第66話 母の教え~つよいこころ?~
わたくし、昔の夢を見ていますわね。
「これは夢だ」と、自覚できる夢。
確か、「明晰夢」というものですわ。
小さかった頃の自分。
これは、何歳ぐらいの頃でしょうか?
金色の髪の毛をくしゃくしゃにした、小さな犬獣人の女の子。
泣きながら、道を歩いています。
服はボロボロで、体は擦り傷だらけ。
尻尾も垂れ下がっています。
思い出しましたわ。
これは、5つか6つの時。
近所の悪ガキ共10人とケンカして、負けたのですわ。
女の子は家の扉を開くと、叫びながら駆け込んで行きました。
「お母さーん!」
幼かった頃のわたくし――アディ・アーレイトは、母アーリィの胸に飛び込んで行きました。
母は泣きじゃくる幼き日のわたくしを抱きしめ、頭を撫でてくれます。
お母さん……。
女手ひとつでわたくしを育てるなんて、大変な苦労があったでしょうに。
そんなことはおくびにも出さず、いつもわたくしをやさしく抱きしめてくれたお母さん。
わたくし、不覚にも泣いてしまいましたわ。
21歳にもなって――
でも、ここは夢の中。
誰も見ていないから、かまいませんわよね?
「あらあらアディ、どうしたの? またケンカ?」
恥ずかしながらわたくし、この頃から血の気が多かったのです。
近所の悪ガキ共との抗争に、明け暮れておりました。
そこそこケンカは強かったのですけど、この時の相手は年上の男の子達が10人。
さすがに敵いませんでしたわ。
はて?
おかしいですわね?
わたくしどうして、そんな無謀なケンカを買ったのでしたっけ……?
「あいつら……あいつら! お前の父親は、お母さんとわたしを捨てたろくでなしだって!」
ああ、そうでした。
父のことを馬鹿にされて、プッツンしてしまったのでした。
わたくしが物心ついた時、父は既に亡くなったと聞かされていました。
全く記憶に残っていない、父の姿。
それでもわたくしは、父を誇りに思っていました。
母がいつも、わたくしにこう言い聞かせていたからですわ。
「アディ……。あなたのお父さんは、とっても強い人だったのよ」
「うん、わかってる。だからあいつらにも、そう言ったのに! ろくでなしなんかじゃないって、言ったのに!」
幼かった日のわたくしは、また声を上げて泣き始めました。
「いいじゃない。私とアディは、お父さんがとっても強かったって知っている。私達を捨てたんじゃないことも、知っている。それでお父さんは、満足してくれるはずよ」
「でもわたし、悔しい!」
母はわたくしの頬を、そっと両手の平で包み込みました。
母の手の感触、憶えています。
わたくしを育てるために仕事と家事を懸命にこなし、荒れてゴツゴツした手。
わたくしは、そんな母の手が好きでした。
強くて、頼もしくて、そして優しい手。
母はわたくしの瞳を覗き込みながら、穏やかな声でこう言いました。
「アディ、強くなりなさい」
「あいつらを、みんなやっつけられるぐらい?」
母は優しく微笑みながら、首を横に振ります。
「力だけが、強さじゃないわ。『心』もよ」
「こころ? つよいこころ?」
この時のわたくしは、母の言葉の意味がよくわかっていませんでした。
でも今なら、少しわかるような気がします。
きっと母のような人を、心が強い人というのでしょうね。
ああ……。
そろそろ夢が、醒めてしまいそうですわ。
夢でもいい。
もう少し、母の姿を見ていたい。
無理がたたって、この3年後には亡くなってしまった母の姿を。
待って!
お母さん、行かないで!
わたし、強くなるから!
今度はわたしが、お母さんを守るから!
……お母さん!
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「お母さん!」
「アディ、大丈夫か?」
目の前には、男性の顔がありました。
(お父さん……?)
