第64話 女王の即位~いつ即位したのですか?~
「何? ベッツ? こんな時に……。愛の告白かしら?」
冗談めかして言うカレラ・ジーテに、ベッツ・アーエムゲイルは真顔で答えた。
「単刀直入に言うと、そうだ」
「ベッツ……。あんまりストレート過ぎるのも、ムードが無いわ……。女の子からは、引かれちゃうわよ?」
カレラは「困った人ね」と言いたげに、整った鼻からフーッと息を吐き出す。
「では、改めて……。カレラ、イーグニースに住まないか? 私と一緒にだ」
眼鏡のブリッジを指で押し上げながら、ベッツは問いかけた。
その表情には、微かな緊張が見て取れる。
「ゼフォーとローラを失ったエルフの里は、バラバラになる。大森林に引きこもっていた連中も、これからは自分達で考えて、道を決めなければならない。大森林が枯れるまで森の中で暮らす連中と、イーナクーペの街まで出てくる連中に分かれるだろうな」
ベッツが予想する今後の展開を、カレラは静かに聞き続ける。
「君はイーナクーペまで、出てくるつもりだろう? どうせならさらに広い世界を、私と2人で見に行かないか?」
カレラは両腕を組み、悪戯っぽく微笑みながら答えた。
「うーん。さっきの告白よりは、マシな誘い方ね。60点。ベッツ……私、あなたのこと好きよ」
「それじゃあ……」
「でもダメ。イーグニースには、エリーゼちゃんやアディちゃんがいるんでしょう? 私は、あの子達の近くには行けない。……あなたは気付いているはずよ? ポルティエ・ナイレーヴンにセブルス・エクシーズの暗殺を依頼したのは、【テスラガード】時代の私」
「どうせ、ゼフォーの命令だろう? それにエリーゼ殿下やアディ殿が、気にしているわけがない。化け物セブは傷ひとつ負わなかったし、狙われた本人が嬉々としてポルティエを諜報員に雇いやがったんだからな」
カレラは右手の人差し指と中指を立て、口塞ぐようにベッツの唇に押し当てた。
「理由その2。あなたはまだ、大事なお仕事の途中じゃなくて?」
「確かに。エセルスと、バカセブに頼まれたよ。『自分達に何かあった時には、遺伝子魔法学で子供達の力になってくれ』とね」
「少なくともルータスを取り戻して、エリーゼちゃんの政権が安定するまでは彼女に協力しないとダメよ。……そして理由その3、コレが1番大きな理由。私はここに残って、やることがあるの」
それはベッツにとって、意外な答えだった。
「ここに? イーナクーペまで出ずに、テスラの大森林の中に残ると? 森の中に残る連中のまとめ役にでもなるつもりか? 一体何をする気なんだい?」
カレラは妖艶に微笑んで、ふっくらした唇をベッツの耳に近づけた。
彼女はそのまま、甘く囁く。
「け・ん・こ・く♪」
「はあ?」
愛する女性の前なのに、これまでの人生で最も間抜けな返事をしてしまった。
ベッツはそう、深く反省した。
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「はい。みんな、ちょっと聞いて」
神殿の裏手から、表へと戻ったベッツとカレラ。
カレラはポンポンと手を叩き、エルフ達の注意を自分に向けさせた。
「ゼフォー様やローラ様がいなくなって、とっても不安になっているのは分かるわ。だけどいつまでも、オロオロしているわけにもいかないでしょう? 世界樹が枯れた今、大森林もいつかは枯れてしまうもの」
「カレラ……。ワシらは大森林を出て、イーナクーペの街で生きていくしかないのか? しかし今さら、他の種族と共存する生活に適応できるかのう?」
カレラの呼びかけに、1人の老エルフが不安そうにぼやいた。
「他の種族と上手く付き合う必要はあっても、無理して外の暮らしに合わせることもないと思うわ。私達は誇り高き森の民。マナの守り手、エルフですもの。その誇りは、これからも必要よ」
