第22話 疑惑の行軍~本当の目的は何なのだ?~
大蜘蛛討伐から1週間程経った、ある日の夕暮れ時。
安川賢紀はイーグニース共和国の首都、スウィーフト市内にある食堂に居た。
店内は暗い。
しかしテーブルや各所に置かれた、ランタン魔道具により適度に照らされている。
温かみとムードのある空間が、演出されていた。
女性との食事などには、良い場所だろう。
しかし今回賢紀が待ち合わせる相手は、女性ではない。
「待たせたな、ケンキ」
「お久しぶりです、ポルティエさん」
元ルータス王国諜報部員、ポルティエ・ナイレーヴン。
彼は暗い店内なのに、何故かサングラスを着用していた。
手には畳んだカーキ色のトレンチコートを持ち、相変わらずのダンディなオーラを放っている。
(この人、カッコよすぎて目立ってるよな? スパイがそれじゃ、いかんでしょう)
心配する賢紀をよそに、ポルティエはさっさと席に着く。
店員を呼び、トマトソースのパスタを注文した。
それにならい、賢紀も同じものを注文する。
「やれやれ。お前らずいぶんと、派手に暴れてくれたもんだぜ。ルーフ山脈中継基地壊滅から、1ヶ月ちょっと。帝国の連中は、気の毒なくらい大混乱だ。おかげで俺の仕事は、やりやすくってな」
ポルティエは煙草の煙を細く吐き出し、「ククッ」と笑いながら告げた。
「そいつは何より。帝国の皆さんに、挨拶回りをした甲斐があったってもんです。色々と、お土産まで頂いてしまいましたよ」
ルーフ山脈を壊滅させた賢紀達が、スウィーフトに着くまでにかけた期間は約2週間。
その間。
寄り道して襲撃したリースディア帝国軍の駐屯地や支配地は、7ヶ所にも及んだ。
マシンゴーレムGR-1〈リースリッター〉15機を始めとして、略奪した物資は数知れず。
ルータス王国に進駐していた帝国軍の混乱は、想像に難くない。
「だが、その混乱もここまでだ」
ポルティエは一旦言葉を切り、グラスの水をひと口飲んでから言葉を続けた。
口調が重く切り替わる。
「ルータスからの難民が、少しずつイーグニースに流れ込んでいたのは知っているな? エリーゼお嬢が亡命して、イーグニースも正式に難民受け入れを表明したからな。その流れは、加速する」
「混乱から立ち直った占領部隊が、その動きを見逃しはしない……と?」
「3日後だ。大規模な難民の移動を確認した帝国のマシンゴーレム部隊は、イーグニースとの国境付近に向かう。表向きの理由は難民――帝国から言わせれば、脱走者達が国境を越えるのを追い返すためだ」
そこまで話した時、ちょうど注文したパスタが運ばれてきた。
ガーリックの匂いが食欲を唆ったが、賢紀には話の続きの方が気になる。
「そして脱走者達を追うことに夢中になって、うっかり国境線付近まで来たマシンゴーレム部隊はイーグニース国境警備軍から攻撃を受ける。実際には、国境を越えて来るつもりなんだろうがよ。帝国軍は、自衛のためにやむを得ず反撃。両国は不幸にも、戦争状態へと突入してしまう」
「何だか、強引なシナリオですね。国境警備軍の小銃程度では、マシンゴーレムに傷ひとつ付けられないでしょうに……」
「焦りもあるんだろうさ。帝国上層部は、ドワーフ達の技術力を甘く見てはいない。自国製マシンゴーレムが完成する前に、とっとと攻め入り支配してしまいたいはずだ」
その次には、ビサースト獣人国連邦への侵攻が控えている。
テスラの大森林に住んでいる、エルフ達の動きもきな臭い。
だから今回やって来る連中を国境手前で上手く処理できれば、帝国はしばらく共和国に手を出す余裕がなくなる。
――というのが、賢紀とポルティエの読みだ。
「共和国軍とマシンゴーレム開発中の2社に、それぞれGR-1を提供しました。ですが自国製マシンゴーレムの完成には、まだ時間がかかりそうですね。……敵部隊の規模は、掴んでいるんですか?」
「今のところ、3機編成の予定だ。生身の脱走者達を追い返すって名目なのに、大部隊を差し向ける訳にはいかねえからな。……ただその中に1人、厄介なのが混ざっていやがる。そいつの名前は……」
警戒すべきエースパイロットの名前と調べてある限りの情報を、ポルティエは賢紀に語り始めた。
■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□
ルータスからイーグニースとの国境へと向かう途中にある、アルトロン山脈。
生い茂った木々の間から覗く荘厳な岩壁が、鮮やかな緑との美しいコントラストを成していた。
雄大な山脈を貫くように、両国を結ぶワーカス街道が伸びている。
街道は馬車がスピードを出していても安全にすれ違えるよう、充分な道幅が取られていた。
今その街道を、銀色に輝く3体の鉄巨人――帝国軍のマシンゴーレムGR-1が駆け抜けていく。
『いや~、素晴らしい! 雲ひとつない青空! 絶好のハイキング日和だね。そう思わないかい? シアーゼ隊長。スーテラ姐さん』
「…………」
『マッサ! 下らん私語をするために、帝国軍は魔道無線機を開発したわけではないぞ!』
『へいへい。了解しましたよ、隊長どの』
スーテラは自分の2つ年下――17歳という若い後輩の軽口に苛立ち、彼の呼びかけに沈黙で返した。
内心では、怒声を上げながら。
(緊張感の無い奴め! 相手が生身の脱走者達だからといって、油断していると死ぬぞ!)
