閑話3 エリーゼのストレス発散(1)~バーゲンセールか何かですか?~
ビサースト獣人国連邦から帰国して、2週間ほど経ったある日。
スヴェール邸リビングでのことだ。
安川賢紀はソファで腕を組み、むっつりとした表情で虚空を眺めていた。
いつも無表情で、何を考えているのか分かりにくい男ではある。
しかし今日は、輪をかけて変だった。
動かない時間が長すぎる。
時々のまばたきと静かな呼吸から、生きていることは確認できる。
だが魂は、その場に存在していないかのようだ。
「だーっ! もう! 気持ち悪いわね! 不気味なのよ! 【ファクトリー】の稼動に集中するなら、自室でやりなさい!」
あまりの不気味さに、エリーゼ・エクシーズの怒号が飛んだ。
賢紀は意識と魔力の全てを、【ファクトリー】内での新型マシンゴーレム製造に注ぎ込んでいたのだ。
これを行うことにより、異空間内で進んでいる製造や研究、修理のスピードは普段の数倍に跳ね上がる。
欠点は見ての通り。
【ファクトリー】全力稼働中、敵にでも襲われたらひとたまりもない。
「なんだ、エリーゼか……。【ファクトリー】全力稼働は、リビングでやらないと。自室でやってて倒れたら、発見されるのが遅れるからな」
「倒れるって、どんだけマシンゴーレム馬鹿なのよ! あーそうよねー。どうせ私なんて、『なんだ』のエリーゼですもんねー。邪魔してすみませんでしたー。帰って来てから御使い様は、色々とお忙しかったですもんねー」
超の字がつくほど、エリーゼの機嫌が悪い。
「何かあったのか?」と、疑問に思う賢紀。
彼には、全く思い当たる節が無かった。
喧嘩などはしていない。
そもそも帰ってきてからの2週間は、色々と忙しかった。
蜘蛛の魔物の糸から作られた合成素材を、ベッツのところまで買いに行ったり。
長い奴隷生活で、身の回りのものが無かったイースズ・フォウワードの買い物に付き合ったり。
イースズに、スウィーフトの街を案内したり。
荒木瀬名の異次元収納、【アイテムストレージ】に入れたままで無くなってしまった、イースズの弓を新造してやったり。
エリーゼとは、あまり接触が無かったはずだ。
(まあエリーゼも女の子だし、色々あるんだろう。体調面のこととか……)
賢紀が全く見当外れな結論を出そうとした時、リビングにイースズとアディ・アーレイトが入ってきた。
「怒鳴り声が、外まで聞こえとったよ。エリーゼちゃん、えらい機嫌悪かね。ひょっとしてあたしがケンキさんを独占しとるけん、焼きもち焼いとるんじゃなかね?」
3つの瞳を細めながら、ニヤニヤしているイースズ。
次の瞬間、キンッという金属音が鳴り響く。
エリーゼ
が背負っていた剣の留め金を外し、わずかに引き抜いて見せたのだ。
銀色に輝く、【魔剣エスプリ】の刀身。
同じく、エリーゼの瞳も緑色に光る。
「ごめん! ごめんって! 冗談たい! この近距離じゃ、エリーゼちゃんには敵わんばい。ハーフエルフの三枚おろしには、されとうなか!」
たじろぐイースズとにじり寄るエリーゼの間に、アディが割り込んだ。
「姫様。だいぶイライラが溜まっていらっしゃるようですわね。こういう時は姫様の好きな、『アレ』に行かれてはどうですか? 近々大きなものが、開催されるそうですわ」
「アディほんと? 大規模な『アレ』かぁ。行く行く! ケンキ。一緒に付き合ってくれれば、許してあげるわ」
(俺が怒らせていたのか? 何で? 解せぬ)
そう思ったが、【ゴーレム使い】は口にしない。
人間族の三枚おろしには、なりたくなかったからだ。
「ああ。それでエリーゼが機嫌直してくれるなら、何だって付き合うぞ」
「やったやった! 楽しみだわー!」
エリーゼの喜び方から、バーゲンセールか何かの話だろうと賢紀は判断した。
彼女にも女の子らしいところがあるもんだと、ほっこりもしていた。
それが大きな間違いだと気付くのは、お出かけ当日のことである。
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『第1回! スウィーフト魔物ハンターギルド主宰! 魔物掃討大会ー!』
壇上から声高らかに宣言したのは、ランシア・エヴォルツィオーネ。
魔物ハンターギルドの、セクシーなギルドマスターだ。
その手には、拡声魔道器が握られていた。
隣ではギルドの受付担当、ジーノ・ミラハッツが暑苦しくポージングを決めている。
タンクトップを破かんばかりに、膨張する筋肉をアピールしていた。
「まあ、エリーゼだからな。『白銀の魔獣』が、お買い物なんかで満足するはずがないよな」
妙に納得してしまった賢紀。
納得と同時に、「何だって付き合う」なんて言わなければ良かったと後悔していた。
『えー。ビサーストから来てくれた皆様のおかげで、当ギルドも賑やかになりましたね。本日の大会は、古城に住み着いた魔物達の掃討がお仕事です』
ランシアは2kmほど先にある、森に囲まれた古城を指差しながら説明する。
今いる場所は崖上なので、目標の古城はよく見えた。
『事前調査では、かなり強力な魔物が多数確認されております。良い素材が、期待できそうなミッションです。いっぱい狩って、しっかり稼いで下さいね』
魔物ハンター達が、むさ苦しい雄叫びを上げる。
賢紀が隣を見れば、エリーゼも楽しそうに雄叫びを上げていた。
「あれ? ケンキさん達じゃないですか。ケンキさん達も、魔物ハンターだったんですね」
