閑話2 家族の思い出~無理していませんか?~
ビサースト獣人国連邦への出発を、数日後に控えたある日。
安川賢紀はスーテラ達の様子を見に、ローザリィ社へと来ていた。
紹介した身としては、心配だったのだ。
2人がテストパイロットとして、きちんと働けているか。
あるいは、不遇な扱いを受けていないか。
2人をロスター社長に紹介した際、賢紀は研究所の通行証をもらっていた。
「いつでも遊びに来てくれ」とも言われているので、すんなり施設内に入れる。
「おう、ヤスカワ君! 元気にしとるか? 君が紹介してくれたあの2人は、よく働いてくれて大助かりだぞ」
研究所の休憩室では、老ドワーフがソファに腰掛けていた。
髭を三つ編みにし、豪快に笑う彼はロスター・ローザリィ社長だ。
「社長にそう言っていただけると、紹介した甲斐があります。試作機の開発は、順調ですか?」
「うむ。実は大幅な計画変更を行ったせいで、過密したスケジュールになりそうじゃ。詳しくは、テストパイロットの2人に聞くがいい。そろそろ休憩時間で、ここに来るはずじゃ」
ロスター社長が言い終わるのを聞いていたかのように、休憩所の扉が開いた。
額にうっすら汗をかいた、アレックス・S・マッサとスーテラ・トーターが入って来る。
「社長! 午前のメニューは、問題なく終わったぜ……ってケンキの旦那! 来てくれたのか? 会いたかったぜ! 聞いてくれよ! スーテラがひどいんだ!」
「アレク! 私がいつ、お前に呼び捨を許可した!?」
「いいじゃん! この会社でスーテラは、先輩じゃなくて同期だぜ」
「私のほうが、年上だろうが! ケンキ殿。さっき言っていた『ひどい』というのも、コイツが悪い! 操縦があれほどできるなら、先に言わんか! 自分より上手い奴にあれこれ指図してしまって、とんだ大恥だ!」
そう言って、アレクの背中をバシバシと叩くスーテラ。
しかし、本気で強く叩いているわけではない。
「『俺って天才だから』って言ったのに、スーテラ全然信じてくれなかったじゃん」
「白兵戦の訓練で私にボコボコにされるような奴が、『天才』なんて言っても信じられるものか! ケンキ殿達との戦いの時も、真っ先にやられてしまったかと思ったぞ。心配かけおって!」
「ふ~ん。スーテラってば俺のこと、心配してくれたんだ?」
ニヤニヤと笑うアレク。
見ればロスター社長まで、ニヤニヤしている。
2人の反応を見たスーテラは、サッと赤くなった。
しかし次の瞬間には、表情を消して目を細める。
「そうだな。今の貧弱なお前では、心配だ。……だから心配しないで済むように、私が鍛えてやる! 昼休みは、白兵戦の格闘訓練だ!」
「えっ!? そんな!? 昼休みは、昼飯食わなきゃ」
「昼飯は私がおごってやるから、さっさと食え! ……というわけで社長、ケンキ殿、失礼します!」
アレクを小突きながら、休憩室を出て行こうとするスーテラ。
だが扉から出て行く直前で足を止め、賢紀の方を振り返った。
「そういえばケンキ殿も、マシンゴーレムの腕前は相当なものだと聞いた。ひょっとして、ケンキ殿は……いや、何でもない」
立ち去るスーテラの後姿を見送りながら、賢紀は安堵していた。
スーテラが何を尋ねようとしたのか、見当がついたからだ。
「いやいや、若いっていいのう」
まだニヤニヤしているロスター社長を見ながら、賢紀はふと思い出した。
「あ……。アレクとスーテラに、試作機のことを聞くの忘れた」
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次に賢紀が訪れたのは、ヴォクサー社の研究所。
ライバル関係であるローザリィ社との両方に、フリーパスで入れるというのはいかがなものかと賢紀は思う。
しかし両社長は、特に気にしていないようだ。
企業秘密が漏れるかどうかの心配より、【ゴーレム使い】から少しでも情報やアドバイスをもらいたいという思惑が透けて見える。
「あ。ケンキさん、おつかれっス」
「ドンさん。試作機の開発は、順調ですか?」
「正直に言うと、遅れ始めたっス。こないだまではケンキさん達が乗ってくれて助かってましたけど、3人共ビサーストに行っちゃうんでしょう?」
