第28話 少年の怒り~どうしてこんなことができるんだ!?~
少年は、ただ呆然と立ちすくんでいた。
腕の中には、動かなくなった弟。
息絶えたその姿は、まるで眠っているようだった。
頭から、大量の血を流している点を除けば。
少年の目に、涙は無い。
両親や友人達、育った街。
あまりに多くのものをいっぺんに失い過ぎて、悲しいという感覚が麻痺してしまっていた。
故郷を業火が包む。
空高く火の粉が舞い上がり、闇夜が明るく照らされる。
少年はその光景を、美しいとすら思ってしまった。
「みんなの魂が、空に昇って行く。もうすぐ僕も一緒に……」
しかし少年が、皆と共に旅立つことは許されなかった。
視線の先には鉄の巨人。
巨人は炎の中に、佇んでいたのだが――
「おい! どこへ行くんだ! 僕も殺すんじゃなかったのか!?」
巨人は少年の存在など、まるで気にしていないかのように背を向けた。
『お前らが生きていようがいまいが、大した問題ではない』
巨人の背中は、そう語っていた。
少なくとも少年には、そう感じられた。
「ふざけるな! 僕の家族や友人達の命の価値は、そんなに軽いものなのか!? どうしても必要だから殺されたのではなく、たまたまそこに居たから殺したとでもいうのか!?」
無言の肯定。
鉄の巨人は、立ち去る歩みを止めない。
「せめて僕も、皆と一緒に逝かせてくれ! でないと僕は、1人になってしまう……」
1人でこのやり場の無い怒りと憎悪、喪失感を抱えて生きて行かなければならない。
それは死より、苦しいことだろう。
だが死んでいった者達のことを思うと、自ら命を絶つなど許されない。
少年の心中など知らず、鉄の巨人は足音を響かせながら炎の中へと消えていった。
巨人の足音が聞こえなくなった頃、光を失っていた少年の瞳に再び光が灯り始める。
だがそれは、暗く濁った殺意の光。
「……リースディア帝国! 僕はお前らを、絶対に許さない!」
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ルータス王国の首都エランを落としてから、わずか2ヶ月。
リースディア帝国は次の獲物として、ビサースト獣人国連邦への侵攻を開始した。
ビサースト獣人国連邦は、4つの州からなる連邦国家だ。
開戦からわずか1週間。
まずは牛・馬の獣人が集う、ウルス州が陥落した。
この州が持つ肥沃な大地を、帝国は欲したのだ。
真っ先に狙われた。
次の週には、犬系獣人のブルド州。
さらに猫・獅子・虎系獣人のレオーネ州が、立て続けに落とされた。
犬・猫の獣人は、帝国内で愛玩奴隷としての需要が高い。
そのため2番目、3番目に狙われたと思われる。
レオーネ州にある、首都レオパードも陥落。
連邦の元首であり、レオーネ州の州王も兼ねるパジェル獣王が戦死した。
ルータス王国騎士団と並び、大陸最強と言われた獣戦士団。
そんな彼らも、帝国のマシンゴーレム兵には手も足も出ない。
獣人は他種族に比べ圧倒的な身体能力を誇っているのだが、マシンゴーレムの装甲を貫く術は持たなかったのだ。
現在リースディア帝国は、最後に残った猿系獣人のゴリアテ州を侵攻中。
特に欲しかった3州を手に入れたためか、帝国の侵攻速度は落ちた。
だがすでに、ゴリアテ州の半分は帝国の手に落ちている。
ビサースト獣人国連邦全土が帝国の支配下におかれるのも、もはや時間の問題だと思われていた。
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帝国占領地のひとつ、ゴリアテ州コピン村。
村には帝国軍の駐屯地が設営されていた。
マシンゴーレム整備用のテントも張られている。
その中には、2つの人影があった。
「おっちゃん、また遊びに来たよ」
「エネスクスの小僧か……。ここは危ないから、もう来んなや言うたやろう。また、食料をちょろまかしに来たんか?」
1人は小僧呼ばわりされた猿獣人の少年、エネスクス・ホーンド。
茶色いくせっ毛の髪と、長い尻尾。
まだ14歳の少年だ。
もう1人はおっちゃんと呼ばれた、オレンジ色の髪と髭を持つドワーフ族の男性。
名をロジャーという。
「シロンの家の食料事情も、キツくてね。どうせ彼女の家から巻き上げた分も含まれているんだし、僕が回収に来てあげてるってわけさ」
「せやかて、ワイのところにまで寄り道する必要は無いやろ? 捕まる危険が増えるだけや」
「大丈夫だよ。整備兵の連中は、カードゲームで遊んでた。それに生身の帝国兵よりは、僕の方が少しだけ強いから。……おっちゃんだって、その気になれば逃げられるんじゃないの?」
この村で帝国兵に捕縛されたロジャーは奴隷にされ、帝国へと連行される予定だった。
しかし帝国兵達は、ロジャーをマシンゴーレムの整備に使うことを思いつく。
ドワーフは、工業技術に高い才覚を持つ種族。
ならば煩雑なマシンゴーレムの整備も、すぐにこなせるようになるのではないか?
