第30話 魂の牙~仲間に入れてもらえないかな?~
どんよりとした曇り空の下、銀色のマシンゴーレムが荒野を駆けていく。
エネスクス・ホーンドが帝国軍駐屯地から強奪した、GR-1〈リースリッター〉だ。
背中のハードポイントには、マシンゴーレム用の魔剣〈リネアール〉と魔法杖がマウントされていた。
操縦席の映像投影魔道機に映し出される、枯れた草や痩せ細った木々。
操縦席のエネスクスは、陰鬱な気分になる。
天気を含め、自分達の未来を暗示しているような景色だ。
気分を切り替えたくて、エネスクスは機体左手に乗っているシロン・ブガッディに視線を向けた。
彼女を縛っていた鎖は、既にロジャーの工具によって切断されている。
「シロンが無事で、本当に良かった。だけど……」
鎖から解放された手に残る、鎖の跡が痛々しい。
エネスクスの胸には、再びリースディア帝国兵達への激しい怒りが湧き上がってきた。
『シロン。腕のケガ、回復魔法で治せないのか?』
エネスクスは拡声魔道器の音量を絞り、シロンとロジャーの耳を傷めないよう注意しながら呼びかけた。
『あっ! 忘れてたわ。気が動転してて……』
回復魔法が得意なシロンは【リカバリーライト】の魔法を発動させ、鎖の跡を消し去った。
ディスプレイ越しにその光景を見て、エネスクスは安堵する。
「シロンの綺麗な手に、傷跡が残らなくて良かった」と。
『なあ、ロジャーのおっちゃん。この方角に走れって言ってたけど、もうかなりの距離を走ってるよ? なんかアテでもあるのかい?』
エネスクスは不安に思い、今度は右手に乗っているロジャーに話しかけた。
『ああ。仲間達が、隠れとる場所がある。実はワイが駐屯地で大人しくしとったのは、計画通りなんや。はなからマシンゴーレムを奪って、仲間に届けるのが狙いでな。自分じゃ全然操縦できんかったのは、計算外やったけど。……このまま進めば、夕刻には着くで』
(仲間達……ね。どれくらいの規模のグループなのやら……。ま、上手く一緒にやれるといいな)
エネスクスはまだ見ぬロジャーの仲間達に不安と期待を抱きながら、GR-1を走らせ続けた。
■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□
荒地を走り続け、エネスクス達は平原から岩棚が目立つ地域に入る。
そのまま進み続け、しばらく経った時のことだった。
『止まれ!』
GR-1の外部集音魔道機が、男の声を拾った。
エネスクスはそれに従い、大人しく機体を停止させる。
『クォヴレー! ワイや! ロジャー・レインや!』
しかし、相手は姿を現さない。
エネスクスは機体頭部を動かし周囲を観察するが、カメラでは何も捉えられなかった。
『マシンゴーレムを操縦しているのは、誰だ!』
『安心せぇ! コイツは獣人で仲間……』
そこまで聞いたところで、エネスクスはハッチを開放した。
操縦席から出て、外気に姿を晒す。
「猿獣人? 猿獣人の戦闘力で、どうやって? ……いや。猿獣人は、頭のいい奴が多いからな。上手く立ち回ってくれたのか」
突如、GR-1のすぐ近くに人影が現れた。
恐るべきスピードと、気配の殺し方だ。
現れたのは狼の獣人。
年齢は20歳くらいに見える。
ワイルドに刈り込まれたグレーの頭髪と、精悍な顔立ち。
髪と同じく、灰色の鋭い眼光。
唇の隙間から覗く長めの犬歯が、獣人の中でもトップクラスの戦闘力を誇る狼獣人らしさを醸し出していた。
その一方、ピンと立った耳とふさふさの尻尾は可愛らしい。
帝国の獣人コレクターが奴隷に欲しがりそうだと、エネスクスは心配になった。
エネスクスがハッチから飛び降りると、狼獣人は握手を求めながら挨拶をしてきた。
「俺は反帝国のゲリラ組織【魂の牙】のメンバー、クォヴレー・コーベットだ。このアジトでは、リーダーを務めさせてもらっている」
「エネスクス・ホーンドです。こっちの兎獣人は、シロン・ブガッディ。2人ともコピン村に住んでいたんだ」
「エネスクス。シロン。ロジャーに協力してくれて、感謝する。マシンゴーレムを奪ってくるなんて、凄い成果だ」
「クォヴレーさん。感謝ついでに、仲間に入れてもらえないかな? 僕とシロンはもう、コピン村には帰れない……。派手に暴れちゃったからね」
本当はエネスクスもシロンも、いちどコピン村に戻ってブガッディ夫妻を弔いたかった。
だがそれは、あまりにも無謀な行動だ。
「いいとも、歓迎する。人手が足りないんで、バリバリ働いてもらうぞ?」
クォヴレーは快活に笑うと、風のようにGR-1の肩へ駆け上がる。
そしてエネスクスに、アジトへの道案内を開始した。
