第60話 彼の旅立ち~待っていてくれるだろうか?~
「良くやってくれた、イースズ。後は俺達に任せろ」
推進器を破壊された弾道ミサイル〈コメットキャリアー〉だが、いまだに慣性で上昇を続けている。
幸い垂直上昇しているうちに狙撃できたので、落下地点は発射サイロの近く。
安川賢紀達のいる位置からも、そう離れてはいない。
「エリーゼ。俺と〈トニー〉を〈サルタートリクス〉の手の平に乗せて、落下地点まで走れ」
『了解! 乗って!』
エリーゼ・エクシーズは、地面に機体の手のひらを下ろした。
賢紀と〈トニー〉がそれぞれ乗れるよう、左右両方ともだ。
飛び乗ると同時に、賢紀達の体を優しくホールドする。
人工筋肉を用いた第2世代型マシンゴーレムのマニピュレーターは、とても繊細で柔軟だ。
賢紀は少々、心配していた。
エリーゼのことだから、「グエッ!」となるほど強く握り込まないかと。
だがそれは、杞憂に終わったようだ。
『ちょっと! エリーゼちゃん! 背中の推進器使ったら、絶対ダメだからね! ケンキさん、加速Gで圧死しちゃうからね!』
『も、もちろんわかっているわよ。通常走行で、充分間に合うんだから』
前言撤回。
やはりヨルムのアドバイスが無ければ、賢紀の体は無事では済まない。
賢紀の体も〈空気抵抗軽減魔道機〉でしっかり風よけがされているが、これもヨルムがやってくれているのだろう。
それでもマシンゴーレムの手の平というのは、劣悪な環境だ。
〈慣性緩和魔道機〉が効いていて、衝撃や加速Gが和らげられている操縦席とは違う。
強烈な振動と加速Gが、生身の賢紀の体を軋ませる。
だが賢紀はそれを無視して、落下を始めた〈コメットキャリアー〉を視界に捉え続けた。
『落下地点に入った後、どうするの?』
「俺の魔法で受け止めて、ウイルスを閉じ込める。そしたらアディ、焼け」
『了解ですわ。巻き込まれてこんがり焼けないように、断熱魔法はしっかりお願いしますわよ』
「スザク。アディがやり過ぎないように、周辺温度をセンサーでしっかり見といてくれ。……そろそろ落下地点に入るぞ」
煙を引きながら、落下してくるミサイルが見える。
かなりの速度になっているが、賢紀は正確に距離と速度を把握していた。
【直結】の効果で、〈トニー〉のカメラアイも脳にリンクしているおかげだ。
「いくぞ。【リパルシヴウェイヴ】」
賢紀が使ったのは、最近研究にハマっている重力魔法。
マシンゴーレム高速機動時のGからパイロットを守る〈慣性緩和魔道機〉にも、この魔法が使われている。
まだまだ色々な分野に応用が利きそうなので、研究の価値は大いにあると賢紀は考えていた。
【リパルシヴウェイヴ】は任意の方向に、斥力場を作りだす魔法。
磁石の同じ極同士が、反発し合うような力だ。
液体燃料や固体燃料を魔法で代用しているためか、ミサイルの重量は思ったよりも軽い。
賢紀の魔法で充分に減速し、そっと地面に降ろすことができた。
「ウイルスを閉じ込めるぞ。【グラヴィティプリズン】」
続いて重力の檻に閉じ込める魔法を、ミサイルの弾頭部分に向けて放つ。
【ゴーレム使い】の魔力感知能力により、そこに無数の小さな魔法生命体が封じ込められているのは分かっていた。
目標地点を中心に、通常の何倍もの超重力が収束する。
ミサイルはひしゃげ、つぶれ始めた。
だが重力の檻は、ウイルスが飛散するのを許さない。
「今だアディ、焼き尽くせ」
『了解ですわ。〈ヘルズブリーズ〉、放射』
〈フレアハウンド〉の腰部にある火炎放射器から、鉄をも蒸発させそうな高温の炎が吐き出された。
完全な魔法兵器のため、対マシンゴーレム戦では魔法障壁で威力を軽減されてしまう。
しかし対歩兵や対建造物用の兵器としては、凶悪極まりない代物だ。
放たれた地獄の業火は、渦巻きながら【グラヴィティプリズン】の中心部へと吸い込まれていく。
半球状――いや。
地面を抉り溶かして完全な球状となった重力の檻は、渦巻く炎で恒星のように煌き燃える。
あまりの高熱に、さらに広範囲の地面も溶解し始めた。
「アディ、もういいぞ。魔力の残りカスもない。ウイルスは、完全に死滅した」
『了か……少々、やりすぎたみたいですわね』
『プププッ……。ケンキ、その前髪』
前髪がどうかしたのかと、賢紀は恐る恐る自分の前髪へと手を伸ばす。
すると焦げてパーマのかかった、前髪の手触りがあった。
「断熱魔法より、重力魔法に力を割き過ぎたな……」
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ウイルスを無事に処理できた賢紀達は、〈ミドガルズオルム〉の残骸がある地点まで戻った。
するとベッツ・アーエムゲイルに加えて帝国の3人が、マシンゴーレムを降りてゼフォー・ベームダールを取り囲んでいる。
エリーゼやアディもマシンゴーレムを降り、ゼフォーの近くに立った。
この場に居ないのは、遠くの狙撃地点に居るため合流が遅れているイースズだけだ。
先程まで地面を這いずっていたゼフォーだが、今は完全に体を横たえていた。
おそらくもう、長くはない。
面白おかしい髪型になった賢紀を見て、荒木瀬名は一瞬、指差して笑おうとした。
だが親友の死を看取るベッツの前では不謹慎だと思い直し、かろうじて踏みとどまる。
「【エンスピュリファイア】を、止めたのか……。何だろうな……? 残念なような……ほっとしたような……。妙な気分だよ」
ゼフォーは口から血を流しながら、自嘲気味に言葉を紡ぐ。
「君は心の底では、人間を滅ぼしたいなどと思っていなかった……。ゼフォー・ベームダールは、優しい男だからね。そういうことなんだよ」
ベッツの言葉に、ゼフォーは納得がいったような表情を見せた。
「そうか……。僕は自分の本当の心を、理解していなかったんだな……。止めてくれてありがとう、自由と解放を司る神の使徒よ」
賢紀は初めて知った。
フリードが自由だけでなく、解放も司る神であることを。
――自分はゼフォーを、何かから解放できたのだろうか?
