第39話 イースズの正体~お生まれはどちらですか?~
『ケンキー! 大丈夫ー!?』
遠くから、拡声魔道器越しの叫びが近づいてくる。
エリーゼ・エクシーズとアディ・アーレイトのGR-1〈リースリッター〉だ。
「エリーゼ、アディ、無事だったか。無線に応答が無いし、魔力レーダーにも反応が無いから心配したぞ」
『ごめんなさい。私もアディも機体頭部を矢がかすめて、センサーや無線をやられちゃったの。相手も時間を稼ぐつもりみたいだったから、私達もケンキが来るまでリアクター出力を絞って隠れていようと思ったんだけど……。緑色の奴は、こっちに来ちゃってたみたいね』
エリーゼとアディは機体頭部を動かして、周囲を警戒する。
『【女神の使徒】の白い機体は、どうしたの?』
「ああ、もう倒した。機体の残骸は、既に【ファクトリー】の中だ。操縦者の体は、灰になった」
『同郷の人間だったでしょうに、容赦ないわね~。ま、女神の使徒なんて、生かしておくとロクなことにならないと思うわ。そっちの森林迷彩色に塗られた機体のパイロット……イースズって呼ばれてた女は、生きてる?』
「わからん。これから確認する。アディは機体に乗ったままで、周囲を警戒してくれ。エリーゼは降りて、剣を構えておいて欲しい」
安川賢紀は小型無人マシンゴーレム、〈トニー〉を呼び出した。
黒いボロマントを纏った、「バレンティーノの従者」仕様だ。
実はこのマント、優れた魔力遮断性能を持つ魔道具だったりする。
しかし「見栄えが悪いから、やめなさい」とエリーゼに言われてしまったので、【ファクトリー】の肥やしになることが決定している。
賢紀は〈トニー〉を、イースズ機に近づけた。
機体はアサルトライフルの連射を受けて、ボロボロになっている。
コックピットハッチの外部開閉レバーを操作。
ロックが外れたハッチを、〈トニー〉が持ち上げる。
魔力供給が途絶えたマシンゴーレムのハッチは、パワーアシストが無くかなり重い。
コックピットブロックに直撃していなくとも、被弾の衝撃は操縦席に到達する。
破片が跳ねまわり、操縦者の体を切り刻むケースも多い。
イースズが死亡している可能性は、充分にあった。
賢紀は〈トニー〉の両眼である〈クリスタルアイ〉と、自分の脳を魔力で【直結】した。
安全に、操縦席を確認するためだ。
また頭痛が襲ってきたが、安全には代えられない。
操縦席内で、イースズはぐったりしていた。
どうやら気を失っているようだ。
仮面とフードが外れたイースズの素顔を見て、賢紀は驚いた。
「この長く尖った耳……エルフか。しかも、三ツ目だと?」
透き通るように白い肌。
彫刻を超えるほど、整った顔立ち。
エメラルド色に輝く長い髪は三つ編みに結われ、肩の前に垂れていた。
歳の頃は、賢紀やアディと同じくらいに見える。
だがエルフ族は寿命が長く、若い期間も長い。
見た目で年齢は、判断できない。
そして額には、通常エルフにはありえない第3の瞼があった。
賢紀は〈トニー〉を使って、操縦席からイースズを抱き起こした。
どうやら気絶は、演技でないようだ。
〈トニー〉からイースズの体を受け取り、賢紀は回復魔法をかける。
すると1分も経たないうちに、イースズは目を覚ました。
「……んっ、ここは?」
うっすらと、イースズの瞳が開かれる。
双眸は青い瞳で、額の目だけがアメジストのように美しい紫色だった。
「気がついたか? 大きな怪我は、していないだろうな? 安心しろ、いきなり危害を加えるつもりはない」
安心させようとする賢紀の言葉に反し、イースズは激しく動転した。
顔を真っ赤にして、「ばっ!」と謎の叫び声を上げる。
瞬時に賢紀の腕から飛び降り、破壊された自機の陰に隠れてしまった。
油断無く剣を構えていたエリーゼが、反応できないほどの早業だ。
賢紀とエリーゼはそーっとイースズを追いかけ、機体の裏側へと回った。
そこでは耳まで真っ赤になったイースズが、両手で顔を覆いブツブツと呟いていた。
「どぎゃんしよう……。男の人に、お姫様抱っこされてしもうたばい……。あぎゃんこつされたら、妊娠してしまう……」
「そのぐらいじゃ、妊娠なんてしないわよ! 大体エルフの妊娠確率って、かなり低いでしょうが!」
エリーゼのツッコミは、賢紀にとって初耳な情報だった。
ならばエルフのエセルス妃を2回も孕ませた、セブルス国王の繁殖力は本物ではないのか?
