第126話 憔悴の自由神~俺にどうしろっていうんですか?~
そこは賢紀が異世界召喚される前に立ち寄った、自由神フリードの住まう神殿だった。
「ここを訪れるのは、久しぶり……いや。まだ、1年ぶりぐらいか? あれから随分と、長い時間が流れたような気がする」
初めて訪れた時と、景色は変わっていないのか。
もうそれすらも賢紀は、あまり思い出せない。
(そして……ウチのボスは、こんなに煤けた雰囲気の神様だっただろうか?)
パルテノン神殿もどきの建造物。
その真ん中に置かれたソファに腰掛けているのは、自由と解放を司る神。
自由神フリード。
賢紀に【ゴーレム使い】の能力を授け、異世界へと送り出した存在だ。
賢紀は記憶を掘り起こし、彼の姿が最初に出会った時と同じであることを確認する。
相変わらずの、ホスト風ファッションだ。
あの時のフリードは、どこか余裕があった。
自分が消滅の危機に、晒されていたというのにだ。
しかし、今は違う。
自由神は無精ヒゲを生やし、憔悴しきった顔で項垂れていた。
よく見れば薄紫色のワイシャツも皺だらけになっており、以前よりも力を失っているようにすら感じる。
賢紀達がルータス王国を奪還したことにより、信徒の数は少し戻った。
フリードの力は、回復傾向にあるはずなのだが――
「ケンキ・ヤスカワか……。ご苦労だった。お前の活躍により、信徒達からの信仰心は徐々に回復している。リースディア帝国の力を大きく削げたおかげで、今後しばらくは帝国の侵攻を心配する必要はない」
賢紀は驚いた。
神であるフリードが、ただの人間に過ぎない自分に頭を下げたからだ。
「すまなかったな……。お前に聞かせた、異世界の情報は古かった。リースディースがあちらの世界にジャミングを掛けていて、力の弱った俺様では見ることができなくなっていたんだ。そんな不利な状況の中、お前は本当に良くやってくれた」
明るいニュースのはずなのに、自由神の口調は疲れ切っていた。
「色々と、俺様に聞きたいことがあるようだな?」
「ええ。どれから聞いたものか……。浮気相手のグレースさんとやらは、どうしたのですか?」
「お前……。最初の質問が、それか? トキコ・ヤマハと再会した時といい、もう少しマシな質問から入ったほうがいいぞ? ……グレースには、振られた。『やっぱりオッサン神より、若い神がいい』だそうだ」
「年甲斐もなく、若い子と浮気なんてするからですよ。リースディース様って、凄い美人だって聞きましたよ? そんな奥さんがいるのに、浮気だなんて……」
「アイツの愛は、重い……。俺様はその重さに、疲れていたんだ。だが、居なくなって初めて気づいた。多少重い女でも、アイツは大切な存在だったんだと……」
「居なくなって? リースディース様は、どうされたのですか?」
「アイツは……。悠久牢獄という、神や精霊用の牢に封印された。数千、あるいは数万年は出てこれない。罪状は、違法な使徒の派遣。セナ・アラキを送り込んだことは、神々の規定に違反していた」
賢紀の脳裏にこだましたのは、ハイエルフのゼフォー・ベームダールが語った言葉。
(神々の存在が消滅するような危機に陥った時のみ、異なる世界から召喚されるという。管理する世界への過干渉が禁止されている神々の取り決めにおいて、例外的存在……)
「……そうか。リースディース様は、消滅の危機だったわけではない。荒木を遣わしたのは、違法だったのか。……荒木の奴は、そのことを知っていたのでしょうか?」
「いや。知らされていなかっただろうな。自分が違法な存在だと知らぬままに戦い、消滅していった……。思えば、気の毒な男だったな。奴を不幸にしてしまったことには、リースディースも責任を感じていた」
「ちょっと待って下さい。消滅? 死亡ではなくて?」
「セナ・アラキは、完全に消滅した。魂レベルでバラバラになり、再生は不可能……。もう二度と、輪廻の輪に戻ることはできない」
「そんな……。それはあんまりでしょう? アイツの人生は、何だったんだ! 救いがなさすぎる……」
