第122話 【ゴーレム使い】の決断~なんでそなたは平然としていられる!?~
――このまま打ち合い続けるのは、不味い。
乱れた呼吸を、整えなければ。
それがエリーゼ・エクシーズと、パートナーである土の高位精霊ヨルムが出した結論。
一旦距離を取ろうと飛び退くが、ニーサ・ジテアールはそれを許さない。
GR-7〈ゲッカヴィジン〉の右目にマウントされた、小型プラズマガン〈エレクトリックアイ〉が連射された。
エリーゼに、ひと息つく暇など与えない。
RHR-1〈テルプシコーレ〉は推力偏向ノズルと〈重力制御装置〉を巧みに操り、地上を――そして空中を自在に舞う。
「踊りの女神」という機体名に恥じない、華麗な戦闘機動。
だが〈ゲッカヴィジン〉による〈エレクトリックアイ〉の連射が、ダンスのリズムを少しづつ狂わせ始める。
「姫! プラズマガンの発射間隔が短すぎて、冷却が追いつかぬでござる!」
「ここが正念場だ! フェン! 何とかもたせろ!」
「しかたないでござるな。〈クーリングエクステンション〉展開。放熱モード」
フェンの声に合わせて、〈ゲッカヴィジン〉の後頭部が開いた。
そこから展開されたのは、細長い無数の繊維状ケーブルだ。
さらに背中と肩に搭載されている小型ファンが回転し、風を送った。
長い金髪に見えるこの〈クーリングエクステンション〉は、その名の通り放熱用パーツ。
冷却ファンの風を受けて、美しくなびく。
その姿は、操縦者であるニーサと瓜二つだ。
彼女が早足で歩く時も、風を受けて同じように髪が流れる。
エリーゼは〈エレクトリックアイ〉の連射を捌き切れず、機体バランスを崩してしまった。
一瞬だけ、硬直する〈テルプシコーレ〉。
一瞬でも、ニーサと〈ゲッカヴィジン〉にとっては充分過ぎる時間だった。
「ここだ!」
斬り込む! という決断。
同時に時間が消し飛ばされ、景色が変る。
後には刀を抜いたまま、残心を取っていた〈ゲッカヴィジン〉。
ニーサが得意とする、片膝が地面に着くほど低い片手抜刀。
それを振り切った姿勢だ。
〈テルプシコーレ〉の姿は、ニーサの眼前にない。
約200mと表示されていた敵機との距離カウンターが、ワンテンポ遅れてゼロを表示。
そして次の瞬間には、再び200m台を表示する。
「なんという動きだ……。あそこから、前に突っ込んで来るとは……」
「〈クーリングエクステンション〉を、バッサリやられたでござる」
〈ゲッカヴィジン〉の後頭部にあった長い金髪は、根元から切り落とされていた。
2機が交錯する直前、〈テルプシコーレ〉は跳躍。
背中の推進器を、左右別方向に噴射した。
それにより機体を高速ロールさせながら、〈魔剣イクオス〉による1撃を放ってきたのだ。
だが〈テルプシコーレ〉の方も、無傷とはいかない。
ニーサは振り返り、敵機を確認する。
背部から突き出ていた4基のユニット、〈重力制御装置〉のうち1基が切断されていた。
「お互い、損傷は軽微。戦闘続行は、可能……か……」
2機のマシンゴーレムは再び剣を構え、対峙した。
そのまま両者はピクリとも動かず、静かな時間が流れる。
時折、遠くから戦闘の轟音が届いた。
しかし、散発的なものだ。
静かなる2人の戦場を、かき乱すほどではない。
だが静寂の中で、徐々に何か振動音のようなものが聞こえ始めた。
「ふっ。私とエリーゼが放つ闘気に、大気と大地が震えているのか……」
「そんなわけないでござる! 本当に、何か向かってくるでござるよ!」
フェンに指摘されて、ようやくニーサも異変に気付く。
「あれは……セナとヤスカワ!」
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雲が晴れ、青から金色へと移り変わる過渡期の空。
見上げればそこに、絡み合いながら落下してくる物体があった。
黒と白。
2機のマシンゴーレム。
