第59話 射手闘士の雷~人間はいい種族だったかい?~
地面に落ちた、〈ミドガルズオルム〉の頭部。
そのハッチが開いた。
中から1人のエルフ族男性が、這いずり出てくる。
エルフ族の長にして、精霊女王ローラからの天啓の受け手。
ハイエルフ、ゼフォー・ベームダール。
彼は体のあちこちに、火傷を負っていた。
内臓にも損傷を受けたのか、咳き込む度に口から血を吐く。
「ふふふ、見事なものだ。やはり人間の力は、素晴らしい。……そして同時に、恐ろしい」
「やはりアンタの行動は、私怨からくるものじゃないな? 人間族の存在そのものに、何かしらの脅威を覚えているといったところか?」
いつの間にかマシンゴーレムを降り、生身でゼフォーの近くまで来ていた安川賢紀。
彼は静かな口調で、瀕死のハイエルフに話しかけた。
殲滅魔砲〈アケローン〉が連射されたことにより、周囲には霊的な汚染が広がっている。
賢紀は身を守るために、微弱な防御障壁の魔法を身に纏っていた。
「そうさ。エセルスを殺された恨みだけで、種族全体を滅ぼしてやろうなどと考えるものか。……彼女の愛した種族だぞ?」
「その話、親友の私にも聞かせてくれるんだろうな?」
ベッツ・アーエムゲイルも傍まで来ていた。
【黄玉眼】の使い過ぎによる失神から、目を覚ましたのだ。
賢紀は【ファクトリー】からヘッドセット型の魔道無線機を取り出し、回線を開いた。
仲間達と帝国チームの全員に、会話が聞こえるように。
「私達歴代ハイエルフが、精霊女王ローラ様から様々な天啓を受け賜るのは知っているな?」
「あのロリババアの世迷い事か! あんなものは、ドブに捨ててしまえ!」
普段は聞くことのない、ベッツの乱暴で下品な物言い。
賢紀は内心ぎょっとしたが、いつものポーカーフェイスは崩れない。
「ローラ様は、神々との交流がある。この世界とは異なった次元にある、異世界の情報もご存知だ。そこにいる【神の使徒】達の暮らしていた、地球の話も聞いたよ」
ゼフォーは地球生まれである、自由神の使徒を見上げる。
「どうだ? ケンキ・ヤスカワ。君のいた地球では、人間はいい種族だったかい? 個人個人がではなく、種族として客観的に見た場合だ」
賢紀には、答えられなかった。
ゼフォーが何故人間を滅ぼそうとしたのか、うっすらと理解できてしまったからだ。
「この世界や地球以外にも、人間が生まれた世界は多い。ある世界では進化の果てに、ある世界では創造神が意図的に作ってみたり。他の世界からやってきた人間が、その世界で数を増やした例もある」
複数の異世界が存在することは、賢紀も予想していた。
フリード神の台詞に、そう匂わせるものがいくつかあったからだ。
「多くの世界で、人間という種族は存在した。そしてほとんどの世界で、どうなったと思う?」
たっぷりと間を置き、賢紀とベッツの反応をうかがってからゼフォーは続けた。
ある世界では、細菌兵器。
【エンスピュリファイア】のように、静かな眠りをもたらすものではない。
地獄のような苦痛を伴い、全身から血を噴き出し惨たらしい死を振りまく。
身の毛もよだつようなウイルスにより、その世界では全ての生物が死滅した。
またある世界では、大規模な崩壊魔法。
近くの星やスペースコロニーを巻き込み、跡形もなく消滅した。
150億という、人間族の命と共に。
機械の反乱により、滅びた世界もある。
マシンゴーレムのような機動兵器に人工知能を載せて完全自立型にしたら、人間族は不要だと判断されたのだ。
そして核兵器により全てが焼き尽くされ、滅びた世界。
今でも死の灰が降り注ぎ、生命の再生が妨げられているという。
「特にドワーフ族と人間族が絡むと、世界の文明は破滅に向かって急加速する。……だが悪いのは、ドワーフじゃない。最終的には全部人間が、滅びを作り出した。そして人間の手によって使用され、人間以外の種族を巻き込んで世界は滅びた」
辺りの空間を、重苦しい空気が支配した。
賢紀の隣にいるベッツも沈黙し、どう言葉を返していいか迷っている。
『そんなの! この世界でもそうなるとは限らないじゃない! 勝手に判断するんじゃないわよ! ケンキとセナがいた地球のように、平和にやっていけている世界もあるわ! 文明や科学技術が発達しても滅びることなくね!』
無線機から、エリーゼの叫び声が聞こえた。
『ねえ! そうでしょう!? ケンキ! セナ! 何で黙っているのよ。答えてよ……』
少女の叫び声は、涙声へと変わっていた。
人間族が世界の滅びをもたらし、ドワーフ族が加速させる。
ならば両方の血が入っている自分は、滅びの象徴なのではないのか?
