第62話 破滅へのカウントダウン~まさか1週間もないとか?~
「ああ! イースズ! わかってくれたのですね! すっかり反抗期に入ってしまったベッツと違って、貴女はなんていい子なんでしょう!」
「婆さん、せからしか。別に、あんたのためなんかじゃなかけん」
パアッと明るい表情を見せた精霊女王、アフローラ。
だがイースズの「婆さん」呼ばわりに、彼女は顔を両手で覆い泣き始めた。
若干、ウソ泣き臭い泣き方だったが。
「ううっ……。イースズもやっぱり、私の想いをわかってくれない。その上私を、『婆さん』だなんて……。リースディース様みたいな本物のババアに比べたら、私は若くてピチピチなのに……」
最後の方は誰にも聞こえないような、小さな呟きだった。
しかし女神の使徒である荒木瀬名は、聴力も女神の加護により地獄耳だ。
「あー、ローラ様? 俺、リースディース様の使徒であるセナ・アラキっていいます」
「リースディースの使徒」というワードに、ローラの全身がビクーン! と震える。
「リースディア帝国が滅びていたら、リースディース様のお力は激減していたことでしょう。ゼフォー・ベームダールの行動は、あなたの管理責任になるのでは? それと今の『ババア』呼ばわりは、リースディース様にきっちり報告させてもらいますんで」
「ごめんなさい! 報告しないで下さい! 『戦女神のシゴキ』は、もう嫌です。ババアデストロイヤーとか脳筋女神だなんて、私はこれっぽっちも思っていません。リースディース様は、いつまでも若くてお美しいです!」
ローラは目にも留まらぬスピードで瀬名に駆け寄り、アフロヘアーを地面に擦りつけながらスライディング土下座を決めた。
その様子を見ていた安川賢紀は、全く動じていないように見えて心底ビビっていた。
「リースディースは、相当怖い女神みたいだ」と。
「浮気したフリード神にも、情状酌量の余地があるかもしれない」と。
地面に這いつくばったまま、ガタガタ震える精霊女王の威厳もへったくれもない姿。
それを見て賢紀は、ローラとフリード神にちょっと同情的な気分になっていた。
「全く! やってられないわよ! 戦女神リースディースに、自由神フリード。この世界の子達も最初は私の言うことを聞いてくれていたのに、最近は反抗的な子達ばっかり。もう嫌ぁーーーー!」
精霊女王は乱心した。
崩壊する世界樹をバックに、アフロ少女の絶叫が響き渡る。
「ローラ様、ちょっとお話があるのですが。私は『仕事しない先輩』の使徒、ケンキ・ヤスカワと申します」
「何? フリード様の使徒? あんたからも何か言ってよ! あいつマジで仕事しないで、地上を眺めているばっかりなんだから! 世界の管理者の仕事、舐めんじゃないわよ!」
リースディースに比べて、フリードはローラから甘く見られている。
賢紀にとって、それがちょっと癪だった。
今のローラを見ていると、自分のボスのやり方も間違っていないと思えたからだ。
「ええ。私もそれには、苦労しておりまして。フリードは今、報いを受けて消滅寸前まで追い込まれております。話というのは、イースズ・フォウワードの世界樹化の件についてなのですが……」
「何よ? 本人が世界樹になってくれるって言うんだから、問題無いでしょう?」
「それが大ありです。私がイースズの世界樹化を認めません、無効です」
ローラが「は? 何言ってんの?」といった表情で目を見開く。
「ケンキさん……。きっと反対してくれると、思っとったよ。本音を言えば、もっとみんなと一緒にいたかった……」
「いや、イースズ。無効だ」
「ばってんあたし、考えたとよ。世界が滅びれば、結局みんなとは一緒におれんたいね……」
「聞いているのか? 無効だ」
「あたしが世界樹になっても、ケンキさん会いに来てくれるとよね? できれば年に1回は来て欲しか。そんで世界樹になったあたしの目の前で、あたしの思い出話に花を咲かせて。いつも旅の野営でやっとるみたいに、ワイワイと食事しながら」
全然話を聞かず、自分の世界に入っていたイースズ。
彼女に、賢紀の制裁が炸裂した。
小型無人マシンゴーレム〈トニー〉による、こめかみグリグリの刑。
石頭のエリーゼやアディでも悲鳴を上げる、パーティ内で恐れられているお仕置きだ。
「いったあー! ケンキさん、なんばすっとね!?」
「お黙りなさい、イースズさん。あなたの首についているものは、何ですか?」
「【奴隷首輪】です……」
「ニーサ陛下。この場合奴隷のイースズは、主人である私の命令を拒否できますか? 帝国法に基づいての話です」
「奴隷に危害を加えるような命令でない限り、拒否権は無い。むしろヤスカワは、奴隷を保護するために命令を下したと見られるな」
ニーサの回答を、ローラは一蹴した
――いや。
しようとした。
「ここは『エルフの里』よ! 国家としての体は成していないとはいえ、どこの国にも属していない自治区。帝国法ごときが、通用する場所ではないわ!」
「『帝国法ごとき』だと? ……先程から精霊女王殿は、聞き捨てならない発言が多いな。リースディース教が、帝国の国教であることをお忘れではないか?」
ニーサ・ジテアールは、強力な氷の魔法術式を組み上げ始めた。
辺り一帯の気温が急激に下がり、空気中の水分が凍結して輝き始める。
収束する魔力量から見て、ベッツ・アーエムゲイルが先程放った【ライアットサンダー】より高威力。
食らったら今度こそ、ローラは消滅するかもしれない。
