おまけ5 コタツの魔力(中)~う……そ……。ケンキとニーサが……?~
魔国ディトナの山奥には、ひっそりと研究所が存在している。
時空魔法研究所。
時空魔王トキコ・ヤマハの分身体――つまりは息子のような存在である、アーラーンという魔族がいる。
彼が母の時空魔法を後世に伝えつつ、さらに発展させるための施設が時空魔法研究所である。
しかし今、所長のアーラーンは首都まで買い物に出ていて留守だった。
その護衛兼散歩として、狼型の精霊フェンも一緒に出掛けている。
こじんまりとした研究所に残されているのは、研究員のニーサ・ジテアール。
そして翼を持った猫、光の精霊レオナだけだった。
彼女達は研究所に設置されたコタツの中で、まったりと過ごしている。
そう。
ここには、コタツが存在していた。
日本からの召喚者である荒木瀬名は、リースディア帝国にコタツ文化を持ち込んでいたのだ。
その虜になったのが、当時皇帝だったニーサである。
幸いにもこの魔国ディトナには、コタツが売られていた。
日本からの転生者である、時空魔王山葉季子が考案したものだ。
コタツ大好きなニーサが、購入しないわけがない。
ミカンを剥いていたニーサの耳に、コンコンとドアをノックする音が聞こえた。
「鍵は開いているぞ。入ってくれ」
精霊であるレオナを除けば、女性1人しかいない研究所。
にもかかわらず、ニーサは来訪者を簡単に招き入れる。
もし賊だった場合、手元に置いてある日本刀で斬り捨てる自信が彼女にはあったからだ。
あと、コタツから出るのが億劫だった。
こちらの理由が、8割を占める。
「ニーサさんしか、居ないのか?」
「コタツの中で、レオナが丸くなっているぞ。何用だ? 【ゴーレム使い】、ケンキ・ヤスカワよ」
開いた扉から入ってきたのは、冷気とむっつり顔の青年だった。
安川賢紀はこれ以上冷たい空気が室内に入らぬよう、素早く扉を閉める。
そしてニーサ――ではなく、彼女が入っているコタツを指差した。
「ここに来れば、そいつがあるような気がした」
「ふっ、イイ勘をしている。入っていってもいいぞ」
「助かる。これは手土産だ」
賢紀はコタツの卓上に、ルータス王国の超高級酒をトンと置いた。
「ほう? これはまた、気前のいいことだな。一緒に飲むだろう?」
「いや。俺はこのコタツで、仕事をさせてもらいたいんだ。だから飲めない。元から酒は苦手だしな。場所代のつもりで持ってきた」
中で丸くなっていたレオナを蹴飛ばさぬよう、慎重かつ素早くコタツに滑り込む賢紀。
彼は手の悴みも取れないうちから、情報端末魔道具を取り出した。
そしてすぐさま、タッチペンを走らせ始める。
「そのためにわざわざ、この国まで飛んできたのか? ルータス王国には、コタツはないのか?」
「ああ。まだ一般には、普及していない。ウチの会社の社長室にはあったんだが、エリーゼが真っ二つにしてしまった。コタツの中が、1番仕事に集中できるのに……」
「エリーゼは相変わらずだな。あんまり彼女を怒らせるなよ? ……ところで今日ここに来ることは、ちゃんとエリーゼには言ってきているな?」
何となく嫌な予感を覚えたニーサは、賢紀に確認を取る。
「ああ、ヨルムに伝言を頼んだ。『コタツを探して遠くまで行くから、探さないでくれ』ってな」
すでにグラスで、酒を飲み始めていたニーサ。
彼女の眉が、ヒクヒクと動いた。
「ケ……ケンキ・ヤスカワよ。それではまるで、家出してきたみたいではないか」
「ん? そうか? そんなつもりは全然ない。今日中には、ルータスに戻るつもりだしな」
「その『今日中に戻る』の部分も、ちゃんと伝言を頼んだんだろうな?」
「そういえば……伝え忘れた気がする」
ニーサの中で、怒りの炎が燃え上がった。
彼女はエリーゼが賢紀に好意を寄せていることを、知っているのだ。
そんなエリーゼに充分な説明をせず、飛び出してきてしまった朴念仁【ゴーレム使い】。
(乙女心の分からぬこやつには、仕置きが必要だ)
そう思い、ニーサは手元の日本刀を手に取る。
もちろん、納刀したままだ。
手加減も、充分にするつもりだった。
それでも鉄ごしらえの鞘でブッ叩けば、コブくらいはできるかもしれない。
しかしこの男はそれだけの大罪を犯していると、ニーサは判断した。
立ち上がり、刀を振り上げたニーサだったが――
賢紀の手元。
情報端末魔道具に表示されている映像を見て、動きを止めた。
「何だその機体は? ルータス軍の新型マシンゴーレムか? ずいぶん〈テルプシコーレ〉や、〈サンサーラ〉に似ているな。ベースはそなたの〈タブリス〉みたいだが……」
ニーサも、賢紀の好みについては知っている。
こういうデザインのマシンゴーレムは、好きではないはずなのだ。
「エリーゼは、こういう顔の機体が好きなんだ。顔を変えるだけと簡単に言ってくれるが、単眼式のカメラを双眼式に変えたり、顔の形を変えるのは大ごとだ。マシンゴーレムの頭部には重要なセンサー類や、〈魔道演算機〉が密集しているからな」