エリーゼはそのことが、ただただ悲しかった。
『地球でも、俺達人間は……』
荒木瀬名は、それ以上言葉を続けられない。
だから代わりに、同じ地球人である賢紀が続きを語ってやることにした。
面倒に思いながらも。
「ああそうだな。地球でも人間は、アホなことばっかりやっている。自分達の星を何回も焼き尽くせる量の兵器を保有しているなんて、他の種族から見たらアホの極みだろう。宗教とか肌の色とか、この世界ほどの差異はないのに人種だとか、くだらない理由で戦争しては殺し合う。平和な国でも些細なことでいがみ合ったり、差別して他者を攻撃する。本当に、どうしようもない種族だ。こんな種族に生まれて、恥ずかしい。けどな……」
普段は無口なので、あんまり続けて喋ると息が切れる。
賢紀は一旦呼吸を整えてから、話を続けた。
「まだ、滅びてはいない。地球も、この世界も」
無線機の向こうで、瀬名が『あ……』と小さく息を漏らす。
「ゼフォーさん。アンタちょっと、責任感強過ぎるんじゃないのか? 滅びそうになったらその時に生きてる連中が頑張ればいいし、滅びてしまったなら世界を管理している神様達の責任だ。たかがハイエルフのアンタが、滅亡回避するために頑張らなくていいんじゃないのか?」
きょとんとしているゼフォーを見て、ベッツは笑い出した。
「ケンキ殿の言うとおりだよ。君は昔から、責任感が強すぎる。『たかがハイエルフ』なんだ。そんな肩書きを重荷に感じたのなら、さっさと降ろして逃げ出しても良かったんだ。それにローラのババアは君に、『人間を滅ぼせ』ってはっきり命令したのかい?」
昔と変わらない笑顔を見せる親友を見て、ゼフォーも笑顔を浮かべた。
「ははは……。相変わらず、ベッツは自由な奴だなぁ……。でも、もう時間切れだ」
鈍い振動と轟音が、大地と大気を振るわせた。
「弾道ミサイル、〈コメットキャリアー〉……。【エンスピュリファイア】を積んだ、生物兵器弾頭を搭載してある。目標地点はリースディア帝国の帝都、ルノール・テシア。……もう誰にも、止められない」
『安川! 君から見て、8時方向! 弾道ミサイルだ!』
瀬名からの警告を受け、賢紀はすかさず【ファクトリー】から小型無人マシンゴーレム〈トニー〉を呼び出した。
〈クリスタルアイ〉との【直結】を行い、ミサイルを探す。
【ゴーレム使い】としての能力が成長しており、最近は【直結】を使用した時の頭痛が軽い。
より高度なセンサーを持つXMG-4〈シラヌイ〉と【直結】した時は、やっぱり強烈な頭痛に見舞われたが……。
「見つけたぞ。全長は、10mくらい。垂直に上昇中」
超音速まで、加速する前が勝負だ。
「イースズ、ケツの火が出ている部分だけ削ぎ落とせ。後はこちらで、何とかする」
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XMG-3〈サジタリィ〉。
そのコックピットで、イースズ・フォウワードは拡大された弾道ミサイルの映像を注意深く観察していた。
「推進器は、魔法ごたんね。削ぎ落とせば、誘爆はなかというわけたいね」
「ご主人~。オレっちも手伝わないと、ダメか~い?」
コックピットの隅で丸まっている、翼の生えた半透明の狸。
風の高位精霊フーリが、めんどくさそうに尋ねる。
「機体の〈クリスタルアイ〉とあたしの目を、3つともリンク。後は何もせんでよかよ」
「え~、3つとも~? オレっち、それだけでも結構面倒なんだけど? まあ、しょうがないか。〈タケミカヅチ〉はいつでも撃てるから、後はよろしく~」
狙撃フェーズに入ったイースズからは、余分な情報が削ぎ落とされていく。
フーリの声も、遠くなっていった。
イースズの行った〈クリスタルアイ〉とのリンクは、賢紀の【直結】とは真逆の操縦方法だ。
パイロットが持つ魔眼の力を、機体のカメラに付与する。
集中力を高めた時、イースズの額にある第3の瞳は紫色に輝く。
未来予知の魔眼、【紫水晶眼】。
一瞬先の未来を、見通せる能力だ。
この魔眼を使って、矢や銃弾を当てられなかった相手はいない。
安川賢紀などの特例を除いては。
「今のあたしなら……。さらにもういっちょ!」
いつもは青いイースズの両眼が、黄金色に輝き始めた。
彼女の兄と同じ超探知の魔眼、【黄玉眼】。
これを使えば空気の流れや熱、魔力の流れなども広範囲に渡り正確に感じ取ることができる。
10km先を上昇する弾道ミサイルの推進器まで、砲弾をどう運べば良いのか。
具体的で、明確なイメージが完成した。
視線を送っていないのに、〈サジタリィ〉のリアクターが発生させる莫大な魔力が「見える」。
電磁加速砲〈タケミカヅチ〉の中で、魔力が電力に変換されているのが「見える」。
砲身内の2本のレールを、流れる電流が「見える」。
プラズマ化し、砲弾を加速させていく伝導体が「見える」。
マッハ10まで加速され、砲身から射出される砲弾が「見える」。
予定通り、ミサイルの推進器へと吸い込まれていく弾道が「見える」。
そして推進器を吹き飛ばされたミサイルが「見えた」瞬間、イースズは静かに3つの目を閉じた。
同時に聞こえる発砲音と、機体を揺るがす〈タケミカヅチ〉の反動。
「ん。ご主人、おつかれさん」
発砲と同時だった。
まだ命中は、確認できていない。
だがそれが確定事項であるかのように、フーリはイースズを労った。




