第31話 奴隷狩りのバレンティーノ~何だ? そのマシンゴーレムは?~
時刻はすでに夕暮れ。
エネスクス達がアジトの外へ飛び出した時、空は黄昏色に染まっていた。
故郷を焼かれたあの日以来、エネスクス・ホーンドは夕焼けや朝焼けが嫌いになった。
どうしてもオレンジ色の光が、炎に包まれた故郷を連想させてしまう。
今回もあの時のように、何か良くないことが起こってしまうのでは?
そう思うと、彼の身体は鉛みたいに重くなった。
「大丈夫? 顔色悪いわよ?」
シロン・ブガッディが気遣って声を掛けてくれた。
(そうだ。僕が青くなっている場合じゃない。家族は失ったけど、彼女は守り通してみせる)
エネスクスは「大丈夫だよ」と答えつつ、そっと懐の魔鉄球を握りしめた。
「すまねえ、リーダー。奴のゴーレム・トラックを、振り切れなかったようだ。近くまで連れて来ちまった」
「いや、ムスタング。よくぞ捕まらずに知らせてくれた。バレンティーノの接近を知らなければ、いずれ全員捕まっていただろう」
申しわけなさそうに謝るムスタングを、クォヴレー・コーベットは慰める。
「シューマッハさん。エネスクスのマシンゴーレムを、奴の目に触れさせたくない。隠せますか?」
クォヴレーの提案に、無言で頷くシューマッハ。
エネスクスはてっきり、シューマッハが機体を操縦してどこかに隠しに行くものだと思っていたが――
「消えた!? シューマッハさん、今、一体何をしたんだい?」
「いつでもすぐに取り出せるから、心配しないでくれ。これは……【神の加護】ってところだな。この能力は、あんまり大っぴらにしたくないんだ。君らも口外しないでくれ」
目の前で起こった出来事が信じられず、愕然とするエネスクス、シロン、ロジャー・レインの3人。
だがよく考えてみれば、こんな芸当ができる者が味方なのだ。
悪名高いバレンティーノ相手でも、何とかなる。
そう思えば、頼もしいことこの上ない。
3人は、そう思い直す。
「……聞こえる! リースディア帝国軍、ゴーレム・トラックの音です! 3kmくらいの距離まで、来ています」
兎獣人であるシロンの耳は、優れた聴覚を持つ。
遠く離れた位置を走るゴーレム車両の音を、正確に捉えていた。
「よし。ティーテさんとエネスクスは奴の背後に回って、狙撃ができるポジションを確保するんだ。俺が合図するまでは、撃たないでくれ。ロジャーとシロンはコンビで、岩陰から様子を窺うんだ。ムスタングとシューマッハさんは、俺のそばで待機。奴と相対するぞ」
クォヴレーはリーダーらしく、次々と指示を出していった。
ティーテもエネスクスと同じく、飛び道具を使うらしい。
バレンティーノと相対する3人以外は、素早く岩陰へと散っていった。
そして約3分後、土煙を巻き上げながら帝国のゴーレム・トラックが出現する。
銀色の車体に6つの車輪。
後部には奴隷を運搬するための、コンテナが搭載されていた。
シロンは「3kmくらいの距離」と言ったのに、到達が早い。
相当なスピードが出る証だ。
ゴーレム・トラックはクォヴレー達の姿を見つけると、20m程の距離を置いて停車した。
数拍の間を置いて、運転席からゆっくりと人影が降りてくる。
異様な風体だった。
全身を包むのは、真っ黒なマント。
それもかなり擦り切れて、ボロボロになっている。
体格は中肉中背といったところ。
人間や獣人の男性だったらの話だが。
顔面に着けている代物が、種族や性別の判断を難しくしていた。
金属製の黒い仮面。
しかも目の部分から、妖しく紅い光を放っている。
魔力的なものなのか機械的なものなのか、クォヴレーには判断がつかなかった。
この異様な姿。
そして獣人達を次々攫っていく悪行で、彼は有名なのだ。
目の前にいるのは間違いなく、「奴隷狩りのバレンティーノ」。
『ククク……。先程逃がした馬獣人か。お友達を連れてきてくれるとは、感謝せねばならないな』
バレンティーノが発した声は、機械的な合成音。
拡声魔道器の声よりはるかに人間味が無く、声による性別の判断すら困難だった。
「うるせえ! 仲間達を返しやがれ! みんなは、そのコンテナの中か?」
ムスタングが吼える。
だがバレンティーノは両手の平を上に広げ、首を左右に振った。
