第24話 あの人の娘~愛していたら悪いのか?~
森の中を、スーテラ・トーターは必死で逃げ回っていた。
足を止めることは、許されない。
止まれば待つのは死だ。
自分は狩られる側。
認めたくはないが、それが事実として突きつけられる。
敵機の攻撃は、恐らく銃。
スーテラは、そう予想していた。
最近イーグニース共和国のドワーフ達が開発に成功したという情報を、リースディア帝国も得ているのだ。
敵はそれを短期間で、マシンゴーレム用に転用したのだろう。
相手の攻撃は、狡猾で慎重だった。
時間をかけて精密な狙撃を繰り返し、機体の装甲とスーテラの精神を削ってゆく。
「このままだと、私はここで死ぬな……」
正直、それも悪くない。
スーテラの脳裏には、そんな考えも浮かんだ。
だが、死ぬ前にどうしても確かめたいことがある。
スーテラは、外部拡声魔道器のスイッチを入れた。
『エマルツ・トーター兵団長をやったのは、貴様か?』
それは自機の位置を敵に知らしめる、危険な行為だった。
しかしそれでも、彼女は実行しないわけにはいかない。
無敵を誇る帝国のマシンゴーレム、GR-1〈リースリッター〉。
それを追い詰めるこの敵機が、エマルツの死に関わっている可能性が高いと考えたからだ。
敵機からの狙撃を警戒し、スーテラは盾を構える。
スピーカーで呼びかけることにより、位置を捕捉される可能性は高かった。
『わたくしではありません。ですが……。彼とは、戦ったことがあります』
スーテラの全身を、銃弾以上の衝撃が貫いた。
あれほど慎重な狙撃をしてきた敵機が、呼びかけに応えるという愚を冒したことに対する衝撃。
敵パイロットの声が、若い女性だったという衝撃。
そして……。
やはりエマルツ・トーターに、関係のある人物だったという衝撃。
『その盾……。あなたは、彼の教え子か何かなのですか?』
――違う!
私と彼の関係は、そんなものじゃない!
叫びだしたい衝動を抑えながら、スーテラは無線機越しに答える。
『私の名はスーテラ・トーター! 彼の……エマルツ・トーターの……娘だ!』
敵機のパイロットが、無線越しに息を呑むのを感じた。
この反応は恐らく、スーテラの求める情報を知っている。
『さっきの質問を変えよう。父を殺したのは誰だ!?』
しばしの沈黙が流れた。
戦場には似つかわしくない鳥のさえずりと、木の葉が揺れる音。
それらを機体の外部収音魔道機が拾い、操縦席に流し込んでくる。
数秒後、敵機の操縦兵から回答が届く。
『わたくしに勝てたら、教えて差し上げましょう』
『それだと私は、操縦席を狙えないな。だいぶ不利な勝負になる』
『ならばわたくしも、操縦席を狙いません。こんなチマチマした持久戦はやめて、正面から近距離で撃ち合うというのはいかがですか? 元々わたくしは狙撃よりも、突撃する方が得意ですの』
『手の内を晒すとは、大胆な……。いいだろう、受けて立つ! 貴様は面白い奴だ。……少し、父に似ているな』
『受けて立つ辺り、あなたも似ていらっしゃいますわよ? さすがは親子ですわね』
『ふっ、そうか……。私は名乗ったのだ、貴様の名も聞かせてくれ』
『アディ・アーレイトと申します』
『「暗殺者を殲滅せし者」、アディ・アーレイトか!? そうか……。父が捕縛し、ルーフ中継基地に連れ帰ったと聞いたな』
彼女が脱走し、父を殺したのだろうか?
