第45話 最強の刺客~本当に日本人だったのか?~
真っ暗な夜の平原を、二筋の光がひっそりと走る。
魔道灯ヘッドライトを灯した、ゴーレム・ワゴンだ。
イーグニース共和国やリースディア帝国では、段々とメジャーな存在になってきた車両型ゴーレム。
だが田舎に来ると、魔物に間違われかねない。
フロントガラス越しに、運転手が見える昼間ならまだいい。
問題は、夜間にヘッドライトを灯して走るその姿。
まだ存在を知らぬ者から見れば、異形の怪物そのものだろう。
それでも賢紀達は、夜間走行を自粛する訳にはいかなかった。
今は一刻も早く、エルフ達の住む「テスラの大森林」を目指さなければならない。
休憩は最小限。
交代で仮眠を取りながら、粛々とゴーレム・ワゴンを走らせ続けている。
今回の旅は、5人パーティ。
【ゴーレム使い】、安川賢紀。
ハーフドワーフ剣士、エリーゼ・エクシーズ。
犬耳メイドガンナー、アディ・アーレイト。
三ツ目ハーフエルフスナイパー、イースズ・フォウワード。
その4人に加え、依頼主であるベッツ・アーエムゲイルも同行する。
ワゴンの運転をベッツに交代し、最後尾の座席で仮眠を取ろうとした賢紀。
彼はふと、隣で寝ているはずの人物が起きているのに気付いた。
イースズだ。
彼女は窓から、暗い車外を見つめていた。
月の光を浴びてうっすら輝く、ハーフエルフの横顔。
相変わらずの美しさだ。
しかし今夜はどこか、儚げな美しさに見える。
「どうした? 眠れないのか?」
眠っている他の者達を起こさぬよう、賢紀は小声で囁いた。
「ケンキさん……。あたし、正直怖か……」
周りに気遣ってか、それとも不安のためか。
イースズも消え入りそうな、か細い声で答える。
「大丈夫だ。今回俺達が失敗しても、イースズは助かる。ベッツさんの言う『あれ』が、情報通りの仕様ならな」
「あたしやアディちゃんは大丈夫でも、エリーゼちゃんとかは怪しかね……。それにケンキさんは、まず助からん。そぎゃんとあたしは、絶対嫌ばい。失敗しても大丈夫なんて、言わんどって」
「すまん、無神経だった」
賢紀はイースズに謝罪する。
彼女の不安を取り除くつもりが、逆に煽ってしまった。
【ゴーレム使い】は、話術の未熟さを痛感する。
「『あれ』の問題だけじゃなか。エルフ達に会うとも怖かとよ。テスラの大森林に行くのは、生まれて初めてだけん……。ハーフエルフは、忌み嫌われる存在。母さんもあたしを身ごもったせいで、里を追われとる。ベッツさんは昔ほど、ハーフエルフ迫害はひどくなかって言っとったばってん……」
「無理させてしまったか? 俺はこの大陸の種族事情に、疎いもんでな。イーグニースに残った方が、良かったか?」
賢紀の言葉に、イースズはハッキリと首を横に振った。
「ううん。今回の仕事は、あたし向きばい。ゼフォー・ベームダールの、思い通りにはさせん。あたしがケンキさん達ば、守るばい」
イースズの中で、不安感よりも使命感が勝った瞬間だった。
青い双眸と、額にある紫の瞳に強い光が宿る。
狙撃手としてのイースズ・フォウワードが、そこには居た。
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「こらまた、凄かね~」
窓から身を乗り出して、感嘆の声を上げるイースズ。
爽やかな風に煽られて、エメラルド色の三つ編みが揺れている。
晴れ渡った青空の下。
賢紀達の乗るゴーレム・ワゴンは、緩やかな丘を駆け下りている最中だった。
眼下には、広大な樹海が広がっている。
一国の領土分ぐらいは、ありそうだ。
樹海中心には、雲を貫いて佇む巨木が存在している。
「世界樹」だ。
今のイースズは、曇りの無い笑顔を浮かべている。
不安や使命感より、純粋に母親の――そしてエルフの故郷に来れたことに感動しているようだ。
ふと、賢紀が気付く。
魅力的な笑顔のイースズに、ひっそりと視線を送っている者がいる。
今回の依頼者である、エルフのベッツ・アーエムゲイルだ。
賢紀が見ていることに気づいたベッツは、サッとイースズから視線をそらす。
それを見て、(自称)勘が鋭い賢紀はすぐピンと来た。
ベッツやイースズに聞こえぬよう、小声で隣のエリーゼの耳元に囁く。
(なあ。ベッツさんって、独身だよな?)