そういう思惑があってのことだ。
実際ロジャーはすぐに仕事を覚え、帝国の整備兵2、3人分の仕事をこなしてみせた。
それに気を良くした整備兵達は、自分達の仕事をロジャーに丸投げ。
自分達は、カードゲームに興じているというわけだ。
「まったく、おめでたい連中やで。【奴隷首輪】も着けんと、ワイにマシンゴーレムの整備をさせるとはな。まあちょっと操縦してみようと思ったけど、全然アカンかったからな……。舐められとるんやろう」
帝国には奴隷を隷属させるための魔道具、【奴隷首輪】というものが存在している。
登録者の魔力を送ると、電撃魔法を発動。
苦痛を与えることにより無力化、反抗の防止が可能だ。
帝国兵達も、獣人の国でドワーフの奴隷が手に入るとは思わなかった。
ドワーフ男性の太い首に合うサイズの首輪を、持ち合わせていなかったのだ。
首輪が無くても、帝国兵達は暴力でロジャーを従わせていた。
生身の戦いでは、屈強な肉体を持つドワーフの方が強い。
だが彼らは常にマシンゴーレムを稼動させ、ロジャーや他の奴隷達が反抗せぬよう威圧していた。
だからロジャーは、大人しく殴られるしかない。
エネスクスが危険を冒してロジャーの元を訪れるのは、奴隷として過酷な条件で働かされているロジャーの身を案じてのことだった。
食事も最低限のものしか与えられていないので、エネスクスが駐屯地から盗んだ食料をこっそり差し入れているのだ。
そして、エネスクスがここに来る理由がもうひとつ。
「さて、おっちゃん。今日もちょっとだけ、マシンゴーレムの話を聞かせてくれるかい?」
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帝国兵に見つかることなく、駐屯地から食料を盗み出したエネスクス。
次に彼が訪れたのは、幼馴染であるシロン・ブガッディの家だ。
彼女とその家族に、食料を分ける為である。
10日前に故郷の町を焼かれ、この村へと逃げてきたエネスクス。
そこで先に引っ越して来ていたシロンと、2年ぶりに再会できたのだ。
エネスクスは歓喜した。
シロンの方も、うっすら涙を浮かべて喜んだ。
「ご両親と……弟のエスニ君は、残念だったね……」
シロンにそう言われて、エネスクスは泣いた。
村を焼かれたあの日以降、涙は出てこなかったのに。
危機の連続で、家族達の死を実感する暇が無かっただけなのだ。
ひょっとしたら壊れてしまわぬように、心が受け入れるのを拒否していたのかもしれない。
縋りついて嗚咽し続けるエネスクスを、シロンは抱きしめ頭を撫で続けた。
泣き終わるまで、ずっとそうしていてくれたシロン。
エネスクスは彼女を守りたいと、強く願っている。
どんなことをしてでもだ。
もうエネスクスにとって大切なものは、シロンとその両親ぐらいしか残されていない。
現在シロンは自宅で息を潜め、じっと隠れている。
彼女は兎耳の獣人。
容姿端麗で、奴隷として人気がある種族だ。
帝国兵の目に触れれば、どういう結果になるのかはわかりきっている。
エネスクスは先ほどロジャーとの話に出てきた、【奴隷首輪】を思い出していた。
彼女が奴隷首輪を嵌められ、帝国軍の車両型ゴーレムで連れ去られていく姿。
想像するだけで、心に憎悪と絶望が吹き荒れる。
エネスクスは、ブガッディ家の玄関扉をノックした。
周りに帝国兵の姿がないか、慎重に確認してからの行動だ。
しばらく待ってみても、返事がない。
「おじさん、おばさん、居るかい?」
呼びかけてみても、返ってくるのは沈黙だ。
エネスクスは焦燥感と恐怖を押さえ込みながら、玄関の戸を開ける。
気配を殺しつつ、静かに中へ。
血の匂い。
犬獣人ほどではないが、猿獣人も嗅覚は鋭い。
エネスクスの鼻は、その匂いを捉えてしまった。
「そんな、まさか……。もうやめてくれ……」
玄関の奥に、エネスクスは見つけてしまった。
床に血溜まりを広げ、その中に横たわるブガッディ夫妻の姿を。
シロンの父は、すでに事切れていた。
だが母は――
「おばさん! しっかり! 何があったの!?」
シロンの母には、まだ息がある。
彼女はエネスクスの顔を見て、一瞬安堵の表情を浮かべた。
しかしすぐ険しい表情になり、必死で訴えかける。
「エネ……クス君……シロンが……見つかった……。帝国兵の奴らに……。お願い……シロンを……」
エネスクスの腕の中で、シロンの母は動かなくなった。
眠るように死んだ、弟エスニとは違う。
目を見開いた、必死の形相。
なんとしても、娘を助けたかったに違いない。
エネスクスは指で、シロンの母の瞼をそっと閉じさせた。
「どうして……」
エネスクスは天を仰ぎ、叫んだ。
「どうしてこんなことができるんだ!?」
彼にはわかっている。
帝国の人間達は獣人を「亜人」と呼び、差別の対象にする。
彼らは獣人族を、人だと思っていないのだ。
はるか昔。
帝国周辺に住んでいた人間族は、身体能力で勝る獣人に抑圧されていた。
その反動から、今のようになったと言い伝えられている。
だからといって、このような仕打ちを受け入れられるはずはなかった。
「数しか能がない、人間共め……。獣人族の力を、思い出させてやる」
エネスクスの瞳には、故郷を焼かれた時と同じ光が灯っていた。
暗く濁った、殺意の光が。




