第57話 紫の踊り子~私達だけでやっちゃう?~
『ごめんなさ~い、待たせちゃった~?』
魔道無線機越しに届く、軽~い声。
まるでデートの時間に遅れてやってきた、女の子のようなノリ。
ここは血なまぐさい、戦場だというのに。
『エリーゼちゃん?』
エリーゼ・エクシーズのあまりに場違いな口調に、荒木瀬名はコールサインで呼ぶことすら忘れてしまう。
自機と背後のニーサ・ジテアール機をまとめて消滅させるはずだった、黒いエネルギーの激流。
それが綺麗に分かたれて、後方へと流れて行く。
分かたれた分岐点には、1機のマシンゴーレムの背中があった。
全身は、紫色に塗装されている。
MGー2〈ユノディエール〉よりも、さらに細身になったシルエットはどこか女性的。
目を引くのは背中に搭載された、1基の大型推進器ノズル。
「テレビのニュースで見た、米軍のステルス戦闘機みたいだ」
瀬名が見た映像では、そのジェット戦闘機のエンジンノズルは上下に可動していた。
形状がそっくりなことから察するに、おそらくこの機体も上下に推力偏向が可能なのだろう。
これがエリーゼをGで失神しそうな程に追い込んだ、加速力の発生源に違いない。
瀬名は、そう推測した。
『どう? このイカす機体! これぞヤスカワXナンバーズ最初の機体、XMGー1〈サルタートリクス〉よ!』
エリーゼは〈ミドガルズオルム〉に背を向け、瀬名達の方を振り返ってポーズを決める。
まだ、戦闘中であるにもかかわらずだ。
刃に着いた血を払うかのように、光の剣を振るう。
だがもちろん、血など着いていない。
動作と同時に、緑色の双眼式〈クリスタルアイ〉が鋭く光った。
〈サルタートリクス〉の持つ光の剣は、瀬名達の振るう〈スターダスト〉セイバーモードとかなり違う。
くっきりと、刀身の輪郭を形成しているのが印象的だった。
まるで透き通るガラスか、氷の刃だ。
エリーゼはこれで、〈アケローン〉の最大出力砲撃を斬り裂いたのだ。
『へえ~。空力特性が、良さそうなフォルムだね』
瀬名は、元レーシングドライバーらしい感想を漏らす。
正面から見た〈サルタートリクス〉のデザインは、滑らかながらもシャープ。
地球で彼が散々乗った、フォーミュラカーを連想させる。
人型であるマシンゴーレムは、前面投影面積が大きい。
200km/hを超えて走らせると、非常に大きな空気抵抗を受ける。
空気抵抗に敏感な瀬名は、日頃から思っていた。
もっと空力特性に優れた形状に、変更できないものかと。
せっかく決めポーズを取っていたエリーゼだったが、〈ミドガルズオルム〉は空気を読まない。
背後から〈アケローン〉の砲撃を浴びせようと、魔力をチャージする。
もっともそれは、エリーゼにもわかっていた。
振り向き様に再び斬り払ってやろうと、〈サルタートリクス〉は光の剣を構えようとした。
その時だ。
砲撃を放つ直前だった〈ミドガルズオルム〉の頭部を、突如として爆炎が揺るがした。
側頭部の装甲板が、少しひしゃげている。
不意打ちとはいえ、ついに〈ミドガルズオルム〉に明らかなダメージが入ったのだ。
『姫様の決めポーズの邪魔をするなんて、本当に無粋なお方ですこと』
姿は近くに見えないが、今の攻撃はアディ・アーレイトが放った飛び道具だ。
「今の爆発は……魔法兵器!? 何で魔法で、ダメージが通るんだ? 魔法障壁が強力すぎる〈ミドガルズオルム〉には、効かないはずだろう?」
瀬名は混乱していた。
機体の魔力センサーが、反応している。
今の爆発は、間違いなく魔法によるものだ。
一緒に表示されていた〈サルタートリクス〉の推定魔力保有量を見て、瀬名はさらに愕然とする。
「GR-3の4倍以上だと!? 何だ!? このデタラメな数字は!? ……向こうにも、同じくらいの魔力反応。コレはアディちゃんだな」
瀬名は魔力レーダーの反応から、Xナンバーズ達の位置を確認していく。
「かなり離れたところに位置取っているのは、長距離狙撃が得意なイースズちゃんか。こんな巨大な魔力反応が、3つも……え? 3つ?」
ひとつ、魔力反応が足りないのではないか?