いや。
この口振りからすると、アディ・アーレイトの仲間――死亡が確認されていない、エリーゼ王女の可能性もある。
スーテラの脳裏を、様々な可能性が駆け巡った。
『そろそろ、行きますわよ?』
銃声がしたわけでもないのに、鳥の群れが一斉に飛び立った。
同時に森の奥から、凄まじい殺気が吹き付けてくる。
アディが気配を殺すのをやめたのだ。
お互いに、分厚い装甲越し。
だというのに、震え上がってしまいそうなプレッシャーをスーテラは感じていた。
甲高い駆動音を、スーテラの耳は捉えた。
次の瞬間、奇妙な塗装が施された機体が目の前に飛び出してくる。
緑を基調としたカラーリングだ。
距離にして30m程しかないのに、森の木々に溶け込んでいる。
非常に視認しづらい機体色だ。
「なるほど、迷彩塗装というわけか。使えるな……。生きて帰れたら、技術部に報告しておこう」
アディの機体は、金属製の武器を向けてくる。
これが恐らく銃という武器なのだろうと、スーテラは理解した。
迷彩色のGR-1は、滑るような機動で接近してくる。
スーテラは機体を半身にさせ、盾の陰に。
そして右手の魔剣〈リネアール〉を、上段に構えた。
「お願い、父さん。私に力を貸して」
機体の左手に持った盾は、淡い青色――父エマルツの魔力と、同じ色の光に包まれる。
まるでスーテラの願いを、聞き入れるかのように。
次の瞬間、凄まじい衝撃が操縦席を揺さぶった。
ひとつひとつが、スーテラの意識を刈り取るような威力。
それが連続して、彼女に襲い掛かる。
まずは右操縦桿の手応えが無くなった。
機体の右手が吹き飛んだのだろう。
つづいて、メイン映像投影魔道機の映像が消えた。
外を映していた、〈クリスタルアイ〉が破壊されたのだ。
数拍の時間差を置いて、左右のサブカメラ映像も途絶える。
スーテラは、奇妙な浮遊感を感じた。
脚部をやられたらしい。
機体が倒れる。
コックピットブロックが、地面に叩きつけられる衝撃。
それを感じる前に、スーテラは意識を手放した。
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「もともと私は、帝国の奴隷だった……。8歳の時に、エマルツ様に買っていただいたのだ。身の回りの世話をする、小間使いとして」
コックピットブロックと、盾しか残らなかった機体。
その前に、女性が体を横たえていた。
亜麻色の髪を、ポニーテールに纏めた若い女性だ。
ポニーテールの女性――スーテラ・トーターは、ぽつりぽつりと語り始める。
彼女の額からは血が流れ、全身のあちこちでは骨にひびが入っていた。
「しばらくしてエマルツ様は、私を奴隷から解放した。そして、養女に迎えて下さったのだ。私はエマルツ様の名を貶めぬよう、必死に努力した。勉学に励み、剣技を磨いた。やがてエマルツ様の力となれるよう、帝国兵となった」
スーテラの話を、アディは黙って聞いていた。
なぜ自分は、こんな身の上話を敵の操縦兵に聞かせているのだろう?
スーテラは自らの行動を疑問に思ったが、溢れ出す言葉は止まらなかった。
聞いて欲しかった。
目の前にいるアディ・アーレイトだけが、自分の気持ちを理解してくれる。
なぜか、そんな気がしていた。
「だが、途中で私は気づいてしまった。エマルツ様の力になりたいなどと、殊勝な心がけで帝国兵になったのではなかった。ただ私が、エマルツ様のおそばに居たかっただけなのだ」
「まさかあなた……。彼を男性として、愛していたのですか?」
スーテラは自嘲気味に、ふっと笑って答えた。
「愛していたら悪いのか? ルータスではどうか知らんが、帝国では養子縁組を解消すれば普通に結婚できるからな。30を過ぎても独身のエマルツ様に、私も妙な期待を抱いてしまったのだ。もしかしたらエマルツ様も……とな」
気づけば目から、涙が流れていた。
アディに話すことによって、スーテラは痛感してしまったのだ。
エマルツ・トーターは、もうこの世に居ないことを。
「もう真意は、確かめようもない。もういい。もういいんだ。私が死んでも、エマルツ様のことは貴様が憶えていてくれるんだろう? もうここで、終わらせてくれ」
アディの反応は、スーテラが予想していなかったものだった。
「はあ」と短くため息をつくと、呆れたような眼差しをスーテラに向けてくる。
「同じトーター姓なのに、彼と違って随分根性無しですわね。どうせ死ぬなら、彼の仇を討ってから死ぬぐらいのことは言えないのですか?」
獣人メイドから投げかけられた、辛辣な言葉。
言われたスーテラの胸には、沸々と怒りが沸いて来る。
なんだコイツの態度は!?
エマルツがいなくなってしまった悲しみを、彼女だけは共感してくれそうな気がしたのに。
とんだ勘違いではないか!
「いいですか? スーテラ・トーター。わたくしはエマルツ・トーターを殺した者を、知っています。……知りたければ、私について来なさい」
そう言ってアディ・アーレイトはスーテラの手を取り、回復魔法を発動させた。
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アディ・アーレイトとスーテラ・トーターの戦いに、決着がついた頃――
安川賢紀はGR-1の操縦席で息を荒げ、焦燥していた。
「何なんだアイツは……? 化け物か?」
賢紀の機体は、アサルトライフル型魔法銃〈ムアサドー〉を装備していた。
ゴーレムを操縦している時は、凄腕のスナイパーと化す賢紀。
彼がアサルトライフルを使用した時の最大有効射程は、700mにも及ぶ。
そしてアサルトライフルは、マシンガンのようなフルオート射撃も可能となっている。
この世界の技術水準からいえば、圧倒的なアドバンテージを誇る兵器のはずだった。
「だが奴は……」
600mの距離から放たれた賢紀の弾丸を、1発目は剣で防いだ。
さらに2発目、3発目を上体を反らすスウェーバックでかわしたのだ。
そして長距離から狙撃された事実を、いち早く理解。
素早く機体を森の中に躍らせ、身を隠した。
それだけでは終わらない。
狙撃された方向から賢紀の機体位置を割り出し、遮蔽物を利用しながら距離を少しずつ詰めてきている。
「これが『天才』って奴か……。エマルツといい、ポルティエさんが紹介してくれるのは本当に危険な奴ばっかりだな」
――アレックス・S・マッサ。
帝国軍が誇る若き天才パイロットが、【ゴーレム使い】に牙をむいた。