「ひっ! 何なのよ、この人間は!? まるで脳筋めが……リースディース様みたい!」
ニーサが「リースディースの化身」と呼ばれるのは、オーバーな表現ではないと証明された。
精霊女王のお墨付きだ。
「ケンキ殿……。妹の首に、なんてものを……。ルータスやイーグニース国内での奴隷所持は、違法だぞ……。いや、そうだな。イースズは奴隷だから、ケンキ殿の命に背いて、世界樹になるなどできないな」
父親違いの妹が奴隷にされてしまったことについて、ベッツは色々と言いたいことがあるようだ。
しかし今は、イースズの世界樹化を阻止することが最優先。
ベッツは賢紀の意見に、乗っかろうと決めた。
「だから諦めろ、ババアフロ。世界樹になりたいというヒキコモリエルフ達の中から後継者を探して、根気良く苗床にできるレベルまで育てるんだな」
「だーかーらー! そんな悠長にしていられないのよ! 世界が滅びるまで、もうあまり時間が残されていないって言ってるでしょう!? 私ももうすぐ、世界樹の種になっちゃうんだから!」
焦り、苛立つ精霊女王。
【ゴーレム使い】は静かな口調で、ローラに問いかけた。
「私が確認したいのは、そこです。具体的には世界の滅びまで、どれくらいの期間があるのですか? 1年後? 1か月? まさか、1週間もないとか?」
ローラはアフロになってしまっていた髪と、ボロボロになった羽衣を元通りに再生させた。
腰に両手を当てると、精霊達の女王らしく威風堂々とした態度で答える。
「約150年よ!」
再びローラに向け、ベッツ怒りの【ライアットサンダー】が放たれた。
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「ローラよう。お前自分の世界の連中に、ちょっと干渉し過ぎじゃねーのか?」
そう言ってきたのは、ローラの兄。
別世界に存在する世界樹の化身として、その世界の管理者を務める樹神レナード。
ローラは大精霊。
レナードは神だが、2人は兄妹だ。
ローラもいずれ、神へと昇格する予定である。
この光景は、いつのことだったか。
場所は、神々や大精霊の住む神界。
忙しくしていたローラに、珍しく空き時間ができた日のできごとだったはずだ。
2人はティータイムを取りながら、雑談をしていた。
「兄さん、フリードのやろ……様みたいなことを言うのね。細かく天啓は下しているけど、違法干渉はしていないわよ。きっちり管理してやらないと、人は何をしでかすかわからないじゃない。特に人間族は」
当時のローラは、かなり神経質になっていた。
人間族のせいで滅びた世界の話を、立て続けに聞いていたからだ。
「自分の世界で担当している、エルフの子達を滅ぼさせてたまるものか」と強く決意していた。
そのため人間族を警戒して、妙な方向に文明を発展させる気配がないか常に監視してきた。
人間族が妙なことをすれば、リースディースやフリードに意見して人間族をきっちりと指導してもらうつもりだった。
越権行為として怒られたり、神への出世が遅れる可能性もあったが覚悟の上だ。
エルフ達も、他の種族とはあまりかかわらないように導いてきた。
森で自然と一体となり、ひっそりと長生きするようにと。
エルフの文明は、停滞するかもしれない。
だが彼らの高度な魔法技術が他種族と交じり合い、一気に世界の破滅へと向かう危険性は減る。
「その『何をしでかすかわからない』ところが、おもしれーんじゃねえか。ウチの世界の人間達は、愉快なことを始めやがってよう」
レナードは楽しげに、からからと笑いながら語る。
「『火のマナ』を含んだ燃料を燃やして、俺にマナを捧げる祭りがあったのは知っているな?」
ローラの世界とレナードの世界では、マナの法則やエネルギーのバランスが違う。
ローラの記憶では、魔素や瘴気は存在しない世界だったはずだ。
レナードが寄り代としている世界樹はユグドラシルと呼ばれ、風のマナに乗って運ばれた火のマナを吸収する役割を担っている。
吸収した火のマナを土のマナへと変換し、地中に還すのだ。
「最初はただ篝火を燃やして、一晩中俺に祈りを捧げるだけの退屈な祭りだったのよ。それが途中から、祭りの催し物が変化してきてよ。人間が作り出した火のマナの燃料で走る乗り物で、競走を始めやがった。ムチャクチャおもしれーんだ、これが」
「まあ! すぐに他の者と争いたがるなんて、やっぱり野蛮な種族ね」
「そんなんじゃねーって。あのスピード! 迫力! 乗り手達のテクニック! すげー熱いんだぜ! 今や世界中が、夢中になっててよう。早く、今年の祭りが来ねえかなあ……。お前にも、いっぺん見せてえな。人間に対する、見方が変わるってもんだぜ」
「その乗り物の技術が、戦争に転用されないことを祈るわ」
「お前が心配な気持ちもわかる。だがよ、そんなにガチガチに管理していたら、お前の担当するエルフ達だって……」
段々と、兄の言葉が遠くなって行く。
過去を振り返る夢の時間が終わり、目覚めの時が近いことをローラは自覚していた。
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こことは違う異世界で繰り広げられる、世界最高峰の自動車レース「ユグドラシル24時間」。
樹神レナードが見守る中、最高速度450km/hオーバーの激しい戦いが繰り広げられます。
本作とリンクしている部分も多いお話です。




