第76話 エランの落ちた日(2)~泣いていらっしゃるのですか?~
首都エランを脱出する、住民の集団が出発しました。
これが最後のグループです。
隊の先頭に立つのは、ランボルト・フューラカン様。
万が一敵に回りこまれても、ランボルト様の爆炎魔法ならば包囲網に穴を開けられるからです。
わたくしは馬車に乗り、グループの殿を務めておりました。
「赤い跳ね馬」の異名を持つ大剣使いの傭兵、ベネッタ・フェラーリンと共にです。
後方を振り返ると、首都エランの都市防壁が見えます。
高さは約8m。
非常に強固な都市防壁です。
防壁の上には、セブルス・エクシーズ陛下が立っておられました。
地面に突き立てた剣の柄に手を乗せ、遥か遠くから接近する敵部隊を見据えていらっしゃいます。
どうやら陛下は、篭城戦を行うと決めたようです。
陛下が見つめる先に、わたくしも視線を向けます。
砂埃を上げて突撃してくる、重装歩兵が見えました。
全身鎧で、身を覆っています。
「やけに、ずんぐりむっくりな体型ですわね……。いえ、あれが……」
わたくしはすぐ、自分の勘違いに気付きました。
兜のスリットから覗く緑色の一ツ目は、人のものではありません。
リースディア帝国軍の人型機動兵器、「マシンゴーレム」。
後ろにいる歩兵や騎兵、弓兵の大きさと比較してみます。
全高は、6mほどでしょうか。
全身金属のようなので、重量も相当なものだと推測できます。
それが騎兵と変わらないスピードで、地響きを轟かせながら疾走してくるのです。
「あんな化け物を、相手にするっていうのかい!?」
隣にいたベネッタが、顔を青ざめさせています。
「……いえ。化け物っぷりなら、うちの陛下だって負けておりませんわ」
エラン都市防壁の上に、莫大な魔力が収束していくのを感じました。
それは人間やドワーフのものとは思えない、規格外の魔力。
放たれるのは陛下とイレッサ様による合成土魔法、【ギガントピット】。
敵マシンゴーレム部隊の足元で、大地が割れました。
ぽっかりと、直径1kmほどの大穴が開きます。
深さはここからではわかりませんが、少なくともマシンゴーレムの全高よりはあるようです。
マシンゴーレム達は、次々と穴の中に落下していきます。
魔法による攻撃は、まだ終わりません。
今度はエセルス様の水魔法、【ハイドラファング】。
大気中の水分が集まり、水の竜が生まれました。
数匹の竜達は優雅に身をくねらせながら空中を泳ぎ、大穴の中に飛び込んで行きます。
爆発的な、水飛沫が上がりました。
水飛沫がまだ噴き上がっている最中に、ティーゼ様の魔法【プラチナムワールド】が完成します。
時間が止まったかのように、水飛沫が空中で凍結。
大気中の水分も凍り、周囲にはキラキラとダイヤモンドダストが舞い散っています。
大穴の上に氷の蓋をして、マシンゴーレム達を閉じ込めることに成功したのです。
帝国軍め!
ざまぁ!
ルータス王国舐めんな! ……ですわ。
わたくしは心の中で、帝国兵共に向かって中指を突き立てました。
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「面倒だね……。あたいらの前方にも、帝国軍が回り込んできている」
馬車の幌から顔を出して、御者台の方を覗いていたベネッタ。
彼女は忌々しそうに、呟きました。
穴に閉じ込められたマシンゴーレム部隊の両側を迂回して、帝国軍の歩兵部隊は首都エランの方へと向かっておりました。
しかし敵の一部が、わたくし達の進路を阻むように展開してきたのです。
王太子であるケータム殿下が、この集団にいると気付かれたのでしょうか?
