第56話 女神の使徒の葛藤~俺はその程度なのか!?~
『ダメだ』
エリーゼ・エクシーズの提案に、安川賢紀は即答した。
そもそもさっき心の中で、否決されたばかりの事案だ。
『何でよ? そりゃあ癖の強い機体揃いだけど、戦闘力が高いのは確かでしょう?』
『全然確かじゃない。テスト不足で信頼性は未知数だし、操縦性も癖が強すぎる。エリーゼ。お前も『〈サルタートリクス〉の加速Gは、殺人的』って言っていただろう? そんな機体は、優れた兵器とは言えない』
命のやりとりをする戦場ですぐ故障したり、原因不明の不具合が出るようでは使い物にならない。
操縦性にしても、扱いやすさは大事だ。
神経質なじゃじゃ馬は、神経と体力を余分に消耗させミスを誘う。
乗りこなす腕を、持っていたとしてもだ。
訓練期間の短い新兵でも、充分にその性能を引き出せる機体。
それこそ、兵器としての理想像といえる。
『「加速Gが、殺人的」だと? 〈イナーシャルレデューサ〉は、搭載していないのか?』
レクサ・アルシエフ将軍が尋ねてきたのは、慣性緩和魔道機のことだ。
賢紀達の乗るMG-2〈ユノディエール〉には、搭載されている。
レクサが存在を知っていたことから察するに、GR-3〈サミュレー〉にも搭載されているのだろう。
第2世代型マシンゴーレムは運動性が飛躍的に向上し、パイロットにかかるGも段違いになった。
対策としてこの〈慣性緩和魔道機〉を常に起動し、パイロットにかかる遠心力や衝撃を軽減している。
でなければMG-2の高度50mを超える大ジャンプや、着地の衝撃に操縦者が耐えられるはずがない。
エリーゼやアディ・アーレイトが、いくら頑丈だとはいってもだ。
『いいや。〈イナーシャルレデューサ〉は、Xナンバーズにも搭載している。それもこのMG-2やそちらのGR-3より、数段強力なヤツをな。それでもエリーゼは、失神しそうになった。そんなふざけた機体だ』
魔道無線の向こうで、レクサが息を呑んだ。
どれだけ無茶苦茶な機体か、朧気ながらも察してくれたようだ。
『そもそもXナンバーズは「X」の型番が示すように、色々と実験をするために作った試作機なんだ。実戦投入は、想定していない』
『試作機を使いたがらないなんて、意外だな? リースディース様から、「安川はロボットアニメオタクだ」と聞いていた。アニメでは主人公は試作機に乗って、無双するもんじゃないのか?』
荒木瀬名の発言に、ディープなロボヲタである賢紀はカチンときた。
珍しく声を荒らげて、早口にまくし立てる。
『荒木! アンタは地球で、どんなロボットアニメを見て育ったんだ!? いいか? 敵のザコ兵士と見分けのつかないような量産機で泥臭く戦い抜き、生き延びてこそ真のパイロットというもの。俺の尊敬するスペシャリストな軍曹殿も、こう言っておられた。「先進的な機能を盛り込んだというふれこみの『試作機』を与えられて喜ぶのは、ヒーロー気取りの新兵くらいのものだ」と』
『いや。俺はそんなにロボットアニメなんて、見てないし。誰だよ? 軍曹殿って? まあ信頼性もマシンの戦闘力における重要なファクターだという考え方には、同意できる。地球で俺が乗ってた、レーシングカーもそうだったし」
瀬名は機体の〈クリスタルアイ〉を〈ミドガルズオルム〉に向け、難しそうに呟く。
「しかし俺達にはもう、残されていないぞ? 奴の装甲を、貫く手段が』
問題は、それなのだ。
危険な賭け。
賢紀のポリシーに反する。
そしてあいつらは、色々とうるさい。
それでもXナンバーズを投入するしか、打開策がない。
『ねえ、ケンキ。最近あの子達、【ファクトリー】の外に出してないわよね?』
エリーゼの指摘どおり、賢紀はXナンバーズを【ファクトリー】にしまいっぱなしにしてきた。
きっと色々と、鬱憤が溜まっているはずだ。
外に出したら、苦情をぶちまけてくることだろう。
『「あの子たち」……特に「マリアちゃん」はあの性格だから、色々とめんどくさいことになっているでしょうね。だけど問題を先送りにしても、解決はしないわ。そろそろ外に出して、ガス抜きをしてあげる時期だと思うの』
『確かにいずれは外に出して、あの面倒な連中のご機嫌を取ってやらないといけないのは事実だな。……仕方ない』
【ゴーレム使い】は信念を曲げ、決断を下した。
『全員覚悟を決めろ。Xナンバーズを、4機とも出すぞ』
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数分後。
戦場に、賢紀達イーグニース組の姿はなかった。
