閑話5 エリーゼのストレス発散(3)~機嫌は直りましたか?~
安川賢紀達は、途中でランボルト達のパーティと合流した。
7人の大所帯で古城の奥、玉座の間に向かう。
「ほう……? また性懲りも無く、現れたか。哀れな下等生物共よ」
王の間には、玉座が置かれていた。
古びた城内の中で、その玉座だけが新しく作られたものだと分かる。
玉座に悠然と座り、肘掛についた手で頬を支える青年が1人。
周りにはクォヴレーを始めとする、ビサーストの獣人パーティが倒れていた。
賢紀の見る限り、まだ命にかかわる程の怪我を負った者はいない。
「何だアレは? 魔族ってヤツか?」
賢紀が無遠慮に、青年を指差す。
彼の容姿は、とても人間族には見えなかった。
紫色の髪こそ、人間族にもいないとは言い切れない。
だが瞳は白目の部分が黒く、虹彩は血のように赤い。
顔にも血管に似た赤い紋様が走り、犬歯が異様に長い。
そして背中にある、蝙蝠のような翼。
「違うわ。アレは、高位悪魔っていうヤツよ」
エリーゼの説明が始まった。
悪魔。
彼らは精神生命体である。
生き物の憎悪や恐怖、苦痛などの負の感情が集まり、瘴気や魔素を媒体として実体化する。
下位から中位のものは召喚魔法によって呼び出され、使役されるケースもある。
だが上位の悪魔は、魔王にも近い力を持つという。
「ケンキさん、気をつけて~。アレはちょっとヤバい~」
床に倒れていたムルシィ・エラーゴが、警告を発する。
幸い意識はあるようだった。
「下等生物の分際で、上位悪魔たるこの私を『アレ』呼ばわりとは……。己の立場というものを、わきまえておらぬようだな」
「『アレ』呼ばわりがお気に召さないなら、何と呼べばいいんだい? 上位悪魔さんよ?」
ベネッタの挑発的な物言いに、アークデーモンは不機嫌そうに顔をしかめた。
「下等生物共に名乗っても、仕方ないが……。まあ良い。私の名はラクラ。先程は上位悪魔と言ったが、それももう昔の話。私の力は、すでに神にも近しい。王に相応しい軍勢もかき集めた。だから今日からは、こう名乗らせてもらおう。『魔王ラクラ』と」
その場で立っている全員が、心の中でツッコむ。
「魔王さん。その軍勢、すでに半壊してますよ」と。
しかし自信満々で語る自称魔王を前にすると、どうも言い出しにくい。
「ふぉっふぉっふぉっ。『魔王』とはまた、大きく出たものじゃな。若き悪魔よ」
1歩前に進み出て、話し始めたのはランボルトだった。
「じゃがそう名乗るには、お主はまだ力不足じゃ」
「なんだ? この猫耳ジジイは?」
「まあ聞け、悪魔よ。かつて『魔王の再来』と呼ばれた魔族がいた。ルータスの第2妃、ティーゼ様じゃ。彼女は周りから魔王と呼ばれても、『自分はそのような器ではない』と言い続けた」
ラクラは何も答えない。
ただ面倒くさそうに、ランボルトの話を聞いていた。
「また、こんな話もあるぞい。数百年前、大陸各地では強力な魔族達が暴れていた。彼らは自ら『魔王』と名乗っていたが、本物の魔王である『時空魔王』に打ち倒されていった。これらの意味が、わかるかの?」
魔王と呼ばれるためのハードルは、とてつもなく高い。
ランボルトはそのことを、諭すように語る。
上位悪魔相手に、全く臆さずだ。
この偉大な魔道士なら、悪魔相手に語る資格がある。
賢紀はそう思っていた。
だがラクラは、そう思わなかったようだ。
「ハッ! 下等生物のジジイごときが、この魔王ラクラに説教か?」
凍てつくような視線が、ランボルトに注がれる。
しかし元宮廷魔道士筆頭は、涼しい顔で受け流していた。
この時までは確かに、涼しい顔だったのだが――