自由神の使徒は、そう自問する。
「もっと自分の心に、素直に生きていれば良かった……」
フラれてもいいから、エセルスに「愛している」と言えていたら。
彼女がセブルス・エクシーズに嫁ぐと言い出した時に、「行くな」と言えていれば。
ベッツと一緒に、エセルスを取り返す旅に出ていれば。
精霊女王ローラからハイエルフの後継に指名された時に、「嫌だ」と言えていれば。
「ははは。僕の人生は、『たられば』ばっかりだな」
「誰だって、そんなものさ。私だって、『たられば』を上げればキリがない。君は……責任感の強いハイエルフ、ゼフォー・ベームダールは、この星に生きる者達のためにベストを尽くそうとした。……ただそれだけだ」
「そのために、色々とやらかしてしまったよ……。あの世で会っても、エセルスは僕を許してはくれまい。そもそも僕は、彼女と同じ所へは行けそうもない……。はあ……。もういちど、エセルスに会いたかったなあ……」
ちょうどその時だ。
緑色に塗装されたマシンゴーレムが、静かに森を飛び越え地面に降り立った。
イースズ・フォウワードの乗る、XMG-3〈サジタリィ〉。
この機体に使用されている緑色の塗料は、エルダー・グリーンドラゴンの皮をすり潰して作られている。
塗料自体に、高い吸音性があるのだ。
足音や関節の駆動音、リアクターの吸気音や火器の発砲音までも小さく抑えることができる。
コックピットブロックのハッチが開いた。
飛び降りてきたハーフエルフの女性を見て、ゼフォーは目を見開いた。
「ああ……、エセルス! やっと……やっと会えた!」
もうあまり、目が見えていないのだろう。
姉のエセルスと顔が似ているとはいえ、目が3つあるイースズを見間違えている。
感涙を流し、嬉しそうなぜフォー。
これで良いのではないかと、皆は思い始めていた。
エセルスと再会できたと誤解させたまま、逝かせてやった方が幸せだと。
そんな周囲の思惑を知ってか知らずか、イースズはきっぱりと告げた。
「いいえ、違います! 私はエセルス・アーエムゲイルではありません」
残酷なほどに、断言したイースズ。
周りの空気が凍りつく。
「私は妹のイースズ・アーエムゲイル。貴方の愛した私の姉、エセルス・アーエムゲイルはもういません。先に行って、ずっと貴方を待っています」
イースズの言葉に、驚いたゼフォー。
だがすぐにまた、嬉しそうな表情に戻った。
「そうか……。メルツェーデス様が出て行かれた時に、お腹の中にいた子か……。エセルスは……君の姉さんは、本当に僕を待っていてくれるだろうか……?」
今度はエリーゼが、会話に割り込んできた。
「そりゃあもう、待ちくたびれてるわよ。色々やらかしたアンタを引っぱたこうと、今頃ビンタの素振りをしているはずよ。覚悟なさい? エセルスお義母様の平手打ちは、ムチャクチャ痛いのよ」
エリーゼは喰らった過去を思い出しているのか、尻をさすりながらゼフォーを脅す。
「殴られるくらい……、覚悟の上さ……。その分、君の父親を殴らせてもらうよ……。拳を骨折したベッツと違って、私のパンチはなかなか……」
そこで、ゼフォーの言葉は途切れた。
風が吹き抜け、世界樹の葉が舞う。
そのうちの一片が、ぜフォーの頬にそっと落ちた。
ベッツが瞼を閉じてやると、その死に顔は安らかだった。
しばしの静寂が、周囲とゼフォーの亡骸を包んでいた。
だが唐突に、それを破る者が現れる。
(ああ……ゼフォー……、死んでしまうなんて……)
その場にいた全員が、キョロキョロと辺りを見渡す。
頭の中に直接、若い女性の声が響いてきたからだ。




