第26話 戦女神の神託~職務放棄していいですか?~
アレックス・S・マッサとの戦闘跡地。
そこで安川賢紀とアディ・アーレイトは、エリーゼ・エクシーズから叱られていた。
「ダメです! ウチでは飼えません! 元いた場所に、捨ててきなさい!」
リースディア帝国のマシンゴーレム操縦兵、スーテラ・トーターとマッサ。
2人の処遇について、もめている最中だった。
賢紀とアディが「イーグニース共和国へ連れて帰る」と言い出したことに、エリーゼからNGが出たのだ。
「私達は、捨て犬か何かか?」
「え~!? ケンキの旦那が『帝国のGR-1よりイイ機体に乗せてやる』って言うから、ついて行こうと思ったのに……無しなのかよ?」
不満そうにぼやく、スーテラとマッサ。
エリーゼはそんな2人のうちマッサを、ズビシッ! と指差した。
「お黙りなさい! マッサさん! 特にアナタは穀潰しになった挙句、共和国内で女性問題とか起こしそうです!」
「俺のことは、アレクって呼んでくれよ。……にしてもエリーゼちゃん、ヒデエな。戦闘中にぶん殴ったこと、根に持ってる?」
「エリーゼ。アレクの『穀潰し問題』については、俺に考えがある。そっちは任せてくれ」
賢紀がすかさず、「しっかり世話するから、飼っていいでしょ?」とばかりにフォロー。
むしろ彼が心配しているのは、スーテラの方だった。
「ケンキ様。彼女はエマルツ・トーターの娘です」
アディが耳元で囁いてきた時、賢紀は激しく動揺した。
幸い、誰にも気付かれなかったが。
賢紀は自分のポーカーフェイスについて、いつも疎ましく思っていた。
モテない要因だからだ。
だが今回ばかりは、深く感謝する。
自分が父の仇だと知った時、彼女はどういう行動に出るだろうか?
無表情という仮面の下で、【ゴーレム使い】は悩んでいた。
一方のスーテラは賢紀と対面した時、「この男は弱そうだ……。違うな。仇じゃない」と断定していたのだが。
そのことを、もちろん賢紀は知らない。
「ケンキがそう言うのなら、任せるけど……。あなた達はいいの? 私はあなた達の隊長を、斬ったのよ?」
「あー。俺は今の部隊に移ってきたばっかで、あんまり隊長とは親しく無かったんだ。嫌な奴っぽかったんで、ぶっちゃけ全然気にしていない」
「死んだ者を、悪く言うのも何だが……。シアーゼ隊長はセクハラ、パワハラが多くてな。正直、スッキリした」
部下達からのあんまりな言われように、賢紀はシアーゼ隊長がちょっぴり気の毒になった。
あっけらかんとしているアレクとスーテラに対し、エリーゼはさらに問題点を挙げ続ける。
「スパイではないという証拠は無いし、私達はそれを共和国関係者に保障できないわ」
「スパイだと判断したら、斬ってくれてもかまわん。いちどは捨てるつもりだった命だ」
「そうそう。スーテラ姐さんはともかく、俺って生身だと超弱いから処理するの簡単だぜ」
自慢にならないことを、爽やかな笑顔で告げるアレク。
「……? マッサ。それだと生身でなければ、強いみたいな言い方ではないか」
アレックス・S・マッサは、マシンゴーレム戦において間違いなく大陸最強クラスのパイロットである。
それをまるで知らないかのようなスーテラの発言を聞いて、賢紀は不思議に思った。
「アレク? ひょっとしてスーテラは、お前の腕前を……?」
「そういや俺、隊長や姐さんの前でマシンゴーレムに乗ったのは今回が初めてだわ。白兵戦の訓練ではボッコボコにされて、『ゴブリンの子供の方がまだ強いぞ!』って言われたんだよ」
通常は生身でも強い者が、優秀なパイロットであることが多い。
マシンゴーレム操縦においては鬼神のごとき強さなのに、生身では貧弱というアレクは稀有な存在だった。
「まあ、言っても姐さん信じないからな。今は黙っとくよ」
アレクにとって、周りからの評価など些細なことらしい。
賢紀も「まあいいか」と、スーテラの誤解を解かずにおく。
後で彼女が、ちょっとビックリするだけの話だ。
