おまけ2 真夏のビーチと【ゴーレム使い】(中)~ウボアー! 何よコレ?~
30分ほど眠った後、安川賢紀は目を覚ました。
ビーチチェアから上半身を起こし、周囲を見渡す。
賢紀の隣でビーチチェアにうつ伏せとなり、肌を焼いている娘が2人。
アディ・アーレイトと、イースズ・フォウワードだった。
エルフの肌は、日に焼けにくい。
なのでハーフであるイースズの肌も、小麦色になってくれるかどうかは未知数だ。
「ん? イースズ、戻ってたのか? エリーゼはどうした?」
「あー。エリーゼちゃんは、1人で乗りたいってたい」
イースズの返答に、嫌な予感が賢紀の脳裏をよぎった。
彼は、おそるおそる沖の方へと視線を向ける。
そこにはジェットスキーでド派手な機動を決める、エリーゼ・エクシーズ女王の姿があった。
高速域から、車体をドリフトさせてのスピンターン。
波に合わせてスロットルを開け、後方宙返りやバレルロールを決める。
本来こういったアクロバティックな技は、立った状態で操縦する1人乗りのスタンドアップタイプマシンでないと不可能なはず。
しかし〈スクアーロ〉が、極めて軽量なこと。
そしてエリーゼの運動神経が常人離れしていることにより、実現されてしまっていた。
人のいないところで走行してはいるものの、賢紀との約束を全然守れていないエリーゼ。
彼女は他の海水浴客達から脚光を浴びて、ますます調子に乗っているご様子。
当然、激オコのゴーレム使い降臨である。
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『エリーゼ。何をしている?』
備えあれば憂いなし。
〈スクアーロ〉には、魔道無線機も搭載済みだった。
スピーカー越しに響くのは、普通の人が聞けば冷静で無感情な声。
しかし賢紀の心を読むのが得意なエリーゼにとっては、「やば。めっちゃ怒ってる」と青ざめる声色だ。
「ケ……、ケンキ! 違うの! これは違うのよ!」
『ほう? 何がどう違うんだ? 説明してくれ』
お仕置き用マシンゴーレム〈エクスキューショナー君〉にこめかみをグリグリされた時の激痛が思い起こされ、なんだか本当に頭痛がしてきたエリーゼ。
そんな彼女が苦し紛れに言い放った、苦しすぎる言い訳はこうだ。
「これは……その……魔物よ! 魚型の魔物が出たの! 私はそれと、戦っていたのよ! いやー、もうホント大変! くっ! 手強いわ! コイツ!」
自分でも「無理があるわよね」と思いつつも、言い出した以上後には引けない。
エリーゼは戦闘継続中といった素振りで、見えない水中の魔物と戦う演技を続けた。
『見え透いた嘘を……。帰ってきたら、分かっているだろうな?』
スピーカーの向こうから、キュイーン! という絶望感漂うサウンドが聞こえてきた。
〈エクスキューショナー君〉の拳が、高速回転する音だ。
(か……帰りたくない! お仕置きは嫌ぁーーーー!)
だが、帰らないわけにはいかない。
怪物じみた戦闘力を誇っていても、エリーゼは陸上生物なのだ。
なんとかお仕置きタイムを先延ばしする方法がないか、思案しながら辺りを見渡していたエリーゼ。
すると彼女の目に、異様な物体が飛び込んできた。
鋭く飛沫を上げつつ、海面を高速で走る巨大な白い背びれだ。
「出た! 本当に出た! 『バキューム・シャーク』よ!」
バキューム・シャーク。
エンス大陸近海に生息する、サメ型の魔物。
普通のサメと大きく違うのは、全長20mにも達する巨大な体躯。
そして、牙がないこと。
彼らは大口を開けて、獲物を丸呑みにしてしまうのだ。
時折海水浴客や、漁師が飲み込まれてしまう事故も報告されている。
『戦うな、エリーゼ。今のお前は……』
「大丈夫よ! 剣がなくったって、あれくらいの魔物には負けないわ!」
長剣を振りかざして突撃することが多いエリーゼだが、彼女は優れた魔法の使い手でもある。
得物がないからといって、負ける要素は見当たらない。
そう考えたエリーゼは、賢紀の話を最後まで聞かなかった。
代わりに〈スクアーロ〉のスロットルグリップを、大きく捻る。
魔物との戦闘なら、思いっきり過激な操縦をする大義名分が立つというもの。
バキューム・シャークの背びれに向けて、ライムグリーンの車体が急加速。
正面からかち合うコースを選んだため、両者の距離はあっという間に詰まった。
『ォオオオオオオーーーーン!!』
エリーゼの内臓を、不快に震わせる雄叫び。
