おまけ3 真夏のビーチと【ゴーレム使い】(下)~何か申し開きはありますか?~
イースズ・フォウワードはビーチマットに寝転んだまま、安川賢紀達を出迎えた。
「あー、おかえり。みんな無事で……って、人数が増えとらん? 〈トニー〉が肩に担いどる、その白衣を着たドワーフはお土産ね?」
イースズの隣に敷いてあった、空いているビーチマット。
賢紀はそこに、魔物の腹から救出したドワーフを横たえる。
ちょうどタイミング良く、その人物は目を覚ました。
「む? ここはどこだ? 確か吾輩は旅の路銀を使い果たし、食うものがなくなって海で魚を獲ろうとしたら『バキューム・シャーク』に飲み込まれて……。おおっ! お主は【ゴーレム使い】! ケンキ・ヤスカワではないか!」
「お久しぶりです、グレアムさん。ずいぶんと、悲惨な旅を続けてこられたようですね」
白衣を着たドワーフの正体は、リースディア帝国マシンゴーレム開発の第一人者グレアム・レインだった。
彼はマシンゴーレムの動力源である、〈トライエレメントリアクター〉を発明。
錬金術で操るメタルゴーレム技術を発展させ、人型機動兵器マシンゴーレムを生み出した天才技術者である。
レイン七兄弟の長男リッチーと同じく、この次男グレアムも賢紀が尊敬している人物だ。
「おうおう。キツい旅であったぞ。財産と研究成果のほとんどを置いたまま、帝国を追われる羽目になってしまったからな……」
グレアムは沈んだ表情で、視線をビーチマットに落とした。
そんな彼に声をかけたのは、犬耳獣人メイドのアディ・アーレイトだ。
「停戦後の帝国では、人間以外の種族で重要なポストに就いていた者達の排斥があったと聞いています。やはり、グレアム様もそれで……」
アディは獣人。
帝国では「亜人」と呼ばれ、蔑まれる存在だ。
彼女の口調は冷静だが、静かに帝国への怒りを燃やしていた。
半分ドワーフの血が入っているエリーゼ・エクシーズや、エルフと魔族のハーフであるイースズも同じ気持ちだ。
「いや。吾輩の場合は功績が功績だけに、帝国マシンゴーレム開発部に残れそうではあったのだが……。密かに進めていた計画が、なぜだかわからんが危険視されてな。処刑されそうになったのだ。それで慌てて、逃げ出したというわけよ」
「あの……グレアム様……? それは、どのような計画ですの?」
「『今日から君もマシンゴーレムだ!』計画という。帝国兵に機械の体を与え、サイボーグ化する素晴らしいプランだ。……くそう! もう少しであった! 屁の役にも立たん貴族軍人のボンボンを攫ってきて、レクサ・アルシエフ並みの戦士に改造できそうだったのに」
グレアムは、理不尽だと言いたげに肩をすくめた。
そりゃ危険だわと思ったエリーゼ、アディ、イースズの3人は、グレアムへの同情心も帝国の他種族差別への怒りも急速にしぼんでいくのを感じる。
だが賢紀だけはグレアムに共感し、スッと手を差し伸べた。
「リースディア帝国は、頭の固い連中ばかりですね。グレアムさん。俺やリッチーさんと共に、このルータス王国で思う存分マシンゴーレムの研究をしませんか?」
「そこのマシンゴーレムバカ共。私の国で『今日から君もマシンゴーレムだ!』計画を強行したら、女王権限で処刑するわよ」
半眼になったエリーゼは、冷ややかに言い放つ。
だがそれは、失言だった。
賢紀は思い出してしまったのだ。
言いつけを破り暴走行為をしてしまったエリーゼに対し、刑の執行がまだであったことを。
「ふむ。俺らの前に、刑を受けるべき奴がいるな。罪状は、禁止していたジェットスキーの危険な運転。それと俺が止めたにも関わらず、魔物へと1人で挑んだこと。……何か申し開きはあるか? エリーゼ。あっても聞かないがな」
