第35話 彼女の夢~何が正しいのですか?~
「にゃっ? その声は……。エリーゼちゃんかにゃあ?」
机の下でボールみたいに丸くなっていた、ジャニア・エクセジアル王女の震えが止まる。
「やっほー、ジャニア。お久しぶりー。相変わらず、プルプルしてるのねえ……」
安川賢紀の背後から、ひょっこりと顔を覗かせたエリーゼ・エクシーズ。
彼女は机の下で丸まっていたジャニアに向かい、微笑みかけた。
ジャニアはエリーゼに尻を向けていたので、その微笑みは届かなかったが。
「助けに来てくれたのかにゃあ?」
ようやくジャニアは振り返り、おそるおそるエリーゼの顔を見た。
人違いでないことを確認したジャニアの表情が、パアッと明るくなる。
「助けに来たっていうのもあるし、助けて欲しいこともあって来たの。まあ話はそこにいる、嫉妬深い女神様の使徒を解体してからよ」
そう言って剣を抜こうとするエリーゼを、賢紀は手で制した。
「ステイ、脳筋娘。まずはご同業である女神の使徒さんと、話ぐらいさせろ」
「初めまして……じゃないか。君はバレンティーノの姿だったけど、もう会ってるよね。俺の名前は荒木瀬名。日本人だ」
周囲に居る獣人達は、日本人という単語の意味が理解できない。
しかしエリーゼだけは、「やっぱりケンキと同郷なのね」と納得したように呟いた。
「安川賢紀君。君のことは知っているよ。歳は俺のひとつ下で、21歳。地球での職業は、建設会社の重機オペレーター。【神の加護】の種類は【ゴーレム使い】。ロボットオタク。好きな女の子は山葉とき……」
「待て。なんでそこまで知っている? いくら帝国の諜報部が優秀だったとしても、地球での俺の情報までは調べようがないはずだ」
「この世界に来る前に、女神様が色々教えてくれたよ。君の容姿や能力、この世界での仲間達。そしてフリード神から与えられた、使命の内容も……」
賢紀は額を手の平で押さえながら、溜息をついた。
「なんて有能で、親切な上司なんだ。ウチの浮気するしか能がない上司とは、大違いだな。フリードは説明不足な上に、間違った古い情報を持たせて俺をこの世界に放り込みやがった。リースディース様と、交換したいな……」
「ちょっとケンキ!」
信仰熱心なフリード神の信徒であるエリーゼは、眉を吊り上げて非難の声を上げた。
「無理だよ。すでにフリード神から加護を受け取っている君を、リースディース様が配下に加えることはできない。無理にやろうとすれば、女神様も存在を構成する精神エネルギーに異常をきたして消滅するかもしれない。君も体の中の加護が変異して、死んじゃうよ」
「マジか? やっぱ無しで」
瀬名の説明を受けて、賢紀はあっさり移籍を諦めた。
「途中まで、本気だったわね?」
エリーゼが、ジト目で睨みつけてくる。
後でフリード神に密告されないかと、賢紀は心配になった。
「そう。お互いに、相手の陣営に移ることは不可能だ。君が地球に帰るためには、フリード神からの使命を全うするしかない。リースディース様にお願いしても、無理だよ。配下にならないと、地球には飛ばせないらしいからね」
「アンタもやっぱり、地球に帰りたいのか?」
賢紀の質問に、瀬名の表情が曇る。
彼はゆっくりと、首を振って否定した。
「俺は……色々あって、地球には帰りたくない。それにこっちで、大切な人ができたんだ。今は女神様から受けた使命よりも、そっちが大事かな。俺は、この世界で生きて行く」
「ちなみにアンタは女神様から、『どこまでやれ』と言われているんだ? フリード信徒の根絶やしか?」
「いや。俺の使徒としての使命は、『安川賢紀の抹殺』だよ。悪いけどね……」
「女神様の使命よりも、大切な人ができたんだろう? そっちを優先して、俺達のことは放っておいてくれないか?」
「その大切な人の夢のために、俺は君達を倒さなければならない」
「『大切な人』……。リースディア皇帝、ニーサ・ジテアールね?」
横からエリーゼが問いかける。
「そうだ。帝国によるこのエンス大陸の統一という、彼女の夢。そのために俺は剣を振るい、マシンゴーレムを駆る」
「何が夢だ! 下らない! その身勝手な夢のために、何人死んだと思っているんだ!」
口調だけは飄々としていたエネスクス・ホーンドも、ついに激昂して叫んだ。
「ここ数十年がたまたま平和だっただけで、この大陸の歴史は長くて凄惨な戦いの歴史よ。過去にはルータス王国やビサースト獣人国連邦が帝国を侵略し、迫害したことだってある。ジテアール帝が争いの歴史に終止符を打つべく大陸の統一を目指したとしても、間違っているだなんて言わないわ」
そう言いながらもエリーゼは背中の剣を抜き、切先を瀬名に向ける。
