第103話 あの日の真実(3)~何で人ひとり避けられない!?~
(ケンキ! 妾のことは、絶対にバラすでないぞ! 妾を売ったら、【ファクトリー】の内にある〈擬似魂魄AI〉搭載型マシンゴーレム全機の擬似魂魄を食ってやる!)
マリアは念話でこっそり、安川賢紀にだけ脅しをかけたつもりだったのだが――
「聞こえているわよ~? マリアちゃん。素直に出てこないなら、仕方ないよね」
そう言うと山葉季子は、何もない空間に片手を伸ばした。
指先がバチバチと雷光を撒き散らしながら、虚空へと消えてゆくく。
季子が手を伸ばし続けると、肘の辺りまでが雷光の中へと消えた。
エリーゼ・エクシーズ達3人娘には、何が起こっているのかさっぱり分からない。
しかし【神の加護】持ちである賢紀には、季子が何をしようとしているのか理解できていた。
「信じられないな……。俺の【ファクトリー】に、外部から干渉しているのか? 魂だけになっても、さすがは『時空魔王』」
やがて賢紀には、ある感触が伝わった。
【ファクトリー】内にいるマリアを、何かがむんずっ! と掴む感触が。
季子が雷光の中から手を引き抜くと、身長60cmほどの小さな人影。
漆黒の衣を纏った、ツインテールの赤髪少女。
季子にガッシリと捕まった、闇の高位精霊マリアの姿があった。
「は……母上……。お久しぶりです……」
マリアは顔面に、ダラダラと汗を流している。
精霊である彼女には、発汗による体温調節など必要ないはずだ。
精神状態が、外観に反映されているのだろう。
「ふふふっ、久しぶりね。何で素直に出て来なかったの? そして、何でそんなにビクビクしているのかな? 私の言いつけをちゃんと守っているのなら、何も怯えなくていいはずよ?」
「はい! 妾は母上の言いつけを、忠実に守りました! ケンキ・ヤスカワという名前で異世界から来たという人物を、発見次第速やかに! 全速力で! 母上の元へとお連れしました!」
((((ウソつけ!))))
散々ゴネて魔国ディトナ行きを渋っていたマリアのウソに、全員が心の中で激しく突っ込んだ。
「『全速力』、ねえ……。あなたさっき、地下100階の魔王(笑)と戦っていたよね? おかしいよねえ? 魔王陵近くからあなたが私に呼びかければ、脱出用転移魔法陣からショートカットしてここまで来れる。ちゃーんとそう、教えていたはずなのにねえ……。どういうことなのかな?」
「あう……その……。ケンキがどうしても、『魔王陵のダンジョンに挑戦したい』って……」
マリアは両手の人差し指同士をツンツンと突き合わせながら、賢紀にちらちらとアイコンタクトを送ってきた。
「話をあわせろ!」と、言いたいのは明らかだ。
しかしマリアのせいで遠回りしたあげく死にかけた賢紀は、素直に合わせてやる気にはなれない。
「どうしたものかな?」と考えあぐねていると、季子はさっさと次のアクションに移ってしまう。
「ちょっとお友達にも、お話を聞いてみましょうか?」
季子は指先から光を放ち、空中に弧を描いてゆく。
弧が繋がって光の円周となった瞬間、その内側は鏡のように輝いた。
光の丸鏡から、4つの影が飛び出してくる。
土の高位精霊ヨルム。
火の高位精霊スザク。
風の高位精霊フーリ。
スピリット・アシステッド・インターフェースでマシンゴーレムの操縦補助を担う、3体の高位精霊たち。
【ファクトリー】の居候と化している、水の高位精霊レヴィもいた。
「魔王さん、ウソだよ! マリアちゃんは魔王さんに〈シラヌイ〉の操縦席取られるのが嫌で、ケンキさんと会わせたくなかったんだ!」
「腹痛も仮病です! 【ファクトリー】の外に出たら、魔王様に察知されるからと!」
「マリアっち、めんどくさがってた」
「ヨルム! スザク! フーリ! 貴様ら! 妾を売ったな! 後で覚えてお……」
そこで、マリアの言葉は止まった。
表面上は笑顔の母から放たれる、強烈な怒気。
それに気づき、全身を凍りつかせたのだ。
「『コックピット』とか〈シラヌイ〉って、何の話? 私がマリアちゃんから取るって、どういうこと?」
200年間魔王陵の中で引きこもっていた季子は、最近の兵器であるマシンゴーレムについては知らないようだ。
「ああ、そういうことだったのか……。俺のパートナー役を山葉に取られると思い込んで、マリアはここに来たがらなかったんだな」
納得した賢紀は、季子に説明してやることにした。
魔王陵に来た目的や、現在のエンス大陸情勢。
そしてマシンゴーレムという、新しい兵器の台頭を。
「山葉。実はな……」
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「なるほど。分かりました。私の魔石を、その『マシンゴーレム』という人型機動兵器の動力源に使いたいのね?」
「そうだ。頼めるか? 戦場に行くなんて、山葉にはキツいと思うが……」