賢紀がエリーゼに向き直り、前方に手をかざす。
するとお仕置き用小型マシンゴーレム、〈エクスキューショナー君〉が出現した。
〈トニー〉より細身で運動性が高くなるように設計しているのは、すばしっこいエリーゼを確実に捕らえるためだ。
拳を回転させつつ近づいてくる〈エクスキューショナー君〉を見て、エリーゼは顔を青くしながら後退った。
だがすぐに、いつもの勝気な表情を取り戻す。
「サディスティックゴーレム使いめ! 私だってそういつまでも、やられっぱなしじゃないわよ! 【ピンポイントプロテクション】!」
エリーゼが使ったのは、普通の防御魔法ではない。
結界を発生させて、狭い範囲を集中的に防御する魔法だ。
〈エクスキューショナー君〉が狙ってくる両こめかみを、光の魔法陣ががっちりガード。
さらにはその上から手を当てて、完璧な防御態勢を取るエリーゼ。
それを見た賢紀は、あっさりと〈エクスキューショナー君〉を【ファクトリー】へ回収した。
あきらめてくれたかと思い、エリーゼは胸を撫で下ろした。
しかし安心しきっていた彼女の眼前に、新たな人間サイズのゴーレムが出現する。
メカメカしいデザインだった〈エクスキューショナー君〉とは違い、新しいゴーレムのボディは滑らかで生物的。
顔のパーツも美しく、細部に渡って作り込まれていた。
女性を模したゴーレムなのだと、ひと目で分かる。
その姿を見たエリーゼの心にまず浮かんだのは、不思議な懐かしさだ。
「エセルスお義母様……?」
新ゴーレムはルータス王国の第3妃、ハイエルフの息女エセルス・エクシーズによく似ていた。
エリーゼは第4妃である、イレッサ・エクシーズの娘。
しかしルータス王国の妃達は皆仲が良く、自分が生んだ子供でなくても実の子のように接する。
――いや、接していた。
4人の母達は、もうこの世にいないのだ。
「それは新たなるお仕置き用マシンゴーレム、〈帰ってきたエセルスさん〉だ」
新ゴーレムの用途と名前を聞いたエリーゼの脳裏に、あまり思い出したくない思い出まで蘇る。
エセルス妃は明朗快活で、とても気持ちの良い人物。
だが、躾には厳しかった。
リーサルお転婆なエリーゼは、いつも派手な悪戯をしては彼女に捕まり罰を受けていたのだ。
その罰というのが――
〈帰ってきたエセルスさん〉の姿が、かき消える。
次の瞬間、エリーゼは自分の体が宙に浮くのを感じた。
腰に腕を回され、ゴーレムの脇に抱えられた体勢だ。
「ま……まさかこの体勢は……。ねえちょっと! 嘘でしょ!? 私もう、そんなお仕置きを受けるような歳じゃ……」
返答の代わりに、パァーン! という乾いた音が響く。
エリーゼのお尻に、衝撃が走った。
「痛ったぁーっ! 何すんのよ!? バカケンキ! 変態ケンキ! DVケンキ!」
罵るエリーゼを無視して、お尻叩きの刑は続行された。
妙に痛いなと思ってエリーゼが振り返ると、振り下ろされているのは〈帰ってきたエセルスさん〉の平手ではない。
右腕は人の手を模したマニピュレーターではなく、大きな木製の板に換装されていた。
汎用性を捨て、尻を叩くことに特化した割り切り設計である。
その板には、小さい無数の穴が開いている。
空気抵抗を減らしてスイングスピードを上げるためのものだと理解した時、エリーゼは【ゴーレム使い】の鬼畜さに絶望した。
「あだーっ! そんな凶悪なもので叩いたら、お尻が割れちゃウギャー! もうしません! もうしませんからア゛ーッ!」
〈帰ってきたエセルスさん〉の打擲は、容赦がない。
叩かれる度に、丸いお尻が平らになってしまう勢いだ。