「不愉快だ! ティーゼとかいう、矮小な存在と比較するな! 噂で聞いたことがあるぞ? 人間族の男などと番になった、愚かな魔族の女だろう?」
その瞬間、賢紀は確かに感じた。
ランボルトの中で、銃の撃鉄に似た何かがカチリと起こされたのを。
「ああ!? ケツの青い小僧が、舐めた口を利いてるんじゃねえぞ?」
そんな乱暴な言葉を、誰が言い放ったのか。
最初、賢紀には分からなかった。
「あちゃー」といった表情で、額を押さえるエリーゼとアディ。
ベネッタは、ちょっとワクワクしているようだ。
「ランボルトの『猛牛』モード、あたいは見るの久しぶりだよ」
「皆様、危険ですわ。倒れている方々を連れて、少し後退しますわよ」
「爺さん、あんまりやり過ぎるなよ。城ごと吹き飛ばされるのは、ゴメンだぜ」
周りの反応に、賢紀とイースズ・フォウワードだけがついていけていない。
それを見たエリーゼが、2人に解説をしてやる。
「ランボルトは、ティーゼお義母様の大ファンだったから……。ティーゼお義母様をバカにされて、キレたランボルトはまさに『爆炎の猛牛』よ。ケンキ、イースズ、防御障壁の魔法を掛けといて。余波を喰らわないようにしなくちゃね」
さっきの乱暴な言葉を言い放ったのは、やはりランボルトで間違いない。
よく見ると彼の白い尻尾と髪の毛は、ブワリと逆立っていた。
まるで猫が、喧嘩する時のようだ。
いつもは瞳を覆い隠している眉毛まで逆立って、ギラギラした双眸が露になっていた。
「なんだ? 年老いた下等生物ごときが、いきり立ったところで……」
「【エクスプロードクラスター】」
信じられないほどのスピードで、爆炎魔法が発動する。
複雑な術式だったのに、かかった時間は一瞬だ。
普段と同じ【エクスプロード】の爆発が起こったと思いきや、それに連鎖して無数の小爆発が巻き起こった。
いや。
「小爆発」と表現するには、生温いほどの威力だ。
ラクラが居た玉座周辺は、爆炎の嵐に包まれて見えなくなった。
爆風は石造りの壁と、天井を吹き飛ばす。
暗い玉座の間を、青空が見えるテラスへと変えていった。
賢紀とイースズの防御障壁魔法がなければ、他の面々もただでは済まなかっただろう。
爆炎が収まった時、中心に居たラクラは床に這いつくばっていた。
その全身は、もはやボロ雑巾のよう。
せっかく作ったばかりの玉座は消滅し、小さな破片しか残っていない。
「ザコが調子に乗りやがって……。ちいとばかし、ヤキ入れてやらねえといけねえな」
悪魔よりも悪魔っぽい薄ら笑いで、ランボルトがラクラの頭を掴む。
すると上位悪魔の全身は、炎に包まれた。
「ヤキを入れる」とは、まさに文字通りであった。
「ぎゃああああっ! 一体何者だというのだ!? 貴様は!?」
「こんぐらいで悲鳴を上げるなんざ、根性のねえ悪魔だな。俺か? 俺は下等生物のジジイだよ。そんなのに手も足も出ないなんて、ざまあねえな」
元宮廷魔道師筆頭、ランボルト・フューラカン。
戦場で大軍を相手に、爆炎魔法を連発しながら突き進むことで有名だ。
止まることのないその姿から、彼は『爆炎の猛牛』と呼ばれていた。
賢紀の怒らせてはいけない人リストにまた1人、ランボルトの名前が追加された。
本日だけで、3人目だ。
ランボルトはラクラを焼き尽くすために、魔力を高めようとした。
だがちょうどその時、大勢が玉座の間に踏み込んでくる。
ランシア・エヴォルツィオーネやジーノ・ミラハッツを始めとする、魔物ハンター達だ。
「なんですか!? ランボルトさんの燃やしているアレは!? あの禍々しい魔力と瘴気……。まさか、上位悪魔!?」
動揺して騒ぎ立てるランシア達に、ランボルトが気を取られる。
そのわずかな隙に、ラクラは手を振りほどいた。
先程の爆炎魔法で古城の屋根は吹き飛び、青空が見えている。
