第58話 炎の猟犬~趣味で作った機体ですが何か?~
『どうしたんだエリ……フリーダム2!? いきなり魔道無線機から「ピーッ!」っていう音が入って、台詞が途切れたぞ!?』
エリーゼ・エクシーズの耳に、戸惑い気味な荒木瀬名からの声が届く。
どうやら彼女が嘔吐する音は、ヨルムがかき消してくれたようだ。
エリーゼは無線機のマイクをオフにし、相棒を労う。
「ヨルム、グッジョブ! あんたってホント、頼りになるわ。ひとまず、乙女のピンチは回避できたようね」
安心していたエリーゼだったが、専属メイドから余計なフォローが入る。
『セナ様。あまり深く追求しては、いけませんわ。乙女には、色々と知られたくないこともあるのです』
「あっ、アディにはバレてる。乙女の危機、回避失敗……」
浄化魔法で自らの嘔吐物を片付けながら、エリーゼはガックリと肩を落とした。
「ど……ドンマイ、エリーゼちゃん」
スピリット・アシステッド・インターフェースにおける精霊の役目は、操縦補助や機体の姿勢制御たけに留まらない。
パイロットのメンタルケアにまで、及ぶようだ。
これが性格のキツいマリアや神経質なスザクなら、「汚い! 臭い!」とか言われて立ち直れないところだった。
ヨルムがパートナーで本当に良かったと、エリーゼは思う。
彼女は再び、魔道無線機のマイクをオンにした。
『く~っ! 全部あの〈ミドガルズオルム〉のせいよ! 私に恥をかかせた罪、償わせてやるわ!』
『姫様。それはわたくしに、お任せ下さい』
木々を掻き分けて、1機の赤いマシンゴーレムが出現した。
赤いと言っても、ニーサ・ジテアール機のように鮮やかな赤ではない。
静脈の血の色を連想させる、暗褐色。
肩に描かれた冥界の番犬と相まって、血なまぐさい雰囲気を漂わせていた。
第2世代型へと移行して全体的にスリムになった機体が多い中、この機体は脚部が太い。
そして背中には、航空機のような翼。
機体の各所にも、カナード翼と思わしき細かい空力パーツが見受けられる。
『なるほど。翼断面から見て、ダウンフォースを発生させる構造か。……となると、機体の特性は推測できるな』
元レーシングドライバーの瀬名は、マシンゴーレムの空力に関して洞察力が鋭い。
『XMG-2〈フレアハウンド〉、突撃ですわ。スザク、しっかりサポートしなさい』
アディの宣言に共鳴するかのように、〈トライエレメントリアクター〉の甲高い吸気音が響き渡った。
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〈フレアハウンド〉の操縦席内。
そこでは火の鳥型精霊のスザクが、犬耳メイドにまくしたてていた。
「反対ですアディ様! まずは距離を取りつつ、牽制射撃を! いえ! むしろ撤退しましょう。蛇の相手は、同じ蛇であるヨルムに任せて」
「お黙りなさい! 〈ヘルズバイター〉の弾丸に詰め込んで、あの蛇の口に叩き込みますわよ?」
「ヒッ!」
スザクはアディの脅しに対し、翼で体を包み震え上がった。
「ハイダウンフォースモード! 〈超魔導リニアホイール〉、最大戦速!」
「わかりましたよ……。胴体部の空気抵抗軽減は、こっちで勝手にやりますよ?」
「空力制御は、全てそちらで判断してやりなさい。わたくしは、射撃と機動に集中します」
「あんまり無茶な突撃は、止めて下さいね。アディ様は本当に……」
スザクが愚痴り出したのをスルーして、アディは〈フレアハウンド〉をフル加速させる。
『やっぱり、〈ドライビングホイール〉搭載型か』
無線を通して、瀬名の呟きがアディの犬耳に届いた。
滑るような高速機動、滑走機動。
それを可能にする足裏の車輪〈ドライビングホイール〉は、第1世代型マシンゴーレムGRー1〈リースリッター〉に搭載されマシンゴーレム同士の戦闘を著しく高速化させた。
だがこの装置は、第2世代型マシンゴーレムには搭載されていない。
瞬発力に優れた人工筋肉の採用により、普通に走った方が高速移動できるようになってしまったこと。
数十mの高さまで跳躍すると、着地の衝撃で〈ドライビングホイール〉が壊れやすいこと。
全高が伸びたため重心が高くなり、滑走機動中のバランスコントロールが難しくなってしまったこと。
様々な理由により、MGー2〈ユノディエール〉でもGRー3〈サミュレー〉でも省略されてしまった〈ドライビングホイール〉。
しかし〈フレアハウンド〉の開発者である安川賢紀は、〈ドライビングホイール〉を諦めきれなかった。
「ローラーダッシュは男のロマン」という信念の元、時代の流れに逆らったのだ。
『なっ! 速い! 何故あのスピードで、バランスが取れる!? それにいくらホイールにパワーがあっても、地面で空転してパワーロスをするはずだろう!?』
ニーサ・ジテアールの疑問に、瀬名は確信を持って答えた。
『ダウンフォースだ。空気の力で、脚部を地面に押し付けるように作られているんだ』
