第120話 頭の中の泣き言~もうちょっと頑張ろうか?~
最大出力で発射された〈リインカネイター〉により、海は大きく抉られていた。
引力の存在を思い出すかのように、海水が巨大な爪痕に流れ込む。
水面が修復されていくが、あまりに壮大なスケールのためゆっくりとだ。
〈リインカネイター〉の射線上だけは、青空が広がっていた。
鉛色の雲は吹き散らされ、太陽の光が降り注いでいる。
『資格だのなんだのと、面倒臭い奴だな……。「乗りたいから乗る」。それでいいだろ?』
〈サンサーラ〉の操縦席で、操縦補助を務めていたレオナは驚いた。
たった今、地上から消滅させたはずである敵操縦者からの通信だったからだ。
「セナ! 頭上に反応! 〈タブリス〉は、無傷です!」
レオナは安川賢紀の生存に驚いたが、荒木瀬名は動じていない。
『空間歪曲障壁で一瞬俺の視界が歪んだ隙に、入れ替わったんだろう?』
瀬名の〈サンサーラ〉はゆっくりと頭部を動かし、上空を見上げる。
そこには腕を組んで佇む、漆黒の鬼神の姿があった。
『荒木はあまり、驚いていないようだな?』
『驚いているよ。自分の機体と細部までそっくりな囮を用意して、【ファクトリー】から出すなんてアイディアに。まあ蹴飛ばした時に軽かったから、わかったけどね』
『さっきの話の続きだ。「乗りたいから乗る」、それじゃダメなのか?』
『乗り手というものは、いつも色んなものを背負ってシートに収まるもんだ。地球でレースやっている時からそうだった。今も〈サンサーラ〉は、パイロットの俺以外にも色んなものを乗せて飛んでいる』
ニーサ・ジテアール帝の夢。
帝国民の人生。
機体を作ってくれた、グレアム・レインの想い。
リアクターコアに使われている、邪竜王ディアブロと光竜王テスタロッサの魔石。
『そんなにいっぱい積み込んだら、重量オーバーで運動性が落ちるぞ。開発側は、いつも苦労して軽量化しているのに……』
『君の〈タブリス〉だって、スペック以上に重いはずだ。自覚していないのか? エリーゼ女王の命を、一緒に乗せていることを……』
『…………』
『たとえ今回は無事に女王が撤退できたとしても、いつか俺は彼女を殺す』
『……だろうな。エリーゼが生きている限り、帝国による大陸統一の障害になる』
『彼女だけじゃない。アディ・アーレイトとイースズ・フォウワードもだ。人間族ではない上に、帝国に甚大な被害をもたらした2人だぞ? どんなに優秀なパイロットでも、もう引き抜かれることはない。捕まれば、かなり残虐な方法で処刑されるだろうな』
【ゴーレム使い】は、返事をしない。
いつも何を考えているのか分からない男だが、今なら瀬名にも分かる。
仲間が不幸になる未来を想像し、恐れているのだ。
『君が負ければ、君にとって大事な人達が命を落とすか不幸になる。それでもまだ、最後のカードとやらを切るのをためらうのかい?』
そこまで告げてから、瀬名は通信用マイクをOFFにした。
レオナとの会話を、賢紀達に聞かせぬように。
「セナ! なぜわざわざ相手に、『最後のカード』とやらを使わせるような言動を取るのです!?」
「いくつかヒントはあった……。『できれば使いたくない』。『大きな対価を支払わなければならない』。そして空間転移弾頭ミサイルや、異空間へ封印する装置の技術……」
「……まさか! 相手の切り札とは、自爆型の空間転移兵器……!?」
「その可能性が高い。そんな物騒なものは、このアルピース湾洋上で使わせてしまいたい」
「……わかりました。間違っても、帝都近くで使わせるわけにはいきませんね」
「さっき空間転移弾頭ミサイルの反応は、データベースに登録したと言っていたね? 似たような反応が出たら、全速離脱だ」
「了解しました」
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XMG-0〈タブリス〉のコックピットで、パイロットの賢紀は俯いていた。
相変わらずのポーカーフェイス。
しかし無表情な彼の感情を読むことに長けた山葉季子は、その裏側にある葛藤を見抜いてしまう。
「……安川君、迷っているね? 迷いがあるなら、きっと使わない方がいいよ。他の手段を探そう? ここであの〈サンサーラ〉を全損させ、【ファクトリー】に入れてかっぱらうの。そして荒木瀬名を分子レベルまで粉々にすれば、再生するまでは時間が稼げる」
「だが奴は何度でも蘇り、再び俺達に襲い掛かる。グレアム・レインはそのうち〈サンサーラ〉よりも強い機体を生み出し、それを荒木に託すだろう」
「その度に、返り討ちにすれば良いのじゃ! なんかよくわからんが、その切り札とやらは嫌な予感がする……。妾も使用には、反対じゃ!」
「どちらにせよ、相手をもっと弱らせる必要があるな……」
賢紀は再びマイクをONにして、宣言した。
『おい、荒木。今までグダグダして、悪かったな。全力で、相手をしてやる。……マリア。〈フォールンモード〉』
「気絶するでないぞ! 〈フォールンモード〉!」
〈タブリス〉の背中に生えた、6枚の黒い翼。
これは1枚1枚が出力偏向機能を持つ、推進器ユニットである。
〈フォールンモード〉発動により、6枚の翼はそれぞれが2つに分かれた。
〈タブリス〉は計12枚の翼を持った、堕天使へと姿を変える。
帝都まで届きそうな轟音を上げ、加速した〈タブリス〉。
大気の壁を突き破り、衝撃波が発生する。
〈タブリス〉は最新式の〈空気抵抗低減魔道機〉で、大気の壁を散らしている。
そのため音速を超えただけでは、衝撃波が発生しない。
なのに衝撃波が発生したということは、音速の何倍もの速度に到達した証だ。
『くっ! このっ!』
あまりの速度差に、〈サンサーラ〉は迎撃する余裕が無い。
動体視力と反応速度の化け物である、瀬名が操縦しているのにもかかわらずだ。
漆黒の鬼神は白き天使の背中を追いながら、アサルトライフルによる射撃で追い立てていく。
〈サンサーラ〉のいかなる機動にも、ピタリと追従していく〈タブリス〉。
だがそのコックピット内では、パイロットの賢紀が必死で自分との戦いを繰り広げていた。
遠のく意識を、手放さぬように。
(ぐっ……! キツイな……。〈タブリス〉の〈慣性緩和魔道機〉は、現時点で大陸最高の性能なのに……。何Gかかってるんだよ? コレ?)