バキューム・シャークは大口を開け、海面から飛び上がる。
「フカヒレにして、美味しく食べてあげるわ! 【ヴァーミリオンストー……】」
【ヴァーミリオンストーム】。
エリーゼが使える魔法の中でも、1、2を争う火力を持った広域殲滅魔法だ。
広範囲に、炎の嵐を巻き起こす。
海水に濡れているバキューム・シャークでも、フカヒレを通り越して炭クズと化してしまうことだろう。
――というか炎が高温過ぎて、海で使えば水蒸気爆発の危険性が高い。
だがバカンスで浮かれまくっていた突撃女王様は、そこまで考えが至らなかった。
自由神の使徒たる賢紀ほどではないにしろ、常人とはかけ離れた魔力が体内を駆け巡る。
駆け巡った魔力は、エリーゼの左手に集中した。
サメの魔物に向かって突き出された、彼女の左手に。
しかし――
「えっ!? ウソ!? 何で!?」
左手に集めようとしていた魔力が、右手の方に――
右手で握り込んでいた、〈スクアーロ〉のスロットルグリップへと流れていってしまう。
「しまった! このゴーレムは、操縦者の魔力を吸って走行するタイプだった!」
〈トライエレメントリアクター〉という、莫大な魔力を発生させる動力源を積んだマシンゴーレムとは違う。
車両型やジェットスキー型などのゴーレムは、コンデンサに蓄えられた魔力と運転者の魔力を使用して動く仕組みだ。
散々派手な運転をして、魔道モーターを高速回転させ続けた〈スクアーロ〉。
そのコンデンサ内魔力残量はゼロ。
運転者のエリーゼから、魔力を吸わなければ走れない状態になっていたのだ。
エリーゼは思わず右手のスロットルグリップと、コンデンサの魔力残量メーターへと視線を走らせてしまった。
一瞬のことだったが、致命的な隙が生じる。
エリーゼがバキューム・シャークへと視線を戻した時、そこには大きく開かれた怪魚の口が迫っていた。
銀のおさげが水平になびくほどに、猛烈な勢いで風が流れる。
大気がサメの口内にある暗黒の空間へと、吸い込まれていく。
「真空鮫とは、よくいったものね……」
呆然とそんなことを呟いたエリーゼを、サメの魔物は〈スクアーロ〉ごと丸呑みにした。
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「そんな! 姫様が!」
賢紀の背後から、緊迫した声色でアディが叫ぶ。
現在賢紀は、予備の〈スクアーロ〉に跨っていた。
アディを後席に乗せ、エリーゼとバキューム・シャークの元へと駆けつけている最中だ。
(くそったれが! エリーゼ! 無事でいてくれ!)
内心はエリーゼの身を案じて、気が気ではない賢紀。
だがアディの目に映る【ゴーレム使い】の背中は、冷静そのもの。
偽りのアイアンハートを胸に秘め、波を切り裂き海面を飛ぶように疾走する。
「アディ。あのバキューム・シャークという魔物は、頑丈な部類なのか?」
「楯鱗と呼ばれる小さな鱗に覆われた肌は、かなりの防御力を誇ります。加えてあの巨体……。大口径を誇るわたくしのハンドガンでも、体の深いところまでは貫けないでしょう」
「そうか……。好都合だな」
「ええ。多少の攻撃では、腹の中にいる姫様を傷つける恐れはありませんわ」
アディの両眼に、危険な光が灯る。
獣人の戦士らしい、獲物を前にした狩人の瞳。
すでにその両手には、オートマチック式の大口径ハンドガンが握られていた。
得意の2丁拳銃で、マシンガン並みに銃弾の雨を降らせる気満々だ。
「アディ。弾幕頼むぞ」
「……えっ? ちょっと賢紀様?」
アディが戸惑った理由。
それは賢紀が〈スクアーロ〉のスロットルを戻し、減速したからだ。
速度を落とした漂流物は、高速で海中を泳ぐバキューム・シャークにとって無抵抗な餌でしかない。
サメの魔物はワンパターンにも、再び一直線に標的へと突進する。
アディは最初こそ賢紀の行動に戸惑っていたものの、すぐに気を取り直した。
何も心配は要らない。
賢紀が〈スクアーロ〉のスロットルを戻しグリップから両手を離したのは、強力な魔法を放つためだと気づいたからだ。
グリップから手を離しさえすれば、運転者が魔力を吸われることはない。
「ならばわたくしの役目は、魔法発動までの時間を稼ぐことですわね」
一旦深く潜航する、サメの巨体。
そして数秒後。
海面から、爆発的な水飛沫が巻き起こる。
位置は賢紀達から見て、9時方向。
30mほど離れた地点。
