第73話 師の教え~そういうものだろう?~
『帝国軍が、撤退を始めたわ』
魔道無線機越しに、エリーゼ・エクシーズから入った通信。
それを聞いて、アディ・アーレイトの意識は過去から現代に引き戻される。
いつの間にか集中力を欠き、回想を始めてしまっていた。
反省し、アディは状況を確認する。
集中力を欠きながらも、順調に敵機を撃破していたようだ。
特に機体の損傷も無く、味方の被害も少ない。
エリーゼとアディの眼前には、元サーブラウス公爵の城。
現在の帝国進駐軍司令部まで、200mの距離に迫っていた。
司令部である城の塔上部には、広域魔力レーダーが設置されていた。
だが今は、〈フレアハウンド〉のサブマシンガンで粉々に破壊されている。
「目」を潰されたことが決定打になり、帝国軍は撤退を開始したのだろう。
安川賢紀の乗るXMG-4〈シラヌイ〉には、広範囲かつ強力な索敵能力を持つ魔力レーダーが搭載されている。
そこから得た情報を、データリンク機能によって友軍全機と共有できるのだ。
敵機を意味する黄色い光点のほとんどが、城塞都市の北側に向けて動き始めている。
帝国軍は、城塞都市ダスカンを諦めた。
それは間違いない。
「アディ様。どこか、お体の具合でも悪いのですか?」
操縦補助を務める火の高位精霊スザクは、心配そうに問いかけた。
鳥型だが、なかなか表情豊かな精霊だ。
瞳は緑色の炎なのだが、ハの字に曲がり心配そうな顔つきになっている。
「ごめんなさい。ちょっと、集中力を欠いていましたわ」
ここ最近は戦闘が続いていたから、きっと疲れているのだ。
〈フレアハウンド〉はクセが強く、操縦には体力と神経を使う。
タフネスには自信があるが、さすがに限度があるのだろう。
そう納得し、アディは再び集中力を高める。
『帝国軍を、城塞都市の外まで追い立てるぞ。イースズ。平地に逃げ出た連中を、片っ端から撃ち抜け』
安川賢紀の指示が、無線から聞こえる。
撤退する帝国軍の追撃に、アディも加わろうとした時だ。
イースズからの緊迫した通信が、解放軍全機に届いた。
『ケンキさん! 狙撃はでけん! 何かわけくちゃわからんのが、1機近づいて来とる。GR-3の改造機ばい。何ね!? あの動きは!? ……近寄って来んで!』
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XMG-3〈サジタリィ〉の操縦席内で、イースズ・フォウワードは額に玉のような汗を浮かべていた。
映像投影魔道機に映る敵機を、彼女は3つの瞳で睨みつける。
すでにイースズは、電磁加速砲〈タケミカヅチ〉による第1射を放っていた。
しかし、回避されている。
10kmも先からの狙撃だったとはいえ、敵はイースズが発砲してから避けたのだ。
音速の20倍という、超高速で発射された砲弾を。
イースズが持つ【紫水晶眼】のような、未来予知の魔眼ではない。
魔法だとか、そういう類の能力でもない。
超人的な勘と、反応速度で避けた。
その事実に、イースズは薄ら寒いものを感じる。
即座に、並みの機体と乗り手ではないと判断したイースズ。
彼女は額にある、【紫水晶眼】の力を発動させた。
これで敵機の動きを予測し、狙撃することができる。
「たまにおるったいね。こういう相手が……」
一瞬先の未来における敵機の動きが、いくつも見える。
これはイースズの射撃に合わせて、いく通りもの対応ができる証だ。
反応速度が、魔眼の未来予知を上回っている。
次々と分裂しては、消えて行くように見える敵機の姿。
少し気持ちが悪くなってしまったイースズは、魔眼の力をカットした。
敵GR-3改造機は、なおも接近し続けてきている。
岩や森などの遮蔽物を活用しているが、隠れても1箇所には留まらない。