『残念だが、彼らは私の仲間がすでに連れて行ってしまったよ。何、心配することはない。君達も私についてくれば、すぐ再会できる』
「【奴隷首輪】を着けた状態で、というわけか?」
クォヴレーとムスタングは、「そんなのは御免こうむる」とばかりに剣をバレンティーノに向けた。
『やれやれ。私としては、手荒な真似をしたくないのだがね……』
そう言ってバレンティーノは、左手に魔力を集め始めた。
対象を電撃で麻痺させる魔法、【パラライズボルト】。
だがバレンティーノの左手に集まる膨大な魔力は、クォヴレーが知る【パラライズボルト】のそれではない。
放たれれば、3人いっぺんに麻痺させられてしまいそうな魔力だ。
「させるかよ!」
魔法を撃たせてなるものかと、ムスタングは一気にバレンティーノとの間合いを詰めた。
馬獣人ならではの、素晴らしい脚力だ。
しかし――
「ギャアッ!」
ムスタングは体中に青い雷光を迸らせながら、昏倒してしまった。
バレンティーノの【パラライズボルト】を食らったのだ。
本当は一瞬で魔法を放てたのに、バレンティーノはわざとゆっくり術式を組んでいたのだ。
『ふむ。これで残りは5人……いや、まだ6人か……。気配の消し方が、やたら上手い奴が潜んでいるな?』
手の平を自らの顔に向け、気配に集中している素振りのバレンティーノ。
指の間から覗く紅い眼光と、歪な立ち姿にクォヴレーは気圧されていた。
(ちっ! 隠れている連中、全員がバレている。なんて奴だ。だが、相手がバレンティーノ1人なら……)
クォヴレーの希望は、打ち砕かれた。
ゴーレム・トラック左側の扉が開き、もう1人の人影が姿を現したのだ。
バレンティーノと同じような格好だが、マントの下の肉体はひと回り大きい。
フードの下から一瞬覗いた目が、縦に2つ並んでいたように見えたのは見間違いだろうか。
その人影は気絶したムスタングを軽々と担ぎ上げると、ゴーレム・トラックのコンテナに放り込んだ。
人間離れした膂力だ。
「動きから察するに、こいつも強い」とクォヴレーは判断した。
(このままでは、ムスタングまで攫われてしまう。しかし今、狙撃の指示を出しても当たらないだろう。バレンティーノの背中は、デカい方がガッチリ固めている。あの目線の動きからして、ティーテさんとエネスクスの位置は完全に把握されてしまっているな)
クォヴレーが焦燥していると、隣に居るシューマッハが囁きかけてきた。
「クォヴレー、このままではまずい。俺のGR-1を使うぞ」
「あまり人前で、マシンゴーレムを出したくはないですが……。やむを得ませんね、お願いします」
シューマッハは頷くと、自分の左手を側方にかざす。
突如、何も無かった空間にマシンゴーレムが出現した。
白磁のように美しい、白色の塗装。
GR-1〈リースリッター〉だ。
操縦席のハッチを開き、膝を着いた駐機姿勢だった。
現れたGR-1は、帝国軍に一般配備されているものと頭部形状が若干違う。
カメラの役割を果たす〈クリスタルアイ〉も、双眼式となっていた。
他にも細かい部分で、多くの改造が施されたカスタム機だ。
『何だ? そのマシンゴーレムは? それに今、どこから出した?』
バレンティーノの口調は平坦なので、動揺しているのかどうかはうかがい知れない。
しかし、対応に迷いが生まれたのは確かなようだ。
「こいつは俺専用の特別機。どこから出したかは、企業秘密だ」
そう言ってシューマッハは、白いGR-1の操縦席に滑り込んだ。
素早く〈トライエレメントリアクター〉に、火を入れる。
機体全体に魔力が循環し、二眼の〈クリスタルアイ〉に緑色の光が灯った。
関節のロックが外れたGR-1は悠然と立ち上がり、バレンティーノへと向き直る。
『そうか。お前は【神の使徒】か……』
『バレンティーノ、なぜそれを知っている? お前は何者だ?』
シューマッハは、機体のスピーカーで問いかける。
だがバレンティーノは、質問に答えるつもりが無いようだった。
相変わらずの平坦な口調で、質問とは全く関係の無いことを口にする。
『【神の使徒】までいるのに、6人も相手では分が悪い。お暇させていただこう』
バレンティーノが片手を頭上にかざすと、辺り一帯に眩い閃光が迸った。