「問題はまだあるわ! 宗教の問題! イーグニースはリースディース信仰が盛んとはいっても、帝国のように国教じゃないのよ? ドワーフ達の戦女神信仰は、ハッキリ言ってユルいわ」
賢紀には、エリーゼの話がピンとこない。
彼は日本国生まれの日本国育ち。
仏教徒でありながら初詣は神道、キリスト教の行事であるクリスマスも楽しむユルユルな宗教観の民族なのである。
「そして、2番目に多いのはフリード教徒よ。例の『戦女神の神託』の件もあるわ。敬虔なリースディース教徒であるあなた達は、フリード教徒と一緒で耐えられるの?」
「私はそこまで、信仰熱心ではなかった。帝国民は、他国から思われてるほど敬虔な女神教徒ばかりではない。『戦女神の神託』についても、あの内容だからな……。疑問に思っている者も、一定数いる」
「俺はむしろ、フリード教に鞍替えしたい! 『戦女神の神託』なんて、知ったこっちゃない! フリード教は、一夫多妻OKなんだろ? イーグニースで俺の野望、ハーレム設立を……痛い! 叩くなよ、スーテラ姐さん! ちゃんと姐さんも、ハーレム要員に数えてるって……痛たたたた!」
賢紀が気になる言葉が、先ほどから何回も会話に出てくる。
周りの皆は知っているのに、自分だけが知らない言葉。
これはフリード神の使徒として、確認しておく必要があると感じていた。
「なあ。さっきから話に出てくる、『戦女神の神託』って何だ?」
「はあ!? なんでケンキが知らないのよ? フリード神様から、聞いていないの?」
「聞いていない。教えてくれ、どんな内容の神託だったんだ?」
エリーゼはばつの悪そうな顔をし、アディは賢紀と目線を合わせようとしない。
どうやらフリードの使徒には、言いにくい内容のようだ。
何だか聞かないほうがいいという予感が、賢紀の胸を駆け抜ける。
エリーゼやアディの代わりに答えたのは、スーテラ・トーターだった。
「なんだ? ケンキ殿は知らないのか? ルータス王国との開戦1か月前、大陸各地のリースディース神殿に神託が下されたのだ。『自由神を僭称する、フリードを滅ぼせ。愛を裏切りし彼奴は、神などではない。それを信仰する者共も、根絶やしにせよ』……とな」
また、気になる部分が出てきた。
「愛を裏切りし」の部分だ。
おそらくこれが、ルーフ中継基地でエマルツの言っていた件に違いない。
賢紀の脳裏に、この世界へ転送される直前の情景がよぎる。
グレースさんとやらと、イチャイチャしている上司の姿だ。
「なあ、エリーゼ……。自由神フリードと、戦女神リースディースの関係って……」
エリーゼは言いにくそうに、頬をポリポリと掻きながらボソッと答えた。
「……夫婦よ」
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自由神の使徒は、絶望的なまでのモチベーション低下に苛まれていた。
自分の使命が、夫婦喧嘩の代行だと知ってしまったのだ。
やる気をなくし過ぎて、全身の力が抜ける。
「エリーゼやアディが、話したくなさそうにしていたわけだ。自分の信仰する神様のスキャンダルなんて、認めたくないよな。ああ……。職務放棄して、どこかに逃げたい」
「げ……元気出してよ、ケンキ。あなたが頑張ってくれるおかげで、みんな助かってるんだから」
「エリーゼ……。そうだな。今さらフリードの使徒を、辞めるわけにもいかないしな」
全身を襲う虚脱感を、賢紀はむりやり振り払った。
想い人である山葉季子や、親友である益城群との再会を強く願うことによって。
使命を全うして日本へ帰り、季子に会うのだ。
それにルータス王国とリースディア帝国の戦争にも、深く関わり過ぎた。
もう今さら、エリーゼやアディを放ってはおけない。
何とかやる気を取り戻した賢紀は、撤収準備に取り掛かった。
撃破された機体も含め、全員のGR-1〈リースリッター〉を【ファクトリー】に格納していく。
賢紀、エリーゼ、アディの3人は心配していた。
