閑話4 エリーゼのストレス発散(2)~ゴロゴロしているのが普通ですか?~
危険な魔物の気配が漂う森の中。
4つの影が、猛スピードで駆けていた。
先頭はエリーゼ・エクシーズとアディ・アーレイト。
この2人のスピードは、もはや人の領域ではない。
後ろから続くイースズ・フォウワードの足も、かなり速い。
だがそれだけでは、前衛の2人にはついて行けない。
イースズは風魔法による補助でスピードを上げ、なんとかついて行けていた。
そして【ゴーレム使い】たる安川賢紀。
彼の移動手段はズルい。
小型無人マシンゴーレム、〈トニー〉の背中におぶさって森を駆けている。
女性陣3人が非難がましい視線を送るが、彼は全く動じない。
自分の身体能力では女性陣についていけないことを、素直に認めているのだ。
賢紀の足は、地球では決して遅くない。
高校時代は帰宅部であるにもかかわらず、運動部に匹敵するほど速かった。
就職してからも肉体労働だったので、身体は鍛え上げられている。
だがその程度の身体能力では、この異世界で全く通用しない。
賢紀はすっぱり割り切って、【ゴーレム使い】の能力と魔法に頼ると決めていた。
「前方に、いきなり大物ですわ。カラミティ・タイガーです」
犬獣人だが、猫獣人の血も入っているアディ。
彼女は視力も、非常に優れている。
いち早く危険な魔物を発見し、仲間達に警戒を促した。
カラミティ・タイガー。
かつてエリーゼの不本意な二つ名が爆誕する原因になった、災害クラスの凶悪な魔物だ。
ルータス王国では、討伐に騎士団が出張ってくるほどの存在。
イーグニースでも、共和国軍が出動するような魔物だ。
「だが今回は、運が無かったな。虎くんよ、俺が消し炭にしてやる」
賢紀は〈トニー〉の背から降り、戦闘態勢を取った。
右手に膨大な魔力が集中する。
荒木瀬名を跡形も無く吹き飛ばした、爆炎魔法【エクスプロード】だ。
マシンゴーレムの魔法杖によるブーストがなくても、賢紀の魔力なら城ひとつ吹き飛ばす威力がある。
「吹き飛べ、【エクス】……」
『ストーーーーップ!』
女性陣3人による制止の声が、綺麗にユニゾンしていた。
「ケンキ様。一体何を、考えているのです?」
「そぎゃん魔法撃ったらでけん! 跡形も残らんばい!」
「む? そうか……。毛皮とか、魔物の素材が取れなくなるのか……」
「〈トニー〉でタコ殴りもダメよ。あのパワーなら、グチャグチャになっちゃうし。……魔物っていうものは、こういう風に狩るのよ!」
そう言うなりエリーゼは、一気にカラミティ・タイガーとの間合いを詰める。
虎は鋭い爪で彼女を迎え撃とうとしたが、あっさりかわされた。
そのまますれ違い様に、首を落とされる。
エリーゼの身には、返り血すらついていない。
剣の刀身に、紫色の血が少しついただけだ。
「さすが姫様。お見事ですわ」
「カラタイば、ひと振りね!? こら~頼りになるばい」
「ドヤァーーーー!」
すでにドヤ顔だったエリーゼだが、表情だけでは飽き足らない。
気持ちを声にして叫んだ。
「数年前は死闘を演じた相手を、今は瞬殺か……。まだまだエリーゼは、強くなるんだな……」
もう怒らせるのは、止めよう。
賢紀は固く、心に誓った。
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賢紀達のパーティが先に進むと、ランボルト、ベネッタ、ポルティエの3人が戦っていた。
相手は一ツ目の巨人、イビル・サイクロプス。
数は3体。
「やあ、ケンキ! あんたがくれた義手の力、さっそく披露するよ」
ベネッタは重力軽減の魔法と、風魔法を同時に展開した。