『エリーゼちゃん。大きな魔力反応は、3つしかないんだけど……。安川は、どうした?』
『あー、それがね。機体の〈疑似魂魄AI〉……みたいなものが、拗ねちゃって……。ケンキがMGー2の〈疑似魂魄AI〉に、自分と同じ名前を付けていたことが気に入らないらしいの。大層ご立腹よ。今、ケンキが説得中』
安川賢紀がXナンバーズを使いたがらなかったわけを、なんとなく理解した瀬名だった。
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〈サルタートリクス〉のコックピット内では、半透明な体を持った緑色の蛇がぐるぐると飛び回っていた。
蛇はやたらとウルウルした可愛らしい瞳で、エリーゼを睨みつける。
「エリーゼちゃん。今、オイラ達のことを『〈擬似魂魄AI〉みたいなもの』って言った! ひどいや! ひどいや! あんな処理能力も低くて融通の利かない奴らと、オイラ達高位精霊を一緒にするなんて!」
「わかったわかった。ごめんね、ヨルム。あんた達高位精霊は、すごーく情報処理も状況判断も速いわよね。とーっても頼りにしてるんだから」
「えへへ、ほんと? オイラ達、頼りにされてる? うーん。エリーゼちゃんのために、頑張っちゃおうかな?」
ヨルムはうれしそうに飛び回った後、エリーゼの体に巻きついた。
実体は無く、触れようにも幽霊のように透過する。
巻き付かれても、操縦の邪魔にはならない。
(ふっ。チョロいわ)
エリーゼは胸中で、悪い笑みを浮かべていた。
Xナンバーズは〈擬似魂魄AI〉の代わりに、スピリット・アシステッド・インターフェースという機構を採用している。
錬金術で作られた疑似魂魄の代わりに、高位精霊が機体制御や操縦補助などを行ってくれるシステムだ。
高位精霊は確固たる人格を持っているので、パイロットと対等にコミュニケーションを取りながら操縦を手伝ってくれる。
さながら、副操縦士のようだ。
このシステムを採用しているというか、勝手にそうなった。
元々Xナンバーズには、MG-2〈ユノディエール〉に使用されている〈擬似魂魄AI〉をアップデートしたものが搭載されていた。
しかし起動実験の日に、アクシデントが起こった。
〈トライエレメントリアクター〉に火を入れるやいなや、どこからともなく現れた高位精霊達が勝手に機体へと憑り付いたのだ。
どうやら新型〈トライエレメントリアクター〉の放つ、莫大な魔力に惹かれたらしい。
ちなみに「憑り付いた」と表現すると、「悪霊みたいな言い方するな!」と彼らは怒る。
高位精霊達はせっかく賢紀が用意した〈擬似魂魄AI〉を「喰って」自分の一部とし、機体制御OS術式の書き換えも勝手に行ってしまった。
XMG-1〈サルタートリクス〉には、緑色の蛇の姿をした高位精霊ヨルム。
大地を司る。
性格は極度のかまってちゃんで面倒くさい奴だが、おだてるとすぐにいうことを聞いてくれるので精霊達の中では比較的チョロい。
XMG-2〈フレアハウンド〉には、ゆらゆらと揺らめく火の鳥。
火の高位精霊スザク。
口うるさく、神経質で臆病な性格。
だがアディが強引に言うことを聞かせているので、あまり問題にはならない。
XMG-3〈サジタリィ〉には、背中に羽の生えたモコモコ毛の狸。
風の高位精霊フーリ。
コイツは怠け者で、仕事をしたがらない。
根気良く説得するか、自機がピンチにでも陥らないと真剣に働かないだろう。
