第119話 マシンゴーレムのシート~なぜ本気を出さない?~
XMGー0〈タブリス〉とGR-9〈サンサーラ〉は、激しい空中戦を続けていた。
その最中、荒木瀬名は安川賢紀に問いかける。
『なぜ、本気を出さない?』
賢紀は戦闘機動をやめ、〈タブリス〉を空中に静止させた。
見れば瀬名の〈サンサーラ〉も、同じように空中で静止している。
雨は上がっていたが、依然空は薄暗い。
漆黒と白磁。
2機のマシンゴーレムは、流れる雲の中で佇んでいた。
そのまま視線をぶつけ合う。
互いの機体は、シルエットしか見えない。
無機質に光る、〈タブリス〉の赤い一ツ目。
鋭く緑に光る、〈サンサーラ〉の双眸。
互いの〈クリスタルアイ〉が、雲の中でも存在を強く主張し合っていた。
(こうやって荒木と向かい合うのは、何度目だ?)
初めて対峙したのは、ビサースト獣人国連邦で。
お互いに、GR-1〈リースリッター〉の改造機に乗って戦った。
次に対峙したのは、テスラの大森林入口にあるイーナクーペの食堂で。
生身同士で戦おうとして、エリーゼやニーサ帝に怒られた。
そして今回。
帝国上空、高度1万mでの遭遇。
思い返してみれば、意外と回数が少ないことに賢紀は驚く。
(もう何年も、コイツとは戦ってきた気がしていた)
よくよく考えて見れば、自分がこの世界に来てからまだ1年ちょっとしか経っていない。
それよりも遅れて来た相手と、そう何度も戦っているはずがないのだ。
(1年ちょいか……。もう10年は、こっちの世界に居る気がする……)
それほどまでに深く、濃密な時間を賢紀は過ごしてきた。
自分と同じように、使徒としてこの世界に遣わされた瀬名も同じだろう。
『もういちど聞く。安川、どうして本気を出さない?』
『俺は……。アンタとこれ以上、戦いたくない』
『何を……? 何を言っているんだ!? 君は!? フリード神の使徒としての使命を全うし、地球に帰りたいんじゃなかったのか!?』
『俺が帰りたかったのは、ここに居る山葉季子に会いたかったからだ。こっちで彼女に再会できた以上、地球に帰る理由はあまり残っていない』
『馬鹿な!? 君の中にある【神の加護】も、叫んでいるはずだ! 俺を殺せと!』
『叫んでいるとも。アンタに対する敵対心が、今にも身体中の穴という穴から噴き出してしまいそうだ』
苦悩しながらも、それが表情に出ない賢紀。
操縦者の心情を代弁するかのように、〈タブリス〉は頭を振った。
『だけどそれ以上に、戦いたくないんだ。正確に言うと、これ以上アンタと戦うなら俺は最後のカードを切らなければならなくなる。……それを、使いたくない』
『なに甘いことを言っている!? 俺は、君の想い人の仇だぞ!?』
言い争う賢紀と瀬名の間に、季子も割り込んだ。
『荒木瀬名……。私も安川君に、最後のカードを切らせたくない』
『母上。最後のカードとは、何じゃ? 母上がレヴィと一緒に、【ファクトリー】内でコソコソと作っていたアレ……むぐっ!』
マリアの可愛らしい口元は、季子の手の平で封じられた。
だがその手つきは、そっと優しい。
『ダメよ。これ以上は、企業秘密。荒木瀬名にも、聞こえちゃうからね。……あれを使うには、ものすごーく大きな対価を支払わなければならないの。だから安川君も使いたがらないし、私も使わせたくない』
後半部分を瀬名に聞かせるべく、季子はコックピットカメラに向かって語りかける。
それを受け、瀬名は映像通信の中で呟いた。
『対価……か……』
雲の流れが途切れる。
帝都ルノール・テシアから5kmほど離れた海、アルピース湾。
その上空に、〈タブリス〉と〈サンサーラ〉は浮遊していた。
雨は止んだものの、未だ大気は湿って重い。
その大気を震わせ、轟音が神の使徒達の元へと届いた。
『セナ! 街が! ルノール・テシアが!』
2機の操縦席に響き渡る、レオナの悲痛な叫び。
両機の操縦者達は、帝都の方角を見やる。
1番背の高いビルが、真っ二つに折れるところだった。
イースズ・フォウワードが、電磁加速砲で倒壊させたのだ。
敵機までの射線を通す、邪魔になったのだろう。
ビルは長い倒壊音を発しながら地面に落ち、砕けてゆく。
今度はその手前。
フェレディ軍港で、閃光が瞬いた。
次の瞬間には、爆炎が連鎖的に巻き起こる。
マシンゴーレム用揚陸艇が、炎上していた。
ゆっくりと傾きながら、その巨体を海へと沈めていく。
やったのは、アディ・アーレイトのガトリンググレネードと見て間違いない。