〈タケミカヅチ〉の威力を見て、遮蔽物ごと撃ち抜かれる可能性を考慮しているのだ。
巧みな乱数機動とフェイントを交えながら、慎重に、時に大胆に機体を走らせ〈サジタリィ〉へと迫る。
「ご主人~。ひょっとして、ピンチ?」
フーリが身を起こした。
帝国軍を狙撃している間も、ほとんど寝っぱなしだったというのに。
「ピンチたい! 残弾が少なか! それにあの機動力なら、接近されたら勝ち目は無か!」
「撃破されるのは困る。頑張ってよ、ご主人」
「あんたも頑張らなんたい!」
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「なんだか、心がざわつきますわね……」
イースズに接近する、謎の敵機。
報告を受け、アディは全身が粟立つような感覚に苛まれていた。
単に、仲間の危機だからというわけではない。
獣人特有の本能。
何か自分にとって、良くないことが起こりそうな予感がする。
『安川賢紀より、イースズ。いま、帝国軍の無線を傍受した。そいつはダスカン進駐軍の撤退を、援護するために来た増援だ。前に荒木の野郎が言っていた、獣人操縦兵のマシンゴーレム部隊。部隊名は、「獣人機動兵団」』
アディの頭上にある犬耳が、ピクリと反応した。
『特に兵団長のアシュトンとかいう奴は、腕が立つらしい。お前に迫っているのは、多分そいつだ。後退しろ』
師と同じ敵兵の名前に、一瞬たじろいだアディ。
だがすぐに、人違いだと思い直す。
アシュトン・マーティーンは、エラン防衛戦で死んだはず。
最期まで、国王や王妃達と共に戦い抜いて。
そう珍しい名前ではない。
別人だ。
自分に言い聞かせ、冷静さを保とうとしたアディ。
だがそこへ、イースズからの無線が入った。
『敵機の両肩に、冥界の番犬「ガルム」のマーク! これは……アディちゃんと、同じ……?』
『エリーゼよりケンキ! イースズ! それは確かなの? 冥界の番犬がパーソナルマークで、名前がアシュトン!? ……アディ! 待ちなさい!』
アディはエリーゼの制止を振り切って、〈フレアハウンド〉をフル加速させた。
「ど……どうしたのですか? アディ様!?」
「スザク。ちょっとその獣人兵団長に、用があるのです」
さらにアディは無線を使い、自軍の指揮官に要求する。
『ケンキ様。〈ヘルズバイター〉を、2丁ください』
魔力レーダーに、友軍機を示す緑色の光点が現れた。
位置は都市防壁北門のすぐ近く。
アディの要請を受け、ケンキが〈マルチプルティセプター〉という装置を解除したのだ。
これは多角的センサー欺瞞と、光学迷彩を行う魔法兵器。
〈マルチプルディセプター〉によって帝国軍の魔力レーダーは使い物にならなくなり、光学迷彩で賢紀の機体は見えなくなっていたというわけだ。
光学迷彩も解除され、XMG-4〈シラヌイ〉がその姿を現す。
漆黒のボディ。
怪物じみた、4つの〈クリスタルアイ〉。
そして背中にセンサーやアンテナを生やした、禍々しいシルエット。
【ゴーレム使い】のデザインセンスが遺憾なく発揮された機体だが、エリーゼ達からの評判はすこぶる悪い。
そんな〈シラヌイ〉の前で、アディは足裏の〈超魔導リニアホイール〉にブレーキをかけ急停止。
両手のサブマシンガンを、投げ捨てる。
『アディ。アシュトンは、知り合いなのか?』
『わたくしの師匠です。敵に捕まって、【奴隷首輪】でも着けられているんでしょう。ほんと、世話の焼ける師匠ですわ』
口ではそう言いながらも、アディは幸運だと考えていた。
死んでいたはずの師が生き延びていて、救出のチャンスも残されているのだから。
アディは賢紀が【ファクトリー】から取り出した、グレネードマシンガン〈ヘルズバイター〉を受け取った。
受け取ると、すぐに急加速。
