第74話 アディの苦悩~誰かに聞いてもらってはどうですか?~
ルータス解放軍が、城塞都市ダスカンからリースディア帝国軍を追い払った日の夜。
ダスカンには、大きな拠点が築かれつつあった。
別地点で帝国軍と交戦中だった、イーグニース共和国軍本隊も合流したのだ。
仮設のテントやマシンゴーレムのドック、医療所などは瞬く間に設営され、機能し始める。
【ファクトリー】に大量の物資を収納して持ち運べる、安川賢紀が解放軍にいたおかげだ。
おまけに共和国軍の車両型ゴーレムは帝国軍のものより積載量が多く、高速移動が可能。
配備されている数も多い。
別地点で戦っていた共和国軍も、帝国軍に勝利していた。
賢紀達解放軍の活躍により城塞都市ダスカンも手に入り、共和国軍は喜びに湧いていた。
しかし、連合を組むルータス解放軍メンバーの表情は暗い。
この勝利を支えた仲間が、未だに生死の境目を彷徨っていたからだ。
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かつてサーブラウス公爵領時代に、病院だった建物。
そこには解放軍と共和国軍の医療設備、物資が運び込まれ、野戦病院として活用されていた。
帝国軍も医療施設として活用していたらしく、設備はそのまま利用できる物が多い。
衛生面も、悪くない。
病院の一室には、ベッドが置かれていた。
そこに寝かされているのは、ハーフエルフの女性。
腹に巻かれた包帯には血が滲んでいて、痛々しい。
時折、彼女の美しい顔が苦悶に歪む。
イースズ・フォウワードの意識は、まだ戻ってはいなかった。
ベッドの隣では、椅子に座った青年が黙々と回復魔法をかけ続けている。
無表情な彼――安川賢紀は、並外れた魔力量を持つ【神の使徒】。
だがそれでも、長時間の魔法使用により魔力は枯渇寸前だった。
疲労により、目の下にはクマ。
額には、うっすらと汗が浮かんでいた。
「ケンキさん、交代しましょう。【ファクトリー】内で、〈サジタリィ〉の修復も同時に行っているんでしょう? いくらケンキさんでも、魔力が持ちませんよ」
「シロンか……。悪い、後は頼む」
病室に入って来た兎獣人の少女、シロン・ブガッディ。
彼女にイースズの治療を任せ、賢紀は力無い足取りで病室を後にした。
賢紀は病院の外に出て、ひんやりとした夜風に当る。
ぼうっとしていた頭も少し鮮明になり、疲労もやわらいだ。
【ゴーレム使い】は魔力量だけでなく、魔力回復速度も異常だ。
自分ならば、すぐにまたイースズの治療に戻れるだろうと賢紀は安心した。
「ケンキ……。イースズの意識は、まだ戻らないの?」
近づいてきたのは、共和国軍との打ち合わせを終えたエリーゼだった。
彼女は心配そうな口調で、賢紀に尋ねる。
「ああ……。だが、大丈夫だ。イースズは、ドMで打たれ強いからな」
「あはは。何それ? 本人が聞いたら、怒って飛び起きて来るかもね。ケンキがそんな冗談を言うなんて、珍しいわね。……気を遣わせちゃったかしら? やっぱわかる?」
「ああ。お前とアディのショックの受け方は、普通じゃない。特に、アディは酷い。平静に振舞おうとしているが、ガタガタだな」
病院玄関前の石段に、腰掛けていた賢紀。
エリーゼもその隣に来て、腰を下ろした。
「アシュトン・マーティーン。狼獣人と犬獣人のハーフ。周辺諸国にもその名を轟かす、『ルータスの守護獣』。国王の第1妃、アゲイラお義母様の護衛」
イースズに重症を負わせた獣人機動兵団長について、エリーゼはポツポツと語り始める。
「若い頃は、お父様達とパーティを組んで大陸中を冒険したらしいわ。有名な、『セブルス殿下の嫁探しの旅ね』
「なんだソレは? おたくの王子様たちには、そんな旅の伝統があるのか?」
「あるのよ。ここ数代だけどね。他国の王侯貴族からすると、信じられない風習らしいわね」
「さすが、自由神信仰を国教とする国だな……」
「それはもう、大冒険だったらしいわよ。アシュトンは、お父様達と共に冒険した仲間。その結束の固さと信頼の厚さは、私の目から見ても明らかだった。それに、ルータスという国への愛情が深い人だったわ。そんな彼が、帝国につくなんて……。未だに信じられない」
エリーゼは、両膝を手で抱えこんだ。
小柄な彼女が体を丸めると、人一倍小さく見える。
そのまま、消えてしまいそうな程に。
「アディの師匠だったって話は、聞いているわよね? それはもう師弟関係を越えて、親子のように信頼し合っていて……」
そこでエリーゼは言葉を切り、首を横に振った。
「ううん。宮中では、『本当の親子なんじゃないか?』って噂が流れていたの。2人は、面影が似ていたしね。アディもその噂は知っているはずだし、父親じゃないかと疑っていたはずよ」
「本当は父親かもしれない、師匠の裏切りか……。それは堪えるな」
賢紀は北の夜空を見上げる。
それはアディの〈フレアハウンド〉が、哨戒に出て行った方角だった。
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「アディ様。かなりご無理をされているようですね。少し、お休みになられては? 何か反応があれば、僕がアラートを鳴らしますから」
XMG-2〈フレアハウンド〉の操縦席。
暗い空間を、計器類の明かりとスザクの燃える体がぼんやりと照らす。
わずかな光を反射して、金色の瞳がギラギラと輝いていた。
アディ・アーレイトの双眸だ。
しかし、スザクは分かっていた。
瞳のギラつきとは裏腹に、アディが憔悴しきっていることを。
パイロットと脳波をシンクロさせて操縦を補助する彼には、虚勢を張っても見透かされてしまう。
「哨戒任務中に、休めるわけないでしょう? スザク。心配性な、あなたらしくない発言ですわね」
「今は敵襲より、アディ様の体調が心配です。1人にして休ませようと思って、ケンキ様は哨戒任務を命じたのだと思いますよ。すでに共和国軍本隊から、充分な数の哨戒機が出ていますから」
「……今は任務に集中して、余計なことを考えたくないのです。忙しくしていないと……。色々と、思い出してしまいますわ」
「その思い出したことを、誰かに聞いてもらってはどうですか? 少しは心の重荷も、軽くなるのでは?」
「わたくし、そんなに心の弱い女ではありませんのよ」
「誰かを信頼して背中を預けられるのも、心の強さの内かと思います」
「……あなた、師匠と同じようなことを言いますのね。鳥のクセに、生意気ですわ」
「ヒッ! すみません。だけど本当に、今のアディ様には色々とぶちまけられる相手が必要かと。取り合えず、ケンキ様あたりに……」
「なぜそこで、ケンキ様なのです?」
「アディ様のことだから、エリーゼ様には弱音を吐けないでしょう。イースズ様は、まだ起きられません。となると、消去法でケンキ様しか……」
「あんなリアクションの薄い男に話しても、スッキリしませんわ。……そうですわ、スザク。あなたが聞いて下さい」
「え? 精霊の僕で、良いのですか?」
「もう、相手が壁でも何でも構いませんわ。……そうですわね。あなたの言うとおり、誰かに聞いてもらいたいのかもしれません。姫様には、一応話しました。ですが報告という形で、必要最小限のことしか話しませんでしたから……」
アディは操縦席のシートに体重を預け、目を閉じる。
1回深呼吸をしてから、静かに語り始めた。
「聞いて下さい。ルータス王国の首都、エランが落ちた日のことです」