賢紀は会ったこともないエリーゼの父に、変な方向で畏敬の念を覚えた。
「は? なんでエルフって、わかるとね? ……ばっ! 仮面! 仮面!」
エリーゼの言葉を聞き、イースズは慌てて顔――特に額にある、第3の目を隠そうとする。
だが仮面は、操縦席のどこかに転がっているはずだ。
仮面を諦めたイースズは、せめて第3の目だけでも隠したいらしい。
ローブの中からバンダナを取り出して、額に巻いた。
「なあ……。なぜか俺にはイースズの言葉が、日本の九州弁っていう方言に聞こえるんだが……」
『ケンキ様。それはルータス西部に位置する、ベアモン地方の訛りですわ』
指向性集音魔道機で会話を聞いていた、アディが教えてくれた。
「あなた、ハーフエルフね? なんでハーフエルフが帝国軍で、マシンゴーレムなんかに乗ってるのよ」
エリーゼが剣をイースズに突きつけながら、尋問を開始した。
「あたしは好きで、マシンゴーレムに乗っとったわけじゃなかとよ。戦闘奴隷だけん……」
そう言ってイースズは、ためらいがちに首元を見せた。
白く細い首元には似合わない、無粋な黒い金属製の首輪。
奴隷の証である魔道具、【奴隷首輪】が嵌められていた。
これには電撃魔法で苦痛を与え、無力化する機能が備わっている。
その苦痛に抵抗し続けると、最悪死に至ることもあった。
しかもむりやり破壊しようとすると、壊れる瞬間に最大の電流が流れる仕組みになっている。
身に着けている者の脳を焼き、心臓を停止させる程の電流だ。
「帝国軍がルータスに侵攻してきた時、真っ先にベアモンは占領されたとよ。あたしは希少なハーフエルフだけん、すぐに捕まったとばい。奴隷として、帝国貴族のコレクターに高値で売り飛ばされようとしとった」
イースズはバンダナ越しに、額の瞳をさする。
「ばってん、三つ目魔族とのハーフだけんね……。気持ち悪がられて、買い手が付かんかったとよ。そしたら弓の腕前を買われて、戦闘奴隷にされて……。戦っとるうちに、『適性がありそうだから、マシンゴーレム乗りになれ』って……」
「お前を従えていた、荒木瀬名は死んだ。もう逃げて、自由にしたらどうだ?」
賢紀の提案に、イースズは悲しそうに首を振った。
「セナさん、死んだとね……。あたしの主人として契約されているのは、セナさんじゃなか。帝国将軍のレクサ・アルシエフ。あいつが死なんと、この首輪ば外せんとよ」
「本当に、外せないのか? ちょっと見せてみろ」
賢紀は試しに、イースズの奴隷首輪を【ファクトリー】へと収納してみた。
首輪はあっさり消え、白く美しい首がスッキリする。
「は? 首輪……。どこに行ったと!?」
「ふむ。こういう構造と魔力回路か……。帝国の技術力も大したものだが、もう完全に理解した。契約者の書き換えも、取り付け・取り外しも自由自在だ」
「そ……それじゃ、あたしは……」
自由の身になったことへの感激で、イースズの目から涙がこぼれそうになる。
「それとな、イースズ。俺はお前の額にある3つ目の瞳、凄くいいと思うぞ。綺麗だし、隠していたらもったいない」
そう言って賢紀はイースズに近づき、額に巻かれたバンダナをそっとほどく。
第3の瞳からも、涙が溢れそうになっていた。
彼女の頬はバラ色に染まり、細かく震えている。
「ちょっとケンキ! どうしたの? 変なものでも食べた?」
『ケンキ様。そのようなチョロイン女に、優しくしてはいけませんわ。もう落ちかけていますわよ?』
イースズは胸の前で手を組み、熱いまなざしで賢紀を見つめる。
「ケンキさん、あたし……。あたし……」
「……というわけで、コレは返す」
ガチャン! という、かつても聞いた金属音。
それが自分の首元から聞こえる。
イースズがおそるおそる首元を見下ろすと、見慣れた奴隷首輪が再び嵌っていた。
「契約者は、俺に書き換えてある。なに、ちゃんと働いてくれれば、苦痛を与える機能なんか使わない。……多分な。獣人以外にも、こんな有能な人材をスカウトできて良かった」
奴隷首輪をつけてむりやり連れて行くことを、「スカウト」と言ってはばからない自由神の使徒。
「そ……、そんな……。あたしの三ツ目ばイイって言ってくれる人、家族以外で初めてだったとに……」
「……ん? 本当に、凄くイイと思うぞ? 目が3つあるということは、視野の広さや空間認識力が段違いのはずだ。俺を追い詰めた弓の絶技も、その目によるところが大きいんだろう? 優秀な、狙撃手の資質を持っている」
賢紀はイースズを褒め称えるが、彼女はガックリと、地面に膝をついてしまった。
「さすがケンキ。色々と、残念な男ね」
エリーゼは言葉とは裏腹に、なぜか安心したように呟いた。
『ああいうのを、「フラグクラッシャー」と言うのですわね』
操縦席から告げるアディの声は、呆れていた。
そしてイースズは――
「ケンキさんの奴隷? あら? 何だか、悪くなかかもしれん」
「ちょっと! ケンキ! イースズが新しい世界の扉を開いちゃったわよ!? どうするの!? ……全く! アレクといい、変なのばっかり拾ってくるんだから」
(俺がこの世界に来て、1番最初に拾った変なのはエリーゼだけどな)
賢紀はそう思った。
だが口に出さない方が賢明だと判断し、胸の奥に封印すると決めた。