ラクラは背中にある蝙蝠の翼をはためかせ、命からがら空へと飛び上がった。
「くそっ! 忌々しいが、仕方ない。身を隠して、再び力を蓄えさせてもらうぞ」
上位悪魔は空中で振り返り、ランボルトに向かって宣言する。
「ちっ! 爆炎魔法の射程外だ」
ランボルトは舌打ちした。
ラクラを逃しては、他の地域で被害が出る。
今回は強者が揃っていたから良いものの、普通だったら街の1つや2つは壊滅させてもおかしくない相手だ。
このまま逃がすわけにはいかない。
「やっと俺の出番だな。〈クリスタルアイ〉、【直結】」
ゴーレム操作時の賢紀は、劇的に視力が強化される。
静止視力だけではない。
動くものを捉える動体視力。
距離感を測る深視力。
周りを広く見る、周辺視野に至るまでだ。
今回はそれに加え、〈トニー〉の両眼とも情報をリンク。
超人的な視力を持った4つの目で、上空にいるラクラを補足していた。
さらに魔法で風向きを読み、狙撃の精度を底上げ。
これは賢紀だけでなく、イースズも得意とする技だ。
〈トニー〉の両手には、新開発の対物ライフルが構えられていた。
本来対物ライフルは、地面に二脚を立てて使うものだ。
ただでさえ20×110mmという、とてつもない大きさの弾丸を使用。
さらに賢紀は炸薬代わりに、かなり強力な爆炎魔法を付与している。
反動は破壊的だ。
ライフル自体の重量も、25kgを超える。
立った状態での発砲など、人間には不可能だ。
しかし撃つのは人間ではなく、マシンゴーレムである〈トニー〉。
小型とはいえ、〈トニー〉のパワーは凄まじい。
対物ライフルの重量と反動を、軽々と受け止められる。
おまけに〈トニー〉の四肢は、人工筋肉でリニューアルされていた。
強いだけでなく、精密動作性も向上している。
針の穴を通すような狙撃を、可能にしていた。
風の魔法を使用し、自分と仲間達の耳を保護する賢紀。
こうでもしないと、対物ライフルの巨大な発砲音で鼓膜を痛めてしまうのだ。
【直結】と風魔法の同時行使により、【ゴーレム使い】の頭痛はピークを迎えていた。
「相変わらず、頭が痛い。さっさと片付けさせてもらうぞ」
風魔法で軽減されてもなお、対物ライフルの発砲音は凄まじかった。
大気と古城が、ビリビリと震える。
この対物ライフルは、装弾数が1発のみ。
おまけにボルトアクション式。
なので〈トニー〉の隣に居る賢紀が、1発ごとに大きな「砲弾」を装填する。
〈トニー〉は遥か上空に向け、次々と発砲。
4発目を放ったところで、【ゴーレム使い】は対物ライフルを【ファクトリー】に収納した。
「終わった……」
20×110mm弾の威力は、とてつもないものだった。
頭部、両腕、そして下半身を丸ごと吹き飛ばされたラクラ。
人間ではない悪魔とはいえ、その死体はかなりグロい。
幸い地面に落ちてくる前に、黒い霧となって消滅した。
後に残された魔石だけが、空から落下してくる。
高高度から落下してきた魔石は、かなりのスピードになっていた。
生身の賢紀だと怪我をする可能性があったので、〈トニー〉にキャッチさせる。
以前より精密動作性が格段に上がった〈トニー〉は、魔石をフワリと受け止めた。
卵でも割れないようなソフトさだ。
魔石のキャッチと同時に、大歓声が湧き起こった。
「うおおおおー! 上位悪魔を、倒しやがったぞー!」
「見たか!? あの凄まじい威力の銃! ありゃ、なんだ!?」
「なんかよくわからんが、凄え瞬間に立ち会ったぜ! ラッキーだ!」
(ふっふっふっ……。さあ、皆の者。俺を褒め称えよ)
いつもむっつり顔の賢紀だが、人から褒められれば普通にうれしい。
