第33話 シューマッハの正体~それが本名ですか?~
レオパードはレオーネ州の州都であると同時に、ビサースト獣人国連邦の首都でもある。
強い者を尊ぶ、獣人族の政治形態は特異だ。
10年にいちど、4つの州を治める州王同士が武闘会で戦う。
そこで優勝した者が、連邦の元首である「獣王」となるのだ。
さらには獣王を輩出した州の州都が、新たな連邦の首都となる。
ここ50年程の間、連邦の首都はずっとレオパードであった。
レオパードに多く住んでいる獅子・虎系の獣人は、非常に高い戦闘力を持っている。
そのため武闘会で、連勝が続いているのだ。
次に多く獣王を輩出しているのは、狼獣人が多いブルド州。
それ以外の州から誕生した獣王は、歴史上で数えるほどしか存在していない。
おかげで遷都の回数が少なく、混乱も抑えられていたのだが。
レオパードは砂漠の中にある、美しいオアシスの街だった。
朝日を浴びては白く輝き、黄昏時には夕日を受けて、鮮やかな紅に染まる砂漠の砂。
豊富な地下水が絶え間なく湧き上がり、植物や人々の生活に潤いを与えていた。
主な人口を占める猫・獅子・虎系獣人以外にも、各地から集まった多種多様な獣人達で賑わう。
首都に相応しい都だった。
今、その首都の姿は見る影もない。
美しい景観を誇ったレンガ造りの建物は、半数以上が倒壊。
壮大で豪奢な王宮は、完全に破壊されていた。
かつては人々が行き交い、生活感あふれる喧騒に満ちていた往来。
現在闊歩しているのは、殺伐とした雰囲気を振り撒く無機質な鉄の悪魔。
エネスクス・ホーンドは都市部から少し離れた、大岩の上にいた。
望遠の魔道具を用い、崩壊した首都の様子をうかがっている。
「ひどいもんだな。きれいな首都だったのに……。あんなに強かったレオーネ獣戦士団が、負けるとはね……」
「パジェル獣王とレオーネ獣戦士団の主力は、隣のブルド州まで援軍に駆けつけてくれたんだ。そのせいで手薄になったレオパードは、あっさり落とされてしまった」
隣に居たクォヴレー・コーベットは、沈痛な面持ちで語る。
「せっかく駆けつけてくれたんだが、帝国のマシンゴーレムには歯が立たなかったよ。ブルド州王だった俺の父と獣王が、2人掛りでやっとマシンゴーレム1機を撃破することができたらしい。その戦いで、俺の父も兄も亡くなったよ」
父や兄、滅ぼされた故郷のことを思い出しているのだろう。
若き狼獣人は悲哀に満ちた眼差しで、レオパードの廃墟を見つめていた。
「失った家族と故郷。クォヴレーさんが戦う理由も、僕やシロンと一緒か……。そういやロジャーのおっちゃんは、どうして【魂の牙】に参加してるんだい?」
エネスクスの後ろで、戦闘用大型ハンマーの素振りをしていたロジャー・レイン。
彼はハンマーを地面に置き、「ふー」とひと息ついてから答えた。
「ワイは元々、旅の途中やったんや。おもろい他国の魔法技術や魔物の素材、発明なんかを勉強しとうてな。そんな時、この戦争に巻き込まれてしもた」
ロジャーは遠い目で、開戦時を振り返る。
「帝国のマシンゴーレムを初めて見た時、『こらあかん』と思たで。早よ故郷のイーグニースに帰ってマシンゴーレム作らんと、次はイーグニースが攻め込まれる」
イーグニース共和国軍ドワーフ戦士達の怪力。
そして優れた工業技術から作り出される、高性能な武具についてはエネスクスも知っている。
だが、マシンゴーレム相手では勝てそうにないというのは同感だ。
「せやから【魂の牙】でマシンゴーレムを鹵獲して、1機サンプルでイーグニースに持ち帰らせてもらう。ほんでイーグニースで生産したマシンゴーレムを、【魂の牙】に供給するって腹づもりやったんやけどな……。ワイはマシンゴーレムを操縦できひんから、現状ではイーグニースに持って行くのは無理やな」
シューマッハさんの能力で、運んでもらえば――
エネスクスは、喉元まで出かかった言葉を飲み込んだ。
シューマッハに疑念を抱いているロジャーが、そんな提案を受け入れるとは思えない。
「みんな、そろそろ行くぞ」
クォヴレーが号令をかける。
ここから先は起伏の激しい岩場になっていて、車両で侵入するのは難しい。
シューマッハの能力でゴーレム・トラックを格納し、一行は徒歩で【魂の牙】本部へと向かう段取りになっていた。
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シンディアナの遺跡。
それは遥か昔より存在する、太古の遺跡だ。
一説によると、獣人という種族がこの地を支配する以前から存在しているらしい。
この遺跡に、リースディア帝国軍はさしたる興味を持たなかった。
ずっと昔に宝物の類は発掘し尽くされていたし、遺跡自体の風化も進んでいるためだ。
逃げ延びた獣人達が隠れ住んでいないか、一応は帝国軍による捜索が行われた。
その時は何も発見することができずに、彼らは引き上げている。
「だがこの遺跡には、隠された領域がある」
クォヴレーはそう言うと、遺跡中央の大きな神殿を迂回して近くの岩壁に向かった。
カモフラージュ用に積まれた岩の陰に、石でできた台座らしきものがある。
かなり風化しており、一見しただけでは何かの残骸くらいにしか見えない。