XMG-0〈タブリス〉と、GR-9〈サンサーラ〉だ。
どちらも酷い損傷を受け、満身創痍。
飛行できるのが、不思議な状態だった。
ルノール・テシア宮殿前には、道幅の広い幹線道路が伸びている。
そこに2機は、落下した。
道路に叩きつけられる直前、下になっていた〈サンサーラ〉は推進器を噴射。
衝撃の軽減を試みるが、勢いを殺しきることはできない。
白き天使は、舗装を抉りながらの荒い着陸となった。
そのまま2機は、激しく火花を散らしながら道路上を滑走。
ゲートを破壊して、宮殿の敷地内まで滑り込んでくる。
〈サンサーラ〉を機能停止させるべく、馬乗りの状態で片手を振り上げる〈タブリス〉。
もう手は、片方しか残っていないのだ。
しかし拳が振り下ろされる前に、〈サンサーラ〉は上半身を起こしながら頭突きを入れた。
仰け反る〈タブリス〉。
互いに頭部へのダメージを受け、電光を迸らせながら〈クリスタルアイ〉が割れる。
機体の姿勢制御を司る、〈魔道演算機〉もダメージを受けていた。
両者共に、動きがぎこちなくなっている。
それでも、フラフラと立ち上がる2機。
突然〈サンサーラ〉の胸部装甲が吹き飛び、操縦席が露になった。
パイロットの荒木瀬名が緊急脱出用の炸薬を使い、自ら搭乗ハッチを切り離したのだ。
カメラが壊れ、視界を失ったための措置だった。
瀬名は重傷を負い、口から血を流していた。
しかし未だ健在で、瞳に宿る闘志も消えていない。
もう一方の〈タブリス〉は、ハッチを開けたりしていなかった。
こちらもメインカメラを破壊され、視界を大幅に制限されているはずだ。
自由意志の鬼神はユラリと起き上がったものの、明後日の方角を向いている。
敵機の姿を、見失っているかのような動きだった。
〈サンサーラ〉の拳が、青白く輝く。
素手への魔力伝導。
魔力コントロールを間違えば、マニピュレーターを破壊してしまう危険がある超高等技術だ。
今の瀬名は、それを完璧にコントロールできるレベルのパイロットになっていた。
『おおおおおおーーっ!』
雄叫びを上げ、〈タブリス〉に向かって突進する瀬名。
機体の集音魔道機や、拡声魔道器は生きているらしい。
瀬名の叫びは大きく増幅され、帝都ビル群の谷間に響き渡った。
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安川賢紀と荒木瀬名の死闘。
その様子を横目でちらりと窺いながら、ニーサは違和感を覚えていた。
(なぜだ……? エリーゼ・エクシーズ? ヤスカワが今にもやられそうなのに、なぜそなたは微塵も気にしない?)
〈テルプシコーレ〉の視線は、〈タブリス〉の方に全く向かない。
ただただ中段に構えた〈魔剣イクオス〉の切先を、〈ゲッカヴィジン〉へと突きつけていた。
「姫。〈テルプシコーレ〉に、集中するでござるよ」
「フェン、わかっている」
わかっていると答えながらも、ニーサの精神は徐々に乱れてきていた。
(早く〈テルプシコーレ〉を片付けて、セナの援護に向かいたい。……しかし、今のエリーゼには隙が無い)
金属のひしゃげる音が、響き渡る。
『ぐっ! カメラは壊れているはずなのに……。何で見えるんだ?』
瀬名の声が耳に入ったニーサは、もう自分を抑えることができなかった。
目の前の敵機から視線を逸らし、瀬名の方を見てしまう。
〈ゲッカヴィジン〉の映像投影魔道機に映ったのは、コックピットを貫かれた〈サンサーラ〉の姿。
魔力を伝導して赤く輝く、〈タブリス〉の貫手が突き刺さっていた。
白い機体に瀬名の鮮血が飛び散り、凄惨な光景を作り出している。
「セナ!」
「いかん! 姫!」
フェンの声に反応し、ニーサは視線を〈テルプシコーレ〉へと戻す。
見えたのは眼前に迫った、〈魔剣イクオス〉の切先だった。
緑色に輝く刃で頭部を貫かれ、〈ゲッカヴィジン〉は機体の制御を失う。
ノイズで乱れる、メイン映像投影魔道機。