「神々の間でも、そう思う者が多かった。だからリースディースの罪も重くなったし、アイツも甘んじてそれを受け入れた」
「そんなの……。とても荒木の家族には、聞かせられない」
「地球へ戻って、セナ・アラキとトキコ・ヤマハの家族に会うつもりのようだな? やめておけ。あの2人とお前の痕跡は、今の地球には存在しない」
「どういうことですか?」
「言葉通りだ。異世界に、使徒として召喚された時。あるいは転生し、向こうで使徒として覚醒した時。お前ら3人は、地球では『生まれてこなかった』ことになっている。家族に会って話をしようとしても、息子や娘がいたことなど憶えてはいない」
一瞬だけ、賢紀は思ってしまった。
その方が、家族は幸せなのかもしれないと。
娘が事故で死んだという記憶や、息子が罪も無い人を殺めてしまった記憶など無くなってしまった方が――
だがすぐに、彼は自分の考えを強く否定する。
(いいや! そんなことはないはずだ! どんなに辛い思い出だろうが、存在していなかったことにされるなんて……。それは、悲しすぎるだろう)
ふと、賢紀は気付いた。
「そういえば……。俺が地球に戻った時は、どうなるんですか? 山葉や荒木の記憶を、失ったりするんですか?」
「いや、記憶を失ったりはしない。生きてるお前は、あの2人とは扱いが違う。地球に帰還すれば、ケンキ・ヤスカワという人物の痕跡は元通りだ。周りの者達の記憶も戻るが……。本気で地球に、帰るつもりか?」
「誰かが山葉季子や、荒木瀬名の人生を憶えておいてあげないと、可哀そうじゃないですか。それに俺は地球に戻って、やらなきゃいけないことがあるんです」
「エンス大陸から転移して来る時、変なことを考えていたようだな? 何が『この物語を書き上げて、小説投稿サイトにアップしよう』だ。お前のような素人が投稿したところで、誰が読んでくれるものか。連日プレビューゼロの、ブックマークゼロだ。小説投稿サイト舐めんな!」
まるで投稿経験があるかのように、フリード神は賢紀を諭した。
「勝手に人の頭の中を、覗かないで下さい」
「ふん。お前がどうしても地球に帰るというのなら、その前に見せたいものがある」
フリードがパチンと指を鳴らすと、空中に映像が浮かび上がった。
まるで映画館のスクリーンだ。
「これは……? エリーゼ……」
映し出されたのは、リースディア帝国首都ルノール・テシア。
賢紀と瀬名が戦った跡地だ。
そこには、エリーゼの姿があった。
アディとイースズもマシンゴーレムを降り、合流している。
イースズ・フォウワードは、号泣していた。
地面に膝を突き、3つの瞳から涙を流して慟哭する。
多すぎる涙で、彼女の服はびしょびしょに濡れていた。
『何で……何で黙っておらんごつなってしまったとね!? ケンキさん! ケンキさん!』
(そんなに泣くなよ、イースズ。脱水症状になっちまうぞ)
もうこれ以上、彼女の痛ましい姿を見ていられない。
そんな賢紀の思考に呼応するかのように、映像のカメラアングルが変わった。
今度はアディが、映し出される。
アディ・アーレイトは、激怒していた。
『出てきなさい! ケンキ・ヤスカワ! 今日という今日は、許しません! 射殺します! ……こんなに姫様を悲しませるなんて、そんなの許されるはずがありません! ……さあ! 出てきなさい! 出て来ないなら、射殺しますわよ!』
上空に向け、ハンドガンを乱射するアディ。
その形相は、怒りというよりも悲しみに染まっていた。
(やめろ、アディ! 銃声を聞きつけた、帝国軍の生き残りが集まってくるかもしれないし、弾がもったいない。それに出て行っても出て行かなくても射殺されるなら、俺にいったいどうしろっていうんだ?)
最後に、エリーゼの方へとカメラが向かう。
賢紀はそれに耐えられず、映像から目を逸らした。
「フリード様、映像を止めて下さい。エリーゼの泣き顔なんて、俺は見たくない」
「よく見ろ。彼女は、泣いてなんかいない」
賢紀はおそるおそる、映像の中のエリーゼに視線を向ける。
彼女は――
エリーゼは――
泣いてなどいなかった。