「ええ。しばらく協力できなくて、申し訳ないです」
「お気になさらずにっス。……やっぱローザリィ社みたいに、専属のテストパイロットが欲しいっス。できればドワーフじゃない種族で。元帝国の2人を、向こうに取られたのは痛かったっスね」
ドン・レインは赤髪をポリポリと掻きながら、顔をしかめた。
「はあ~。帰ってきたら、またエリーゼさん乗ってくれませんかね? ケンキさんが羨ましいっスよ。あんなにセクシーな可愛い娘と、旅ができて……」
「エリーゼみたいな、子供がいいなんて……。ドンさんも、ロリコンですか?」
「はあ? あのダイナマイト・ボディを見てロリコンって、何を言ってるんスか? 大体エリーゼさんは、成人っスよ? これだから人間族は……。ケンキさんが何とも思っていないなら、俺がアタックしちゃってもいいっスか?」
賢紀は返答に迷う。
自分が許可するのも反対するのも、何か違う気がしたからだ。
するとドンの背後から、キィッという不気味な音がした。
研究室のドアが、わずかに開いている。
隙間からは、瞳が覗いていた。
暗い光を宿した、犬獣人メイドの瞳が。
異様な殺気を感じたドンは、ゆっくりと振り返る。
油が切れた、機械部品のような動き。
ギギッという、音まで聞こえそうだ。
犬獣人メイドと、ドンの目が合った。
お互いに無言だ。
全員がしばらく沈黙した後、研究室のドアは音もなく閉じられた。
「ええっと……。エリーゼさんのことは、『テストパイロットとして』頼りにしてるっス。ホントそれだけっス! やましい感情は、一切ないっス」
賢紀は祈る。
自分が作った魔法銃の銃口が、ドンに向けられることがないようにと。
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賢紀はマシンゴーレム開発の視察ついでに、街で色々と買い物などをしていた。
居候先のスヴェール邸に帰ってきたのは、すっかり日が暮れてしまってからである。
リビングに入ると、エリーゼがソファに座っていた。
彼女は紙のような何かを、愛おしそうに見つめている。
「ただいま……。エリーゼ1人か? 何を見ていたんだ?」
「んー? 家族写真よ」
この世界には、写真の技術があった。
かなり進んだ技術だが、賢紀は驚かない。
マシンゴーレムの映像投影魔道機が存在する世界なので、写真くらいありそうだと思っていたのだ。
「みんな、仲が良さそうだな。王妃同士や異母兄妹同士って、ギスギスしているものかと思っていた。特に王族は、王位争いとかがあるしな」
「あー。ウチの王家は、結構特殊だから。5~6代前までは、あったみたいよ? 王妃同士の対立やら、骨肉の王位争いやら」
「その辺の代から、何か変わったのか?」
「遺伝子魔法学の研究が始まったの。それまでは高位貴族の血ばっかり入れてたもんだから、血が濃くなっちゃって」
「ああ。俺の世界でも、昔の王侯貴族はそういう問題があったらしい」
「遺伝子魔法学が確立されて以降の代は、王の配偶者選びが変わったのよ。身体能力や容姿、知能、魔力なんかを基準にして、身分や種族を問わずに選ばれるようになったわ。要は王族の品種改良ね」
その品種改良の成果が、賢紀の目の前にいる突撃王女エリーゼだ。
「そしたら能力の高い、王子・王女が増えてきてね。彼らは王族でなくなっても、どこででも生きていける」
確かにエリーゼなら、ジャングルで野放しにしても生きていけそうだと賢紀は思う。
「その結果王位にこだわる者が、減ってきたの。王太子だったケータム兄様なんて、王になりたくないって普段からぼやいてたわ。長男だし政治や内政に優れていたから、むりやり王太子に指名されてもう涙目よ」
エリーゼは写真を見つめながら、懐かしそうに微笑む。
「お父様、言ってたわ……。『俺の子を産むべき女と巡り会うと、細胞の中の遺伝子がビビッと信号を発して教えてくれる』だって」
「それって、ただのひと目惚れじゃないのか?」
「ふふふっ、そうなのかもね……。ただお父様は色々な種族の血が入ってて、規格外な人間だったから。本当にそんな、遺伝子センサーを持っていたのかも?」
セブルス・エクシーズが色々な種族の特性を兼ね備えていたという話は、賢紀も聞き及んでいる。
