第75話 エランの落ちた日(1)~死ぬとか思っているんじゃねえだろうな?~
リースディア帝国軍の襲来直前。
この頃のわたくしは、姫様の邸宅を管理するメイドでした。
9番隊隊長になられた時に、騎士団から貸し出された家です。
ルータス王家は数代前から、王位継承権の低い王子・王女の積極的自立を促す方針。
姫様のご兄妹はごく少数の従者を連れ、市井で暮らされている方が多いのです。
王立魔法研究所の職員になっていたり。
商売を始められていたり。
芸術家として、そこそこ名を売り始めた方もいらっしゃいます。
王太子であるケータム様は、問答無用で王宮残留確定ですが。
「いいな、エリーゼは……。俺も自由に生きたい」
そう言って、姫様をガチで羨ましがっていらっしゃいました。
王位争いではなく王位の押し付け合いが起こる国家など、近年のルータス王国ぐらいのものでしょうね。
ルータス王国騎士団では、任務に従者を連れて行くことは禁止されておりました。
たとえ王族や、貴族であろうともです。
姫様は今、任務で国境付近まで遠征に出ております。
わたくしは家で甲斐甲斐しく家事をこなし、夫の帰りを待つ寂しい人妻の気分。
ああ。
主人である姫様のことを思うと、身体が火照って火照って……。
なんて、冗談を言ってる場合ではありませんでしたわ。
その日。
リースディア帝国軍本隊接近の知らせを受けて、王宮には多くの人々が集められていました。
大臣、騎士団長、高名な戦士、魔道士、その他有識者などです。
「ダメだ、ランボルト。おめーはガキ共を連れて、脱出しろ」
「ふおっ、ふおっ、ふおっ。陛下も酷なことを仰る。この老骨に、おめおめと生き恥を晒せと? わしはもう、老い先短い身。せめて死に場所ぐらい、自分で選ばせて下され。このエランで、人生を終えたい」
セブルス・エクシーズ陛下と言い争っておられるのは、先代宮廷魔道士筆頭のランボルト・フューラカン様。
大変高名な魔道士です。
わたくしや姫様も、魔法の講義を受けたことがあります。
すでに引退されていらっしゃったのですが、陛下が王宮にお呼びしたのです。
帝国軍襲来の報を受け、わたくしも王宮に参上しておりました。
「暗殺者を殲滅せし者」などと呼ばれているので、それなりに戦力として期待されていたのでしょう。
その集まりの場でランボルト様が、陛下のお言葉にゴネていらっしゃるのです。
住民の脱出を、王太子殿下達と共に先導しろとのご命令でした。
「生き恥って……バッカおめー。すぐに介護が必要になりそうなジイさまを残して、俺達が死ぬとか思っているんじゃねえだろうな? 俺を誰だと思っていやがる。『大陸最強の悪い虫』だぞ? 虫ってのは、しぶてえもんだろうが」
自らをしぶとい虫呼ばわりする陛下に、周囲から失笑が漏れました。
そこに居るだけで、悲観的な空気を吹き飛ばしてしまう。
セブルス・エクシーズ陛下は、そんな王でした。
「お願いよ、ランボルト。あなたに行ってもらわないと、脱出組は、若い人達ばっかりになっちゃうでしょう? 逃げ延びた人達を、まとめられる人が必要なの。人生経験のある人がいないと……」
陛下の第2妃、ティーゼ様がおっしゃられました。
肩までの金髪に、青いドレス。
そして背中に生えた、黒鳥の翼。
人間族や獣人族にはない、魔族ならではの美しさを持った王妃様です。
「ベッツの奴は、どこにおるのですかな? 奴は見た目は若いが、歳はわしと大差ない。奴の方が、適任ですじゃ」
「彼は今、首都近郊にいないわ。研究の素材を集めるために、魔国の近くまで行っているの」
「やれやれ。肝心な時に、おらぬ奴め。それならばわしやベッツより、遥かに人生経験豊富なティーゼ様の方が……いや、何でもありません」
ティーゼ様が王宮ごと凍てつかせてしまいそうな、強大な魔力を集中させ始めました。
それを感じ取って、ランボルト様は口をつぐみます。
200歳ちょっとのティーゼ様に、年齢の話は禁句ですわよ。
「ランボルト……。私達は4人共、ここに残るわよ。セブ君の側を、離れたくないもの」
ティーゼ様の言葉に、残りの王妃様方全員が頷きました。