『これだけの損害を出したんだ。この戦いは、アンタ達の負けと言っても過言じゃない。……もういちど提案する。ニーサ帝を連れて、どこか遠くへ逃げてくれないか?』
戦闘中にもかかわらず、〈タブリス〉の単眼型カメラは明後日の方角を向いた。
それは、魔国ディトナがある方角。
『コージー・レインという、レース用車両型ゴーレムとサーキットを作ろうとしているドワーフがいる。地球でレーサーだった、アンタの知識が必要だ。……頼む。そこへ逃げてくれ」
『君が俺に、「頼む」か……。この世界で一からモータースポーツを興すなんて、考えただけでワクワクする話だね』
『だったら……』
『車で人を死なせた俺には、その資格がない。俺はこの世界に来てから、いちども車両型ゴーレムのハンドルを握っていないんだ。……いや。握ろうとしたけど、握れなかった。俺は行けない』
『なら……。どうしても、やるというのか?』
『ああ……。〈セラフィックビット〉、展開!』
〈サンサーラ〉の背部にある、6基の推進器ユニット。
そのうち4基が射出され、それぞれが独立した飛行を始める。
『知らないだろう、安川。ハリスというマシンゴーレム乗りがいた。陽気で明るく、気さくな男だった。憧れのパイロットであるエマルツ・トーターの死後、彼は人が変った。自らに地獄のような訓練を課し、人を寄せ付けなくなってしまった。……まるで、復讐の鬼だ』
〈セラフィックビット〉は〈タブリス〉の周りを高速で旋回した後、散開。
それぞれが異なった機動で、〈タブリス〉に迫る。
『共和国の国境付近で、行方不明になったシアーゼ隊長。彼には男手ひとつで育ててきた、小さな息子がいたんだ。息子は養護施設に、引き取られた。だがそこでひどい苛めに遭い、施設を脱走した。……1週間後、スラム街の路地裏で遺体となって発見されたよ。性的に、暴行された跡があったそうだ』
ビットのうちの2基が、細く収束されたプラズマ砲を撃ってきた。
1基がわざと目を引き、もう1機は死角から射撃してくる。
『そして……。レクサ・アルシエフ将軍には、婚約者がいた。写真を見せてもらったことがある。綺麗な人だった。……レクサ将軍戦死の報がもたらされた晩、彼女は首を吊った』
射撃担当である2基のビットに注意を向けているうちに、残った2基が〈タブリス〉に接近してきた。
『多くの帝国民が、この戦争で命を落とした。そして死んだ者達の周りにいた人々も、不幸になった』
接近してきた2基は、青く光り輝くプラズマブレードを展開しながら突進してくる。
突いてくるだけかと思いきや、回転しての斬撃も織り交ぜてきた。
『だから帝国の方が正義でルータスが悪だとか、そんなくだらないことを言うつもりはない。帝国だってルータスに侵攻した時、多くの人々から人生を奪ったはずだからな』
4基のビットによる連携攻撃を捌くのも苦しいというところに、〈サンサーラ〉本体も攻撃を開始する。
白い機体を翻し、被弾しないように回避機動を取りながらの接近。
その激しい機動の最中に、機体を止めることなく連射されるプラズマライフル。
光弾のうち1発が、〈タブリス〉の大腿部をかすめた。
『君も背負えよ、安川賢紀。自ら奪った人々の命と、助けられなかった人々の命を。ニーサやエリーゼちゃんは、そうしているぞ』
〈タブリス〉を包囲した4基のビットと、〈サンサーラ〉が振るう魔剣〈クラウ・ソラス〉による一斉攻撃が行われた。
2基のビットによる剣撃を、ひとつは身を捻ってかわす〈タブリス〉。
もうひとつは、腕部のブレードで逸らした。
射撃担当ビットからの砲撃は、空間歪曲障壁〈エアディストーター〉で受け止め最小限の損傷で抑える。
タイミングをずらして振り下ろされた光の魔剣も、空いたもう1本のブレードで受け止めた。
だがブレードには、ヒビが入ってしまった。
〈エアディストーター〉を展開している〈タブリス〉と機体を密着させているため、〈サンサーラ〉周辺の景色も歪む。
それを嫌った瀬名は、機体の足で〈タブリス〉を蹴り飛ばした。
『それができない奴は……』
蹴りを受け、後方に吹き飛ばされる〈タブリス〉。
漆黒の鬼神に向けて、プラズマランチャー〈リインカネイター〉の砲口が突きつけられる。
『マシンゴーレムのシートに、座る資格はない』
最大出力で放たれた、〈リインカネイター〉。
オレンジ色の閃光の中で黒い機影が崩れ、消滅していく。
安川賢紀と〈タブリス〉の姿は閃光に飲み込まれ、完全に見えなくなった。




