第129話 彼の見たかった景色~時空……魔法……?~
XMG-0〈タブリス〉から降り、魔国ディトナの大地に立ったニーサ。
すると、1人の魔族が近寄ってきた。
背中に生えた、黒鳥の翼が目を引く男性だ。
「初めまして、ニーサ・ジテアール殿。私の名は、アーラーン・ヤマハ」
アーラーンと名乗った彼は、爽やかな笑みでニーサに握手を求めてくる。
「私は魔国ディトナの僻地に研究所を構え、ひっそりと時空魔法の研究をしております。魔法の使い手としても帝国一である貴女が手伝ってくれるのなら、研究も捗るというもの」
「時空……魔法……? かつて時空魔王が操ったという、あの……?」
ニーサの声は、少しくぐもっていた。
安川賢紀から渡された、瘴気マスクを着用しているせいだ。
その賢紀が、アーラーンの身上について追加説明をしてくれる。
「そうだ、ニーサさん。アーラーンは時空魔王、トキコ・ヤマハから生み出された分身体の1人。いうなれば、魔王の息子だ。ルータス王国の第2妃だった、ティーゼ・エクシーズ……旧姓ティーゼ・ヤマハの弟に当たる」
「はっはっはっ! 姉上が他国に嫁入りしていたのを知ったのは、ごく最近です」
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このアーラーンという男は山葉季子の手により、ティーゼの次に生み出された。
彼の役目は、魔王陵の管理。
そして、時空魔法の研究を後世に残すこと。
しかしアーラーンは途中から魔王陵の管理が面倒臭くなり、ディトナ政府に運営を押し付けた。
身軽になった彼は、大好きな時空魔法の研究に没頭。
山奥の研究所へと、引きこもってしまったのだ。
定期的に墓参りするという、母との約束も忘れていた。
母の名前が「アクヤック・レイジョール」で定着しようとしている時も、「もう、その名前でいいんじゃね?」と放置。
そんな、親不孝息子だったりする。
200年ぶりに魔王陵の外へと出た季子が行方を探し出し、彼をボコボコに制裁した。
だが、あまり反省している素振りがない。
横で見ていた賢紀が、ちょっと引くほどの制裁だったのだが。
「まったく、誰に似たのやら」と、季子への冗談を言った賢紀。
すると魔王様は、刺すような視線で賢紀を睨みつけた。
「安川君に決まっているでしょう!」
季子がそう言いたいのは明らかだったが、賢紀は全く気付いていなかった。
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「ヤスカワ。私に時空魔法の研究を手伝わせ、最終的には何をさせようというのだ?」
「ニーサさん。俺は、荒木との約束を果たしにきた」
「……セナとの?」
「セナ・アラキは、俺がこの世界から連れ去ってしまった。だが無事に、地球へと帰還している。フリード神の話では、家族と再会し一緒に暮らしているそうだ」
「家族に会えたか……。良かった……」
「だがニーサさんを失って、奴はヘタれている。毎日メソメソと、泣いているらしい」
「ヤスカワ……。さすがにそれは、そなたが誇張しているだろう。確かにセナは、涙もろいところもあったが……」
「地球には、魔法がない。荒木が自力でこの世界に戻ることは、不可能だ。そこで根性無しのアイツは、みっともなく縋ることにした。こっちの世界にいる、ニーサさんにな」
「それで、時空魔法か?」
「そうだ。『自分からは、会いに行けない。だからニーサの方から、俺をエンス大陸に召喚してくれ』だそうだ。俺はできる限りニーサさんに、協力して欲しいと頼まれている」
「もし、セナの召喚に成功したら……。私と彼は再び大陸の制覇を目指し、そなたと戦うことになるかもしれぬ」
「ニーサさんは、もう皇帝陛下じゃないだろう? ……この大陸のどこかで、2人静かに暮らして欲しい」
「……そうだな。それも、悪くないかもしれん」
薄暗い牢獄の中で無力感に打ちひしがれ、ただ処刑されるのを待っていたニーサ・ジテアールはもういない。
賢紀達の前に、悠然と佇む姿。
かつて大陸制覇の野望を掲げ、覇道を突き進んでいた元女帝そのものだ。
