第108話 自由意志の鬼神~約束、憶えてる?~
ルータス王国の首都、エランの王宮にある大会議室。
窓にはカーテンがかけられ、室内は夜間のように暗い。
魔道具により投影される立体映像が、見えやすいようにするための措置だった。
立体映像だけが光源となり、会議室に居る者達をうっすらと照らしている。
席に着いているのはルータス解放軍や、民間軍事会社ビサースト・エージェンシーの主要メンバー達だ。
いつも無表情な安川賢紀を除き、全員が重苦しい表情で立体映像を見つめている。
投影されているのは、リースディア帝国周辺の地図だ。
「やっぱり、このままではダメね……。国境付近に配備されている部隊だけでも、GR-3〈サミュレー〉が50機。帝国全体のマシンゴーレムは、500機ちょっと配備されているという情報があるわ」
会議室の中心に位置取っているのは、ルータス王国の女王たるエリーゼ・エクシーズだ。
「俺達獣人傭兵操縦者が30人。イーグニース正規軍に出向していた連中も、全員こちらに集めました。ですがこれが、精一杯です」
「ビサースト・エージェンシー」からは、傭兵代表としてクォヴレー・クォーベットが会議に参加している。
まだ若い狼獣人だが、最近は落ち着きと頼もしさが出てきた。
「解放軍のメンバーや獣人機動兵団から戻って来た者達を含めても、動かせるパイロットは合計で50人。ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ、戦力差は圧倒的ですじゃ」
ランボルト・フューラカンは、髭を撫でながら笑う。
余裕があるというよりは、開き直っているようにも見える。
「しかしこれ以上、イーグニース共和国軍を頼るわけにもいきますまい。いくらヴィアルゼ・スヴェール大統領がエリーゼ様を大好きでも、政治的なお立場がありますからのう」
「わかっているわ。エラン解放まではイーグニースにも益があったけど、ここから先はルータスの問題。これ以上頼れば、どんな不利な条約を呑まされるかわからないわ」
エリーゼとランボルトの会話が途切れたのを見計らい、イースズ・フォウワードが挙手してから質問した。
「エリーゼちゃん。帝国軍が再侵攻してくる可能性は、どれぐらいあるとね?」
「ほぼ100%……というより、すでに侵攻準備中らしいわ」
3つの瞳を、曇らせるイースズ。
「500機のマシンゴーレムより厄介そうなのが、リッチー・レインの言っていた空戦型マシンゴーレム。GR-9、〈サンサーラ〉ですわね。どれぐらいの火力と機動力があるのかわかりませんが、高高度からの攻撃手段があるとしたら手も足も出ませんわ」
アディ・アーレイトも頭上の犬耳をピクピクさせながら、難しい表情をしていた。
「〈サンサーラ〉……荒木瀬名は、俺が抑える。くたばらないアイツの処理方法についても考えがあるから、皆は地上の戦いに集中してくれ。……後はポルティエさんの仕込みが、上手くいくかだな」
賢紀がそう言うタイミングを見計らっていたかのように、会議室のドアがノックされた。
ダンディ豚獣人スパイ、ポルティエ・ナイレーヴンが入ってくる。
「お嬢、待たせたな。例のものは、上手く設置できた。【ディセプティブローブ】で姿を消せても、骨の折れる仕事だったぜ」
戦争の勝敗にかかわる大仕事をやってのけたポルティエを、女王陛下は労った。
「ポルティエ、お疲れ様。ゆっくり休んで……といいたいところだけど、そんなに休ませてあげられないわ。この戦いが終われば、しばらく帝国の侵攻を心配しなくて済むわ。そしたらみんなで、ゆっくりバカンスといきましょう」
会議室のあちこちから「いいねえ~」、「最高ですぞ~」と喝采が湧き起こった。
そのまま会議は終了となり、皆が部屋を出ていく。
皆が出て行ってしまった後、最後まで暗い会議室に残っていた賢紀。
「さて、始めるか……」
【ゴーレム使い】は呟くと、扉の外へと歩き出した。
真っ白に輝き、何も見えない世界へと。
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エラン都市防壁の外では、1機のマシンゴーレムが駐機姿勢を取っていた。
膝を突いているので分かりにくいが、全高は標準的な第2世代型マシンゴーレムより1mほど高い。
細身な漆黒のボディ。
背中には、6基もの推進器ユニット。
まるで悪魔の翼だ。
足裏にもスラスターが仕込まれ、踵は2点支持のハイヒール型となっていた。
紅い単眼タイプの〈クリスタルアイ〉が、蒼穹の彼方に射るような視線を向けている。
帝都ルノール・テシアがある方角だ。
これが【ゴーレム使い】、安川賢紀の新しい機体。
空戦型マシンゴーレム、XMG-0〈タブリス〉。
新しい愛機に向かって、ゆっくりと歩いて行く賢紀。
その背中に、エリーゼは声を掛ける。
「ねえ、ケンキ! 私との約束、憶えてる?」
「ん……? 何の約束だ?」
「いえ……。いいの……。無事に帰って来てね」
賢紀は無言で頷くと、〈タブリス〉のコックピットハッチへと駆け上がった。
「待たせたな。山葉。マリア」
「ちょっと、ワクワクするね。安川君、火器管制は私に任せて。マリアちゃんは、スラスターユニットの制御をよろしくね」