先程まで天を覆っていた雲はいつの間にか晴れ、太陽の光がGR-1の装甲を照らしていた。
■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□
【魂の牙】アジトは、洞窟の中にある。
岩棚が重なり合い、陰になっている箇所にひっそりと隠されていた。
いくつかの部屋があるようだが、エネスクス達が通されたのは1番奥にある会議室。
床は土魔法で平らに慣らされており、歩きやすい。
部屋の中央にはテーブル。
周辺には、何脚かの椅子が置いてあった。
そのうちの2脚には人間族らしき青年と、全身にローブを纏った怪しい人物が腰掛けている。
青年の方は、真っ黒い髪と瞳をしていた。
赤みや青みがかった黒髪は、そう珍しくない。
だが彼のように真っ黒な髪は、この大陸のどんな種族にも存在しないといわれている。
そして、そこそこ端整な顔立ち。
クォヴレーがエネスクス達3人を紹介しているが、表情の変化に乏しい。
何を考えているのかわからない、不気味さがあった。
もう1人は、草色のローブと仮面で顔を隠した人物。
体のラインからして、女性と思われる。
体格を見るに、種族は人間か獣人のどちらかだろう。
「紹介しよう。ロジャーもしばらくアジトを離れていたから、初対面だな? 彼はシューマッハさん。国外から来た、我々の協力者だ」
「シューマッハと呼んでくれ。訳あって本名は名乗れないが、君達への協力は惜しまないつもりだ」
「シューマッハさんは帝国から脱走してきたそうで、我々にマシンゴーレムを提供してくれる。それに、凄い魔法をお持ちだ」
「クォヴレー、そのことはあんまり大っぴらに広げないでくれ。……隣の彼女は、ティーテという。彼女も故あって素性を明かせないが、腕は確かだ。俺も彼女も無口だが、気にしないでくれ」
シューマッハに紹介されたローブの女性――ティーテは、立ち上がるとぺこりと一礼。
再び椅子に座った。
「他のメンバーは今、出払っている。……さてロジャー。駐屯地潜入からマシンゴーレムを奪って、脱出するまでの経緯を報告してくれ」
クォヴレーに促され、ロジャーはこれまでの出来事を語り始めた。
■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□
「……にわかには、信じ難い戦果だな。初めてマシンゴーレムに乗った猿獣人の少年が、帝国のマシンゴーレム2機を撃破するなんて……。いや、すまん。猿獣人を下にみているわけではないんだ。戦闘よりも、商売や研究に向いている種族だと思っていたものでな」
腕を組んで、唸るクォヴレー。
「僕自身も、そう思っていたよ。種族の相性か、僕個人の相性かはわからない。とにかくGR-1は、凄く操縦しやすかったんだ」
そこで、意外な人物が口を挟む。
「あり得ない話じゃない。生身での強さとマシンゴーレムを操った時の強さは、比例する場合がほとんど。しかし稀に、例外も存在する。帝国エースの一角エマルツ・トーターは、マシンゴーレムから降りても優れた戦士だった。だが天才と呼ばれたアレックス・S・マッサは、白兵戦では話にならなかったらしい」
シューマッハの話に、クォヴレーも納得したようだ。
「ふむ、そうか……。では今回鹵獲できたGR-1は、エネスクスに操縦を任せよう。俺も操縦を覚えないといけないから、時々は貸してもらう。だが、メイン操縦者はエネスクス。整備担当は、もちろんロジャーだ」
「クォヴレーさん、私は回復魔法が得意です。救護担当を、任せてもらえないでしょうか?」
シロンの申し出に、クォヴレーの表情が輝く。
「そいつは非常に助かる。回復魔法の使い手は、このアジトに居なかったからな。ロジャーの無事な帰還に、マシンゴーレムの鹵獲。有望な新人が2人も加入と、明るい知らせが目白押しだな。早く他のメンバーにも、報告したいものだ。……そろそろ戻ってくる時間なんだがな」
クォヴレーが壁の時計に目をやった時、洞窟を駆ける慌ただしい足音が響いてきた。
「リーダー! 大変だ!」
会議室に飛び込んできた馬の獣人が、開口一番にそう叫んだ。
走ることに関しては、獣人の中でも抜きん出た馬獣人。
それがこんなにも、汗だくで息が上がっている。
よほど急を要する事態になって、必死に走ってきたのだ。
「ムスタング! 何があったんや!?」
「ロジャー! 無事だったか! ……っと、今はそれどころじゃねえ! 奴隷狩りだ! 俺以外の7人は、みんな捕まっちまった……」
そこでムスタングは一旦言葉を切り、重々しい口調で続ける。
「奴だ! ――『奴隷狩りのバレンティーノ』!」