小さな子供のようにお仕置きされるエリーゼの側を、本物の小さな男の子が指さして笑いながら通り過ぎてゆく。
「ママ~。エリーゼ女王が、お尻ぺんぺんされてるよ~」
「コラ! 指差すんじゃありません! 人違いよ、人違い!」
こういう時、やたら顔と名前が売れているとつらい。
恥ずかしさのあまり、女王陛下の顔は真っ赤になる。
ついでに尻も。
100回も叩かれて、ようやくエリーゼは許された。
砂浜へと、静かに降ろされる。
普段から大きなエリーゼのお尻だが、水着の上からでも分かるほど腫れ上がってしまった。
彼女は地面に膝を突き、臀部を両手でさする。
その姿勢から、涙目で賢紀を見上げていた。
「ううっ、酷い。こんなのただの暴力よ。虐待よ。フリード神様に、密告ってやる」
暴力だという訴えを、賢紀は聞き流す。
彼は「お互い様だ」と、思っていた。
エリーゼも鉄ごしらえの鞘で、賢紀をぶん殴ってきたりするのだから。
だがちょっと気になっていたのが、姫様べったりであるアディの反応だ。
「姫様になんてことを!」と激怒しながら、銃を乱射してくるのではないかと賢紀は心配していたのだが――
「ふぉおおお~! お仕置きされて、半ベソをかいている姫様……。尊い……。尊いですわ!」
頬を両手で押さえながら、恍惚の表情を浮かべていたのでひとまずは安心。
「ああ……。昔を思い出しますわ。よくこうしてエセルス様にお仕置きされていた姫様のお姿を、こっそり魔道カメラで写真に収めたものでした。今でもその写真は、大切に保管しておりますの」
「……! ちょっとアディ! 何て恥ずかしいものを、写真に撮ってるの! 燃やしなさい! 今すぐその写真を、燃やしなさい!」
背が高いアディの首を、背が低いエリーゼは伸びあがって絞める。
それでも遠い目をして思い出し鼻血を垂らすケモ耳メイドは、もはや修正不可能な領域にいるのだと賢紀は理解した。
「そういえば……。エリーゼの監視を頼んだのに、ほっぽり出した奴がいたな」
【ゴーレム使い】と〈帰ってきたエセルスさん〉は、動きをシンクロさせてイースズを振り返る。
「……は!? あ……あたしも、お仕置きされるとね!?」
三ツ目ハーフエルフは、尻を押さえながら賢紀から逃げようとした。
そんな彼女に、〈帰ってきたエセルスさん〉はにじり寄る。
「当然だ。覚悟はいいか?」
「こ……心の準備が、まだ……。いやん!」
問答無用とばかりに、〈帰ってきたエセルスさん〉はイースズを脇に抱え上げてしまった。
賢紀は【ファクトリー】の能力を使い、お仕置き用ゴーレムの右手を木の板から普通の手に戻す。
その手で、イースズの腰に巻かれていたパレオをめくりあげてしまった。
「ひええ~」
覆うものがビキニだけになってしまったお尻が、怯えたようにプルンと震える。
そんなことはお構いなしに、〈帰ってきたエセルスさん〉は再び右手を木の板に換装した。
間髪を入れず、イースズの尻を打ち据える。
「ひぃいい! ごめんなさーい! もうせんけん!」
パーン! パーン! と木の板が尻に食い込む度、悲鳴を上げるイースズ。
しかし段々と、雰囲気が怪しくなる。
「んんっ♡」
「ああ~ん♡」
と、艶っぽい声が混ざり始めたのだ。
ここでようやく、賢紀は思い出した。
イースズが、ドMであることを。
彼女には何をやっても罰にならず、ご褒美になってしまうのだ。
諦めた【ゴーレム使い】は、お仕置きを中断。
〈帰ってきたエセルスさん〉を、【ファクトリー】へと戻す。
浜辺に下ろされたイースズは、四つん這いで尻を突き上げたまま賢紀を見上げた。
「はあ♡ はあ♡ はあ♡ 人前で、こんな高度なプレイを……。ケンキさんは、上級者過ぎるばい♡」