「かあーっ! 帝国軍相手に、派手なドンパチやらかすつもりかよ? ウチの嫁共は、気が強くって困るぜ!」
今度は皆、ドッと笑いました。
わたくしもつられて、いつの間にか笑っていましたわ。
「やれやれ。ティーゼ様にそう言われては、仕方ありませんのう……。あまり遠くまで逃げると、戻って来るのが大変ですじゃ。陛下。早めに帝国軍を、蹴散らしてくだされ」
「おう! わかったぜ! ジジイの足腰じゃ、長旅には耐えられねえだろうからな。ソッコーで、全滅させてやるぜ!」
勝ち目が無い戦いなのは、陛下もランボルト様も充分わかっていらっしゃるはずです。
帝国軍の最新鋭兵器、「マシンゴーレム」。
その堅牢な耐魔法装甲を貫く手段は、今のところ見つかっておりません。
帝国との国境付近に配備されていた警備隊は、瞬く間に壊滅させられてしまいました。
戦力差は、圧倒的。
けれども――
「帝国のアホ共には、これ以上何もくれてやらねえ! 俺の国も! 民も! 嫁やガキ共も! 何ひとつだ! 野郎共! 大暴れする準備は、できているんだろうな!?」
王の間にいた人々は、大歓声で応えました。
あまりの音量に、王宮全体が震えているようです。
皆が士気を高め、戦意を高揚させています。
わたくしやアシュトン師匠も、雄叫びを上げておりました。
獣人の闘争本能が、刺激されたのです。
今思うと、少々はしたなかったですわね。
王妃様方4人の反応は、様々でした。
「セブ様……。それでは国王というより、山賊の親分みたいです」
呆れて溜息をついたのは第1妃、狐獣人のアゲイラ様。
「ふふっ。セブ君らしくて、いいじゃない」
想定内とばかりに余裕の笑みを浮かべたのが第2妃、魔族のティーゼ様。
「燃えてきたわね! 久しぶりに、セブと一緒に戦える!」
闘志をみなぎらせていたのが第3妃、エルフのエセルス様。
「あなた……。私達は、どこへでもついていきます。あなたと一緒なら」
最後に第4妃、ドワーフのイレッサ様が優しく微笑みました。
あの時のイレッサ様の笑顔、わたくしは忘れられません。
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会議が終わった後。
わたくしは王宮の廊下で、師匠から呼び止められました。
「アディ、お前は脱出組だ。ケータム殿下達と、一緒に行け」
「師匠。わたくしには、姫様の邸宅を守る義務があります。ここに残りますわ」
「馬鹿! その姫様は今、ビサーストとの国境付近だろうが。ここに帰り着く頃には……全て終わっている」
「俺達の勝利で」……とは、師匠は言いませんでした。
「昔、イレッサ様がおっしゃっていただろう? 『あの子を孤独や悲しみ、苦悩からも守って欲しい』とな。お前が守らなければならないのは、邸宅なんかじゃない。エリーゼ様ご本人だ。……あの子を1人にするな」
「『1人にするな』ですって? 自分達が誰も生き残れないような言い方は、やめて下さい!」
わたくしは、泣きそうでした。
「強くなれ」と、母も師匠も常々言っていました。
けれども、涙を堪えきれそうにありません。
師匠は、わたくしのお父さんかもしれない。
まだそれすらも、確かめてもいない。
なのに師匠がわたくしの前から、消えてしまうかもしれない。
今ここで、確かめておかなければ。
もう二度と、聞くことができないかもしれない。
そんな恐怖が胸中を駆け巡り、わたくしは決心しました。
真実を、確かめる決心を。
あなたは、わたくしのお父さんなのでしょう?
そう問おうとした直前、師匠の方から先に口を開きました。
「アディ。再会できたらお前に、大事な話がある。お前の父親に関することだ」
師匠の瞳には、強い決意の光が宿っていました。
わたくしの母、アーリィ・アーレイトの墓前で見せたのと同じ瞳です。
「心配するな、俺は強い。今度こそ、守ってみせる」
師匠はわたくしの頭に手を伸ばし、やや乱暴に髪をクシャクシャと撫でました。
お母さんと同じ、大きくて頼もしい手。
もうこの手を、失いたくない。
「アディ……。強く生きろよ」
そう言って去る師匠の背中に、わたくしは声をかけることができませんでした。