――時空魔法を我が物にして、荒木瀬名と再会する。
強い決意に、目がギラギラと輝いていた。
「こうしてはおられんな。アーラーン! さっそく、研究所へ案内してくれ」
「まあまあ、ニーサ殿。そんなに慌てなくても……。地球への門を開く魔法は、すでに時空魔王だったママが完成させているんです」
気がはやるニーサを、アーラーンは鷹揚に手の平を振ってなだめる。
「兄上! その歳で、母上のことをママ呼びはやめるのじゃ! 気持ち悪い!」
横で聞いていたマリアがクレームを入れるが、彼は涼しい顔でスルーした。
「……ただ、課題もありまして。【魔王】の能力を持つママでないと扱えないような、複雑極まりない術式です。普通の人間や、魔族にも扱えるよう簡略化。地球から特定の人物を呼び寄せる術式に、アレンジするという研究が必要です」
「けっこう先が、長そうではないか。私達人間族の寿命は、そなた達魔族より短いのだ。さっさと研究を始めるぞ!」
「その前にもう1人、ニーサさんに用のある人がいる」
次に賢紀が紹介したのは、ドワーフ族の男だ。
水色の髪を、整髪料でツンツンに逆立てている。
この魔国ディトナでは、大気中の瘴気濃度が高い。
魔族以外の種族だと、生命活動に危険が及ぶほどにだ。
にもかかわらず、彼は瘴気マスクを着用していない。
「匂う……。お前からは匂うぜ。速い奴の匂いがな!」
「女性に対して、臭うとは失礼な! そういえばヤスカワ! そなたも牢で私の臭いを気にして、浄化魔法をかけたな? 2人とも、殴られる覚悟はできているな?」
ゴキゴキと拳の関節を鳴らして、威嚇するニーサ。
彼女から間合いを外しながら、賢紀は水色ドワーフの紹介を始めた。
「ニーサさん。こちらは、コージー・レインさん。マシンゴーレム用推進器技術の第一人者だ。それと彼は最近、レース用車両型ゴーレムの開発を進めている」
「レース? 確かセナが、地球でやっていた競技だな?」
「そうだ。ここにあるような周回路を猛スピードで走って、速さを競い合う。あいつはそのレースを幼い頃からやっていて、プロを目指していたそうだ。コージーさんは、その競技をこの国でも流行らせようとしているんだが……。少々、問題があってな」
「足りねえのさ……数が……。DRIVER……。SPEEDに全てをかける、CRAZYな奴らのな……。俺は……わかっちまった……。向いてねえのさ……DRIVERには……。だからMACHINEを託す……。SPEEDに祝福された、GOOD LUCKな奴に……」
「最初はうちのアディやイースズを、乗り手として紹介しようと思ったんだ。しかし本人達が、ディトナ暮らしを嫌がってな……。他に腕の立つマシンゴーレム乗りで、レース用ゴーレムに乗ってもいいって人を探している」
「ふむ。私にそのドライバーとやらを、やらせようというのか? セナのやっていた競技だから、興味はあるが……。私は時空魔法の研究で、忙しくなる。そんな時間は、取れないと思うが?」
オファーを断ろうとするニーサに対し、口を挟んだのはアーラーンだ。
「ニーサ殿。時空魔法の研究は、多大な魔力を使います。魔力回復を待たねばならないので、1日に進められる研究は微々たるものです。わりと空き時間ができると思いますから、その間はドライバーとして活動してはいかがですか?」
「ふむ……」
「それと、ニーサ殿の衣食住に関してなのですが……。ぶっちゃけるとウチの研究所では、給料が出せません。コージー殿のチームとドライバー契約をして、自分の生活費は稼いでいただきたいのです」
「……そのレース用ゴーレムとやらに乗るしか、選択肢はなさそうだな。……いいだろう。だが私は、車両型ゴーレムの運転経験が少ないぞ? 少しだけ、ゴーレムトラックのハンドルを握ったことぐらいしかない」
「ニーサさんなら、大丈夫だろう。GR-3で、あんな超スピードの戦闘機動をこなすんだからな。……ああ。それと帝国から撤退するときに、コイツをパク……預かってたんだ。返す」
賢紀の【ファクトリー】から出現したのは、ニーサの愛機GR-7〈ゲッカヴィジン〉。