しかしクォヴレーが台座に手を触れると、眼前の岩壁に光の線が走った。
線に沿って岩が奥にスライドし、ぽっかりと出入り口が開く。
「この仕掛けは獣人にしか反応しないから、シューマッハさんやロジャーは閉め出されないように気をつけて下さい」
クォヴレーを先頭に、一行が入り口から入ろうとする。
ちょうどその時、見張り役の熊獣人が出迎えにきた。
「おお! クォヴレー殿。いかがなされた?」
「リラック……。ゴリアテ州のアジトがやられた。『奴隷狩りのバレンティーノ』だ。仲間の半数が捕らえられて、アジトを引き払うしかなかった……」
「何と! すぐジャニア王女達に知らせてくる!」
熊獣人リラックは、遺跡の奥へと知らせに走った。
その間にクォヴレーは【魂の牙】の成り立ちやこれから会う人物について、説明を始めた。
主に新入りである、エネスクスやシロンに向けたものだ。
「【魂の牙】は、元々ゲリラ組織などではなかった。政治や経済、軍事、武芸などについて討論する、州や種族の垣根を越えた集まり。若手獣人達の、交流会みたいなものだったんだ」
クォヴレーは当時を懐かしむように、天を仰いだ。
「帝国との開戦後、次々と獣戦士団の主力が倒れていった。そんな中で生き残った若手獣人達は【魂の牙】のネットワークを使い、帝国の支配に対抗すべく集まった。それが今の姿。ゲリラ組織としての【魂の牙】だ」
「そうか……。どうりでクォヴレーさんやムスタングさんみたいな、若い獣人が多いと思ったよ。年寄り連中と違い、種族ごとの差別意識とか無くてやりやすそうだね」
エネスクスのような、猿獣人。
そしてシロンのような兎獣人は、あまり戦闘向きではない。
そのため獣人全体の中では、下に見られる。
だが狼獣人のクォヴレーは、全くそんな素振りを見せない。
狼獣人はその戦闘力ゆえに、他種族を見下すことが多いというのに。
【魂の牙】は連邦の若手獣人達が切磋琢磨し合い、獣人達の明るい未来を目指す希望に満ちたグループになるはずだった。
今のような、血なまぐさいゲリラ組織などではなく。
「これから会うのは獣人国連邦の第1王女、ジャニア・エクセジアル様だ」
思いがけない名前に、エネスクスもシロンも驚いた。
「連邦の王位継承順位は強さで決まるから、人間とかの国とはちょっと違う。だけど獣王の忘れ形見で、しかも第1王女。対外的には、正当性を主張しやすいからな。彼女に組織の代表を務めてもらっている」
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やがてリラックが戻ってきて、エネスクス達を遺跡の奥へと案内した。
外の神殿と違い、石造りの通路は風化していない。
人の手が入っている。
しばらく進むと通路の突き当たりに扉があり、その奥は広い会議室になっていた。
会議室の隅に立っていたのは、牛獣人の若い女性。
牛獣人女性ならではの、豊満な体つきをしている。
だがそれよりも目を引くのは、肩に担がれた巨大な戦斧だ。
武装から察するに、ジャニア王女の護衛と思われた。
表情は――ボーっとしている。
それを見たエネスクスは、少々心配になった。
「この人本当に護衛? 大丈夫かな?」と。
大きな円卓の奥、上座中央には猫獣人の少女が座っていた。
これがジャニア王女なのだろう。
有名人だが、エネスクスやシロンは名前ぐらいしか聞いたことがない。
顔を見るのは、初めてだ。
年齢はエネスクス達より、少し上くらい。
煌めくプラチナブロンドのセミロングヘアー。
その間から突き出た、黒い猫耳。
そして気品に満ちた表情は、いかにも「お姫様」というオーラを漂わせていた。
「クォヴレー。詳しく報告をして下さい」
「すまない、ジャニア」
クォヴレーは、深々と頭を下げた。
彼は仲間達がさらわれたことを、自分の責任だと思っている。
「仲間達のほとんどを、『奴隷狩りのバレンティーノ』にさらわれてしまったんだ。もはやゴリアテ州の拠点維持は不可能と判断し、本隊との合流を図らせてもらった」
「あの悪名高い、『奴隷狩り』ですか……。なんて恐ろしい。あなたとロジャーが無事だったのは、不幸中の幸いです」
ジャニア王女はクォヴレーを責める素振りなどなく、無事を喜んでいる様子だった。
「初めてお目にかかる方々も、いらっしゃるようですね。わたくしは【魂の牙】代表、ジャニア・エクセジアルと申します。あちらに立っている牛獣人が、護衛のムルシィ・エラーゴ」
「よろしく~」と、ムルシィはかなり間の抜けた声で挨拶した。
「ジャニア。こちらにいる猿獣人の少年は、エネスクス・ホーンド。ロジャーと共にマシンゴーレムを帝国軍から奪ってきた、期待のパイロット候補だ。隣の兎獣人少女はシロン・ブガッディ。エネスクスの幼馴染で、回復魔法の使い手なんだ」
「まあ。それは2人とも、頼もしいわ」
クォヴレーの紹介に、ジャニアはコロコロと笑う。
「そして、こちらがシューマッハさんといって……」
クォヴレーの紹介を遮り、シューマッハが前に出る。
自ら名を名乗るためだ。
今回の彼は偽名ではなく、本名を口にした。
「初めましてジャニア王女。私は戦女神リースディースの使徒、荒木瀬名と申します。この世界風に名乗るなら、セナ・アラキですかね」