賢紀が呼びかけに振り向くと、ビサーストから脱出してきた獣人達が居た。
話しかけてきたクォヴレーに加え、ムルシィ、ムスタング、リラック。
年少のエネスクスとゴリ、シロンまで魔物狩りに来ている。
「プププッ。その件に触れちゃダメよ、クォヴレー。ケンキは魔物ハンターの試験でやらかして、不合格に――」
「シャラップ、失言王女」
「きゃー! 痛い痛い! ギブギブ!」
いつぞやと全く同じように、〈トニー〉によるこめかみグリグリの刑が執行された。
痛いはずなのに、エリーゼはどこか嬉しそうだ。
変な趣味に目覚めていないか、賢紀は心配になった。
「それは……何というか……。ケンキさんは、サポーターとしての参加なんですね。サポーターも大事な仕事ですもんね。ウチもシロンが回復役として控えていてくれるから、安心して戦えるんですしね」
直接魔物を狩るハンター以外に、サポーターをアルバイトとして雇うこともある。
サポーターの仕事は治療を担当したり、魔物の死骸を一箇所に集めたり、ハンター達の食事や荷物の管理をしたりする。
賢紀はそういった、サポーターの類だと思われていた。
「ん? サポーターってことは、シロンも魔物ハンター資格は持ってなかったりとか……」
「いえ。私は試験に通って……サポーターは大事ですもんね。私もケンキさんみたいに、頑張ります」
傷つけぬよう、クォヴレーとシロンは気遣いながら接してくれる。
それが逆に、賢紀にとっては気まずかった。
(だからもう、魔物ハンターギルドにはかかわりたくなかったんだ……)
密かにイジける【ゴーレム使い】。
別に資格がなくても、魔物を狩る行為自体は問題ない。
それをギルドで売り捌けなくなったり、討伐の報酬がもらえなくなるだけなのだ。
しかし資格試験に落ちたことが、完全に賢紀のコンプレックスになってしまっていた。
もう1度試験を受けに行けば合格できるのだろうが、「魔法使えるの忘れてました」とは恥ずかしくて言い出しづらい。
ビサースト一行と別れた後、今度は大柄な女剣士が話しかけてきた。
「よう、ケンキじゃないか。元気にしてたかい?」
「どちら様でしたっけ?」という言葉を、賢紀はすんでのところで飲み込んだ。
「まさか、あたいの名前が出てこないとか言うんじゃないだろうね? ベネッタだよ。こないだビサーストでも、トラックで獣人達の輸送を手伝ったじゃないか」
肩まで伸ばした、ウェーブの赤い髪。
左手にはマシンゴーレム技術を駆使した、賢紀特製の義手。
そして背中には、大きな大剣を背負った女性。
傭兵ベネッタ・フェラーリンだった。
彼女は難民を避難させるために、ルータス王国からの脱出がランボルト達より遅くなったのだ。
ビサースト獣人国連邦において、賢紀は「バレンティーノ」として奴隷を狩るフリをしていた。
実際には保護した獣人達を、イーグニース共和国へと送っていたのだが。
ゴーレム・トラックで獣人達をピストン輸送してくれたのは、ベネッタやポルティエをはじめとするルータスから避難してきた面々だった。
「ケンキからもらった義手は、トラックの運転や大剣の素振りでは問題なかったよ。だけど実戦テストは、まだだったからね。今回は久しぶりの大剣で、暴れさせてもらうよ」
左手を失ったことにより、片手剣への転
向を強いられていたベネッタ。
慣れ親しんだ大剣を振るえることが、彼女は嬉しくてたまらないようだ。
義手を渡した時も、涙を流して賢紀に感謝していた。
「ふぉっふぉっふぉっ。あんまりはしゃぎ過ぎるでないぞ、ベネッタよ」
「まさかランボルトさんも、参戦するんですか?」
「ケンキ殿。これでもワシは昔、『爆炎の猛牛』という二つ名で恐れられたもんじゃぞ」
(猫獣人なのに、なぜ「猛牛」?)
かつてのルータス宮廷魔道士筆頭とはいえ、今はかなりお年を召したランボルト・フューラカン。
彼が猛牛のように暴れる姿など、賢紀には想像ができない。
ランボルトの後方を見やれば、木に寄りかかったポルティエ・ナイレーヴンが煙草を燻らせている。
こういう仕草が、いちいちカッコいい豚野郎である。
今日のファッションは、黒のロングコートとニット帽でキメていた。
丸いサングラスは、いつもと一緒だ。
「なんか、知り合いばっかりだな……」
「いいじゃないケンキ。知らない人達ばっかりより、知り合いが見ていた方が燃えるわ。アディ、そろそろ始まるわよ! 準備はいい?」
「もちろんですわ、姫様」
アディは蜘蛛糸の合成素材で作られた、タクティカルベストを身につけていた。
腰には弾倉ポーチと、ホルスターに収められた二丁の大口径ハンドガン。
地球の特殊部隊員みたいな装備だが、ベストの下はなぜかメイド服のままだ。
「ケンキ。イースズ。後衛は任せたわよ!」
「エリーゼちゃん、任せとって! あたし、弓には自信あるけん」
イースズは今回ライフルを使わず、弓で行くつもりだ。
矢の軌道を風魔法で曲げられる彼女は、遮蔽物に隠れた相手を射抜くという芸当もできる。
使用するショートボウの本体は、軽量な魔鋼製。
弦は蜘蛛糸の合成素材で作られている。
魔力伝導により、ライフル並みの貫通力を発揮する弓だ。
「ケンキ! 返事!」
「へいへい」
やたらハイテンションな今日のエリーゼに、賢紀はついて行けていない。
『それではハンティングタイム、スタートです!』
再びメガホン越しの声が響き渡る。
ギルドマスターランシアにより、イベントの開始が宣言された。