「『帝国の3機で、乗り換え時間を稼いでくれ』か……。気楽に言ってくれるね」
〈ミドガルズオルム〉の猛攻から逃げ回りながら、瀬名はぼやいた。
「安川め。これでさっきの救助料は、チャラだぞ?」
〈ミドガルズオルム〉の攻撃は、熾烈を極めた。
ゼフォー・ベームダールは、手数を重視した戦法に切り替えてきたのだ。
遠距離では、〈アケローン〉連射モード。
速射のきく黒い光線と、散弾を連発。
接近すれば〈アースシェイカー〉と尻尾による攻撃と、付け入る隙がない。
エルフであるゼフォーは優れた動体視力を持っているはずだが、それでも瀬名達は何とか回避し続けられている。
これはパイロットとしての戦闘経験の差。
そしてGR-3〈サミュレー〉が、〈ミドガルズオルム〉より圧倒的に優れた運動性を誇っていたからだ。
だが、彼らは失念していた。
戦闘経験が少ないということは、戦闘中にも伸び代があるということ。
そしてエルフが優れているのは、静止視力や動体視力に留まらない。
空間認識力や、動く物体の軌道を予測する能力にも優れている。
だからエルフという種族は、全員が天性の狙撃手なのだ。
殲滅魔法〈アケローン〉から、細く集束された光線が走った。
自機の首を飛ばすように放たれた横薙ぎの光線を、レクサは身を屈めてかわす。
「しまった!」
避けようのない、絶妙なタイミング。
レクサにとっては最悪のタイミングで、〈ミドガルズオルム〉の尻尾が振るわれた。
回避を諦めたレクサは咄嗟の判断で、〈バリアブースター〉を起動させた。
これは魔法障壁の展開範囲を広げる、GR-3独自の耐魔法装置だ。
魔法障壁は耐魔法メインのシールドだが、運動エネルギーや化学反応などの物理攻撃にも多少の効果はある。
さらにレクサは機体の両腕でコックピットブロックを庇いつつ、サイドステップして尾撃の打点をずらした。
考えうる限りのダメージ軽減の手段を尽くしたが、レクサの機体は大きく跳ね飛ばされた。
そのまま森の向こうへと、消えてしまう。
ひと呼吸遅れて、重い衝突音が森に響き渡る。
『くそっ! リアクターをやられた! 戦闘続行は不可能。機体を破棄して、脱出する!』
レクサの生存に、瀬名はひとまずホッとした。
しかしすぐに、気を引き締めなおす。
後は自分とニーサの2機しか、残っていない。
2人だけで、もう少し粘らなければならない。
『ニーサ! シザーズ!』
『了解した!』
瀬名機とニーサ機は、高速で左右に切り返しながらハサミのように交錯する。
地球の戦闘機やアクロバット航空機が行う、シザーズ機動。
少しでもゼフォーの目を眩ますための戦闘機動だ。
2機は紅白の帯となって、鮮やかな軌跡を描きながら交錯。
〈ミドガルズオルム〉へと迫る。
息のピッタリと合った2人だからこそ可能な、アクロバティックな動きだった。
しかしハイエルフゼフォーの優れた視力は、そんな曲芸じみた機動をも見透かしてしまう。
交差する瞬間、一瞬だけ瀬名機に隠れたニーサ機。
彼女の進路上に、黒い光線が発射され置かれた。
死角から放たれた一撃に、ニーサの反応は僅かに遅れる。
機体に急制動をかけるが、間に合わない。
『くっ!』
光線に左足を切り飛ばされ、緋色のGR-3は地面に倒れた。
すぐに瀬名はニーサの機体に駆け寄り、抱えての離脱を試みる。
だが――
瀬名機のコックピットに鳴り響く、警告音。
『脚部の人工筋肉が使用限界にきた』と、警告灯が映像投影魔道機に表示される。
動けなくなったニーサ機を確実に消し飛ばすべく、〈ミドガルズオルム〉は顎を開いた。
口内の巨大な砲門〈アケローン〉に、魔力をチャージしていく。
瀬名は離脱を諦め、ニーサの前に立ち塞がった。
『ダメだ。〈バリアブースター〉に俺の魔力をありったけ上乗せしても、耐えられない。せめてニーサだけでも、なんとか……』
『私のことはいい! 逃げろセナ!』
『そんなこと、できるわけないだろ?』
そもそも瀬名には女神の加護【英雄】による超再生能力、【不屈】がある。
〈アケローン〉の直撃を受け機体ごと消滅しても、肉体は1週間もかければ再生できるだろう。
この場面では、ニーサさえ生かせれば瀬名の勝ちだ。
しかし、ニーサを生存させる方法が思い浮かばない。
瀬名が盾になったぐらいでは、最大出力の〈アケローン〉からニーサ機を守りきれない。
「畜生! 何が女神の使徒だ! 何が【英雄】だ! 愛する女性1人、守れないのか!? 俺はその程度なのか!? 考えろ、まだ何か手が――」
瀬名の思考を待たず、殲滅魔砲〈アケローン〉は最大出力で発射された。