今回は敵の大将に止めを刺すという、MVP級の活躍ができたのだ。
掃討大会開始前とは違い、晴れやかな気分に包まれていた。
「さすが、〈トニー〉さんですね」
「ああ。魔物ハンター試験の時、俺が手も足も出なかっただけはあるぜ。やはり、〈トニー〉は強え」
ランシアとジーノの会話に、周りのハンター達が反応した。
「〈トニー〉さんっていうのか。カッコいい名前だぜ!」
「〈トニー〉さん、ありがとうよ! 俺達だけじゃ、皆殺しにされてたぜ!」
「みんな! 俺達のヒーロー、〈トニー〉さんを胴上げしようぜ!」
(あのー。〈トニー〉は俺が操縦して……。上位悪魔を倒したのは、俺なんですけど……)
もはや、賢紀がそう言い出せる空気ではなかった。
人工筋肉への換装により、軽量化された〈トニー〉。
それでもなお、200kgの重量を誇る。
そんなに重たい〈トニー〉を、マッチョな魔物ハンター達は軽々と胴上げした。
湧き上がる〈トニー〉コール。
それを、釈然としない気分で見つめる賢紀。
「ケンキ……。ドンマイ」
エリーゼは賢紀の肩を優しく叩き、生暖かい視線で慰めの言葉をかけた。
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賢紀はゴーレム・ワゴンのハンドルを握っていた。
少人数での移動用に、作ったものだ。
右肘を窓にかけ、左手でハンドルを持ったやる気のない運転姿勢。
そんなドライバーの運転で、ワゴンは夕暮れのガルマ平原を駆け抜ける。
助手席にはエリーゼ。
アディとイースズは疲れたのか、後部座席で眠っていた。
「やれやれ……。やっぱり魔物ハンターギルドが絡むと、ロクなことにならないな」
「そう? 上等な魔物の素材が、手に入ったじゃない? 新型マシンゴーレムにも、使えるんじゃないの?」
「新型……か……」
賢紀は思い出していた。
今回の発端は、自分が新型マシンゴーレムの開発に集中していたのが始まりだった。
そこに機嫌の悪いエリーゼがやってきて――
助手席に座るエリーゼからは、先日のような苛立ちは全く感じられない。
「別にいいじゃない。ハンター達がケンキのこと褒めてくれなくても、私はケンキが凄いってわかってる。あなたがサポートしてくれると、とっても戦いやすいの。アディやイースズも、そう思っているはずよ」
今回の賢紀は、支援要員。
魔法による牽制や、かく乱。
〈トニー〉で味方への攻撃を防いだりと、仲間を補助する立ち回りだった。
魔物の素材を傷つけないように倒すのが難しかったため、やむを得ずそうしただけ。
しかし褒められると、悪い気はしない。
「私、すっごく楽しかった! またみんなで、冒険しましょうね」
夕日の反射で、オレンジ色に染まるエリーゼの髪。
目を輝かせて提案する、エリーゼの笑顔。
賢紀は不覚にも、ドキッとしてしまった。
そして次の瞬間には、猛烈な後ろめたさに襲われる。
山葉季子の顔が、脳裏に浮かんだのだ。
(馬鹿だなあ、俺は……。一瞬とはいえ、エリーゼみたいなガキンチョにドキッとするなんて変態か? 山葉に後ろめたさを感じるのも、思い上がりだ。俺が一方的に好きなだけであって、彼女は恋人じゃないんだからな)
「ん? どうしたの? ケンキ?」
「いや。参加して良かったな……と思って」
エリーゼの笑顔は、賢紀に心からそう思わせるものだった。
あたし、イースズ・フォウワードばい。
3章まで読んでくれたとね? ありがたかこったい。
どぎゃんね? あたし達の話は面白かね?
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そぎゃん風に冷たくあしらわれると、それはそれで興奮するばい。ハァハァ……。