頬と耳と尻を赤く染めながら、熱っぽい3つの眼差しを向けてくる超上級者なドMスナイパー。
その変態っぷりに、賢紀はちょっと引いてしまった。
「も……もうお仕置きは終わりね? あたし悪い子だけん、もっと打った方がよかと思うばい♡」
エリーゼとアディが、残念なものを見る目をイースズに向ける。
もちろん賢紀も、「何で俺の周りは、こういう変な奴ばかりなんだ!」と胸の奥で嘆くのだった。
■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□
カモメの鳴き声と、小波の音。
それらをBGMに、夕暮れに染まったヤシの木の林を賢紀達一行は歩く。
すでに全員、水着姿ではない。
賢紀が出した簡易更衣室を使って、私服へと衣装チェンジ済みである。
メイド服が肉体の一部と化しているアディを除き、皆がアロハシャツと短パンでハワイアンにキメていた。
これも賢紀の【ファクトリー】内で、製作されたものだ。
「うう~、お尻痛い。こりゃ、玉座にも執務室の椅子に座るのも無理だわ。明日の仕事は、お休みね」
変な姿勢で歩きながら、堂々とサボり宣言をするルータス女王エリーゼ。
やる気の無い君主を戴いて、王国の未来は暗いのかもしれない。
「どうやらまだ、叩かれ足りないようだな?」
賢紀が完全に言い終わる前に、エリーゼはドビュンと駆け出した。
振り返ることもなく突っ走り、あっという間に豆粒となる。
彼女の愛機、〈テルプシコーレ〉の推進器全開加速を彷彿とさせる機動だ。
そんなやり取りを見ていたアディは、柔らかく微笑みながらそっと呟いた。
「平和……ですわね」
「ああ。取りあえず、今のところは……だがな」
賢紀は自らの足元、白い砂地へと視線を落とす。
現在ルータス王国とリースディア帝国は停戦状態であり、国交が回復したわけではない。
エルフの国であるフォーウッド精霊国では、着実に軍備が増強されつつある。
かつて獣人の国だったビサースト獣人国連邦跡地では、小競り合いが起こっているとも聞く。
帝国軍、フォーウッド軍、イーグニース共和国軍、獣人レジスタンス組織が衝突しているらしい。
このルータス王国も賢紀達も、いつ再び戦火に巻き込まれるかはわからないのだ。
「クハハハ! 何をしんみりと語っておる、【ゴーレム使い】よ。今はこの限りある平和な時代を、存分に堪能すればよいのだ」
背後から聞こえたグレアムの声に、賢紀は視線を上げた。
「……吾輩達の造り出したマシンゴーレムは、どう言い繕おうが兵器。人殺しの道具だ。どれだけ多くの人々の命を奪ったのか、見当もつかぬ。この平和は、そうした人々の屍の上に成り立っているのだ。無駄遣いすることは、許されぬ」
賢紀は振り返り、グレアムと視線を合わせた。
「グレアムさんの言う通りですね。この世界で生きたくても、生きられなかった奴もいる……。そいつが悔しがるぐらい、俺は平和を満喫してやりますよ」
「その意気だ。……ところで【ゴーレム使い】よ。吾輩のこの扱いは、何とかならんのか?」
グレアムは全身をミノムシのように鎖でぐるぐる巻きにされ、〈トニー〉の肩に担がれていた。
経緯はどうあれ密入国者には違いないので、拘束しないとエリーゼの立場がマズいのだ。
「すみません。林を抜けたら車両型ゴーレムを出しますので、それまで我慢して下さい」
「むう、今は仕方ないな。保釈されたら、研究者としてよい待遇を期待しておるぞ。給料などは最低限でかまわぬが、研究費は湯水のごとく使わせてくれると有難い」
高給を支払うよりも、よっぽど無理臭い要求をしてくるグレアム。
こうしてルータス王国は、安川賢紀、リッチー・レインに続く危険人物を抱え込むことになったのだ。