「獣人の身体能力でしょ。魔族の強大な魔力でしょ。エルフの視力と魔法制御。ドワーフの怪力と発明力。そして人間の繁殖力……」
「人間族の長所は、繁殖力だけか……。人間族代表として、ヘコむぞ。お妃様が4人に子供が7人とは、本当に繁殖力がありそうな王様だけどな」
賢紀の下世話なツッコミが入っても、エリーゼは気にしないで話を続ける。
「4人のお母様方は、全員本当のお母様みたいに優しくしてくれた。悪いことをしたら、ちゃんと叱ってくれたし」
妃の1人1人を、指さしながら紹介していくエリーゼ。
まるで思い出を、なぞるかのように。
狐耳の獣人が、アゲイラ妃。
体術と火魔法の達人。
背中に黒翼を生やした魔族が、ティーゼ妃。
強大な魔力を持ち、魔王の再来といわれていたらしい。
尖った長い耳を持つ、エルフ族の女性がエセルス妃。
弓の名手だったそうだ。
エルフの族長であるハイエルフの息女なのだそうだが、エリーゼの父が攫ってきたという。
「……そして1番小柄なのが、私を産んでくれたイレッサお母様。発明と土魔法の天才で、お父様と結婚してなければ今頃ヴォクサー社の社長に……あれ?」
エリーゼは驚いた。
いつの間にか自分の頬を、涙が伝っていたことに。
「やだなあ……。もう全部、振り切ったと思ったのに……。ゴメンね、ケンキ……。ちょっと情けない王女で……」
賢紀は静かに、首を横に振った。
「エリーゼは王女だけど、同時にまだ16歳の女の子だろう? そんな子が大事な家族をいっぺんに失ったら、まだまだ泣き足りないのは当然だ。無理するな」
賢紀は自分が17歳の頃、交通事故で両親を失ったことを思い出していた。
泣きたいのに、流れてくれない涙。
そのことに、悩み苦しんだ。
ひょっとしたら自分は、薄情な人間なのではないかと。
だから今、素直に涙を流せるエリーゼには存分に泣いて欲しいと思う。
きっとそれが、彼女の心を軽くするのだから。
「もう! また子供扱いして……。16歳ってルータスやイーグニースでは、嫁に行く歳だってば。……でも、ありがと。少し元気出たわ」
そう言ってエリーゼは涙を拭い、微笑んでみせた。
いつものように活力に満ちた、明るい笑顔だ。
「ねえ、ケンキ……。私はお父様を見てきたから、男の人が何人かの妻を娶っても何とも思わないわ。フリード教は、一夫多妻OKだしね」
「俺だったら嫌だな」と賢紀は思う。
浮気だの二股だの2人以上の女性を愛するというのは、マメで時間の使い方が上手い男のやることだ。
そんな真似をしていたら、大事な時間がなくなってしまう。
大好きなロボットアニメを見る時間や、ロボットのプラモを作る時間だ。
浮気したフリード神の使徒なのに、賢紀はハーレム願望とは無縁な男だった。
「ううん。むしろ、他にも奥さんがいた方がいいかも? 自分の子供だけじゃなく、他の奥さん達の子供にも囲まれた生活でしょう? 賑やかで、いいと思う。4人のお母様も、お兄様、お姉様達も、みんな幸せそうだった。私も幸せだったわ」
「それはセブルス国王に、4人の女性と7人の子供達を幸せにするだけの度量と甲斐性があったからだろ?」
そういう家庭に憧れているということは、セブルス国王並みの男を捕まえないといけないということ。
賢紀は勝手に、「エリーゼも大変だな」と同情した。
「だから……その……ケンキが……ヤマ……。あー、うー……もう! 何でもない! ……もう寝るわ!」
怒ったようにそう告げて、リビングを立ち去ろうとしたエリーゼ。
だが彼女は扉の前で振り返り、少し寂しそうに微笑んだ。
「ねえケンキ。もうすぐビサースト行きよね。戦争中にこういうこと言うのも、不謹慎かもしれないけど……楽しい旅にしましょうね」
「俺も同感だ。いい旅にしよう」
「ふふっ、おやすみなさい」
(いい旅……か……。俺はいつか、この世界を去る。だから大切にしよう。エリーゼ達と過ごす、限られたこの時間を)
賢紀は自分に、そう言い聞かせる。
そしてリビングの照明を消し、そっと扉から出ていった。
皆様、ごきげんよう。アディ・アーレイトですわ。
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