何でも自分でマニュアル制御したがるイースズとは、相性がいいかもしれない。
そしてXナンバーズに取り憑いた精霊達の中で、最強の力を持つ存在。
同時に1番の問題児が、闇の高位精霊マリア。
賢紀のXMG-4〈シラヌイ〉に、寄生している。
身長は、60cm程と小さい。
漆黒の黒衣を纏った、少女の姿。
背中には、昆虫類のように薄い光の羽。
透き通るような(というより本当に透き通っている)白い肌。
地面に届きそうな程長いツインテールヘアは、ピンクがかった赤い髪色。
闇の精霊なのに、頭上には光輝く天使の輪っか。
見た目は美少女だが、性格は高慢。自信過剰。わがまま。
他のマシンゴーレムに対して嫉妬深く、賢紀が他の機体に乗っていると拗ねる。
そして今も、絶賛ふてくされ中である。
「マリアちゃん、今までで1番怒ってたわね」
「あれはケンキさんが悪いよ! オイラだって、エリーゼちゃんが擬似魂魄を『ヨルム』って呼んでたら嫌だもん。呼び間違え防止の措置だっていっても、もう少しデリカシーってもんが欲しいよ」
「ケンキがマリアちゃんをなだめるのには、時間がかかりそうね。私達だけで、やっちゃう?」
「賛成! あんなオイラの出来損ないみたいなブサイク蛇、かっさばいて蒲焼にしちゃおうよ!」
「了解! それじゃ、行くわよ! ヨルム!」
〈サルタートリクス〉は、左脇に光の剣を構える。
エリーゼが魔力を込めると、その刀身は眩い緑色に輝き始めた。
魔力伝導は、非実体剣でも可能なのだ。
背中の大型推進器からは、微かに光の粒子が漏れ出していた。
「推進器、〈空気抵抗軽減魔道機〉、スタンバイ。いつでも行けるよ!」
「舞え! 〈サルタートリクス〉!」
大地を震わせる爆音と共に、紫の踊り子は宙を舞った。
背中から青い炎を噴射させながら、閃光となって駆け抜ける。
狙いは〈ミドガルズオルム〉の胴体。
擡げられた首の、大地に着いている支点部分。
パイロットのゼフォー・ベームダールは、迎撃しようと尻尾を振るう。
だが、間に合わない。
エルフの優れた動体視力でも、姿を捉えられない。
それほどまでに加速して、〈サルタートリクス〉は突進する。
斬撃の瞬間を捉えられたのは、瀬名だけ。
女神の加護による、異常な動体視力のなせる技だ。
〈サルタートリクス〉の斬撃は、〈ミドガルズオルム〉を切り裂いた。
強靭な魔法障壁で守られたルーンタイトの装甲板に、大きく、深い裂傷が刻まれる。
「推進器カット! エアブレーキ!」
エリーゼが告げると同時に、ヨルムは推進器をカットする。
パイロットの思考を先読みしていたので、素早い。
同時に空気抵抗軽減の魔道機〈ドラッグキャンセラー〉も切り、空気抵抗による制動をかける。
瞬間速度は音速を超えていた〈サルタートリクス〉だが、突然その存在を思い出したかのように大気の壁へとぶつかった。
爆弾の起爆にも似た轟音が、響き渡る。
地面に脚部が着くと同時に、機体を半回転。
〈ミドガルズオルム〉の方を、向き直るエリーゼ。
〈サルタートリクス〉は機体の勢いを殺しきれず、後方に数十mも大地を滑ってから静止した。
エリーゼは、油断無く剣を構えている。
完璧な残心だ。
しかし――
「フフフ……。これが〈サルタートリクス〉の……おうぇええええ!」
加減速のGに耐えられなかったエリーゼは、胃の内容物を派手に操縦席へとブチ撒ける。
無情にも魔道無線機は、オープン回線に設定されていた。




