第72話 師匠との日々~父親ってこんな感じかしら?~
『バラバラになりたくない奴は、どきなさーい! ルータスのアブナイ女王、エリーゼ・エクシーズが通るわよー!』
戦闘中だというのに、エリーゼは外部拡声魔道機器でがなり立てる。
これには、心理戦の意味もあった。
討ち滅ぼしたと思っていたルータス王族が向かってくるというのは、帝国兵にとってみれば恐怖の対象。
捕まって奴隷兵となっているルータス国民がいた場合、寝返りを誘うこともできる。
よってXMG-1〈サルタートリクス〉は、自機の位置を派手に宣伝しながら突き進んで行くことになってしまった。
突進速度が自慢の〈サルタートリクス〉だが、市街地に入ってからはスピードを落とす。
狭すぎて、背中の大型推進器は限定的にしか使えない。
こうなると、アディ・アーレイトのXMG-2〈フレアハウンド〉でもついていける。
むしろ整備された道路のある市街地なら、〈フレアハウンド〉の方が速い。
〈超魔導リニアホイール〉により、高速の滑走機動が可能だからだ。
それでもエリーゼは得意の格闘戦に持ち込もうと、敵機にガンガン突っ込んでいく。
援護射撃を行うアディは、多忙を極めていた。
『全く。姫様のお転婆は、昔から変わりませんのね……』
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アシュトン・マーティーン師匠にお城へと連れて来られて、しばらく経った頃です。
姫様付きのメイド兼護衛となるべく、わたくしは修行を始めました。
人生でもっとも忙しく、そして充実した日々のスタートでしたわ。
まずはメインになったのは、メイドとしての修行の方です。
こちらは、かなり順調でした。
母アーリィの仕込みの良さに、当時のメイド長は感心していました。
わたくしは、天国の母に感謝したものです。
問題は護衛になるための、戦士修行。
はっきり言って、ムチャクチャ苛烈な訓練でしたわ。
師匠より無茶な訓練をするのは、ケンキ様のマシンゴーレム訓練ぐらいのものでしょうね。
毎日、身も心もズタボロです。
ああ、可哀想なわたくし。
それでも耐えられたのには、理由があります。
訓練時は鬼のように厳しかった師匠が、それが終わるととても優しかったからですわ。
母とは違い、ちょっとぶっきらぼうでしたけど。
いつもわたくしのことを考えて、わたくしのために行動してくれていた師匠。
修行で傷だらけになったわたくしの体に、傷薬を丁寧に塗り、湿布を優しく貼ってくれた師匠。
メイド修行の進み具合を、黙って――だけどしっかりと頷きながら、聞いてくれた師匠。
わたくしが熱を出した時に、護衛のシフトを交代してまで付きっきりで看病してくれた師匠。
わたくしは父親という存在を、知らずに育ちました。
ですがもし父が生きていたら、きっと師匠のように接してくれる存在だったのでしょう。
そう考えておりました。
母を失ったわたくしに、母親のように接してくれたイレッサ様も心の支えでした。
イレッサ様は、母と大変仲がよろしかったようです。
よくわたくしに、母との思い出を語って下さいました。
「アディ。エリーゼのことを、頼むわね」
イレッサ様にそう言われると、どんなに厳しい訓練も耐えられる気がします。
それに姫様は、子供の頃から天使のように可愛くて……。
グフフフ……。
あら、わたくしとしたことが。
そんな姫様でしたが、幼い頃から剣術や体術、魔法の授業を受けることになりました。
王族として、護身のためです。
するとまあ大変。
前代未聞の急成長を遂げられて、周囲の大人達を驚かせました。
特に剣術は8歳にして騎士団長を圧倒してしまい、稽古相手を務められる者がいなくなってしまったのです。
「なにぃ!? 騎士団長じゃ、エリーゼの相手にならねえだとぉ!? なら稽古相手は、俺しかいねえじゃねぇか!」
何とセブルス・エクシーズ陛下自らが、姫様に剣の稽古をつけるとおっしゃったのです。
それも凄く、嬉しそうに。
確かに国内最強の剣士といえば、陛下なのですが。
「はいはーい。陛下、お仕事が溜まっていますよ~。エリーゼ様と遊ぶのは、また今度にしましょうね~」
「は~な~せ~! おい! お前ら! 俺のことを、王様だと思ってねえな!?」
「いつも『俺は国王なんて、ガラじゃねえ!』とかほざいているくせに、こんな時だけ王様アピールしないで下さい」
陛下は文官2人に両脇から抱えられ、引きずられて行きました。
ちょっと、泣きそうなお顔をされていましたわ。
それから先、陛下はちょくちょく政務から逃げ出し……もとい。
忙しい合間を縫って、姫様に稽古をつけに来られました。