そのまま足で大地を蹴り、空高く跳躍する。
大地を這いずり回っていた小さな虫けらが、身長8mの自分より高く飛ぶとは思っていなかったのだろう。
巨人は完全に、ベネッタを見失った。
今度は逆に、魔法で自らにかかる重力を増加させたベネッタ。
巨人の上空で、大剣を振りかぶる。
巨人がベネッタに気付いたときには、頭頂部から唐竹割りに両断されていた。
賢紀はベネッタを、力技が自慢の剣士だと思っていた。
実際には複数魔法の同時行使と、剣術を組み合わせたテクニカルな戦い方だ。
その技量に、賢紀は感心した。
「いやー、やっぱ大剣はいいわ! 片手剣じゃ、この破壊力は出せないからね。義手の動作は完璧だ。元の左手より、パワーが出てるぐらいだよ。ケンキ、本当にありがとうよ」
ベネッタは左手の義手をニギニギと動かしながら、賢紀に礼を告げた。
彼女が倒した巨人の骸を眺めながら、エリーゼは満足げに何度も頷く。
「さすがルータス傭兵達の中で最強と言われる、『赤い跳ね馬』ベネッタ・フェラーリンね。私のライバルなだけはあるわ」
「エリーゼのライバル……だと?」
賢紀の中にある、「怒らせてはいけない人」リストが増えていく。
続いて動いたイビル・サイクロプスは、ポルティエ・ナイレーヴンと対峙していた個体だ。
巨木から削り出した棍棒を真っ直ぐに振り下ろし、ダンディ豚スパイを叩き潰そうとする。
ポルティエの取った回避行動に、賢紀は何ともいえない違和感を覚えた。
エリーゼやアディほど俊敏な動きではないが、ぬるりとした歩法で動きを認識しづらい。
静かに側面へと回り込んだポルティエは、胸元から自動拳銃を取り出した。
まるでタバコを取り出すような、自然な動作だ。
敵のイビル・サイクロプスは、棍棒を地面まで振り下ろしていた。
そのために頭部も、地面の近くにある。
巨人の側頭部に向け、ポルティエは銃口を向けた。
彼が構えたのは、ヴォクサー社で商品化された魔法銃。
これは賢紀が開発したものだ。
銃弾を二列に並べて装弾数を増やす、ダブルカラム方式を採用。
ラテン語で「ライオン」、ゲルマン語で「雷」を意味する〈レオン〉と名付けられている。
4発の9×19mm弾が、サイレンサーを装着した銃口から吐き出された。
弾丸は、巨人の左耳へと吸い込まれる。
サイレンサーでの消音に加え、風魔法で音を遮断しているのだろう。
スライドが動く音さえ、賢紀には聞こえなかった。
大きな一ツ目から光が消え、イビル・サイクロプスは絶命する。
「なあ、エリーゼ。ポルティエさんの仕事って諜報員で、殺し屋じゃないよな?」
あまりに鮮やかな「掃除」の手際に、賢紀はそう疑念を抱いた。
「ポルティエはルータスの諜報員になる前、暗殺者だったのよ。お父様から返り討ちにあって、『暗殺失敗で、前の依頼主からはクビになるだろう? だったら次は、俺が雇っても構わないよな?』って強引に引き入れられたの」
エリーゼの解説により、賢紀はまたひとつセブルス国王の伝説を知ることになった。
そんな王様相手に戦争して勝った、リースディア帝国は本当に脅威だと思う。
最後に残った対戦は、ランボルト・フューラカン対イビル・サイクロプス。
高齢のランボルトが、この森の中を突っ切ってきただけでも大したものだ。
若い頃ならいざ知らず、今のランボルトが大型の魔物と戦えるとは思えない。
賢紀はそう考え、助けに入るタイミングをうかがっていたのだが――
ランボルトの杖に、凄まじい魔力が集まる。
賢紀や瀬名のような、【神の加護】持ちに匹敵する魔力量だ。
「ランボルトさん? その術式は……」
制止しようとする賢紀の服を、エリーゼが掴んで止めた。