(何よ、突然。くすぐったいじゃない。そうよ。ルータス王国にいた頃は、研究一筋で独身だったわ。女性の噂は、聞いたことが無いわね)
(歳はランボルトさんと、同じくらいって言ってたよな? 80くらいか? 見た目は20代だけど……。若い女性から見て、実年齢って気になるか?)
(さあ? 見た目が若いなら、いいんじゃない? むしろ見た目若くて中身は大人なら、女性からはモテるかもね?)
年齢の割には、少年のようなところもあるベッツ。
だが、今回の旅では少し違う。
物静かで落ち着いた、大人の雰囲気を醸し出していた。
顔立ちだって、エルフらしいイケメンなのだ。
女性から見て、魅力的に感じないわけが無い。
(これは俺が、ひと肌脱いでやらないとな。何せ俺は、イースズの雇い主。良い縁談を世話するのも、雇い主の仕事だろう)
【奴隷首輪】をイースズに着け、むりやり雇用した鬼畜雇い主は決意した。
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エルフ族。
長く尖った耳と、美しい容姿。
魔道に長けていることが、特徴の種族。
彼らはテスラの大森林の中に集落を作り、他の種族と交流せずひっそりと暮らす。
そのまま森林の外とは隔絶された世界で、長い生を終える。
ドワーフ族とは、真逆だ。
ドワーフは未知なるものへの探求心が強く、旅を好み、他種族とも社交的である。
エルフはドワーフから、ヒキコモリと呼ばれていた。
そんなエルフの生態にも、例外がある。
テスラの大森林の入り口にある街、イーナクーぺ。
大森林のすぐ外に、15年ほど前から作られ始めた街だ。
ここに住むエルフ達は、他種族との交流や商売も行っている。
保守的で排他的なエルフの生き方に、疑問を持った者達だ。
種族全体から見れば、そんなに多い数ではない。
だがその人口は、徐々に増え続けているとベッツは語る。
イースズは街に入る時、バンダナで額の目を隠そうとした。
しかしベッツに、「その必要は無い」と止められてしまう。
「ハーフエルフを忌み嫌うのは、大森林の中で引きこもっている連中です。イーナクーペに住んでいるエルフからすると、むしろハーフエルフは憧れの対象ですぞ」
「それでも三ツ目って、一部の魔族にしかおらんけん……。気味悪がられたり、せんですか?」
「イースズ殿。そんなことを言っては、いけませぬぞ。せっかく綺麗な瞳なのです。堂々としていなければ、あなたのお父上も悲しむというもの」
ベッツの言葉を聞いて、イースズはハッとした。
なぜか、エリーゼとアディもハッとしている。
(うむ、ベッツさん。コンプレックスになっている、額の目を褒めるのはポイント高いな。俺が褒めた時と、なんだかリアクションが違う気もするが……。エリーゼとアディの反応。これは、あの2人も気付いたな)
安川賢紀(彼女いない歴21年)。
彼はベッツの女性を口説く手腕について、上から目線で評価する。
無表情なまま、腕を組んで意味不明に「うむ、うむ」と頷く不気味な【ゴーレム使い】。
そんな彼を、他の4人は不審に思いながら街へと入って行った。
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イーナクーペの街並みは、バラエティに富んだ建築様式をしていた。
街を歩く人々は、エルフが多い。
しかし人間や獣人、ドワーフに魔族と、様々な種族が見受けられる。
「ルータス王国に、似ていますわね」
アディはそう感想をもらす。
だが賢紀が行ったルータスの街や村は、すでにリースディア帝国の占領下にあった。
雰囲気もだいぶ違ったので、あまりルータスとの共通点を見出せない。
「やっぱり、ジロジロ見られとる気がするばい」
イースズは周囲の視線が気になるようだが、それは明らかに羨望の眼差しだ。
他種族との交流に、積極的なイーナクーペのエルフ達。