無謀なことを。
この集団の先頭には――
お腹にずっしりと、響く振動。
遠くから、帝国兵の悲鳴が聞こえてきました。
「お。アレが噂に聞く、ランボルトの『猛牛モード』かい? いやー、派手なもんだねえ」
ベネッタは楽しげに、馬車の前方を見ています。
まるで、花火でも見ているかのような反応です。
わたくしも荷台から身を乗り出して、前方を見ます。
ちょうどそのタイミングで、景色が夕焼けみたいに赤く染まりました。
2回目の振動と爆音が、馬車を揺るがします。
天まで届くかと思うほどに、高く上がった爆炎。
舞い散る木の葉のように吹き飛ばされる、帝国歩兵達の姿。
ランボルト様の爆炎魔法、【エクスプロード】です。
「ヒュウ♩ 連発! ランボルトも帝国軍には、怒り心頭ってところさね」
口笛を吹き鳴らすベネッタ。
彼女の言う通り、ランボルト様は帝国軍に対する怒りも持っておられるのでしょう。
ですが爆炎魔法を見たわたくしに伝わってきたのは、別の感情。
巻き上がる炎は、どこか儚げ。
大気を震わす爆音は、まるで慟哭のよう。
「ランボルト様……。泣いていらっしゃるのですか……?」
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「……アディ! まずいよ! 氷の蓋が、破られる!」
ベネッタに言われて、マシンゴーレム達が閉じ込められている大穴の方向を見ます。
ちょうど穴の上を覆っていた氷塊が、粉々に砕け散るところでした。
太陽の光を反射して、輝く氷の破片。
立ち込める氷煙の中から最初に現れたのは、巨大な手。
続いてゆっくりと、緑色に輝く瞳が穴の中から浮かび上がってきます。
そして金属で作られた巨体も、這い出てきました。
穴から這い出たマシンゴーレムのほとんどは、首都エランの方向に駆け出します。
ですが2機だけ、わたくし達の集団を逃すまいと追撃してきました。
「ベネッタ。先頭のランボルト様が包囲網を突破するまで、わたくし達であのマシンゴーレム2機を食い止めますわよ」
「やれやれ。これは陛下に、報酬を上乗せしてもらわないとねえ」
ベネッタは背中の大剣を抜き、荷台後方の縁に足を掛けました。
マシンゴーレムの走行速度は、騎兵並み。
最後尾を走るわたくし達の馬車まで、すでに残り数十m。
刹那。
オレンジ色に輝く光線が、空を切り裂いて飛来しました。
光線は先頭を走っていたマシンゴーレムに突き刺さると、青白い閃光を撒き散らします。
同時に高熱で、周辺の地面が融解します。
これは熱線魔法、【ヴァーミリオンレイ】。
王立魔法研究所の研究員でもある、第2王女レゲイラ様の得意とする魔法です。
「アディ! ベネッタ! 援護します!」
馬車から飛び降りたわたくし達に向かって、レゲイラ様が走ってこられます。
母親であるアゲイラ様譲りの金髪が、熱風に靡いていました。
来てくれた味方は、レゲイラ様だけではありません。
第4王子、マイバッハ様も並んで駆けてこられます。
マイバッハ様は、ハーフエルフ。
片手に細剣を携えた、美貌の剣士です。
本業は王子でも剣士でもなく、芸術家なのですが。
「マイバッハ! あなたは前衛よ! 絵ばかり描いているせいで、腕が鈍っていたりしないでしょうね?」
「やれやれ。姉上は、芸術というものをわかっていない。むしろ芸術と武は、近しいものです。私は芸術とは何たるかを追い求めることにより、剣技における美しさと、合理性の深淵を垣間見たのです。すなわち……」
「はいはい。続きは無事に、生き残ってからね。……ああ、やっぱり全然効いてないわ」
レゲイラ様のおっしゃる通りでした。
大地を溶解させるほどの熱線魔法が直撃したというのに、マシンゴーレムにはダメージを受けた素振りが見られません。
速度を緩めながら、ゆっくりとこちらに近づいて来ます。
その時。
マシンゴーレム足元の地面が、突如崩れました。
2機とも腰まで地面に埋まり、そのうち1機はかなり動揺しています。
埋まっているマシンゴーレムとわたくし達の間に、1頭の馬が割り込んできました。
その背中には、小柄なドワーフ女性が跨っています。
「子供達に、手出しはさせませんよ!」
わたくし達の離脱を援護するために、駆けつけてくださったイレッサ様でした。
重力魔法で馬と自分の体重を軽減させ、通常よりもずっと速く走ってこられたのです。
「あの人ったら、ひどいのよ。私も最後まで、一緒に戦いたかったのに……。『あの距離で今から間に合うのは、お前だけだ。頼む』って」
イレッサ様の笑顔は、どこか寂しそうでした。
「でも、間に合って良かったわ。さあ、行きなさい。私の子供達」
レゲイラ様もマイバッハ様も、イレッサ様が産んだ子供ではありません。
しかしエクシーズ家4人の妻は、誰の産んだ子でも実の子のように接しています。
お子様方も、4人の妃様全員を実の母親のように慕っていらっしゃったのです。
「イレッサお義母様……」
レゲイラ様の頬に、涙がひと筋流れました。
マイバッハ様は肩を震わせながら、涙を堪えた顔をしていらっしゃいます。
イレッサ様に一礼すると、踵を返してレゲイラ様を促しました。
「姉上。行きましょう!」
名残惜しそうにしてたレゲイラ様も、イレッサ様に背を向け駆け出しました。
「アディ。あなたも『私の子供達』に、含まれているのよ。行きなさい! ベネッタ、アディをよろしくね」
「イレッサ様お1人を残して、行けるわけがありません!」
イレッサ様の背後では、地面に埋まったマシンゴーレム達が這い出そうとしています。
イレッサ様は、乗っていた馬から飛び降りました。
馬を逃がすと、わたくしの方を向いたまま魔法を発動させます。
超重力魔法、【グラビトンマッシャー】です。
背後にいるマシンゴーレム2機が、割れた地面へと押し戻されました。
「アディ。いつかお城の中庭でした約束、憶えている? 『あの子を守ってあげて』」
「……っ! わかりました。必ず……。必ずわたくしがお守りします!」
わたくしの返事を聞いたイレッサ様は、満足げに微笑みました。
そして魔力をさらに集中させるべく、マシンゴーレムの方へと向き直ります。
質量の大きなマシンゴーレムは、普通なら動くこともできずに自重で圧解してしまうはず。
しかし敵は、【グラビトンマッシャー】に耐えていました。
イレッサ様の重力魔法は、大陸トップクラスだといわれているのに。
噂に違わぬ、魔法防御力です。
機体を軋ませながらも、割れた地面から這い上がってきます。
わたくしはイレッサ様に背を向け、走り出すことしかできませんでした。