都市防壁北門から、広大な平原へと飛び出していく。
狭い市街地から解放された〈フレアハウンド〉は、その高い機動力を存分に発揮した。
リニアホイールが光の粒子を撒き散らし、大地に美しい二条の軌跡を描く。
すでに速度は、400km/hを超えている。
いつもは無茶な突撃を止めるスザクも、アディのただならぬ様子を感じ取っていた。
黙って機体の空力制御に、専念している。
途中で何機か、帝国軍のGR-3を追い抜いた。
撤退中だった機体だ。
アディは追い抜き様に、セミオートでグレネード弾を撃ち込み撃破する。
相手も発砲してくるが、すれすれで回避。
背中の大型翼と、機体各所に配置された補助翼による空力調整。
リニアホイールの駆動力調整。
これらを組み合わせて、速度を落とさず機体を器用に曲げているのだ。
〈フレアハウンド〉は回避と同時に、反撃のグレネード弾を叩き込んでいく。
「スザク。イースズと交戦中の敵機に、秘話回線通信は開けますか?」
「この距離では、無理ですよ」
「ならば帝国軍全機に聞かれてしまいますが、仕方ありませんね」
アディは無線の全周波数を使い、アシュトンに呼びかけた。
『師匠! アシュトン師匠でしょう!? わたくしです! あなたの弟子、アディ・アーレイトです!』
『アディ……?』
無線機越しだが、間違いない。
懐かしい、師の声が返ってくる。
『そうです。師匠は【奴隷首輪】か何かで、帝国軍に従わされているのでしょう? 安心して、解放軍に投降して下さい。仲間に、首輪を外せる者がいますわ』
『誤解があるようだな、アディ。俺には奴隷首輪など、着けられてはいない』
『ではなぜ? ……まさかアゲイラ様か誰かを、人質に!?』
死んだと思われていた、アシュトンが生きていたのだ。
アゲイラ妃も生き延びていて、人質にされている可能性だってある。
誰よりもアゲイラを崇拝し、忠誠を誓っていたアシュトン。
彼女を人質にされているとしたら、従うしかあるまい。
『アゲイラ様……アゲイラは死んだよ。目の前で、レクサ将軍のGR-1に斬られた。即死だ……。セブ、ティーゼ、エセルス、……そしてアゲイラ。かつて一緒に大陸を旅した仲間達は、みんな死んでいった。イレッサ様が亡くなられたのも、間違いない』
段々と、アディの頭は混乱してきた。
『奴隷首輪でもない。人質でもない。ならばなぜ、師匠は帝国軍なんかに従っているのです!? 奴らはわたくし達から、大切な人達を……居場所を奪った奴らですよ!?』
『強い者に従う。俺達獣人は、そういうものだろう?』
アディは、頭を殴られたような衝撃を受けた。
確かに獣人族には、強い者を尊重する風潮がある。
しかし多種多様な種族が暮らすルータス王国では、その風潮は薄かったはずだ。
それにアディはアシュトンが帝国軍を、「強い者」と認めているのが理解できなかった。
ニーサ帝やレクサ将軍、英雄セナ・アラキなどの強者はいるが、アシュトンが彼らに従わなければならないほどだとは思わない。
帝国軍が、マシンゴーレムを持っていなければ。
ルータス騎士団にも、マシンゴーレムがあれば。
あの戦争の結末は、違っていたはずだ。
何よりアシュトンはルータスという国を、そこに暮らす人々を愛していたのだ。
それを滅ぼした、帝国軍に加担しているなど信じられない。
『そんな……。師匠は帝国軍を強者だと認め、自らの意思で従っていると……』
『動揺しているな、アディ。俺は教えたはずだ。強い精神を持てとな。このぐらいのことで、いちいち心を乱していては……』
無線機越しに、くぐもった破裂音が聞こえた。
魔力レーダーのディスプレイから、緑色の光点が消える。
イースズの乗る、〈サジタリィ〉の反応を示す魔力反応が。
『……また、大切なものを失うぞ』




