第127話 エリーゼ・エクシーズからの御指名~それで充分だろう?~
背丈と顔だけみれば、12~13歳くらいにしか見えない少女。
さらさらとした長い銀髪を、風で微かになびかせた少女。
小柄な体に不釣り合いな、長剣を背負った少女。
緑色の勝気な瞳を、そっと閉じている少女。
そして、意外と泣き虫な少女であるはずの彼女――
エリーゼ・エクシーズは今、泣いてはいなかった。
胸の前で、組まれた両手。
何かを包み込んでいるようだ。
その何かに向けて、エリーゼは一心不乱に祈っている。
握り締めた手からは、細い鎖がはみ出していた。
鎖を辿ると、彼女の首へと掛かっている。
(あれは……? 俺が贈ったペンダント? 「星天使の涙」か?)
「目を閉じろ、ケンキ・ヤスカワ。耳を澄ませば、お前にも届くはずだ」
フリード神に言われるがまま、安川賢紀は瞳を閉じた。
視覚に頼らなくなると、聴覚が鋭敏になる。
自分の呼吸や脈拍の音に隠れて聞こえなかった囁き声を、賢紀の耳は拾い始めた。
小さな囁き声は次第に大きくなり、はっきりとした声になる。
大きく、鮮明な言葉。
まるでエリーゼが、すぐ背後から話しかけていると錯覚するほどに。
(ねえ、ケンキ。聞こえる? このペンダントをくれた時、あなた言ってたわよね? これには、念話の魔法が込められているって。だから信じているわ。私の心の声が、あなたに届くことを)
まだ別れてから、そんなに時間は経っていないはずだ。
なのにエリーゼの声を、賢紀はひどく懐かしく感じていた。
(セナを倒す方法が無くて、あなたが悩んでいたことには気づいていたわ。それでも私達を守るために、何かいい方法がないか必死で考え続けてくれたのよね?)
――やっぱり、エリーゼには気づかれていたか。
お前は俺の心を読むのが、得意だからな。
(あなた前に、言ってくれたわよね? 「フリード神様の使命が片付いても、地球には帰りたくない」って。だからセナと一緒に地球へ帰るというのは、凄く苦しい選択だったと思うの。それなのに「嘘つき」だなんて言って、ごめんなさい)
――謝るのは、俺の方だ。
せめてお前にだけは、相談するべきだった。
逆にお前があんなふうに、突然俺の前から姿を消してしまったら――
俺は無力感に、打ちひしがれていただろうからな。
(あなたが活躍してくれたおかげで、しばらくはリースディア帝国の侵攻に怯えなくて済みそうよ。ルータス王国と、フリード神様の信徒達は守られた。あなたは自由神の使徒としての使命を、立派に果たしたのね……)
――お前からストレートに褒められると、何だか照れるな。
【神の使徒】扱いしてくれたのは、最初だけだったし。
(出会ったばかりの頃、「ポンコツ使徒」なんて言っちゃったわよね。また「御使い様」って呼び方に、戻そうかしら?)
――やめてくれ。
そんな他人行儀な呼び方より、「ポンコツ使徒」って呼ばれたほうがマシだ。
ポンコツなのは、事実だよ。
俺は、大したことのない使徒だった。
使命を果たせたのは、仲間に恵まれたからだ。
特にエリーゼ。
お前がいなければ、俺は――
(……でも、ダメなの。ルータスが救われても、私は……。エリーゼ・エクシーズ個人は、ちっとも満たされない。もうこの世界には、あなたがいないから……)
――俺はそっちの世界にいると、滅亡をもたらす存在なんだ。
だから――
(ねえ、ケンキ……助けてよ。相手が帝国軍でも強大な魔物でも、今の私なら自分で何とかできる。だけど私は寂しがり屋で泣き虫だから、あなたがいない寂しさには打ち勝てない)
エリーゼは、泣いてなどいない。
しかしその表情はくしゃりと歪み、今にも泣き出しそうだった。
(……戻ってきてよ! また不愛想な顔を見せてよ! 馬鹿みたいに、マシンゴーレムに夢中になっている姿を見せてよ! またぶっきらぼうに、「エリーゼ」って私の名前を呼んでよ! お願い……。たすけて……)
賢紀は自分の心臓が、大きく脈打ったのを感じた。
今の「たすけて」には、聞き覚えがある。
「え? ……今のはまさか……?」
「作ったお前が、1番よく知っているはずだ。あのペンダントに付与されている念話の魔法は、『助けを求める思念』を飛ばすことに関しては相当に強力だ。そして『星天使の涙』が持つ魔法強化の特性と相まり、思念は時空を越えて相手に届く」
地球を旅立ったあの日。
深夜の住宅街で聞いた、助けを求める少女の声。
あの時は、気にも留めなかった。
1回目は、微かに「たすけて」と聞こえた。
そして2回目はハッキリと、「どうか助けて下さい」と聞こえた。
同じ声だったが、口調が違ったのだ。
「俺がフリード様の使徒に、選ばれたのは……」
「信徒である、エリーゼ・エクシーズからの御指名だったからだ」
「でも、それだと矛盾しませんか? 鶏が先か、卵が先かみたいな……」