油断などしていなくとも――どんなに戦闘経験を積み操縦技能を磨こうと、戦場では死がすぐ隣に存在している。
油断とは無縁そうな、あのエマルツ・トーターでさえ逝ってしまった。
彼を葬り、ルーフ山脈中継基地を壊滅させた連中が何処に潜んで居るかも分からないのだ。
油断など、できようはずもない。
(なのに、このクソガキときたら……。コイツが前に居た部隊は、どういう教育をしていたのだ!?)
スーテラが苛立っている理由は、他にもあった。
――今回の任務は、何かがおかしい。
現在帝国の支配下であるルータス領から、イーグニース共和国へと逃亡する元ルータス国民の脱走者達。
それをマシンゴーレムで威嚇し、ルータス方面へと追い返すというのが自分達の仕事だったはずだ。
あまり誇れるような仕事ではない。
だが生身の歩兵を向かわせて、犠牲が出るようなことがあってはならない。
ルータス王国の魔法技術や剣術は進んでおり、それらを併用した生身の戦士達の戦闘力は非常に高いのだから。
念には念を入れて正解だろうと、スーテラも納得していた。
(なのに、さっき追い越した馬車……。脱走者達の可能性が高かったのに、隊長ときたら……)
『時間の無駄だ。構うな』
確かにシアーゼ隊長は、そう言ったのだ。
最初は聞き間違いかと、スーテラは思ったぐらいだ。
(隊長は、何を考えているのだ? ……今回の任務は、何か別の目的があるとでもいうのか? 私達の知らされていない、秘密の目的が)
何を考えているか分からない隊長と、任務をナメているとしか思えない新入り。
2人に挟まれて、スーテラのストレスは溜まる一方だった。
そんなイライラした操縦兵を乗せた、スーテラ機。
隣を走るマッサ機が、頭部をスーテラ機へ向けてきた。
(走行中に、余所見をするな! 危ない! せっかくアップデートでサイドカメラが付いて視野が広くなったのに、いちいち首を向けてどうする! それにコイツの走る姿……心なしか、やる気が感じられない)
よっぽど怒鳴ってやろうかと思ったスーテラだが、シアーゼ隊長の「私語は慎め」という指示に反する。
黙るしかない。
『なあ、姐さん。ちょっと気を張りすぎじゃねえの? そんなに力んでいたら、任務終了まで身が持たないぜ』
さっき隊長に注意されたばかりだというのに、この新入りはまたもや無線で軽口を叩いてきた。
「マッサ! 隊長が言ったことを、聞いていなかったのか! 私語は慎めと――」
スーテラが、そこまで言った瞬間だった。
聞き慣れない破裂音を、機体の集音魔道機が拾った。
同時に隣を走っていたマシンゴーレムから、火花が飛び散る。
金属を激しく叩くような音を響かせながら、マッサ機は仰け反った。
手に持っていた魔剣〈リネアール〉をへし折られ、機体のバランスを崩してゆく。
「……え?」
傾いていく僚機の姿をスローモーションのように感じながら、スーテラはただ呆然と見つめてしまっていた。




