第47話 テスラの大森林~遠慮はいらんど?~
イーナクーペの宿に泊まった、翌朝。
安川賢紀達一行とリースディア帝国一行は、宿の前で出発の準備を整えていた。
眩しい朝日を浴びながら、8人は入念に装備をチェック。
行動の打ち合わせをする。
これから広大な大森林に入っていくとは思えない程、彼らは軽装だった。
賢紀達には、荷物をいくらでも収納できる、【ファクトリー】の能力がある。
そして帝国一行にも同じような能力である、荒木瀬名の【アイテムストレージ】があるのだ。
身につけるのは、突発的な戦闘に入った時必要な武器・防具だけで充分だった。
いつも手ぶらが基本の賢紀は、早々と準備が完了。
手持ち無沙汰になっていた。
そこへイースズ・フォウワードが、何やらニヤニヤしながら近寄ってくる。
「ケンキさん。昨夜は何ば、コソコソ覗いとったとね?」
完全に、気付かれていた。
賢紀はエリーゼやアディほど、気配を消すのは上手くないのである。
「何のことだ?」
一応、すっとぼけてみせる【ゴーレム使い】。
「もーっ! 何か、誤解しとったとでしょう? ベッツさんが、実は父親違いの兄妹だったってだけの話だけん。そんなこつ心配せんでも、あたしはケンキさんのモノだけんね……」
イースズは恥ずかしそうにそう囁くと、服の襟を指で引き下げた。
首に嵌められた、【奴隷首輪】が露わになる。
(イースズ君。ウチは社員をモノ扱いするような、ブラック企業じゃないぞ)
そう思いながらも賢紀は「ああ」と頷き、イースズの瞳を見つめる。
――と見せかけて、白く豊かな胸の谷間を周辺視野で観察していた。
襟が引き下げられたことで、よく見えるようになっていたのだ。
スレンダーな者が多いエルフ族だが、イースズはハーフのためかグラマラスな体型である。
「弓を引く時、邪魔ばい」と、悩むほどのモノをお持ちだ。
(ふふふ……。さすがにイースズも、この秘技は見切れまい。今までにこの秘技を破ったのは、魔物ハンターギルドのジーノ・ミラハッツさんだけだからな)
「これも最近気付いたんだけど……。ケンキって結構、むっつりスケベよね」
横から、エリーゼの冷ややかな視線が突き刺さる。
今ここに、賢紀の秘技が通用しない2人目の人物が出現したのだった。
■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□
テスラの大森林は広大だ。
しかし木々はそこまで密集しておらず、歩きやすい。
まるで何者かの意思がバランスを管理しているかの如く、植物達は無闇にテリトリーを広げようとしていない。
不思議と調和の取れた森だった。
木々の間隔がそこそこ広いため、その気になればマシンゴーレムを使った戦闘も可能になりそうだ。
植物の葉が空を覆い隠していたが、それほど暗くはない。
うっすらとした光を放つ不思議な苔が、地面や樹木の表面にも生い茂っているからだ。
苔の光に照らされ、森の中は幻想的な明るさに満ちていた。
「噂には聞いていたが、マナの量が多いな……」
歩きながら瀬名が言った通り、大森林の中は自然・生命のエネルギーであるマナに満ち溢れていた。
「精霊」の気配も、ちらほらと感じられる。
精霊はマナが集まって思念を持ち、具現化する存在。
森中をゆらゆらと飛び回っている蛍火は、これから精霊になるマナの結晶だ。
「なんだ、フォウワード。てっきり奴隷首輪は取れたかと思っていたが、また着けられたのか?」
レクサ・アルシエフは呆れた表情で、イースズに言った。
どうやって外したかなどは、言及しない。
【神の加護】持ちの賢紀がいれば、大抵のことはなんとかなると思っているからだ。
同じ加護持ちの荒木瀬名も、帝国でありえないことを次々と実現していた。
レクサはイースズが寝返ったことについても、特に思うところはないという素振りだった。
「ふふふふ……。レクサ将軍。主人次第では、奴隷も悪くなかもんですよ。少なくとも陛下に振り回されとるレクサ将軍よりは、苦労しとらんと思いますけん」
「そ、そうか……」
レクサはイースズの「奴隷も悪くない」発言に引いたのか。
それともニーサに振り回される現状を指摘されて、悲しくなったのか。
イースズの間合いから、自然な感じでフェードアウトしていこうとした。
しかし、それを捕まえた者がいる。
「レクサ将軍。お父様の最期について、聞かせて」
父をレクサに殺された、エリーゼだった。
彼女の表情は硬い。
だがイーナクーペの宿屋で初顔合わせした時のような、殺気は放っていない。
賢紀と瀬名のあまりに険悪な雰囲気に、すっかり毒気を抜かれてしまったようだ。
