第68話 開戦の火蓋~説明をしてもらえるんでしょうね?~
「パァン!」
背後から聞こえた銃声に、スーテラ・トーターはビクッと体を震わせた。
数秒遅れて、彼女は気付く。
何かがおかしいと。
銃口は背後からではなく、左右からこめかみに押し付けられていたはずだ。
「へへへ……。スーテラ、びっくりした?」
スーテラが銃声だと勘違いしたのは、アレックス・S・マッサがボイスパーカッションで再現したものだった。
リビング内にいた全員が、一瞬本物の銃声かと思って警戒してしまった。
リアル過ぎるモノマネである。
「おおっ! 大統領に、ケンキの旦那に、エリーゼちゃんに、ヴィヴィオさんに……そうそうたるメンツが、そろってるじゃねーか。……やっぱりウチの社長も、グルだったか」
陽気にヒュウと、口笛を鳴らすアレク。
スーテラの両こめかみに押し付けられていた銃口は、すでに下げられている。
それでも彼女は下を向き、プルプルと全身を震わせていた。
顔を真っ赤にしながら。
「何だ? ビビリ過ぎだろう、スーテラ。ひょっとして、漏らしちゃった?」
デリカシーの無いアレクの冗談に対する返答は、強烈な右ストレートだった。
全身の回転運動を綺麗に直線運動へと変換したパンチは、的確にアレクの顔面を捉える。
彼の長身はリビング外へと吹き飛び、廊下の壁に叩き付けられた。
リビングルーム内からその光景を見ていた安川賢紀は、自身の並外れた魔力感知能力ゆえに気付いてしまった。
スーテラがひっそりと股間付近に、浄化魔法を使ったことを。
彼女の名誉(と、自分の身の安全)を守るために、絶対誰にも悟られないようにしなければ。
賢紀は固く、心に誓う。
「お嬢さん、すまねえ。ちと、悪ノリが過ぎたみてえだな」
左側からスーテラに銃を突きつけていた豚獣人、ポルティエ・ナイレーヴンは素直に謝罪した。
スーテラの剣幕と右ストレートに、恐れをなしたのかもしれない。
「アレクはわたくしが責任をもって、射殺しておきますわ」
右側から銃を突きつけていたアディ・アーレイトは、しれっと責任をアレクに転嫁していた。
殺気を放ってスーテラをビビらせていたのは、自分だというのに。
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「いてて……。死ぬかと思った」
賢紀の回復魔法により、アレクは意識を取り戻した。
「スーテラの親父さんの夢を見たよ。川の向こう側から、笑顔でおいでおいでしてた。あの笑顔はマシンゴーレム習熟訓練の時、地獄のシゴキを始める前の笑顔と同じだった。俺はもう、全速力で逃げ出したね」
臨死体験から生還したアレクは、頬をさすりながらエマルツ・トーターとの邂逅を語った。
エマルツがアレクの訓練教官だったというのは、賢紀にとって初耳だ。
自分が手を下した相手の話が出て、少し後ろめたい気持ちになった賢紀。
だが教え子のアレクと娘のスーテラは、あまり故人をしのぶような雰囲気ではなかった。
「そうか。父より私に、シゴかれるほうがいいか。明日の昼休みから白兵戦の個人レッスンを、もっとハードにしたほうが良さそうだな」
「社長! 昼休みはしっかり休むよう、スーテラに言ってくれ!」
「そうだ! ロスター社長! 昨晩の襲撃について、社長も一枚噛んでいるとか。納得のいく説明を、してもらえるんでしょうね? 返答によっては――」
スーテラがローザリィ社を辞めると言い出さないか、仕事を斡旋した賢紀は心配した。
しかし――
「返答によっては、特別手当を要求します!」
なんとも現金なスーテラの発言に、少しホッとした賢紀だった。
「わかったわかった! 次のボーナスに、上乗せしといてやる。お前らに黙っておいて悪かったと、ワシも思っておる」
スーテラの剣幕に、ロスター社長もタジタジである。
あっさりと、特別手当の支給を呑んでしまった。
「ほれ見ろ、ヴィアルゼ。ウチのガキ共は、気付いただろうが。じゃからこの2人には話しておいたほうが良いと、ワシは言ったんじゃ」
「ええい! 他人のせいにするでない! 『教えておくと、演技っぽくなるから』という意見に、お主も同意したではないか!」
ロスター・ローザリィ社長の非難に、反論するヴィアルゼ・スヴェール大統領。
この2人は、大統領がまだヴォクサー社の社長だった頃のライバル同士。
ちょっとしたことですぐに意地の張り合いを始めてしまう、仲がいいんだか悪いんだか良く分からない関係で有名だ。
ぎゃあぎゃあ言い争うジジイ達を横目に、エリーゼ・エクシーズがアレク達に語り始めた。
「私も2人には、教えておくように言ったのよ。でないと危な過ぎるわ。本気のアレクとスーテラが駆るMG-2に、GR-1で挑むなんて。あなた達は銃火器なしで、ちょっと攻撃したらすぐ撤退する予定とはいってもねえ」
「やっぱ昨日の銀ピカGR-1の襲撃部隊は、ルータス解放軍の面々か……。エリーゼちゃん、操縦上手くなったな~」
「死ぬかと思ったわよ。アレク。あなたにはいつか、リベンジするんだから。互角の機体で、勝負してね」
アレクとエリーゼのやり取りを聞いていたスーテラは、大統領達に確認した。
「要するに、昨日の襲撃は『自作自演』なのですね?」
大統領が頷く。