「黙って見てなさい。爆炎魔法には、ああいう使い方もあるの」
ランボルトが組み上げていた術式は、爆炎魔法【エクスプロード】。
さきほど賢紀が放とうとして、怒られたばかりの魔法だ。
「イビル・サイクロプスの瞳は、高価な素材じゃからのう。傷つけぬよう、倒さんといかん。……【エクスプロード】」
パン! という破裂音。
ひと呼吸置いて、巨人の両耳から暗褐色の血が流れ落ちる。
そのままイビル・サイクロプスは後方に倒れ、動かなくなった。
「まさか……。相手の脳内で、攻撃魔法を発動させたんですか?」
回復魔法ならともかく、攻撃魔法を生物の体内で発動させるというのは超高等技術だ。
体内の魔力は害のある魔法に対して無意識に抵抗し、発動を妨害する性質がある。
脳や心臓などの重要な臓器は特に魔力が集まりやすく、高い抵抗力を持つ。
魔力量の低い生物だったとしても、抵抗力は相当なものだ。
その抵抗力に打ち勝って、必要な臓器だけを破壊する。
ケタ違いの魔力量と、針の穴を通すような魔力制御が必要となる神技だ。
「ふぉっふぉっふぉっ。ケンキ殿なら、同じようなことも可能じゃろうて」
賢紀は恥じた。
ランボルトの実力を、見誤っていたことを。
この偉大な元宮廷魔術師から学べることは、まだまだ沢山ありそうだ。
その時、賢紀はふと思いついた。
「さっきのカラミティ・タイガーの戦だがな。実は俺も、今のランボルトさんみたいに爆炎魔法を使おうとしてだな……」
「嘘おっしゃい!」
賢紀のささやかな見栄は、簡単にエリーゼから見破られてしまった。
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「ば、馬鹿な! ヴァンピール・ロードたるこの私が……。貴様ら何者……ぶべっ!」
かなり高位の存在っぽい不死者は、台詞の途中で滅ぼされた。
アディの2丁拳銃によって蜂の巣にされた後、イースズが放つ魔導の矢で眉間を貫かれたのだ。
全身が灰になり、輝く魔石のみが古城の床に転がる。
魔物が滅びる際に、出現する魔石。
それを傷つけてしまわぬよう、アディは細心の注意を払いヴァンなんとかさんを蜂の巣にしていた。
どうしてそのように器用な真似ができるのか、賢紀には理解不能だった。
大口径ハンドガンは、賢紀が撃つと肩が外れてしまいそうな反動があるというのに。
「なあ。魔物の大規模掃討をする時って、これぐらいの強さの魔物がゴロゴロしているのが普通なのか?」
賢紀達パーティが狩った本日の獲物は、カラミティ・タイガーが2匹。
ケルベロス・イグニューマが2匹。
イビル・サイクロプスが1匹。
エルダー・グリーンドラゴンが1匹。
そして先程のヴァンピール・ロードが1匹。
「そんなわけないでしょ! こんなに災害級の魔物が、ポコポコ出てくるなんて……。普通の魔物ハンター達だけだったら、とっくに全滅してるわよ!」
幸い今回は味方に、エリーゼのような非常識に強いハンターが多い。
今のところ、こちらに犠牲は出ていないようだった。
「これだけ強力な魔物が多いと、先行しているエネスクス達が心配ですわ」
ハンドガンの弾倉を取り替えながら、アディが静かに言う。
ビサーストの獣人パーティは強い。
若いエネスクスやゴリ、シロンでさえ、標準的な魔物ハンターと互角以上の強さはある。
その上クォヴレーやムルシィは、エリーゼ達のような非常識ハンター組に近い。
しかし今倒したヴァンピール・ロードより、上の存在が居るとしたら――
「魔物達の親玉がおるなら、玉座の間でふんぞり返っとるかもしれんばい。早よ行こ」
イースズの提案に、皆は一斉に頷いた。