この場の大多数を占めるのは、森の中で暮らしていたエルフ達。
彼らは皆、不安そうな顔をしている。
一方で割と平気そうなのが、イーナクーペの街からゼフォーの葬儀に駆けつけたエルフ達だ。
彼らはすでに、他の種族と交流するのに慣れている。
そしてもうひとつ。
動揺していない理由がある。
(カレラめ。イーナクーペの連中には、すでに根回しを終えているな? 私にゼフォーを止めて欲しいと連絡して来た時には、もう計画は進行中だったわけだ)
舌を巻くベッツの前で、カレラの演説は続いていく。
「エルフとしての誇りは持ちつつ、外の種族と対等に付き合っていく必要があるわ。そのために、エルフの国家を作りましょう。名前は『フォーウッド精霊国』。精霊女王ローラ様は、消滅したわけじゃない。世界樹が枯れて、姿を現せなくなっただけ。これからも変わらずに、私達の国を見守って下さるわ」
エルフの集団のあちこちから、歓声が上がった。
「フォーウッド! いい名前だ!」
「精霊女王万歳!」
「いいぞー! カレラ、いいこと言うなあ!」
歓声を上げていたのは、カレラが仕込んだサクラ達だ。
だがそれに釣られて、他のエルフ達の歓声も徐々に大きくなる。
「フォーウッド!」
「カ・レ・ラ!」
「フォーウッド!」
「カ・レ・ラ!」
場が充分に盛り上がった所で、カレラはとても重要な話をサラッと切り出した。
「とりあえず暫定として、私が国の代表ということでいいかしら?」
『意義無ーし!』
ベッツはガクッとよろけた。
普段は陰気な森のエルフ達が、あまりにも簡単に熱狂し過ぎだろう。
まだ若いカレラを、あっさり国の代表にしてしまった。
「ま……まあカレラは【テスラガード】のリーダーを務めた経験もあるし、私とゼフォーに次ぐハイエルフの後継者候補と言われてたからな……。元から発言力はあった」
それにしても、この鮮やかな扇動手腕。
本当は彼女こそ、1番ハイエルフの後継者に相応しかったのではないのか?
とんでもない女傑に惚れてしまったものだと、ベッツは苦笑いを浮かべた。
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エルフ達がフォーウッド精霊国の誕生に湧き立つ様子を、リースディア帝国から来た3人は警戒しながら見守っていた。
レクサ・アルシエフ将軍は眉間にしわを寄せ、低い声で呟く。
「これは……。まずい流れですね」
「ああ……。できればこの場でフォーウッドを国家として認め、同盟まで締結してしまいたい。先にイーグニース共和国と同盟でも結ばれたら、大事だからな。しかし……」
リースディア帝国の若き女帝、ニーサ・ジテアール。
彼女は、苦虫を噛み潰したような表情をしている。
「ニーサの権限なら、独断での同盟締結は可能なんじゃないのか?」
荒木瀬名の指摘に、ニーサは頭を抱えた。
「本来ならば、そうだ。しかしフォーウッドは、エルフの国家。帝国の主流である、亜人排斥派の貴族達が黙ってはいまい。奴ら全員を敵に回せば、さすがに私も退位を迫られる」
充分に根回しさえすれば、亜人排斥派を敵に回すことなく同盟締結も可能だろう。
帝国内の亜人を嫌う者達の中にも、エルフだけは特別視している者が多い。
その高い魔法技術や、射手としての能力。
人間族とは一線を画す美貌は、憧憬の眼差しで見られるのだ。
エルフを欲しがる、下種な奴隷コレクターの資産家もいる。
イースズの射撃・マシンゴーレム操縦技能を高く評価していた、軍部の人間達もいる。
彼らを巻き込み、時間を掛けて根回しを行えば――
しかしこれは、スピードを要する案件だ。
イーグニースのヴィアルゼ・スヴェール大統領が、フォーウッド建国の話を聞きつけたら?
