第38話 魔弾の射手~どこに隠れていたんですか?~
賢紀機のメインカメラ――〈クリスタルアイ〉には、ズーム機能が追加されている。
その機能を使い、矢が飛んできた方角を拡大。
しかしそれでも、イースズ機の姿を捉えることはできなかった。
だが、向こうは撃ってきた。
イースズは安川賢紀の大まかな位置を、把握しているという証拠。
先程受けた攻撃で、おおよその敵位置は把握した賢紀。
イースズは約1km先にある、岩棚の上だ。
今はその位置だが、彼女も隠れながら移動するだろう。
賢紀は相手に、もういちど撃ってきて欲しかった。
射線からより正確に位置を割り出して、狙撃するのが狙いだ。
賢紀が【ファクトリー】の中から取り出したのは、マシンゴーレム用57mmスナイパーライフル。
古代中国に存在した弓の名手から名前を取って、〈リコー〉と名付けられている。
最大有効射程は1.5km超。
だがそれは伏せ撃ちで、精密に照準をした場合の話。
敵の矢を回避しながら、立ち撃ちで当てる。
そんな芸当は、【ゴーレム使い】の人間離れした操縦技術をもってしても困難だった。
イースズ機の弓矢は、とてつもない射程距離だ。
岩棚の高さで飛距離が伸びるとは言っても、弓矢で1km先からの狙撃など馬鹿げた話。
そもそもマシンゴーレムのパワーに耐えられる弓矢の設計というものが、賢紀には想像がつかなかった。
――なかなか第2射が来ない。
(わざと隙を作り、誘ってみるか?)
賢紀がそんなことを、考えていた時だった。
魔力レーダーに反応。
次の瞬間、岩棚の上で光が瞬いた。
そこから矢が放たれる。
魔力伝導により、紫色の光を纏った矢だ。
弓矢でも山なりの軌道で撃てば、射程が伸びるのかと納得した賢紀。
同時に矢が当たらないということも、判断できた。
イースズの放った矢は、賢紀の機体から20m程ずれた位置に着弾する軌道だ。
腕利きの弓使いでも、この距離で当てるのは無理があるのだろう。
矢が逸れるのを見た賢紀は、意識をイースズの居る方角へ向けた。
そしてライフルを、照準しようとしたのだが――
頭の隅に、チリッとした違和感が走る。
賢紀はとっさに射撃を中止し、機体を前方にフル加速させた。
嫌な予感は的中する。
紫に輝く矢は軌道を変え、機体の背中を通過。
先程まで立っていた空間を、貫いた。
「矢を曲げられるのか……。クソ、作戦変更だ」
賢紀は機体を滑走機動で走らせつつ、ライフルを発砲。
機体を走らせながら、しかも立ち撃ちではさすがに当らない。
だが幸運にも、弾丸が敵機をかすめたのが見えた。
危険を感じたイースズが、機体を移動させる。
意外なことに、彼女のGR-1〈リースリッター〉は賢紀との距離を詰めて来た。
矢の弾速では、賢紀は見てから回避できる。
この距離では、勝負がつかないと判断したようだ。
岩棚の急斜面を滑り降りてくるイースズだったが、真っ直ぐには降りて来ない。
賢紀に的を絞らせぬよう、何度か鋭いターンを入れる。
それでいて、機体のバランスを崩すことはない。
おまけに滑り降りてくる最中、矢まで射ってきた。
「非常識な腕前の奴だ。ポルティエさんがくれた『帝国エース級リスト』に、こんな奴はいなかったぞ? どこに隠れていやがった?」
平地に降りたイースズのGR-1は、右手に3本の矢を同時に持った。
そのうちの1本をつがえる。
「あの弓……。映画で見たことがあるな。確か名前は、コンパウンドボウ」
イースズの弓は、機械的な部品で構成されていた。
この世界のような、近世ヨーロッパ風の世界観に合わない。
弓本体は金属製で、「く」の字に曲がった複雑な構造。
上弦と下弦の先端にはそれぞれ滑車が取り付けられ、その滑車に3本ものケーブルが複雑に張り巡らされている。
そのうち交差して張られていない1本が、矢をつがえて放つ弦とみて間違いない。
イースズが矢をつがえ、魔力を込めると紫色に輝き始める。
そして3本のケーブルも、薄青色に輝き始めた。
「そのケーブル素材は……。俺の方が先に、新型マシンゴーレムの材料として使おうと思っていたんだぞ」
イースズの弓に使われているのは、魔物の素材。
巨大な蜘蛛の魔物、ジャイアント・アラーネアの糸だ。
蜘蛛の糸というものは、非常に強度が高く伸縮性もある。
現代の地球では、遺伝子操作したバクテリアから人工的に蜘蛛の糸を量産。
それを用いて、鋼鉄の約5倍という強度を持つ合成素材が開発されたともいわれている。
賢紀はリースディア帝国が持つ、技術力の高さに驚いていた。
同時に糸の活用について、先を越されたことを悔しがってもいた。
「こっちはベッツさんに頼んで、バクテリアを使った量産もようやく目処が立ったばかりなのに……。ジャイアント・アラーネアの糸ということは……」