「何が正しくて何が正しくなかったかなんて、後世の歴史家達が勝手に議論すればいいわ。私は自分の信じるものや、大切なもののためにアンタ達を斬る。アンタ達も自分の信じる夢のために、抗えばいい。どう? シンプルでしょう?」
敵も味方も関係なく、エリーゼの言葉にその場にいた全員が納得してしまった。
――そうだ。
小難しい理屈をこね回して自分を正当化などせず、やりたいようにやればいいと。
「エリーゼちゃんは相変わらず脳筋で、羨ましいにゃあ。悩みとか、無さそうだにゃあ」
「ジャニア! あんた後で、尻尾ムギューの刑よ!」
「にゃにゃあ! そんなことされたら、お嫁に行けないにゃあ……」
ジャニア王女は、再び縮こまってしまった。
「とにかく、暴れるんならみんな外でやって欲しいにゃあ。エリーゼちゃんや女神の使徒が本気で暴れたら、この遺跡は崩壊してしまうにゃあ」
「それは一理あるな。君らもジャニア王女に死なれると困るだろうし、俺もスカウト予定の獣人達が巻き込まれたら困る。外に出て、マシンゴーレム戦でケリをつけよう」
ジャニア王女の提案に、同意したのは瀬名だった。
だがその同意に、賢紀が疑問を唱える。
「ちょっと待て。何でわざわざ、マシンゴーレム戦なんだ? 俺の能力は、戦女神から聞いているんだろう? 俺は白兵戦より、マシンゴーレム戦の方が強いぞ?」
「俺の趣味だ。扉の陰に隠れているお嬢さんも、それでいいかい?」
誰もいないはずの場所に、瀬名は問いかけた。
「やっぱりバレていましたのね……。あなたとそこの仮面の女性以外は、気づいてなさそうでしたけど」
部屋に入って来たのは、片手に大口径ハンドガンを下げたメイド服の犬獣人。
アディ・アーレイトだ。
この場で不意を突いて発砲しても、瀬名には当たりそうにないと判断して姿を現したのだ。
「にゃあ! アディお姉さまも来てくれたんだにゃあ! どうりで獣人しか入れない、この遺跡に入れたはずにゃあ」
『お姉さま!?』
その単語に一同は疑念を抱いたが、今は深く追求している状況ではなかった。
「ほら、おっちゃん。あいつ今、『趣味』って言ったよ。僕の言った通り、ただの乗りたがりだったじゃん」
「ほんまに、世の中にはけったいな奴がおるもんやな……」
すっかり毒気を抜かれていたエネスクスの指摘に、ロジャー・レインは返す言葉もなかった。
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太陽が沈み、夜の帳が下りてゆく。
賢紀達は遺跡を離れ、近くの岩場へと来ていた。
【魂の牙】の獣人達は遺跡に残り、ついてきていない。
戦場に選んだこの場所は、背の高い岩棚が点在し遮蔽物が多い。
だが地面は砂地で、平坦になっている部分も存在している。
滑走機動を生かしたり岩陰に隠れたりと、多様な戦術が取れそうな地形だった。
「さて、俺と安川は1対1で。そっちのエリーゼちゃん達は、うちのティーテ……いや。イースズちゃんと、遊んでいてもらってもいいかな?」
ここで仮面の女の本名が、イースズだということが判明した。
エリーゼとアディの2人を相手にやり合おうというのだから、かなり腕は立つのだろうと賢紀は判断する。
安川賢紀と荒木瀬名、2人の神の使徒は手の平を後ろに向けた。
間髪を入れず、背後の空間にマシンゴーレムが出現する。
賢紀の背後には、砂漠用の迷彩色に塗られたGR-1〈リースリッター〉が3機。
瀬名の背後には、白いGR-1の改造機。
そして緑色のGR-1。
驚くことに、緑色のGR-1は森林迷彩色に塗装されていた。
(ちっ。帝国軍も、低視認性塗装の有効性に気づいてきたか……。しかしこの白い奴は、何でこんなに目立つ塗装をしているんだ? 何か塗料に秘密が……?)
深読みしていた賢紀だったが、その色が単に瀬名の好きな色だったとは知る由もない。
「重機オペレーターだったんだろ? 【ゴーレム使い】になる前から、こういう機械の操縦は得意だったのかな?」
「まあ、そんなところだ。そういうアンタは、地球では何の仕事をやってたんだ? 名前からして、レーサーとかか?」
「ご名答。俺はF3っていう、自動車レースのドライバーだったんだよ。サーキットは命を賭けた戦場だ。君達サラリーマンとは、くぐった修羅場の数が違う。それを見せてあげるよ」
「……常に危険と隣り合わせの、建設現場を舐めるなよ?」
2人は互いに悪態をつきあうと、操縦席へと駆け上がりハッチを閉めた。
エリーゼ、アディ、イースズの3人もそれぞれの機体に乗り込み、マシンゴーレムの動力源――〈トライエレメントリアクター〉を起動させる。
帝国軍の技術を模倣し、新たに搭載した魔道無線機。
それに向け賢紀は、淡々と指示を下した。
「エリーゼ。アディ。交戦開始」