先に同盟でも結ばれたら、今度は反ニーサ派の攻撃材料にされてしまう。
「なぜ陛下はその場にいて、同盟を締結しなかったのか?」と。
絶大なカリスマ性を持つニーサが統治しているとはいえ、帝国も一枚岩ではないのだ。
イーグニースの大統領は、エリーゼ・エクシーズの祖父。
帰国した彼女は、真っ先にフォーウッド建国の報告をするだろう。
しかし、この大森林からイーグニース共和国は遠い。
ここからニーサが帝国まで帰るのに比べ、エリーゼがイーグニースに帰り着くのにはかなり時間がかかる。
それにイーグニースは共和制ゆえに、意思決定にも時間がかかるはずだ。
「中途半端な根回しになるかもしれんが、ギリギリいけるか?」
頭をフル回転させるニーサだったが、事態はさらに予想外の方向へと爆進する。
凛とした王族モードに切り替えたエリーゼが、とんでもないことを言い出したのだ。
「わかりました。ルータス女王エリーゼ・エクシーズが、正式にフォーウッド精霊国の建国とカレラ・ジーテ女王の即位を承認いたしましょう。今ここに、両国の同盟締結を提案させていただきます」
エリーゼの隣でお茶を飲んでいたアディ・アーレイトとイースズ・フォウワードが、盛大に鼻から飲み物を噴き出す。
飛沫で小さな虹が発生した。
2人とも、美人が台無しである。
「驚いたぞ、エリーゼ。いつ、即位したんだ?」
「驚いてる」と言いつつも全然そうは見えない様子で、安川賢紀はエリーゼに尋ねる。
「今よ。どうせ私以外に、王位継承権のある兄姉は生き残っていないもの。イーグニースと帝国の戦争が始まれば、私はルータス女王を名乗り解放軍の旗頭になるつもりだったし。……ちょっと早くなっちゃったけど、問題ないわ」
色々と、問題はありそうだ。
だが残念ながら、それを指摘してくれる者がこの場には誰もいなかった。
「うおーっ! ルータス王国の女王が、俺達の国を認めてくれたぞ!」
「ルータスは、私達エルフを高く評価している国よ! エセルスが王家に嫁いだし、ベッツも研究者として高い地位にいるらしいわ!」
「知っているか? エリーゼ女王は、イーグニース大統領の孫娘でもあるんだぞ!」
ここぞとばかりにサクラ達が、エリーゼに都合のいい情報だけを叫びまくる。
「ルータスって滅亡しなかったっけ?」
とか、
「ルータスの王様って、セブルスっていうオッサンじゃなかったの?」
といった声は、聞こえてこない。
そういう情報を知っているイーナクーペのエルフ達は、扇動する側に回っている。
森の中で暮らしていたエルフ達は、外界に興味が無く情報に疎いのだ。
「エルフにとって都合のいい国の女王が、自分達の国を認めてくれたみたいだ」くらいにしか思っていない。
「……やられた。我々帝国との同盟は、最初からカレラ・ジーテの選択肢になかったのだな」
ニーサは「もうしょうがない」とばかりに、諦めの溜息をついた。
「陛下。帝国内の亜人差別を取り除くには、まだまだ時間がかかります。今のまま同盟を締結していたとしても、プライドの高いエルフ達はやがて離反していたでしょう」
「もうここに居合わせた時点で、ニーサの政治的ダメージは避けられなかったってことか……」
「レクサ。瀬名。そう深刻そうな顔をするな。私の政治的ダメージは避けられなかったが、人間族存亡の危機は避けられたのだ。当面のところは……だがな。今はそれを、素直に喜ぶとしよう」
ゼフォー・ベームダールの葬儀会場だったはずなのに、ローラの大神殿は建国祭典の場へと変化を遂げつつある。
「さあ、今夜は建国の宴を催すわ。エルフ族による新たな歴史のスタートを、祝いましょう」
『うぉーっ!! カレラ女王、バンザーーーーイ!!』
どうやらエルフには、「喪に服す」という習慣がないらしい。
故人ゼフォーが忘れられているようで、なんだか可哀想になった賢紀。
ゼフォーのお墓である新しく植えられた木に向かい、【ゴーレム使い】はそっと祈った。
(ゼフォーさん。エルフ達は自分の力で、逞しく生きていけそうです。あ。それとあなたの愛機〈ミドガルズオルム〉は、ドサクサに紛れて俺がいただきました。リアクターの魔石もエルフじゃないみたいですし、返さなくてもかまいませんよね?)




