第61話 もうひとつの使命~ベストな選択ですか?~
「今頃ノコノコと……。何しに出て来やがった? ババア……。私に滅ぼされるために出てきたのか? なかなか殊勝な心がけだな。ゼフォーに妙なことを吹き込んだのは、貴様か!?」
敵意剥き出しで、ベッツ・アーエムゲイルが吼える。
一行の前に現れたのは、歳の頃12~13歳くらいの少女。
服装は、薄い白色の羽衣。
蛍のような光の粒子を引き連れながら、宙にふわふわと浮遊している。
明らかに、普通の人間ではない。
念話で全員の脳に直接話しかけてきた彼女こそ、精霊女王ローラだった。
自分達エルフ族の信仰対象だというのに、ベッツはローラをババア呼ばわり。
その挙句、自身が使える最大級の雷魔法を組み上げていく。
殺る気満々だ。
「ちょ、ちょっと!? 止めなさい、ベッツ! 今の弱体化している私がそんな魔法受けたら、本当に消滅しちゃうんだから!」
本気で消滅の危機を感じたローラは、悲鳴を上げた。
念話による意思の疎通をやめ、肉声でだ。
「ああ、何ということでしょう……。ちょっと前までは、私を母親みたいに慕ってくれていたというのに。ゼフォーと一緒に、『ローラ様~、ローラ様~』と」
話を聞いていた安川賢紀は、何だか反抗期の息子と子離れできない母親のようだと思った。
「70年も前のことを、『ちょっと前』とか言うな。私の黒歴史だ、忘れろ。それよりも貴様はゼフォーに、人間族を滅ぼすよう指示したのか?」
「それは誤解です。確かにゼフォーがハイエルフを継いだ時、人間族の危険性について語ったことがあります。ゼフォーは『ならば人間族は、滅びるべき種族だというのですか?』と、問いかけてきました」
ローラは目頭を指で押さえながら、話を続ける。
「私はゼフォーに、少し様子を見るよう言ったのです。まさか、こんなに早く行動を起こしてしまうとは……」
「ゼフォーがハイエルフを継いだ時ということは、もう23年も前だろう? 300年生きるエルフの時間感覚からすれば、短いのかもしれない。だがゼフォーは、若いエルフ。23年は、かなり長く感じただろうさ。これだから、何千年も生きている奴は……」
ベッツは呆れ、深い溜息をついた。
「なぜ、ゼフォーを途中で止めなかった?」
「私が予想以上の速度で急激に力を失い、ゼフォーとの交信さえできなくなってしまったのです。こうして姿を現せたのは、最後の力を振り絞ったから」
いつもむっつり顔の賢紀を除き、その場にいる全員の表情が凍りついた。
「最後の力」という、言葉に反応して。
「世界樹は、もう間もなく枯れます。……寿命です」
精霊女王による、衝撃の告白。
同時にローラが背にしていた世界樹の枝が、大きな音を立てて裂ける。
ズン! と重い音を立てて、枝は大地へと落下した。
魔力の源である魔素。
負のエネルギーである瘴気。
世界樹はそれらを取り込んで、自然・生命エネルギーであるマナに変換する役割を持っている。
他の植物も、その役割の一端を担ってはいる。
だが世界樹と周囲に発生する大森林に比べたら、その働きは微々たるものだ。
世界樹が枯れてしまえば、この世界において重要なエネルギーのバランスが崩れる。
魔素と瘴気ばかりが増大し、生命は滅亡へと向かう。
「世界の危機を回避するために、私は最後の力を振り絞ってあなた方の前に姿を現したのです」
「それで? その、回避する方法とは何だ? どうせ、ろくな方法ではあるまい?」
「ベッツ……。エルフ達の伝承では、もう途絶えてしまっているかもしれませんね。ハイエルフはエルフ達の長。精霊女王による、天啓の受け手。それ以外に、もうひとつの重要な役目があるのは知っていますか?」
「知るか! 母メルツェーデスは、ハイエルフの仕事をあまり話さなかった。私は継ぐ気が、ゼロだったからな」
「ハイエルフ、3つ目の使命……。それは世界樹が枯れる時に、新しい世界樹の苗床となること」
「ゼフォーは、もう逝った。亡骸でも、苗床にすることは可能なのか?」
その場にいた全員に、嫌な予感が流れる。
おそらく、ハイエルフの死体では無理だ。
ハイエルフの後継者は、精霊女王ローラの指名で決まるという。
この場にいる、ハイエルフとして充分な資質を持ったエルフと言えば――
「ベッツ・アーエムゲイル。あなたをハイエルフの後継者に指名します。新たな世界樹の種子となる私と共に、大地に根を張り、末永くこの星を見守りましょう」
「ふざけるな! 死んでもごめんだ!」
「このままではすぐに、世界は滅びてしまいます。わがままは、通りませんよ!」
ローラがゼフォーの亡骸に手のひらを向けると、その体から光の塊が飛び出す。
それがエルフをハイエルフに変える何かであると、全員が瞬時に察した。
光の塊をベッツにぶつけるべく、ローラが彼の方を向いた瞬間――
「【ライアットサンダー】」
ベッツによる手加減抜きの雷魔法が、ローラを襲った。
稲妻の嵐が容赦なく暴れ狂い、あどけない少女姿の精霊女王を包み込む。