一瞬、そんな考えがよぎりました。
しかし、目の前にいる男性は人間。
わたくしの父は、獣人だったと聞いています。
寝ぼけていた頭が、ようやく回転を始めました。
まず、ここはもう夢の中ではありません。
現実です。
場所はゴーレム・トラックの荷台。
わたくし達は作戦に備え、交代で仮眠を取っていたのでしたわ。
目の前にいる男性は、わたくし達が信仰するフリード神の使徒。
異世界から来た【ゴーレム使い】、ケンキ・ヤスカワ。
「うなされていたようだが、悪い夢でも見たか?」
これは先程の「お母さん!」という叫びも、聞かれてしまったとみて間違いないでしょう。
頬には、涙の伝った跡が残っているはずです。
空気に当って、ひんやりする感触でわかります。
射殺しましょう。
わたくしはとっさにそう判断し、素早く大口径のハンドガンを抜きます。
銃口をケンキ様の額に、ピタリと突きつけました。
最近のケンキ様は、姫様――もう女王様ですが、姫様と呼ばせていただきます。
その姫様に近づく、害虫の疑いありですわ。
口封じと害虫駆除が同時にできて、一石二鳥というものです。
「発砲はよせ。作戦行動中だぞ」
銃を突きつけられているのに、ケンキ様は眉ひとつ動かしません。
この方も、なかなかに心の強いお人ですわ。
姫様は「そんなことは無いわよ。心の中は、けっこう焦っているはずよ」と、おっしゃっていましたけど。
わたくしには、そうは見えません。
「このことは、誰にも言いませんか?」
「ああ……」
よろしいでしょう。
完全に、信用したわけではありません。
ですがケンキ様を射殺しては、この戦争に勝ち目がなくなってしまいますもの。
わたくしはゆっくりと、銃口を下げました。
「なあアディ。年頃の女の子が泣くのが、そんなに恥ずかしいことなのか?」
「わたくし、『年頃の女の子』をやっている場合ではありませんの。母との……そして姫様の母上であらせられるイレッサ様との、大事な約束がありますので」
「そうか……」
それ以上、ケンキ様は何も言いませんでした。
わたくしはゴーレム・トラックの後部にある扉を開け、外に出ました。
トラックの傍らには、4機の人型機動兵器。
片膝を地面に着いた、駐機姿勢です。
マシンゴーレム。
わたくしと母の故郷ルータス王国を滅ぼした、悪夢の兵器。
科学と魔法が混ざり合った、鉄の巨人。
それに乗って戦場を駆けることになるとは、なんとも皮肉なものです。
でもまあ、道具に罪はありませんものね。
道具は使う者の心次第。
わたくしはこのマシンゴーレムに乗って、大切なものを守ります。
そしてあの日、失ったものを取り返します。
必ず。
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イーグニース共和国の首都、スウィーフトの郊外。
そこには、ローザリィ社のマシンゴーレム研究所・試験場がある。
MG-2〈ユノディエール〉の開発中は、夜中までフル稼働していた。
だが機体が完成した今は、夜中まで動いてはいない。
深夜は虫の声が、夜の闇に静かに響くだけ。
――のはずだった。
「遅いぞ! アレク!」
「悪い! スーテラ! パンツが見つからなかった!」
「パンツぐらい、穿いて寝ろ!」
深夜の試験場には、けたたましい警報が鳴り響いていた。
侵入者だ。
何者かに侵入された場合、マシンゴーレムを強奪されるのは非常に危険。
なので侵入者があった時の対応が、社則で定められている。
宿舎で寝泊りしているスタッフはドックに集まり、テストパイロットは機体に搭乗。
起動状態で、待機するようにと。
「産業スパイかな?」
「それなら、まだいいがな……っ! この識別反応は……GR-1が3機!」
リースディア帝国軍のマシンゴーレム、GR-1〈リースリッター〉。
最新型であるGR-3〈サミュレー〉への転換が進んでいるとはいえ、いまだに帝国軍の主力を務めるマシンゴーレムだ。
「マジかよ!? 帝国軍か!? 国境警備軍は、何をやってるんだ!」
アレクが叫んでいると、操縦席の魔道無線機から大きな声が響き渡った。
ロスター・ローザリィ社長の声だ。
『ガキ共! もう機体には、乗っているな!?』
「そんなデカい声出さなくても、聞こえてるって! 研究所に来てたんだな、社長」
『たまたまな。それよりもアレク、スーテラ。帝国のクソ野郎共は、こともあろうか我が社にケンカを売ってきおった。民間企業だからって、ナメられるわけにはいかん。……やれ!』
社長の爆弾発言に、さすがのアレクも引く。
「い……いいのかよ? 間違いなく、戦争になるぜ」
『奴らがここに出現した時点で、もう開戦は確実じゃ! 古巣とは、戦えぬか?』
アレクは、わりと平気だ。
帝国軍に居た頃の忠誠心は、全ての兵士の中でも最下位争いをしていた自信がある。
しかし、スーテラはどうだろうか?
アレクは機体の〈クリスタルアイ〉越しに、隣にいたスーテラのMG-2を見やる。
『フッフッフッ……。帝国軍……。私にセクハラとパワハラの限りを尽くしてきた、帝国軍……。シアーゼ隊長をはじめとして、ろくな連中がいなかった……。マトモだったのは、エマルツ兵団長くらいのもの……。今こそ、鬱憤を晴らす時!』
スーテラの機体。
そのカメラ部分に当たるゴーグルが、危険な光を宿した。
「社長~。なんかスーテラ、超殺る気みたいよ」