「ポルティエからの情報では、元ルータス王国の首都エランに大規模なマシンゴーレム部隊の集結が始まっておる。近いうちに、リースディア帝国が仕掛けてくることは明白じゃ。しかしいまだに共和国議員の中には、開戦に腰が引けておる者もいる」
そこで大統領は、リビング中央のテーブルに置いてある魔道具を操作した。
空中に映し出された映像は、マシンゴーレムの戦闘動画。
銀色のGR-1〈リースリッター〉に斬りかかられる、ローザリィ社のMG-2〈ユノディエール〉。
昨晩ローザリィ社のマシンゴーレム試験場で、撮影されたものだ。
「こいつを共和国議員達が見れば、満場一致で帝国への宣戦布告が決まる。それにこの映像があれば、魔国ディトナやフォーウッド精霊国にも開戦の正当性を主張しやすい。……ま、帝国は自作自演だと騒ぐだろうがな」
大統領は、人の悪い笑みをニヤリと浮かべた。
彼はこの時を、ずっと待っていたのだろう。
愛する娘、イレッサ。
その夫であり、大統領の親友でもあったセブルス・エクシーズ。
大切な2人を奪った、帝国への復讐の時を。
大統領の隣には、息子であり現ヴォクサー社の社長であるヴィヴィオがいた。
彼は感情を殺した目で、動画を見ている。
父親のあからさまな怒りに隠れがちだが、彼も姉を奪われた怒りと悲しみを胸に秘めていた。
「やっと、この時が来たわね……。ルータスは、私のものよ。返してもらうわね」
自ら女王への即位を宣言したエリーゼの発言は、いかにも王族らしい内容だった。
しかし言葉とは裏腹に、彼女の声は静かで虚しさに満ちている。
ルータスを奪回しても、彼女が大切にしていた家族は戻ってこないからだ。
「仕事だからな……。悪く思うなよ、荒木。ニーサ陛下。レクサ将軍。グレアムさん……」
賢紀はテスラの大森林で共闘した面々を、思い出していた。
楽しかった建国祭の記憶を、むりやり胸の奥に押し込める。
「仕事だから」と言ったが、賢紀が戦う理由はそれだけではない。
エリーゼ、アディの故郷を取り戻したい。
この世界に来て、最も長く過ごしたイーグニース共和国を守りたい。
だから――
「俺は自由と解放を司る神、フリード神の使徒ケンキ・ヤスカワ。リースディア帝国を打ち倒し、フリード神への信仰を取り戻すのが使命だ」
初めてイーグニース共和国の重鎮達に、素性を明かした賢紀。
「だがこれは、俺自身の意思だ。信徒エリーゼと共に、ルータス王国を奪回する」
いつも平坦な口調で語る【ゴーレム使い】は、珍しく熱を込めて宣言した。
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イーグニース共和国からリースディア帝国への宣戦布告がなされてから、15分後。
かつてはルータス王国の、サーブラウス公爵領と呼ばれた地域。
そこにはイーグニースとの国境線を監視するために設営された、帝国軍の駐屯地があった。
一触即発の状態だったイーグニースへの睨みをきかせるため、GR-1〈リースリッター〉が10機。
最新鋭機であるGR-3〈サミュレー〉が、3機も配備されている。
駐屯地としては、かなり大規模な戦力だ。
『ついに、始まっちゃいましたね。本国のほうからは、まだ何も言ってこないんですか?』
そう無線で呼び掛けたのは、帝国の若い操縦兵だった。
彼はGR-1で、駐屯地周辺を哨戒中。
呼び掛けた相手は、一緒に哨戒任務に就いていた先輩操縦兵である。
『まだだな。本国にもそろそろ、イーグニースの宣戦布告は届いたはずだがな。いくつかの無線を中継しなければならんから、タイムラグがあるのは確かだが……』
哨戒任務中に無線での私語など、先輩である彼が諌めるべき場面だ。
しかし先輩操縦兵は、緊張感を欠いていた。
宣戦布告から、まだ15分しか経っていないこと。
ここ数日の偵察では、イーグニース国境警備軍に増員の動きが見られなかったこと。
そして自分が搭乗しているGR-3の圧倒的な性能に、慢心していたことなどが理由だ。
『俺、不安ですよ。まだ見てないけど、イーグニースにもマシンゴーレムがあるって話でしょう?』
『なーに、心配するな。いざとなったら俺と、このGR-3が守ってやる!』
映像投影魔道機の中で、先輩操縦兵のGR-3が頼もしく胸を叩いて見せる。
それを見て、若い操縦兵はホッとしていた。
『ほう? その程度のチンケな機体に乗っている分際で、ずいぶんと強気だな』
突然無線に割り込んできた少女の声に、帝国の操縦兵2人はギョッとした。
敵機の可能性を考え、若い操縦兵は魔力レーダーに視線を走らせる。
だが自分のGR-1と先輩のGR-3以外、反応は見当たらない。
『誰だ!? 貴様は!? イーグニース軍か!?』
『そう問われて、バカ正直に答える敵がいると思うのか? まあいい、教えてやろう。妾の名は、マリア。さあ踊れ、下僕ども。狂乱の宴を始めようぞ』
『何だ? ……機体の制御が……乗っ取られる!? おい! 逃げろ!』
守ると言ってくれた、先輩操縦兵のGR-3。
その手に握られたマルチランチャーの銃口が、若い操縦兵の方を向いている。
『なんだ? 先程そやつを、「守る」とかほざいていたではないか? どうした? もっと抵抗してみせろ!』
『やめろ……。よせー!』
若い操縦兵は、最期まで動けなかった。
操縦席のメインディスプレイが真っ白な光で包まれるのを、ただ呆然と見つめていた。
宣戦布告から、18分。
リースディア帝国軍の駐屯地がひとつ、壊滅した。




