第27話 2人の処遇~雇っては頂けませんか?~
首都スウィーフトに帰還した翌日、安川賢紀はスヴェール邸の応接室に来ていた。
彼の隣に座っているのは、2人の男女。
まずはスーテラ・トーター。
スラリとしたスタイルと、ポニーテールに束ねた亜麻色の髪が印象的な女性だ。
もう1人は背が高い。
褐色の肌と青みがかったウェーブの髪を持つ、飄々とした少年。
アレクことアレックス・S・マッサだ。
テーブルの反対側に座っているのは、ヴォクサー社の現社長ヴィヴィオ・スヴェール。
彼らがついているテーブルは、地球でいうならマホガニーのような素材でできている。
高価であり、意匠にもこだわったヴィヴィオ社長自慢の一品だった。
しかしアレクは「高そうだな~」くらいにしか見ていなかったし、スーテラは緊張して家具など目に入ってはいない。
賢紀に至っては「ウッドゴーレムの素材に良さそうだ」などと、ヴィヴィオが聞いたら涙目になりそうなことを考えていた。
「それでヤスカワ君。私に話というのは、何だね?」
「スヴェール社長に、この2人を紹介させて頂きたくて。……元リースディア帝国のマシンゴーレム操縦兵、スーテラ・トーターとアレックス・S・マッサです」
「お初にお目にかかります。スーテラ・トーターです」
「ども、よろしく。俺のことは、アレクって呼んでくれ」
ヴィヴィオ社長の眉が、ピクリと動いた。
彼もヴィアルゼ大統領と同じで、ドワーフ男性にしては珍しく髭を剃っている。
そのため、表情の変化がわかりやすい。
ヴィヴィオの顔が、緊張で強張った。
「この件は親父――大統領には、聞かせられないな。ヤスカワ君は、彼らをどうするつもりだい? 僕に紹介したということは、マシンゴーレムの情報提供でもさせるつもりかな?」
賢紀はニヤリと、笑みを浮かべた。
――本人はそのつもりだったが、実際には1ミリほど口角が持ち上がっただけである。
気付けた者はいない。
笑顔のつもりな無表情のまま、【ゴーレム使い】は口を開く。
「だいたい当たりですが、ただの情報提供で終わらせるつもりはありません。2人を正式なテストパイロットとして、雇って頂けませんか?」
ヴィヴィオの表情が、緊張から驚きに変わる。
「おいおい? 共和国政府に黙って、元帝国のマシンゴーレム乗りを正式に雇えだって? 露見したら、政治的に親父の足を引っ張ることにもなりかねん。それに彼らが、帝国のスパイではないという保証はあるのか?」
「マシンゴーレムの開発に、テストパイロットは必要でしょう? 彼らは帝国でも数少ない、対マシンゴーレム戦の経験者です。……いいじゃありませんか、良い待遇で囲い込めば。年間1200万モジャも出せば、スパイだったとしても辞めてヴォクサー社の為に尽くしますよ」
賢紀はスーテラの父を殺したことに後ろめたさを感じていたし、アレクの操縦技能には惚れ込んでいた。
何とか2人の為に、高待遇を引き出してやりたいと思っている。
「危険手当を含めても、そんなには出せない。それにテストパイロットには、我が社が選んだドワーフ戦士達を雇用する予定だ。操縦席も、彼らの身長に合わせて作ってしまったしね」
ヴィヴィオの返答に、スーテラとアレクの表情が曇った。
このままだと、2人は路頭に迷ってしまう。
下手をすればヴィヴィオから、共和国軍に突き出される羽目にもなりかねない。
重苦しい沈黙の中、賢紀は思考を巡らせていた。
(このままでは、ダメだな……。さて、そろそろ来るか?)