「さすがは地球育ち。見抜かれてしまいましたわね」
瀬名に看破されたことが、アディには少々意外だった。
「第2世代型でも、速くてかっちょいいローラーダッシュを決める」という、趣味丸出しのコンセプトで作られた変態マシンゴーレムである。
その機構を理解できる者がいるとは、アディは考えていなかった。
何せそのコンセプトを実現するだけのために、ありとあらゆる無駄な装置が搭載されているのだ。
足裏の〈超魔導リニアホイール〉は、従来の〈魔道モーター〉とは比較にならない性能。
軸受けを持たないフルフローティング構造で、異常な程の回転力と最高回転数を誇る。
その代わり、魔力消費量は極悪だ。
脚部は太く、重く作られている。
これはリニアホイールを保護するため。
そして重心を、少しでも落とすための設計。
もっともこの脚部デザインは、アディも賢紀も気に入っている。
そして滑走機動を諦めれば、不要になったはずのウイングと各部補助翼。
ありとあらゆる補助装置を満載し、高位精霊による姿勢制御まで備えている。
それでもパイロットに超人的なバランス感覚と反応速度、Gに耐える強靭な肉体を要求する機体。
じゃじゃ馬中のじゃじゃ馬。
それがXMG-2〈フレアハウンド〉。
はっきり言って、無駄と趣味の塊のような機体だ。
しかしその戦闘力が、低いとは限らない。
〈ミドガルズオルム〉を中心に、弧を描くような軌道を取る〈フレアハウンド〉。
曲がりながらにもかかわらず、その速度は250km/hを超えている。
〈アケローン〉の狙いを定めようと、大蛇は首を動かした。
しかし、追いきれていない。
『姫様にゲロを吐かせた罪は、死を持って償っていただきます』
『アディ。スザク。あなた達、あとでお仕置き決定』
「ヒッ! 何で僕まで……」
いつものアディなら、エリーゼからのお仕置き宣言に興奮しハアハアしているところ。
だが今は蛇狩りに集中していて、主の宣告を聞き流す。
射程距離に入り、〈フレアハウンド〉は大蛇の頭部へと照準を定めた。
「〈ヘルズバイター〉の弾は、作るの手間なんですからね! 無駄撃ちさせないように、ケンキ様から言われてるんですからね! 節約して下さいよ!」
「うるさい鳥ですわね。本当なら、2丁撃ちで行きたいところですのに」
〈フレアハウンド〉の単眼型カメラが、殺気を孕んだ光を放つ。
直後、アディのフルオート射撃が実行された。
『口径が太い? これは? ……そうか! グレネードってヤツか』
異常な動体視力を持つ瀬名にだけは、弾丸がハッキリ見えていた。
〈ヘルズバイター〉から射出された弾は、先程までMG-2〈ユノディエール〉のマシンガンから放たれていた徹甲弾とは別種のもの。
弾は〈ミドガルズオルム〉の魔法障壁を突き破り、ルーンタイトの装甲板に触れた瞬間に大爆発を起こす。
中に詰められていたのは炸薬ではなく、爆炎魔法。
それも人間離れした魔力を持つ【ゴーレム使い】が、ありったけの魔力を込めている。
弾に付与できるサイズの小型魔法陣で、ギリギリまで破壊力を追求した代物だ。
地球のグレネードとは桁違いの爆発力を持った擲弾が、〈ミドガルズオルム〉に襲いかかる。
強固な魔法障壁を次々と突き抜け、〈ミドガルズオルム〉の頭部を爆炎の嵐で包み込んだ。
轟音と衝撃波が、辺りを震わせる。
太陽のように燃え盛る炎が、大地を赤く染め上げていた。
『ちょ、ちょっとアディ! その辺にしときなさい! 周囲の気温が、とんでもないことになっているわよ! 〈アースシェイカー〉で森が吹き飛ばされてなかったら、大規模森林火災になってるわよ!』
エリーゼの制止を受けて、アディは一旦フルオート射撃を中断した。
機体を止めて、様子をうかがう。
炎の中に揺らめく、大蛇のシルエット。
その頭部に、油断なく銃口を向けたまま。
(これ、ゼフォー・ベームダールはコックピットで焼死してないか?)
瀬名がそんな疑いを持った瞬間、大蛇の影が動いた。
炎を振り払い、口内の砲門を向けてくる。
狙いは動けない瀬名機と、ニーサ機。
既に大蛇の頭部はズタズタに破壊されていたが、それでも砲撃を放つ余力は残っている。
発射の直前だった。
〈ミドガルズオルム〉は何の前触れもなく、機体を硬直させた。
『な……だ……コレは……? 機体が動か……』
無線から聞こえるゼフォーの声にはノイズが入り、よく聞き取れない。
『あら、ケンキ様。間に合いましたのね』
『何とかな。俺が動きを封じておく。仕上げはイースズ、頼んだぞ』
『止まっとる的は、面白くなかね』
何かが。
瀬名の動体視力を持ってしても視認できないほど、とてつもない高速で飛来した何かが〈ミドガルズオルム〉の首を吹き飛ばした。
操縦席がある頭部は地面に落下し、地響きと共に砂煙を巻き上げる。
頭部を失った長い蛇の胴体は、狂ったように暴れ、のたうち回った。
だがやがて、力を失い動かなくなった。