騎士団長を圧倒してからは、ちょっと調子に乗っていた姫様。
ですが鼻っ柱を、へし折られたようです。
お城の中庭で、地面に突っ伏し泣きじゃくっておられます。
模擬戦で、陛下からコテンパンにのされてしまったのですわ。
悔しそうに泣く姫様は、嗜虐心をそそります。
何だかわたくし、ゾクゾクしてしまいますわ。
ウヒヒヒヒ。
……コホン、失礼いたしました。
姫様を地面に這いつくばらせた陛下は、わたくしに向かって手招きをします。
「おい! アディ! お前も最近、腕を上げたそうじゃねえか。ちょーっと俺に、見せてみろ」
わたくしが隣に居た師匠の顔をうかがうと、師匠は頷いて許可を出してくれました。
「陛下は手加減すると怒るぞ。殺すつもりでやれ」
とても臣下のものとは思えない、師匠の発言。
それを受けて、陛下は楽しそうにニィっと笑みを浮かべました。
歴戦の獣戦士でも震え上がってしまう、獰猛な笑みです。
わたくしは不意打ちで、2本の投げナイフを同時に投擲しました。
狙いは陛下の両眼。
ナイフはスカートの下に隠してあるのですが、下着が見えてしまうようなヘマはしません。
見えそうで見えないのが、メイドの嗜みなのです。
陛下が飛んでくるナイフに気を取られているうちに、わたくしは背後へと回り込みます。
並の戦士なら、消えたと感じるほどのスピードだったと自負しておりますわ。
わたくしは無防備な陛下の背中に、接近戦用の短剣を突き立てようとしました。
「ふーむ。いい仕上がり具合じゃねえか。ずいぶん念入りに、鍛えてあるな。良くやった。アシュトン」
陛下はわたくしが投擲したナイフを、左手の指の間に挟んで止めていました。
体重を乗せて放った突きは、右手の人差し指と親指だけで完全に止められています。
陛下は背後のわたくしを、振り返ってもおられません。
師匠の方を向いたまま、労いの言葉をかけています。
「恐れ入ります、陛下」
「公的な場所以外じゃ、そういう言葉遣いはよせって! 一緒に旅した、仲間じゃねえか」
「わかったよ、セブ。……アディが強くなったのは、本人の強い意志と努力の賜物だ。俺はちょっと、手伝ったに過ぎない」
師匠は無表情のまま。
ですがわたくしのことを褒められて、尻尾がパタパタ揺れていました。
わたくしもそれを見て、尻尾が揺れるのを止められませんでしたわ。
「ふーむ。護衛メイドって、何かいい響きだな。アディ以外にも、育成してみるか?」
陛下は顎に手を当てて、思案しておられます。
大賛成ですわ。
増やしましょう。
護衛メイド。
「しかしエリーゼがこの調子で強くなるなら、アディほどの手練がわざわざ護衛につかなくてもなあ……。もったいないから、誰か他の奴の護衛に回すか?」
大ピンチですわ!
このままでは、姫様の護衛に就くことができなくなってしまいそうです。
ああ……。
護衛にかこつけて、姫様にあんなことやこんなことをしようとしていた企みがパアですわ。
「あなた。エリーゼに襲い掛かって来るのは、なにも暗殺者や敵兵、暴漢ばかりではないのですよ?」
傍らから稽古を見学されていたイレッサ様が、わたくしに歩み寄りながらおっしゃられました。
「アディ。私があなたにエリーゼを守って欲しいというのは、直接的な武力や暴力からだけじゃないわ。孤独や悲しみ、苦悩からも守ってあげて欲しいの。セブや私が、そばにいられない時に。姉や友人として。そういったものから、あの子を守ってあげて」
やさしい眼差しで見つめてくるイレッサ様に、わたくしは無意識で「はい……」と返事をしていました。
「そうだな。それとウチの可愛い娘に近づく悪い虫共も、蹴散らしてやってくれ。貴族とかが相手でも、容赦しなくていいぞ? ケツは俺が持ってやる」
「あなたがそれを、言いますか? 自分が何て言われているか、知っているの? 『大陸最強の悪い虫』とか、『愛娘ハンター』なんて言われているのよ?」
「言っている奴らが誰か、大体見当がつくな……。ふう、もてる男はつらいぜ。あと俺から湧き出す愛の量が、並みの男とは比べ物にならないせいでもあるな。イレッサ。俺の熱~い愛を受け止めきれるような女は、そんなに多くないんだぜ」
陛下はそう言ってイレッサ様の手を取り、イチャイチャし始めました。
師匠は気まずそうに、明後日の方向を見ています。
姫様は……そうだ、姫様!
大人気ないオッサンに叩きのめされて、ヘコんでいる姫様をお慰めしなくては。
わたくしは急いで、地面に這いつくばったままの姫様に駆け寄りました。
まだ、泣きじゃくり続けています。
かなり物騒なことを言いながら。
「うえっ、うえっ、……ひぐっ! ……お父様は、いつか私が叩っ斬るんだから!」