賢紀がチラリと、時計を気にした時だった。
「話は聞かせてもらったぞ!」
唐突に応接室の扉が、バァンッと派手な音をたてて開け放たれる。
開いた扉から、1人の人物がズカズカと入り込んできた。
髭を三つ編みにした、眼光鋭い老ドワーフだ。
「なっ! アナタがなぜ、ここに!?」
「ガルマ平原以来じゃな、ヴィヴィオ社長。今日はヤスカワ君に呼ばれてな。『素晴らしい人材を紹介します』と聞いておる」
スーテラとアレクの視線が、賢紀に集まった。
「この爺さん誰?」と、目で訴えている。
「ローザリィ社のロスター・ローザリィ社長だ」
ヴィヴィオ社長の商売敵――とも、小声で付け加えた。
「ヴィヴィオ! お主もまだまだ青いのう。共和国政府やちっとの出費にビビって、優秀な人材を逃すとは愚の骨頂! ヴォクサー社でいらんなら、わしが頂いていくぞい。給料は、年間1500万でどうじゃ? 住む場所も、寮を用意するぞ?」
ロスターの提案に、アレクの目が輝いた。
スーテラは遠慮がちに、賢紀に耳打ちして来る。
「いいのか? 願ってもない待遇だが、ヴィヴィオ社長はエリーゼ王女の叔父上。ケンキ殿も世話になってる御仁だろう?」
「構わないぞ。ヴィヴィオさんは、雇えないって言ってるわけだし」
正直なことを言うと、2人にはローザリィ社に行ってもらいたいと賢紀は考えていた。
ローザリィ社の開発を加速させ、ヴォクサー社と競合させたいのだ。
マシンゴーレム市場をヴォクサー社が独占すれば開発競争が起こらず、技術の進歩は緩慢になる。
エリーゼの身内ということもあり、ヴォクサー社に肩入れし過ぎていると思っていたところだ。
「決まりのようじゃな! 安心しろ、2人共! わしは共和国議会にも、ぶっといパイプを持っておる。手出しはさせぬ!」
「助かるぜ! よろしく頼むよ、社長。……それで俺達は、いつから働けばいい? いきなり明日からでも、構わないぜ」
握手しようと右手を伸ばしたアレクの手首を、ロスターはガッチリと掴んだ。
二の腕の筋肉がボコッと盛り上がったのを見るに、相当な力で掴まれている。
「なーに寝ぼけたことを言っておる? 今すぐに、決まっておるじゃろう! このままローザリィ社の研究所へ行くぞ! 着き次第即、試作機に乗ってもらう!」
ロスターは、スーテラの手首も掴んだ。
「邪魔したな!」とだけ告げて、応接室を飛び出して行く。
ものすごい勢いで、スーテラとアレクを引きずりながら。
「ケンキ殿、世話になったああぁぁーーーー」
「旦那、また会おうぜええぇぇーーーー」
テストパイロットとして、新たな道を歩み始めた――いや。
全力疾走し始めた2人の声は、ドップラー効果で消えていった。
静かになった応接室。
ヴィヴィオは溜息をつくと、賢紀にロスター社長のことを語り始めた。
「あの爺さんは、相変わらずだな。いまだに僕を、青二才呼ばわりさ。それにしても……ローザリィ社の試作機も、もう動かせる段階まで来ているのか……。まあうちのYMG-1〈パンツァー・プラッテ〉も、明日には起動実験だがね」
「もうですか? 俺がGR-1をお渡ししてから、まだ3週間くらいしか経っていませんよ?」
とんでもない開発速度だ。
銃を開発したのがほんの2年前だというのに、ドワーフの技術は異常な進化を始めてしまった。
自分がその進化の引き金を引いてしまったという事実に、賢紀の背中を悪寒が走る。
ドワーフ。
まさに種族全体が、技術チート。
この世界のパワーバランスを、容易に狂わせてしまう恐ろしい種族。
そんな感想を、賢紀は抱いていたのだが――
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翌日の夕方。
スヴェール邸のリビングに、多くの人々が集まっていた。
賢紀、エリーゼ・エクシーズ、アディ・アーレイトの3人に加え、ヴィヴィオとヴィアルゼ・スヴェール大統領も揃っている。
スヴェール親子の表情は険しい。
「まさか、こんな問題が起こるとは……。こうなるとアレク君とスーテラ君をローザリィ社に取られたのは、痛恨の極みだよ」
「エリーゼたんが問題無かったから、ドワーフ族全体が大丈夫だと思っておったのう。考えてみればエリーゼたんは、親父が色々と規格外な奴じゃった。他のドワーフと、同じに考えてはいかんかったのう……」
今から半日前。
ヴォクサー社の試作マシンゴーレムYMG-1に、歴戦のドワーフ戦士達が搭乗した。
その時、ある問題が発覚したのだ。
「ここまで操縦が、ヘタクソな種族だったとは……。ヘコむのう」
ドワーフ族は、種族全体が著しく操縦センスを欠いた種族だと判明したのだ。
機体の歩く姿は泥酔者。
振り向こうとすれば、独楽のように機体を回転させる。
膝をついた駐機姿勢を取らせようとすれば、顔面から地面にめり込む。
ヴォクサー社の試作機に、問題があるのではない。
試しに扱いやすいGR-1に乗せてみても、同じ有様だという。
深刻な事態であり、ドワーフにしてみれば種族の矜恃にかかわる問題だ。
しかし昨日ドワーフという種族全体に恐怖を覚えた賢紀は、どこかホッとした気持ちになっていた。
「これではGR-1より高性能な機体が完成しても、帝国には勝てぬのう。どうしたものか……」
皆で悩んでいる中、賢紀にはとあるものが気になった。
視界の端でピクピクと動く、アディの犬耳だ。
それを見て、【ゴーレム使い】の脳裏にアイディアが閃く。
「雇えばいいんじゃないですか? マシンゴーレムでの戦闘に、優れた種族を」
提案に、ヴィアルゼは首を横に振った。
「国内の他種族や、ルータスからの避難民を集めても全然数が足らん。希望者を募っても、志願者はあまりおらんじゃろうな……」
「それは、イーグニース共和国内の話でしょう? 国外から連れてくるんですよ。傭兵としてね。幸いポルティエさんからの情報だと、帝国の共和国侵攻は後回しになっているそうです。エルフ達相手のゴタゴタと、獣人達の抵抗のせいで。……時間はあります」
今のイーグニースに必要なのは、優れた操縦センスを持つ傭兵パイロット。
命知らずの外人部隊。
「俺達が、スカウトに行きます。獣人達の国、ビサースト獣人国連邦まで。酒で酔い潰してでも、契約書にサインさせますよ」