ひと目でハーフエルフとわかるイースズは、彼らの理想が体現した姿だった。
単純に彼女の容姿と、額にある紫色の瞳が美しいというのもある。
(どうだ? うちのイースズさんは美人だろう? 綺麗な受付嬢が居る会社の社員っていうのは、こういう気分なのかもな)
賢紀は変に、自慢げな気分になっていた。
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賢紀達一行は、宿屋へとやって来ていた。
ここにある食堂で、エルフ族側の協力者と会う手はずになっている。
地下にある食堂に降りて行くと、奥のテーブルには1人のエルフ女性がいた。
髪の色は暗めの緑。
カーラ―で巻いたかのように、ゆるやかなウェーブがかかっている。
顔の半分は、髪で隠されていた。
しかし露わになっている側の目鼻立ちは、おそろしく整っている。
ふっくらとした唇からは、妖艶な魅力が零れ出していた。
「ベッツ……。来てくれたのね、助かるわ」
「カレラ。こちらこそ、君がゼフォーのことを教えてくれて助かったよ。手遅れにならずに、済みそうだ」
2人は旧知の仲らしく、親しげに挨拶を交わす。
ベッツはいつもの芝居がかった妙な口調ではなく、普通な喋り方になっていた。
「イーグニース共和国の皆さん。実は今回のお仕事、他にも協力者が増えることになったの。何せ今回1番の被害者になるのは、リースディア帝国でしょう? あちらからも、国内で最強の刺客を送ってくれるそうよ」
「最強の刺客……? どんなのが来るんだ?」
賢紀の疑問に、隣に座っていたエリーゼが答えた。
わずかながらの、殺気を纏いながら。
「帝国最強といえば、決まっているわ。お父様を斬った、あの男よ……。ちょうど来たようね」
食堂の入り口である階段から、男が降りてくる。
背中には、二振りの剣。
それを交差させて背負っている。
長髪を、オールバックに固めた美丈夫。
賢紀にも、ひと目で男の正体がわかった。
リースディア帝国将軍、レクサ・アルシエフ。
父の仇の出現に、エリーゼは奥歯を強く噛みしめる。
ギリッという音が、隣に居る賢紀にまで届いた。
現れるだけで、周りを威圧するような凄みを放つレクサ将軍。
しかしなぜかその表情は、少し困り顔だ。
レクサに続き、困り顔の原因になっている人物も降りてきた。
「ケンキ、私もうダメ。自分を抑える、自信がないわ」
「エリーゼ。気持ちはわかるが、今は抑えてくれ」
賢紀の隣で、エリーゼの殺気が爆発しそうなほどに膨れ上がった。
彼女の顔面は、怒りのあまり蒼白になってきている。
階段から降りてきたのは、月光のような金髪を持つ美女。
服装は、緋色の軽鎧と装束。
(まさか……? 嘘だろう? ……いや。今回のハイエルフ暗殺が失敗すれば、帝都に篭っていても助からないからな。自ら来るのも、頷けるか)
降りてきたのはリースディア皇帝、ニーサ・ジテアール。
その腰に下げられていた剣が、明らかに日本刀であることに賢紀は驚いた。
(レクサ・アルシエフとニーサ・ジテアール。確かにこの2人が、帝国最強の刺客だな。エリーゼには悪いが、仇討ちは次回にしてもらおう。今はこの2人の力を、借りる必要がある)
しかし、賢紀の予定は崩れた。
階段から3人目の刺客である、白い鎧の青年が現れたからだ。
「なんで生きてるんだ? アンタのもらった加護は、【ゾンビ】か? ゴキブリのように、しぶとい野郎だ。大人しく、消し炭になっとけ」
「君がムチャクチャしたせいで、再生するのに3日もかかったよ。生身の人間にマシンゴーレムでブーストした爆炎魔法を3連発だなんて、君は本当に日本人だったのか? やっぱり君は、日本に帰したらダメだね。テロリストへの道を、一直線だ」
安川賢紀と荒木瀬名。
2人は顔を合わせるなり、喧嘩腰で罵り合う。
狂犬のような、【神の使徒】達の態度。
さっきまでは自分が暴れそうだったエリーゼも、ちょっと引いていた。




