第116話 第4の瞳~いったい何を遊んでいますの?~
「恨むなよ、女王さん……。打ち抜く!」
叫びながら、アウル・インテグラーレは機体左腕を突き出す。
RHR-1〈テルプシコーレ〉の操縦席へと向けて。
魔法により形成された光の杭を打ち込む、〈プラズマパイルドライバー〉。
この武器なら容易に敵の胸部装甲を貫き、パイロットを絶命させるはずだった。
相手が、ルータスの最新鋭機であろうとも。
〈テルプシコーレ〉の操縦者エリーゼ・エクシーズは、まだ17歳の少女だと聞く。
そんな相手を殺すことに、全くためらいがないわけではない。
だが帝国民を守るためならば、非情に徹する。
それが「インペリアルパラディンズ」のメンバー達である。
しかしそんなアウルの無慈悲な1撃は、敵機に届かなかった。
突如として彼の愛機、GR-10〈オリヴィエ〉はバランスを崩す。
突進の勢いそのままに地面へと叩きつけられ、火花と耳障りな擦過音を撒き散らしながら道路を滑走する。
「えっ!?」
判断力に優れた精鋭パイロットであるアウルも、何が起きたのか分からない。
一瞬、混乱してしまった。
すぐに冷静さを取り戻した彼は、機体の状態を確認する。
視界の左端に、自機の損傷具合を知らせる映像が浮かび上がっていた。
機体の全体像と、赤く点滅する両脚。
これはその部位に、甚大な損傷を負ったことを意味する。
アウルは損傷具合を確認しようと、下方に視線を送った。
だがそこに、愛機の両脚は存在しなかった。
「馬鹿な! 目の前にいた、〈テルプシコーレ〉じゃねえ! 狙撃手の方に、やられたのか!?」
絶望的なのは、自機の損傷だけではない。
脚部へと視線を送った際、一緒に見えてしまった。
自分とは逆に、機体の上半身を失った〈オリヴィエ〉――ビックス・タイパール機の姿を。
『おい! 嘘だろ!? ビックス! 応答しろ! ……くそっ! 敵狙撃手からは格納庫の陰になって、俺達は見えないはずだろう!?』
いくつかの格納庫が、バラバラに吹き飛んでいた。
その有り様が、格納庫ごと狙撃されたという事実を裏付けている。
仮に魔力レーダーで捉えられていたとしても、あれだけの高速戦闘機動中だった自分達を正確に狙撃できるはずがない。
直接、目視しながらでもない限りは。
「……!? 何だ!? アレは!?」
地面に仰向けで倒れていることで、アウルには空がよく見えた。
すでに雨は止んでいる。
だが相変わらず重たい色の雲が、メガース基地上空にのしかかっていた。
そんな鉛色の空に、漂う異物。
点のように小さい飛行物体を、アウルは発見したのだ。
彼はカメラの倍率を最大にし、その飛行物体の正体を探る。
それは小さな4基のプロペラで浮遊する、無人機だった。
「畜生! 俺達は〈テルプシコーレ〉にじゃなくって、上空からずっとあいつに見張られていたってわけか!」
ドローンを残したままにしては、帝国軍の動きは丸見えだ。
帝都の守護者たる聖騎士は、決意した。
「自分はここで終わりだとしても、何とかあれだけは撃ち落として見せる」と。
地面に倒れたまま、〈オートクレール〉の銃口をドローンへと向けるアウル。
長射程を誇る、プラズマライフルモードをセレクト。
出力は最大にセット。
あまりにも距離は遠く、標的は小さい。
だが、問題無い。
今の自分ならば、当てられる。
カメラの倍率は、これ以上は上がらないはず。
なのに標的の無人機が、大きく見え始めた。
明確なイメージが出来上がる。
鉛色の空を貫く、閃光の通り道が。
『そんな装備、ずりぃんだよ馬鹿野郎』
いつの間にかONになっていた外部拡声魔道器から、呟きが漏れた。
アウル・インテグラーレ、生涯最高の射撃。
あとは撃発信号をライフルに送るだけで、それが完成する。
――はずだった。
機体の右腕が、ライフルごと地面にドサリと落下する。
〈テルプシコーレ〉が振るうプラズマソード、〈魔剣エヴォーラ〉で切断されたのだ。
『失礼ね! 野郎じゃないわよ!』
機体の外部集音魔道器が、ちょっと怒っている少女の声を拾った。
『そいつは失礼』
アウルは最期にそう言ったつもりだが、相手に聞こえたかどうかは分からない。
コックピットブロックに、光の剣が突き立てられる。
ニヒルな笑みを浮かべたまま、アウル・インテグラーレは命を落とした。
■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□
『ふーっ。いい勘と、目をしたパイロットだったわね。〈フォースアイ〉を撃ち落されていたら、大損害だったわよ』
〈テルプシコーレ〉のコックピット内で額の汗を拭いながら、エリーゼは大きく息を吐き出した。
『ほんなこつ。銃口がドローンに向いたときは、ヒヤッとしたばい』
〈テルプシコーレ〉の傍らには、エメラルドグリーンに塗装されたマシンゴーレムの姿があった。
山岳地帯から、下りてきたのだ。
長大な狙撃砲を、肩に担ぐその姿。
イースズ・フォウワードの新しい機体、XMG-3HEL〈ディアナ〉だった。
XMG-3〈サジタリィ〉の改造機ということで、開発がスタートした本機。
しかしハイエルフ、ゼフォー・ベームダールの魔石をコアに使った新型リアクターの出力に、骨格が耐えられないという事実が発覚。