この機体は、複座型だ。
後ろのシートにはワインレッドのドレスに身を包んだ黒髪の魔王、山葉季子が乗り込んでいた。
魂だけで実体のない彼女には、本来シートなど必要ない。
だが操縦席の壁から首だけ生えてたりすると、パイロットの心臓に良くない。
そのため急遽スペースを空け、座席を追加した。
「ううっ! 母上だけシートがあって、ずるいのじゃ!」
「仕方ないじゃない。私はマリアちゃんみたいに、小さくないんだから」
マリアはXMG-4〈シラヌイ〉から、こちらの機体に移って来ていた。
「1機のマシンゴーレムに精霊は1体だけ」とかいう決まりは、別にないらしい。
そもそも季子は精霊ではなく、幽霊のようなものだ。
スピリット・アシステッド・インターフェースの精霊達や〈擬似魂魄AI〉と同じく、様々な操縦補助が行えるらしいので大差は無いが。
「ずいぶんと、賑やかなコックピットになったな。さてと……」
エリーゼが充分に機体から離れたのを確認し、賢紀は推進器に火を入れた。
紫色の燐光が、6枚の翼から舞い散る。
推力偏向に問題がないか、賢紀は6枚の翼を全て動かし動作チェックをする。
「異常無し……か……。行くぞ、〈タブリス〉」
賢紀が静かに告げた直後、漆黒の鬼神は大地を蹴って跳躍した
6枚の黒翼から紫炎をたなびかせ、雲を突き抜け天空へと駆け昇る。
「マリア、分かっていると思うが……」
「『超音速飛行は、エランとの距離が離れてから』であろう? 大丈夫じゃ! 〈空気抵抗軽減魔道機〉が機体前方の空気を散らしておるから、マッハ2ぐらいまで衝撃波は発生せぬ! 妾がせっかく復興中のエランを、ズタボロにするとでも思ったか?」
「信じてたぞ。……50%ぐらいは」
「半信半疑ではないか! ほれ、高度1万mじゃ!」
水平飛行に移る直前、機体をロールさせマイナスGをプラスGに変換する賢紀。
上から下にかかるプラスGより、下から上にかかるマイナスGに人体は弱いからだ。
単純に、内臓が浮く感覚が気持ち悪いからというのもある。
「よし。全力加速していいぞ」
推力を最大にして、〈タブリス〉は速度を上げた。
頭上には、濃紺の宇宙。
地上で見る時よりも、ギラギラと鋭い光を放つ太陽。
まるで生命体の活動を、拒絶するような空間だ。
眼下には青い大気と白い雲が広がり、生命が息づく世界であると実感させてくれる。
そんな生の世界と死の世界の境目を、賢紀達は飛行していった。
速度はゆうに、音速の3倍を超えている。
だが高度が高くて、気圧が低いため。
さらに〈空気抵抗軽減魔道機〉を作動させているため、コックピット内の振動や騒音は驚くほど少ない。
「ねえ、安川君。さっき言ってた、エリーゼちゃんとの約束って何? 本当は、憶えているんでしょう?」
「山葉にも、聞こえていたのか……。『急にエリーゼの前から、いなくなったりしない』って約束のことだろうな」
「そう……」
「ケンキに『死ぬな』という意味か? エリーゼの奴め、何を当たり前のことを言っておるのじゃ!」
「その通りだ、マリア。俺は死なない。……さて、もう1人の死なない男がやって来たぞ」
魔力レーダーに映る、非常識な魔力反応。
〈シラヌイ〉と比べて桁違い、〈タブリス〉と互角の出力といったところだ。
「速いね……。あれは、航空機?」
季子はメイン映像投影魔道機の手前に小さいウィンドウを開き、ズームした敵機の映像を映し出す。
白い鳥を連想させるその姿は、まさに地球のジェット戦闘機。
地球の戦闘機とは、少々異なる点もある。
胴体の左右に3枚ずつ翼があるのだが、それぞれが推進器ユニットとなっていた。
〈タブリス〉の背中にあるものと、似ている。
白い巨鳥のパイロットから、魔道無線機越しに通信が入った。
『安川……。まさか、単機で飛んでくるなんてな……! ずいぶんと、舐められたもんだ』
『荒木……。それがGR-9、〈サンサーラ〉か?』
『リッチー・レインから、聞いたのか? その通りだ。俺と〈サンサーラ〉、そしてレオナがいる限り、リースディア帝国の空を飛べると思うなよ?』
『レオナ……?』
そこで、映像通信が入る。
賢紀が受信許可を出すとウィンドウが開き、精霊の姿が表示された。
可愛らしい白猫だが、放つオーラは神々しい。
『初めまして。私は光の高位精霊、レオナ。セナと〈サンサーラ〉に害をなす者は、全て排除させていただきます』
『おうおう!? 何じゃ、この猫は!? 優等生ぶりおって、反吐が出るわ! ニャン公! 腹を見せて降参するなら、今のうちじゃぞ!? 妾がいる限り、この〈タブリス〉は……むぎゅ!』
口上の途中で、マリアは季子から鷲掴みにされた。
実体の無い精霊を掴むなど、幽霊モドキの季子だからこそできる荒技だ。
『マリアちゃん、ちょっと黙っていてね。私も相手に、言いたいことがあるのよ。……ねえ、荒木瀬名さん。それとも、「轢き逃げ野郎」と呼んだ方がいいかな?』
『き……君は!』
『私の名前は山葉季子。地球で殺された時は、普通の女子大生。あなたのせいで、『魔王』なんて可愛くないものに転生する羽目になっちゃったよ。……この落とし前は、付けてもらうからね』