「細かいことを、気にするな。エリーゼ・エクシーズが求めたのは、『自由神の使徒』ではない。『ケンキ・ヤスカワ』だった……。それで、充分だろう?」
「俺達異なった世界からの来訪者は、世界に滅びをもたらす危険な存在なんですよね?」
「あくまで、『そうなってしまったケースもある』というだけだ。必ずそうなるのなら、使徒の派遣はとっくに禁止されている。世界を管理する神が言うのも何だがな、滅びるのもその世界に生きている奴らの自由だし、それに抗うのも自由だ」
フリード神は賢紀を、スッと指差した。
「お前は向こうに戻った時、世界が滅びる方向に文明を誘導するつもりか?」
「そんなつもりはありません。ですがもし、そうなってしまったら……」
「ならばそうならないように、精一杯足掻け。子孫が滅びの道を歩まぬよう、自分の子や孫をしっかり教育しろ。それでもあの世界が、滅んでしまったら……。それは、お前のせいじゃない」
「地球には、親友の益城もいますし……」
「グン・マシキは、銃砲店開業のための勉強と資金集めで忙しい。お前が訪ねて行っても、ハッキリ言って邪魔だ」
不意に、フリード神の目つきが変わる。
いつものダルそうな目ではない。
それは柔らかく、優しい目。
「なあ、ケンキ・ヤスカワ。お前に『異世界へと戻り、信徒エリーゼを悲しみから救え』と命じるのは簡単だ。しかし俺様は、自由と解放を司る神。命令なんて最小限にして、後は使徒自身の自由意志に委ねたい」
「俺の……自由意志……?」
「そうだ。だから最後に、こう命じよう。好きなように生きろ。自分の心に、正直になれ。しがらみを捨て、やりたいことをやれ」
「俺のやりたいこと……。俺の夢は……」
「もう行け。異世界に戻るのならば、【ゴーレム使い】の能力はそのままお前にくれてやることができる。地球に戻るのなら、取り上げなければならないところだったがな……。今まで働いてくれた、給料代わりだ。持って行け」
自由と解放を司る神、フリードの使徒――
【ゴーレム使い】安川賢紀は静かに、深々と頭を下げた。
しばらくそうしていたが、やがて顔を上げる。
仕える神といちど目を合わせ、彼は踵を返した。
使徒としての使命から――
そして胸に秘めた葛藤から、解放された【ゴーレム使い】は走り出す。
自分が生きたいと願う、世界へと向けて。
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「ふう~。やっと異世界の方へ、帰る気になってくれたか……。危ないところだった」
思惑通りに、賢紀をエンス大陸へと送り返したフリード。
彼は額に流れる汗を拭いながら、安堵の溜息を吐き出した。
「地球へ戻るなら、【ゴーレム使い】の能力を取り上げなければならない」というのは、真っ赤な嘘だ。
現在のところ、いちど与えた加護を取り上げる方法は見つかっていない。
神々の力を、以てしてもだ。
加護が消えるのは、与えた神が消滅した時のみである。
賢紀が地球に帰っていれば、【ゴーレム使い】の能力はそのままになるはずだった。
地球では、魔力の源になる魔素が存在しない。
なので全ての能力が、そのまま使えるわけではない。
だが【言語理解能力】や、【ファクトリー】への収納はそのまま使えてしまう。
そんな能力を持つ者がいれば、社会は大混乱に陥るだろう。
そうなった時にアフターケアをするのは、地球を担当する神々ではない。
使徒に力を与えた神に、責任があるという決まりになっていた。
「そんな面倒な仕事、俺様は絶対にゴメンだからな」
そして賢紀が地球に帰るのを、絶対に阻止したかった理由がもうひとつ。
フリードは尻ポケットから、スマートフォンを取り出した。
賢紀が地球で使っていたものだ。
【神の加護】を与え服装が変わった時から、ずっとフリードが預かっていた。
自由神は画面をタップし、ゲームを起動させる。
賢紀が少しだけプレイしていた、ソーシャルゲームだ。
フリードは賢紀のアカウントを引き継ぎ、ちょっとだけプレイするつもりが――ドハマりしてしまった。
「すまん、ケンキ・ヤスカワ……。ちょっとだけ課金するつもりが、お前の銀行口座が空になるまでガチャをぶん回してしまった」
賢紀はロボのプラモを買うぐらいしか、お金を使う趣味がない。
生活も質素だったので、若者にしては貯蓄がある方だったのだ。
「いや、だっておかしいだろう? あんなに使えないキャラばかりダブるなんて、絶対に不正だ。お前の口座の、仇は討ってやるぞ。ゲームの運営責任者は、神罰で巻き爪にしてやるからな」
フリード神はスマホを、ソファの上にポンと投げ捨てた。
「あー。これから先は、無課金プレイか……。時間が掛って面倒だが……まあいい。
ソファの背もたれに体を預け、自由神は空を見上げる。
「リースディースが悠久牢獄から出てくるまで、気が遠くなるほど時間がある。のんびりプレイしながら、アイツを待つとするか」