その結果、骨格からほぼ全てを一新している。
新造機と言ってもいい機体だ。
脚部や腕部は、〈サジタリィ〉よりも少し太くなっている。
これは従来よりも圧倒的に強化された電磁加速砲、〈ディエンムー〉の反動に耐えられるようにだ。
レールガンへのエネルギーバイパスは、4本のシールドケーブルを縒り合せたものになった。
それに対応し、下腹部のジャックも4穴に増えている。
そして背中に収納される小型無人偵察機、〈フォースアイ〉。
送信されるリアルタイム上空映像により、遮蔽物に隠れた敵機の位置を丸裸にして狙撃することが可能だ。
まさに、悪夢のようなスナイパー機である。
『撃ち落されれば良かったのに……。オレっち、ドローンの遠隔操縦なんて、超めんどくさい』
『フーリ! しっかり操縦しなさいよ! もし撃ち落されでもしたら、あんたをタヌキうどんにして食べちゃうんだからね!』
タヌキうどんは、本当に狸が入っているわけではない。
しかしエリーゼは、そう思い込んでいる。
タヌキうどんという名前の食べ物が地球にあるとしか、安川賢紀からは聞いていないからだ。
ちなみにうどんは、エンス大陸の各国に存在していた。
数百年前に転生した、山葉季子の起こした食文化ハザードによるものだ。
『アディちゃん達が、山岳地帯の連中を全部片付けたみたいばい。こっちに向かっとる』
エリーゼが魔力レーダーで確認すると、10機以上いた山岳地帯の帝国軍マシンゴーレム部隊が全滅していた。
『今回の撃破数ナンバーワンは、アディが取りそうね。ビリはケンキ』
『そら、〈サンサーラ〉1機で300機分ぐらいの戦闘力がありそうだけんね。ビリ扱いは、可哀想じゃなかね?』
『ダメよ、甘やかしちゃ。「やーい、ビリ」ってからかったあげく、ペナルティとしてご飯奢らせてやるんだから』
エリーゼとイースズが軽口を叩き合っていると、アディ・アーレイトが無線で割り込んできた。
『姫様、イースズ。終わったのですか? 早く基地の敷地内から脱出しないと、一緒に焼き払ってしまいますわよ?』
『ちょっと待ちなさい! アディ! 今、離脱するから!』
最大戦速で基地の敷地内からの離脱を試みる、〈テルプシコーレ〉と〈ディアナ〉。
ワンテンポ遅れて、山岳地帯から暗褐色のマシンゴーレムが跳躍した。
次の瞬間、オレンジ色の爆炎が連鎖的に巻き起こる。
基地内全ての建物が、炎に飲み込まれていった。
格納庫。
道路。
管制レーダー。
司令部。
熱と衝撃波の嵐は全てに等しく襲い掛かり、粉砕し、焼き尽くしていく。
地獄のような光景を前にしながら、ゆっくりと降下してくる機体があった。
アディの新しい愛機、GR-6FH〈イフリータ〉だ。
機体各所に散りばめられた小型推進器を噴かしながら、メガース基地手前の平地へと着地する。
〈イフリータ〉はフレームの強度に余裕があったGR-6〈ファイアドレイク〉をベースに、XMG-2〈フレアハウンド〉の部品を数多く流用したニコイチ機である。
推進器の連続噴射時間に限りがあり、自力飛行こそ不可能。
だが爆発的な加速をしながら、地上付近を飛び回ることができる。
高機動力と高火力の実弾兵器で、敵機を焼き払う破壊の炎神だ。
リアクターコアに使用しているのは、イフリートの魔石。
そのためイフリートの女性形である、〈イフリータ〉と名付けられていた。
破壊の炎神が両手で抱えていたのは、大型のガトリング砲。
これが広大な敷地を誇るメガース基地を、丸ごと地上から消滅させた武器だ。
7つの砲門を束ねて作られたガトリング砲から吐き出されるのは、ライフル弾や徹甲弾の類ではない。
これは、ガトリンググレネードなのである。
1発1発が凶悪な規模の爆発を巻き起こす擲弾を、雨あられと降らせる代物だ。
デリケートな作戦には全く向かない、とにかく圧倒的な破壊を振り撒くだけの兵器だった。
「ケンキもアディも、ちょっと頭がアレ」と、味方からすらドン引きされるそのガトリング砲は〈バハムート〉という愛称が付けられている。
『ふーっ。残弾を気にしなくて良くなったから、遠慮なくぶっ放せますわね』
〈テルプシコーレ〉、〈イフリータ〉、〈ディアナ〉の3機には、ある新機構が搭載されている。
魔王山葉季子からもたらされた時空魔法の技術を使い、賢紀の【ファクトリー】内にある武器を取り出せるのだ。
賢紀のように一瞬で自在な武器換装まではできないが、数秒もあれば取り出せる。
これにより、残弾をあまり気にしなくて済むようになっていた。
「アディ様。決して弾が、無限になったわけではないのですからね? 限りはあるんですからね」
「相変わらず、スザクは神経質ですのね。わかっていますわ。それにしても……」
カメラをズームさせて、遠くの地面を拡大するアディ。
そこにはイースズの〈ディアナ〉が、大地に突っ伏していた。
『いったい何を遊んでいますの? イースズ』
『アディちゃんがせっかちなことするけん、爆風で吹き飛ばされたったい!』
〈テルプシコーレ〉や〈イフリータ〉のように、爆発的に機体を加速させる機構を持たない〈ディアナ〉。
イースズは離脱しきれず、爆風に吹き飛ばされていた。