「ケンキ! 頭の中の泣き言が、妾達にも聞こえておるぞ!」
「ごのぐらい、だいじだごど……」
強烈なGで口が思うように動かず、唸るような声になってしまった。
それでも賢紀は一応、強がってみせる。
だが思考をリンクしている季子とマリアには、賢紀の気持ちが正確に伝わってしまっていた。
「安川君。泣きたくて、吐きたくて、漏らしそうなのね? もうちょっと、頑張ろうか?」
格好つけたくても、つけさせてもらえない。
スピリット・アシステッド・インターフェースというシステムに、賢紀は見直しの必要を痛感していた。
「ロックオンよ! HEAT弾頭ミサイル、全弾発射!」
ここまで賢紀が隠し続けていた、奥の手。
爆炎魔法弾頭のミサイルではなく、成形炸薬弾頭を用いたマイクロミサイル。
これならマシンゴーレムの魔法障壁を貫いて、ダメージを与えることができる。
瀬名は魔力レーダーの反応から、瞬時に理解した。
これまでとは、違う弾頭を積んだミサイルだということを。
――当たったら不味い。
瀬名はプラズマライフルをマシンガンモードにし、フルオート射撃でミサイルを迎撃していく。
だがそこに、賢紀の放ったライフル弾が飛来。
白く美しい装甲板を掠め、傷を入れた。
ワープを繰り返すような機動力を見せる〈タブリス〉。
その動きに、ついに瀬名と〈サンサーラ〉がついていけなくなったのだ。
肩。
右脚。
胸部。
推進器ユニット。
直撃はしないものの、〈サンサーラ〉は少しずつ装甲を剥ぎ取られてゆく。
さらに迎撃し損なったミサイルの1発が、背中を直撃。
白き天使は、大きくバランスを崩した。
失速した〈サンサーラ〉。
そこへ〈タブリス〉が、正面から迫る。
両腕のブレードに魔力を伝導し、赤く輝かせながら。
賢紀は右手で、横薙ぎの斬撃を振るおうとした。
それに対し瀬名は、【アイテムストレージ】から〈魔剣クラウ・ソラス〉を呼び出す。
プラズマソードの刀身で、ガードを試みたのだ。
だが次の瞬間〈タブリス〉のブレードが、ガードした〈魔剣クラウ・ソラス〉の刀身を通り抜けた。
否。
瀬名が、そう感じてしまっただけだった。
振るわれた〈タブリス〉の右腕には、ブレードが無かったのだ。
ブレードは着脱式。
それを瞬間的に、賢紀は【ファクトリー】へと仕舞い込んだのだ。
〈タブリス〉は、右腕を振りぬいた勢いで半回転。
〈サンサーラ〉に対して、背中を見せる。
その脇下から、赤く輝く刃が突き出された。
意外すぎる体勢からの攻撃。
それゆえに瀬名は、回避できなかった。
金属音と火花を上げて、魔導の刃が胸部装甲に吸い込まれる。
〈サンサーラ〉は貫かれ、百舌の早贄状態にされた。
そこへ賢紀は、さらなる追い撃ちを仕掛ける。
『ファクトリー・フルファイア』
異空間への穴が4つ、〈タブリス〉の周囲に出現する。
そこから突き出されたのは、様々な火器。
ショットガン。
ガトリング砲。
120mm狙撃砲。
そして、ガトリンググレネード。
〈サンサーラ〉はバリエーション豊かな砲弾の雨を浴びて、火花と爆炎のカーテンに包まれる。
〈タブリス〉の方は巻き込まれないよう、発砲の瞬間にブレードを引き抜き離脱していた。
200mほど距離を取ってから、旋回した〈タブリス〉。
コックピット内の賢紀はセンサーと映像投影魔道機に注意を向け、〈サンサーラ〉の反撃に備えた。
「神様、仏様、フリード神様に戦女神リースディース様。あと、魔神ヴェントレイ様。……お願いですから、これで終わりにして下さい」
「安川君! そんなに色々と祈るなんて、節操なさ過ぎ! それと荒木瀬名のボスである、リースディースに祈ってどうするの!?」
「いいじゃないか。いっぱい祈らないと……。うちのフリードだけじゃ、頼りにならないからな」
いつの間にか雲が晴れ、太陽が顔を覗かせていた。
傾きかけた太陽が洋上を照らし、キラキラとした波が眩しい。
「ああ。そういえば、お天道様に祈るのを忘れていた。……お天道様だと?」
晴天時であれば、再びあの武器が猛威を振るう。
爆炎の中からヌッと現れた、白いマシンゴーレムの傷だらけな手。
戦いの序盤に瀬名が使用していたレーザーライフルが、その手に握られていた。




