、わたくしを捕まえてごらんなさい!」
わたくしはそう叫んで、側方に見える森へと駆け出しました。
避難民の一団から、マシンゴーレムを引き剥がさなくては。
『団長! 追いましょう! 王太子を殺るという目標は、もう達成できました。後は、好きに暴れていいんでしょう?』
『これ以上無駄な殺戮で、帝国軍の品位を下げるな! ……いや。あの獣人メイドは、確か……。よし、追うぞ』
掛かった!
なぜ団長の気が変わったのかは、わかりません。
ですがこれで、避難民達からマシンゴーレムを引き離せる。
後はわたくしが上手く団長のマシンゴーレムを撒いて、逃げ切るだけ。
森の中での追いかけっこならば、小回りの利くわたくしが有利なはず。
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「……ちょっと読みが、甘かったようですわね」
わたくしは、追い詰められていました。
森の中にあった、大きな崖の淵へと。
崖下には、深い闇が広がっております。
さすがにわたくしでも、落ちたら助かりそうにありません。
団長と呼ばれた男が駆る、マシンゴーレム。
その動きは、ユリウスのものよりはるかに俊敏でした。
操縦者の判断も鋭かった。
30分あまりの逃走劇の末、現状に至るというわけです。
帝国軍にやられるぐらいなら、いっそ飛び降りてみましょうか?
下に深い川でもあれば、助かるかも?
わたくしが、そんな算段を立てていた時でした。
眼前のマシンゴーレムが膝を突き、胸部装甲が開いたのです。
中から飛び降りてきたのは、軽装の戦士。
武装は右手に片手剣。
左手に小盾。
年の頃は、30代半ばといったところでしょうか?
整えられたコールマン髭が凛々しい、ダンディな男です。
惜しい。
敵でなければ、なかなか目の保養になったかもしれないのに……。
わたくし、姫様の次にダンディなおじさまが好みなのですわ。
ダンディ剣士は油断無く剣を構え、名乗りを上げてきました。
「リースディア帝国軍第4機動兵団長、エマルツ・トーターだ。マシンゴーレムに乗らないと大したことない男かどうか、試してみるか? 『アサシンスレイヤー』アディ・アーレイトよ」