魔力を流せば、恐ろしく強い力で収縮する特性を持っている。
その力を使って放たれる矢は、マシンゴーレムの装甲をも貫く威力だろう。
イースズは魔力を帯びた矢を、3連射してきた。
オートマチック拳銃も、真っ青な連射間隔だ。
3本の矢は、微妙に賢紀から逸れた軌道を取るが――
「どうせ魔法で、追尾させるんだろう? この3本の矢は、俺の進路を限定させる囮だ」
賢紀から見て、左右と上方に逸れていた矢。
3本の矢は軌道を曲げ、賢紀の機体へと迫ろうとしていた。
高速で前進中の賢紀は、さらに加速して前方に矢を避けるしか道が無い。
完全に、イースズの描いた筋書き通り。
逃げ道を限定された賢紀機のコックピットブロック目がけ、矢が疾る。
一段と強い輝きを纏った矢は、まるで彗星のようだった。
「とんでもない腕前だけど、狙いが正確すぎると却って防ぎやすいもんだ」
賢紀はコックピットブロックの前に、ライフルをかざす。
その砲身で、矢をガードした。
矢が砲身を貫通してきたことにヒヤリとするが、威力は充分に落ちていた。
胸部装甲を、軽くへこませる程度だ。
破壊されたスナイパーライフル〈リコー〉を、賢紀はすぐに投げ捨てる。
「ライフルを失っても、俺はまだまだ【ファクトリー】から他の銃を……何だと?」
操縦席を狙った矢すら、イースズの本命では無かった。
強い魔力を込めて放たれた、派手に光る矢。
その陰に隠して、彼女は放っていたのだ。
魔力と輝きを若干抑えた矢を、賢紀に気付かれぬようひっそりと。
狙いは頭部の〈クリスタルアイ〉。
他にもマシンゴーレムの頭部には、重要なパーツが集中している。
機体の姿勢制御を行う〈魔道演算機〉。
魔力レーダー。
無線のアンテナなどなど。
イースズの矢は、それらを破壊するには充分な魔力が込められていた。
これを食らえば、賢紀の敗北が確定してしまう。
なぜそんな動きができたのか、賢紀自身も説明がつかない。
彼は滑走機動のまま機体をひねり、頭部から矢を逸らした。
140km/hの速度から、進行方向に向かって螺旋状にひねられた機体。
当然バランスを崩し、足が地面から離れた。
賢紀は故意に、そうしたのだ。
機体手足の反動を利用して、さらに機体をひねる。
背中から地面に着地。
スピードの乗っていたマシンゴーレムの巨体は、その重量もあり簡単には止まらない。
賢紀達の機体は、装甲や部品の材質変更などにより大幅に軽量化されていた。
だがそれでも、15.7tもの重量がある。
頭部をイースズ機の方に向け、猛烈なスピードで地面を滑る賢紀の機体。
姿勢は仰向けのままだ。
普通なら、照準ができるような体勢ではない。
賢紀のGR-1は、魔力障壁をカットしていた。
防御力が落ちるという、危険はある。
だが地面を仰向けで滑っている今の状態は的が小さく、狙われにくい。
「魔力レーダー、【直結】」
【ゴーレム使い】の能力を生かした、奥の手。
通常、魔力レーダーが捉えた情報は、操縦席の映像投影魔道機に映し出される。
だが今、賢紀はレーダーと自らの脳を直接魔力で繋いだ。
これでディスプレイを介さず、瞬時に魔力反応を探ることができる。
なぜ賢紀が普段からこの操縦方法を実践しないかというと、各種センサー類との直結は脳に莫大な負荷がかかるからだ。
その結果、操縦者には強烈な頭痛が襲い掛かる。
「痛てててて。こいつはキツいな……。だがこれで、相手の位置はバッチリだ」
魔法障壁をカットした状態で、魔力レーダーと【直結】。
これでマシンゴーレムに乗っていない、生身の状態と変わらぬ魔力感知を行える。
目に見えない、死角での魔法行使。
微弱な魔力の流れ。
どんなものでも、並外れた魔力感知能力を持つ賢紀が見逃すはずは無い。
ましてや、敵マシンゴーレムのリアクターが放つ魔力は強大だ。
狙ってくれと、激しく自己主張しているようにすら思える。
100km/h近いスピードで地面を滑りながら、賢紀は【ファクトリー】からアサルトライフルを取り出す。
今度は銃身の長い、フルサイズライフルのモデルだ。
その銃口を、見えないイースズ機のリアクターに向けた。
立ち姿勢だったら、上空に向かって撃つような体勢だ。
両者の距離は、200mを切る。
無茶な体勢からの射撃だが、【ゴーレム使い】たる賢紀がこの距離で外すことは無い。
フルオートで発砲。
1分間に600発以上の連射が可能なアサルトライフルは、弾倉に込められた30発の弾丸を3秒もかからずに撃ち尽くす。
賢紀のGR-1が、ようやく滑走を終えて停止した。
地面から身を起こした時、彼の目に映ったのは森林迷彩色のGR-1。
リアクターを破壊され、地面に横たわっていた。
その左手には弓。
右手には、最後に1本だけ残った矢が握られていた。