海面の獲物相手には必ず飛び上がり、上方から襲い掛かるのがバキューム・シャークの習性だ。
火を噴くアディの銃口。
大気どころか海面すら揺るがすほどに、重く大きな銃声が連続して響き渡った。
自分と賢紀の耳を、風魔法で遮音して保護することも忘れない。
色々残念なところもあるが、アディは優秀な戦士にして優秀なメイドなのである。
高速で飛び掛かって来るサメの瞳に向けて、アディは砲火を集中させる。
12.7mm弾の雨は、瞬く間にバキューム・シャークの視界半分を奪った。
サメの受難は、まだまだ続く。
今度は別の攻撃が、残されたもう半分の視界も闇に閉ざした。
これはアディの攻撃でもなければ、賢紀の攻撃でもない。
遥か後方。
浜辺のハーフエルフが放った対物ライフルの弾が、サメの瞳を貫いたのだ。
ビーチマット上でうつ伏せになり、鼻歌交じりでライフルのスコープを覗いているイースズ。
その姿を、賢紀とアディは容易に想像することができた。
視界を完全に奪われたバキューム・シャークは、戸惑いと痛みで仰け反る。
賢紀とアディへの攻撃も、中止してしまった。
尾から着水。
再びその身を、海中に沈めようとする。
しかしそうは問屋が卸しても、【ゴーレム使い】が許さない。
「凍てつけ。【プラチナムワールド】」
海が白く染まった。
波が――
鮫の巨体が――
時間が止まる。
賢紀がバカ魔力で放った氷結魔法により、瞬時に広範囲の海面が凍結してしまったのだ。
海中に逃げ込もうとしていた、バキューム・シャークの目論見は崩された。
巨体の下半分が凍結し、動きを封じられる。
かろうじて氷に飲まれるのを逃れた上半身も、寒さで動きが緩慢になっていた。
そこへ歩み寄る、黒い人影。
賢紀よりも少しだけ背が高く、太い体つき。
小型マシンゴーレム、〈トニー〉だ。
氷の大地を重々しく踏みしめて、動けないサメの巨体に近づいてゆく。
縦に2つ並んだカメラ――〈クリスタルアイ〉を無機質に光らせながら、トニーは拳を腰だめに構えた。
『口を大きく開けてもらおうか?』
〈スクアーロ〉のシート上から〈トニー〉を操っている賢紀が、魔道拡声器を通してサメの魔物に要求する。
同時に〈トニー〉の両拳が、赤い光を纏った。
〈トライエレメントリアクター〉が発生させる莫大な魔力を感知し、バキューム・シャークは怯える。
その顔面を〈トニーは〉――
殴る。
殴る。
殴る。
殴る。
殴る。
時々蹴り。
そしてまた殴る。
殴る。
殴る。
殴る。
殴る。
常人の目には、分身して見えるほどのスピード。
何tあるのか分からない巨大鮫の体を、軽々と揺さぶるパワー。
【ゴーレム使い】の意思が赴くまま、小さなマシンゴーレムは破壊の赤光を振り撒いてゆく。
――ちょっと殴り過ぎだ。
『よし。そのまま口を、開けておけよ』
顎の骨を粉々に砕かれ、バキューム・シャークはダラリと口を開いた。
意識を失いピクピクと痙攣していたので、口を開けておけという賢紀の指示が聞こえるはずもない。
賢紀は鮫の口内へと、〈トニー〉を突入させた。
視界を〈クリスタルアイ〉に【直結】。
賢紀自身は〈スクアーロ〉のシート上で目を閉じ、魔物の腹を探索する。
「……居た。だが、これは……?」
多少引っかかることはあったが、お目当ては見つかった。
数秒後。
〈トニー〉は再び、魔物の口へと帰還する。
2つの人影を、両脇に抱えて。
「た……助かったあ……。ウボアー! 何よコレ!? くっさい! お腹の中では気にならなかったけど、今の私メチャメチャくっさいわ!」
「落ち着け、エリーゼ。すぐ、綺麗にしてやる」
凍った海面の上に降ろされた、魔物の体液まみれのエリーゼ。
賢紀は浄化魔法と水を操る魔法の複合技で、彼女を洗濯してやる。
勢いよく水を浴びせられて、エリーゼは「ぐぺぺぺぺぺ!」と奇怪な叫び声を上げた。
ついでにバキューム・シャークの腹から救出した、もう1人の人物も。
こちらは失神したままなので、乱暴に洗っても抗議の声を上げることはない。
「ケンキ様! その方は!」
アディは驚きの声を上げた。
エリーゼもその人物を見て、目を見開く。
「ああ、そうだな。あの人で、間違いない。何で魔物の腹の中にいたのかは、分からないがな」
賢紀は【ファクトリー】からボートを出現させ、気絶したままの人物とエリーゼを乗せる。
それからロープを使い、〈スクアーロ〉とボートを連結。
イースズの待つ浜辺へと、帰って行くのだった。