その中で未だ〈ゲッカヴィジン〉から注意を逸らさないエリーゼに向かい、ニーサは問いかけた。
『なんで……? なんでそなたは、平然としていられる!? 愛する男が、死んでしまうかもしれないという時に!』
超再生能力【不屈】を持つ瀬名は、どんなにやられても死なない不死の【英雄】。
そんなことはわかっていたのに、ニーサは怖かったのだ。
瀬名が戦いの中で、苦痛を受けるのが。
敗北して、無力感に打ちひしがれるのが。
瀬名が受ける苦しみを、そのまま自分の苦しみとして感じてしまう。
愛するというのは、そういうことだとニーサは思っていた。
だからこそ、理解できない。
目の前の少女が愛する男の危機に、少しも心を乱していないことが。
【ゴーレム使い】は【英雄】と違い、不死ではないというのに。
ニーサの問いに、エリーゼはきっぱりと言い切った。
『ケンキ・ヤスカワは、【ゴーレム使い】! マシンゴーレム同士の戦いで負けるなんて、あり得ない!』
エリーゼの回答は、ニーサを敗北感の底へと突き落とした。
「そうか……。私はセナへの信頼が、足りなかったのか……。不死の英雄の力を……セナ・アラキという男を、信じきれていなかった……」
「完敗でござるな……」
「そうだな……負けたよ……。マシンゴーレムパイロットとしても、女としても……」
全ての映像投影魔道機が消失し、魔力回路も死んだ。
暗闇に包まれたコックピットの中で、ニーサは静かに項垂れるしかなかった。
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〈タブリス〉の貫手で、肉体の左半分を抉り取られた瀬名。
しかし彼の体は、既に再生を始めていた。
「テスラの大森林で見た時より、再生が速い。急がないとな」
頭痛を振り払いながら、賢紀は〈タブリス〉のコックピットから飛び降りる。
この頭痛は〈タブリス〉の高度な魔力センサーと【直結】して、見えない〈サンサーラ〉の位置を探った代償なのか。
それとも流血を生じている、頭部の負傷からくるものなのか。
今の賢紀には、判断している暇などなかった。
「〈サンサーラ〉には、近づかせません!」
光の粒子を纏った白猫――光の高位精霊レオナが、賢紀の行く手を阻もうとした。
だが闇の高位精霊マリアが、〈タブリス〉から飛び出してきて割り込む。
「おおっとニャン公! お主の相手は、妾じゃ! ……ケンキ! 早く行くのじゃ! セナ・アラキが、再生してしまうぞ!」
レオナの相手をマリアに任せ、賢紀は走り出す。
駆け寄った先は、仰向けに倒れ機能停止している〈サンサーラ〉の足元だ。
賢紀が〈サンサーラ〉の脚部に素手で触れると、ジュッという音を立てて皮膚が焼けた。
足裏に仕込まれた、推進器の熱によるものだ。
(ぐうっ! 魔法で冷やしたり、火傷を癒したりしている時間は無い)
熱さと激痛に耐えながら、賢紀は【ゴーレム使い】の能力を行使した。
生身で敵機に触れる必要があるため、マシンゴーレム同士の戦闘が著しく高速化した最近では出番がない能力だ。
「【ゴーレム分解】」
〈サンサーラ〉は、バラバラに解体された。
全てのマシンゴーレムは錬金術による解体等への対策が施されているはずだが、ほとんど抵抗される感覚がない。
〈サンサーラ〉がすでに、機能停止していたためだろう。
あとに残ったのは、右半身だけになったパイロットの瀬名。
そして賢紀が意図的に解体せず残した、動力源の〈トライエレメントリアクター〉だけ。
「安川……。〈サンサーラ〉のリアクターだけを残して、何をする気だ……?」
瀬名の襟首を、賢紀は掴み上げる。
左半身を失って軽くなった体は、常人の筋力でも持ち上げることができた。
まだ闘志を失わない瀬名の瞳を、見つめながら。
そしていつもの抑揚がない声ではなく、諦めと悲哀のこもった声で賢紀は告げた。
「荒木……。俺と一緒に、地球へ帰ろう……」