「ぎゃああああっ! な……なんてことをするの!? あやうく消滅するところでしたよ!? エルフが信仰対象である精霊女王を魔法でぶっとばすなんて、前代未聞です!」
「ああ、言ってなかったな。私はルータスに渡ってから、フリード神の信徒になった。もう、精霊信仰者ではない」
精霊であるローラの体は、マナと魔力の結晶体で構成されている。
実体は、ないはずだ。
なのに体のあちこちが焼け焦げ、長く美しかった髪はボリューミーなアフロヘアーへと進化を遂げていた。
体を構成するマナと魔力をかき乱されて、ダメージを受けた姿を再現したのだろう。
フリード神の使徒である賢紀は、心の中でベッツにお礼を述べる。
「フリード教に入信いただき、誠にありがとうございます」と。
他の者達は両手で口を押さえ、必死で笑いを堪えていた。
ローラのアフロヘアーは、インパクト絶大過ぎる。
「くっ! こんなことをしている時間は、無いというのに……。ならば、仕方ありませんね。ベッツのことは、諦めます」
精霊女王の言葉に、ベッツを除く全員の気が緩む。
イースズ・フォウワードは相変わらず口元を押さえ、笑いを堪え続けていた。
ハーフエルフである自分に、ハイエルフの後継問題は関係ないと思っていたからだ。
そう思って油断していなければ、いつものようにひらりと回避できていたはずだった。
「避けろ! イースズ!」
ベッツが警告するが、イースズの反応は一瞬遅れてしまう。
彼女が目線を上げた時にはもう、光の塊が体の中に吸い込まれてしまっていた。
「イースズ・フォウワード。……いえ、イースズ・アーエムゲイル。次のハイエルフは、あなたです」
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あっ、わかる……。
精霊女王との、つながりを感じる。
今のあたしは、エルフでもハーフエルフでもなか。
別の何かになっとるばい。
「馬鹿な!? イースズは、ハーフエルフだぞ!? 混血児や他の種族との子を身ごもったエルフは、ハイエルフとしての資質を失う。だからこそ、迫害されてきたのだろう!?」
ベッツ兄さんはものすごく怒って、精霊女王に食って掛かっとる。
なんか、それが嬉しか。
「普通はそうです。混血児は、エルフとしての長所が薄れるケースが多い。しかし、彼女は例外です。よほど特別な種族との混血なのか、純血の歴代ハイエルフよりも強い力を感じます」
何かあたしは、精霊女王って好きになれんばい。
自分の考えを、一方的に押し付けてくるし。
母さんがエルフの里を追い出されたのも、こいつが言いだしっぺって聞いとる。
それば今さらあたしをハイエルフの後継者にするなんて、ずいぶん虫のよか話と思うったい。
「イースズ。今すぐ世界樹から、離れるんだ。テスラの大森林から出れば、自動的にハイエルフの力は無くなりこのババアの元へと戻る。森林内のヒキコモリエルフ達の中には、喜んでハイエルフになりたがる変態も多い。そいつらに、勝手にやらせておけばいい」
兄さんはあたしが世界樹の苗床にならんで済むように、必死で色々と考えてくれとる。
でもそれを否定するようなことを、精霊女王の婆さんは言い出したったい。
「ダメです。強い力を持ったハイエルフでないと、苗床としての役割を果たせません。現在このテスラの大森林でその力を持っているのは、あなたとイースズ。ぎりぎりで、カレラ・ジーテも合格といったところです。カレラに、苗床の役目をやってもらいますか?」
「……っ! ならば私がハイエルフを継ぐ。今すぐ力を、私に移せ!」
あー。
今の反応で、わかったばい。
たぶん、兄さんはカレラさんのことが……。
「イースズに力を移してみて、わかりました。彼女の方が、あなたより力を持っています。より力の強いハイエルフが苗床になった方が、世界樹の成長も早い。世界のエネルギーバランスも、早期に安定することでしょう」
精霊女王の婆さんは、ニコニコしとる。
なんかそれが、腹立つばい。
「イースズがハイエルフになるのが、この世界にとってベストな選択なのです」
婆さんはそう言うばってん、世界樹になってずっとここいるのは嫌たい。
もっとケンキさんやエリーゼちゃん、アディちゃんと一緒に冒険して、大陸中の色んな場所に行ってみたか。
兄さんともまだ会ったばかりで、話したかことがいっぱいある。
母さんのこととか。
エルフのこととか。
これまでの人生とか。
きっとあたしが世界樹になっても、みんな時々会いには来てくれる。
でも――
長い寿命を持つ世界樹のあたしより、みんな先に死んでいく。
考えただけで、それは寂しか。
ばってん――
マナが枯渇して、魔素と瘴気だけになった世界。
それは人も動物も、魔物すらも生存できん世界たい。
そんな世界でエリーゼちゃんが。
アディちゃんが。
兄さんや、イーグニースのみんなが。
そしてケンキさんが、苦しみながら死んでいく。
そんな世界、あたしは許容できん。
絶対に!
「よかよ。あたしが世界樹になる」