そして操縦補助を務めていた、月の高位精霊フェンだ。
狼型の精霊である彼は、尻尾をぱたぱたと振りながらニーサに近づいた。
「姫! ご無事で何よりでござる」
「フェン! そなたも元気そうで、何よりだ。ずっとヤスカワの【ファクトリー】内にいたのか?」
「左様。……参りました。【ファクトリー】の中では、レオナ殿とマリア殿がしょっちゅう派手に喧嘩するのでござる。まあ美人精霊2人とご一緒できて、拙者はなかなか楽しくもあったのでござるが。はっはっはっ!」
「女好きなところは、相変わらずだな。……私はこれから、ディトナで暮らす。フェンも、ついてきてくれるか?」
「よろこんで! ……レオナ殿も一緒に、よろしいでござるか?」
フェンの提案に応じて、光の高位精霊レオナも【ファクトリー】から出てきた。
「正直私は、〈サンサーラ〉の中に残りたいのですが……」
「レオナ。俺は〈サンサーラ〉を、一生【ファクトリー】の中に封印するつもりだ。荒木が帰ってきても、渡さない。……だから、フェンと一緒に行った方がいい」
「そうですか……。私もあなたとは、一緒にいたくありません。セナをこの世界から追い出しておいて、自分だけのうのうと戻ってきた人なんかとは……。〈ゲッカヴィジン〉に、フェンと2人暮らしでは窮屈ですが……。我慢します」
「ふん。ニャン公……。元気でいるのじゃぞ」
相変わらず、口が悪いマリア。
だが彼女の表情は、少し寂しそうだった。
そんなマリアに背を向け、レオナはニーサの元へと飛行していく。
長い尻尾を、ゆらゆらと振りながら。
まるで人間が、別れの挨拶で手を振るかのように。
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これからの生活について、あれこれ話を続けるニーサ、アーラーン、コージー、そして精霊達。
彼らから離れ、賢紀とマリアはXMG-0〈タブリス〉の足元へと戻ってきていた。
そこには少し遠くからニーサを見守っていた、エリーゼ・エクシーズがいる。
「セナとの約束……ね。ケンキ……。セナは本当に、家族と再会できたの?」
賢紀は何も答えない。
だがエリーゼなら、答えなど聞かなくてもわかってしまう。
無表情な彼の瞳。
その奥にある、悲しみの色を見れば――
「……やっぱり、ケンキは嘘つきね」
エリーゼは、ニーサ達の方へと目を向けた。
新たな目標を前に、闘志をみなぎらせる元皇帝。
彼女の姿を見て、エリーゼはふわりと微笑んだ。
「……でも、優しい嘘だと私は思うわ」
エリーゼの言葉に、賢紀は少し背中が軽くなったような気がした。
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後にコージー・レイン達は、車両型ゴーレムによるモータースポーツを立ち上げた。
シリーズ名は、「レーシングゴーレム選手権」。
「レーシングゴーレム選手権」は、魔国ディトナで瞬く間に人気競技となった。
ディトナの人々は、新しい娯楽に飢えていたのだ。
これまで人気娯楽だった、魔王陵探索者ランキングが消滅してしまったせいである。
「レーシングゴーレム選手権」の観客動員数は激増し、多くのチームやスポンサーが参入。
レーシングドライバーは、国民的なヒーローへとなっていく。
やがて「レーシングゴーレム選手権」の話題は、他国へも広がり始めた。
3年後にはエンス大陸各国を転戦する、「エンスグランプリ」が開催される。
エンスグランプリ初代チャンピオンは、ニーサ・ジテアール。
政治的な理由によりリースディア帝国ラウンドを欠場したにも関わらず、彼女は年間チャンピオンの座に輝いた。
――第1回 エンス・グランプリ――
年間ランキング
1位 ニーサ・ジテアール
2位 デミーオ・スポルトス
3位 アディ・アーレイト
4位 GO☆RI
5位 …………
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失格 ケンキ・ヤスカワ
※重大な車両規定違反により、年間ランキングポイントを剥奪。以降、2年間の出場停止処分とする。