「……強かったですよ。今思い出しても、震えが来る。右腕1本で済んだ私は、運が良かった」
レクサは右腕の義手を見つめながら、しみじみと戦いの記憶を思い出す。
「生身でマシンゴーレムを撃破するなんて、人間じゃないですよ。それも操縦兵は、そこそこ腕の立つ奴だったんですからね」
「セブルス・エクシーズなら、そのくらいやるわ。ルータスにマシンゴーレムが無くて、良かったわね」
その発言に、レクサの眉が一瞬ピクリと動く。
エリーゼの台詞に、プライドが傷ついたというわけではない。
彼女の発言内容には間違いがあったが、正さない。
間違いであることを、レクサは悟られたくない。
エリーゼは直感的に、そう思った。
レクサは僅かな動揺を押し隠し、再び腰の低い口調に戻って話し続ける。
「いや、本当にその通りですよ。もっともあなた方は、イーグニースを抱き込んでマシンゴーレムを手に入れてしまったわけですが……」
「忘れないでね。この件が片付いたら、あなた達とは再び敵同士よ」
「あの国王の、ご息女だと思うとね……。私は貴女と戦うのも、恐ろしいですよ」
口ではそう言いながらも、レクサは負けるとは微塵も思っていない様子だ。
柔らかい物腰とは裏腹に、帝国最強の剣士に相応しい威圧感を纏っていた。
エリーゼとレクサが会話しながら歩いている、その前方。
隊列の最前列には瀬名。
その後ろには賢紀とアディ、ニーサがいた。
「いいかアディ。作戦の確認だ。敵が現れたら、ゾンビ使徒を肉壁にして攻撃を防ぐ。そして肉壁ごと、まとめて大火力の魔法を連発して吹き飛ばす。これで完璧だな」
「完璧なわけないだろう、テロリス徒。俺の女神の加護は【ゾンビ】じゃなくて【英雄】だと、何度言えばわかるんだ。それに加護の超再生能力【不屈】でも、バラバラ状態からは治るのに時間がかかるんだ。まとめて吹き飛ばされたら、時間がなくなるからやめろ」
賢紀と瀬名は、相変わらず喧嘩腰で話し続ける。
それをアディ・アーレイトとニーサ・ジテアールは、困った顔で見守りながら歩き続けていた。
「はあ。ケンキ様はいつもはもっと冷静で、淡々としているイメージなのですが……。まるで別人ですわね」
「セナもだ。普段はもっと丁寧で、優しいのだが……。もっとも私は、セナの内面が熱いのは理解していたがな。会ったばかりなので何とも言えんが、ヤスカワも感情豊かなあれが、本性ではないのか?」
賢紀と言い争う瀬名を見つめる、ニーサの目は優しい。
「ニーサ様とセナ様は、ひょっとして……?」
「うむ。愛し合っている」
堂々とした返事をする皇帝に、アディは内心たじろいだ。
あまりにも、自由な統治者だ。
身分差とか立場とか、そういったことは考えないのだろうか?
かつての主君、セブルス・エクシーズに匹敵するかもしれない。
もっともリースディア帝国では、女神信仰が国教。
その女神の使徒である瀬名と皇帝ニーサの間には、思ったほど障害はないのかもしれないとアディは考えた。
それぞれ会話しながら、森を進む一行。
変化は唐突に訪れた。
「おっと」
先頭を歩いていた瀬名が、小石にでもつまずいたような軽い口調で呟く。
その左手には、金属製の矢が掴み取られていた。
瀬名の左目を、正確に貫こうとする軌道で飛来したものだ。
「やっと仕掛けて来たか。さっきからコソコソと様子をうかがってくるばかりで、煩わしかったからな。……掃討開始だ」
「君が仕切るなよ、【ゴーレム使い】」
「だったら【英雄】らしく、アンタが1人で全員片付けろ」
瀬名は掴み取った矢を、飛んできた方向へ投げ返した。
軽く手首の力だけで投げたのに、弓から放たれたより速く飛んでいく。
わずかな間を置いて、「ギャッ!」という悲鳴が聞こえてきた。
矢が命中したらしい。
「カレラさんが言っとった、【テスラガード】ね? 弓の名手揃いらしかばってん、あたしとどっちが上かね?」
「イースズ。無理して同族と戦わんでも、よかとよ? 支援だけでん、してくれたら良かばい……って、ベアモン訛りがうつっちゃったわ!」
エリーゼの心配をよそに、イースズは首を横に振った。
「イーナクーペにおったエルフ達と、大森林の中の連中は違うばい。母さんを追い出したこいつらに、遠慮はいらんど?」
「なら、思う存分やっちゃって! さーて、派手に暴れるわよ!」
一行の士気は、充分に高まっている。
賢紀は小型マシンゴーレム〈トニー〉を、【ファクトリー】から呼び出した。
他の面々も武器を構え、臨戦態勢を取る。
「どこからでも、かかって来い。矢など全て、叩き落としてやる」
そう意気込んだ賢紀。
次の瞬間彼の目に映ったのは、矢の雨だった。
群れをなして飛来する姿は、まるでイナゴの大群のようだった。