ニーサは振り上げていた刀を、ゆっくりと下ろした。
賢紀が異国まで来て、コタツを求めた理由が分かったからだ。
最高に集中できる環境で、最速で設計の仕事を終わらせたかった。
エリーゼ好みのマシンゴーレムを、いち早く世に送り出すために。
「やれやれ……。不器用な奴らだ。見ていてハラハラする。私と瀬名はそんな風にすれ違ったり、喧嘩したりしたことはないぞ」
「再会したら、どうだかな? 将来は、立派なケンカップルになるかもしれないぞ?」
「私と瀬名に限って、それはあり得んな」
微笑んで、ニーサは再びコタツに入ろうとした。
賢紀に歩み寄っていた状態から、後退した時だ。
猫型精霊のレオナが、コタツの中からニュッと出てきた。
「あっ!」
レオナを避けようとしたニーサは、バランスを崩す。
彼女は元帝国最強クラスの剣士にして、大陸で十指に入るマシンゴーレム乗り。
おまけにレース用ゴーレムのプロドライバーである。
バランス感覚は、超人的なものを持っているはずだった。
だが今のニーサは、酔っ払ってしまっている。
大きくふらつき、床に倒れそうになった。
コタツに入ってから1回もニーサを見ず、黙々とタッチペンを走らせていた賢紀。
そんな彼も転倒しそうになったニーサに気付き、素早く手を伸ばす。
背中から床に叩きつけられそうになっていたニーサを、賢紀は直前で抱きとめた。
「ふう、危機一髪だったな。ニーサさん、怪我はしていないか?」
「ああ、助かった。ありがとう。……すまないな。だいぶ酔いが、回っていたようだ」
そこでふと、2人は気づく。
精霊のレオナを除けば、研究所の中で男女2人きり。
おまけに床すれすれの位置で、上半身を抱き留められた体勢。
――これは誰かに見られたら、非常にマズい状況なのではなかろうか?
――急いで離れなければ。
だが思った時には、もう遅かった。
研究所のドアが、ノックも無しにバーン! と開く。
「ケンキー! どうせここに居るんでしょう? コタツがありそうな場所っていったら、帝国以外ではこの国しか……」
最悪のタイミングで乱入してきたのは、最悪の相手だった。
ルータス王国女王、エリーゼ・エクシーズ。
彼女は扉を開け放った状態で、硬直した。
「う……そ……。ケンキとニーサが……? そんな……」
「違うぞエリーゼ! これは転びそうになった私を、ケンキ・ヤスカワが……。待て! エリーゼ!」
状況を説明しようとするニーサに背を向けて、エリーゼは時空魔法研究所の外へと飛び出して行く。
研究所の外には、雪が舞い始めていた。
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「うっく……。はあ、はあ……。ううっ。何で? 何でよ? 私がコタツを斬っちゃったから? 〈タブリス〉量産型の顔を、ケンキ好みじゃないデザインに変えろって言ったから?」
――だから他の女の元へと走った。
いや、元々賢紀と自分は恋人同士ではない。
しかし以前、社長夫人にしてくれると言ったはずではないか?
やはりあれは、冗談だったのか?
とにかく、頭の中がグチャグチャだ。
まともに物事が考えられない状態で、エリーゼは雪山を走り続けていた。
「あ……あれ?」
少し開けた雪原に出た時、突然エリーゼの平衡感覚がおかしくなった。
白い地平線が、大きく傾いてゆく。
顔の半分を襲った冷たい感触に、エリーゼは自分が転倒してしまったことを理解した。
「いったいどうして……? ケホッ! ケホッ!」
平衡感覚だけでなく、肺もおかしい。
これだけ寒いのに、チリつくような熱さを感じる。
「あ……。そういえば私、瘴気マスクしてないや……」
ここ魔国ディトナでは、大気中に多くの瘴気が含まれている。
瘴気というものは、魔族以外には有害だ。
時空魔法研究所などは人間族スタッフのニーサのために、空調で瘴気が除去されている。
しかし屋外では、生命活動に支障をきたすほど瘴気が強いのだ。
魔族の次に、瘴気耐性があるのはドワーフ。
そのドワーフと人間の混血児であるエリーゼは、体を蝕む瘴気に気付くのが遅れてしまった。
「私……死ぬのかな?」
雪に埋もれながら、エリーゼはそんなことをぼんやりと考えていた。
寒い雪原で、誰にも気付かれないまま迎える最期。
それがとても寂しくて、涙が瞳から零れ落ちた。
「寂しいよ……。私を1人にしないでよ……。コタツから出てこなくてもいい。〈タブリス〉量産型も、あなた好みのデザインにしていいからさ……。側にいてよ、ケンキ……」
視界が、闇に覆われようとしていた。
だがそんな時、エリーゼの口元に何かが押し当てられる。
「まったく、足の速い奴め。追いつくのに、時間がかかってしまった」
台詞に続いて、回復魔法が発動される。
背中から温かい魔力が流れ込み、エリーゼの肺は癒えていった。
朦朧としていた意識が、鮮明になる。
エリーゼの口に瘴気マスクを当てていたのは、【ゴーレム使い】安川賢紀だった。