この能力を見たスーテラが、ルーフ山脈基地壊滅と【ゴーレム使い】を結び付けるかもしれないと思ったからだ。
だがスーテラとアレクは、ただ驚くばかり。
2人はルーフ山脈中継基地壊滅の惨状について、詳しい情報は得ていないようだった。
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森を出てワーカス街道に出たところで、賢紀は移動用ゴーレムを取り出す。
【ファクトリー】内で開発していた、新型のものだ。
箱型のボディに、黒いタイヤが取り付けられた外観。
この世界に相応しくない、マイクロバスタイプの自動車そのものだった。
ただし動力は内燃機関ではなく、運転手の魔力とコンデンサに蓄えられた魔力で駆動する車両型のゴーレムだ。
賢紀はアレクとスーテラが驚くことを期待して、視線を向ける。
「おおっ! スゲエ! イーグニース共和国も、車両型ゴーレムを作っていたのか!?」
「帝国軍でも、やっと数台が実戦配備され始めたばかりだというのに……」
驚いてはくれたが、若干期待していた反応とは違う。
自分がこの世界で1番最初に開発したと思っていたのに、帝国に先を越されていた。
そのことに、ちょっぴりプライドが傷つく【ゴーレム使い】。
マイクロバス型ゴーレムについて、賢紀はスーテラとアレクに説明を始めた。
すると説明中、街道のルータス方面から1台の馬車が近づいてきて停まったのだ。
「相変わらず、面白そうなゴーレムを作っておるのう」
馬車から降りてきた人物は、親しげな態度で賢紀に語りかけた。
「お久しぶりです。馬車を俺の【ファクトリー】にしまって、このゴーレム・バスに同乗しませんか? 馬車より速いし、乗り心地がいいですよ」
「それは助かるのう。年寄りに馬車の長旅は、ちときつくてのう」
腰をさすりながらそう答えた人物は、ランボルト・フューラカン。
ルータスを脱出してきた、元宮廷魔術師だった。
「おお、ランボルト殿! そちらの方が、例の【ゴーレム使い】殿ですな? 紹介していただけませぬか?」
ランボルトの乗っていた馬車の中から、白衣を着た眼鏡の青年が姿を現した。
流れるような青い長髪に、尖った長い耳――エルフ族だ。
「ケンキ殿。こやつは王立魔法研究所のベッツといってな。こんな成りをしとるが、ワシと変わらんぐらいのジジイじゃぞ」
「ジジイは酷いではないですか。81歳は、エルフの中だと若造ですぞ。森で引きこもってる連中と違って、私はハートも若い。…… はじめまして、ケンキ・ヤスカワ殿。私は王立魔法研究所で研究員をしておりました、ベッツ・アーエムゲイルと申します。専門は遺伝子魔法学です」
「遺伝子魔法学」という言葉に、賢紀は疑問を覚えた。
この異世界にも、遺伝子という概念があるのかと。
【神の加護】による言語翻訳機能が、正常に働いていない可能性すら疑った。
「おっと、聞き慣れぬ言葉でしたかな? ケンキ殿の世界は科学技術が発達していると伺っていたのですが、遺伝子の概念はなかったのですか? 実は生物は『細胞』という、目に見えないくらい小さなもので形作られていましてな。遺伝子はその中にある、生物の設計図とも言える存在で――」
「ああ、すみません。遺伝子の概念は、私の世界にもありました。ただ私の世界でも最近浸透してきた概念なので、少々驚いてしまいまして……」
そこへエリーゼが、口を挟む。
「ケンキ。例の『アレ』量産の件、ベッツなら何とかできるかも?」
提案に、賢紀は驚愕した。
「アレ」の量産を遺伝子の力で何とかできるということは、つまり生物の遺伝子操作ができるという意味だ。
地球と変わらないか、それ以上に研究が進んでいるという意味になる。
「『アレ』とはなんのことか分かりませぬが、ルータスの遺伝子魔法学は大陸一ですぞ」
自信ありげに、ベッツは眼鏡のブリッジを押し上げる。
「そりゃそうじゃ。遺伝子魔法学は、ルータスしか研究しとらんからのう」
ランボルトの突っ込みを受けて、白衣のエルフはオーバーにコケてみせた。