「なに言ってるの。私が魔族として生きてきた300年。どれだけ戦の連続だったたことか……。この世界に来て1年くらいの安川君より、よっぽど戦争慣れしてると思うよ? 全盛期の私の戦いっぷりとか見たら、安川君引いちゃうかも?」
「それは心強い」
――と言いつつも、賢紀は内心ちょっとビビっていた。
「……安川君。本当に、ちょっと引いてるでしょ?」
見透かした季子に、無表情キープながらもドキリとする賢紀。
そしてなぜか、ピクッと肩を震わせたエリーゼ・エクシーズ。
「安川君のロボットに助けてもらうんじゃなくって、一緒に乗って戦う展開になるなんてね……。ふふっ。それはそれで、面白いかも?」
「母上っ! ケンキの操縦補助は、妾だけで充分じゃ! 母上は無理なさらずに、魔石の中で眠っていてもらっても……」
「忘れてた! ……安川君のことを、私に隠そうとしたマリアちゃんはお仕置きよ」
「ヒッ!」
季子は再び、空中に光の円を描き出した。
スザクとそっくりの悲鳴を発するマリアの上半身を、光の中に突っ込んでしまう。
すると光の中に消えたマリアの上半身は、賢紀の眼前に出現した。
普段の傍若無人な態度はどこへやら。
涙目になったマリアと目が合う。
下半身は、季子の前に浮いたまま。
ちょうど腰の部分から、真っ二つにされた状態だ。
感覚などはそのままらしく、空中に突き出た足と尻はもぞもぞ動いている。
「あなたの勝手な行動で、安川君はお腹に穴が開く羽目になったのよ? しっかり反省しなさい」
空中で壁尻状態となっていたマリアの臀部に、季子の平手打ちが炸裂した。
精霊であるマリアにも、幽霊である季子にも実体はないはずだ。
なのにパァーン! という、かなり痛そうな音が響き渡る。
「ほぎゃあーー! 母上! みんな見ている前で、こんな恥ずかしい罰は勘弁してくだされ! 高位精霊たる、妾の威厳というものが……。うひぃーー!」
抗議するマリアの尻に、2発目の平手が飛んだ。
「あなたみたいな悪い子に、威厳もへったくれもありません。お尻百叩きの刑です」
「うわーん! ごめんなさいなのじゃー! もうしませんのじゃー! ぎゃぴぃーー!」
平手打ちの連打を受けて、マリアの臀部は赤く腫れあがっていく。
黒い衣に包まれているのに、蛍の尻みたいに発光していた。
精霊女王ローラが、焦げてアフロになった時と同じだ。
体を構成するマナや魔力をかき乱され、ダメージを受けた姿が再現されている。
【魔神の加護】による精神干渉のせいか、あるいは戦いの日々が彼女を変えたのか。
500年の間に、季子の性格はかなり過激になってしまったようだ。
「そういえば山葉。どうして寿命で死んだ後200年も、魔石の中で生き続けていられるんだ?」
賢紀は疑問を口にした。
季子の想いを、聞いてしまった後なのだ。
自分に会いたいがための、執念のなせる技だったら申し訳ない。
そう賢紀は、考えていたのだが――
「ケンキ! 母上は魔神の神罰で、しばらくあの世へ逝けぬのじゃ!」
「マリアちゃん。お仕置き中に、余計なこと言わないの」
尻叩きが再開され、マリアの暴露は悲鳴で妨げられた。
しかし、賢紀の追求は止まらない。
「200年も魔石に封じられるなんて、いったい何をやらかしたんだ?」
その話題になった途端、季子は俯いてしまった。
両手の人差し指同士をツンツンと突き合わせながら、気まずそうに喋り始める。
先程のマリアと全く同じ仕草に、「やっぱり本当に親子なんだな」と賢紀は実感した。
「あう……その……。私を轢き逃げした奴のことが、許せなくって……。ちょっと復讐してやろうと思ったの。ソイツを私が描いた『薄い本』の中で、『受け』として登場させて……。その時の『攻め』として、勝手に魔神ヴェントレイ様を登場させちゃった」
「それだけか? まあ確かに、怒られそうな話ではあるが……。それで200年とは、魔神も厳しいな」
「配下の女性達から絶賛されたもんだから、私ったら調子に乗っちゃって……。印刷技術をこの世界に持ち込んで出版したら、大ベストセラーになっちゃった」
自分の頭を小突きつつ、笑顔で舌をちょこっと出す季子。
魔王様、テヘペロポーズである。
賢紀は魔神に、心から同情した。
そちらの趣味などないのに、自分と同性が絡み合う本を魔国中にバラ撒かれたのだから。
賢紀は高校時代、季子が描いたその手の漫画をチラ見してしまったことがある。
当時は大人しかった季子の作品とは思えないぐらい、どぎつい内容だった。
男性同士が絡み合う本だと聞いたエリーゼとイースズは、「見たいー、見たいー」と騒ぎ出す。
どうやら「腐」の資質があるようだ。
同好の士を見つけた季子は嬉々として【次元収納魔法】を発動させ、異空間から1冊の薄い本を取り出した。
「1冊あげるけど、魔国にいる間は見つからないように隠してね。禁書になっているから」
いそいそと、ページをめくるエリーゼ。
イースズは尖った長い耳をピクピクさせながら、エリーゼの肩越しに本を覗き込む。
アディ・アーレイトは全く興味がないようで、銃の分解整備を始めてしまった。
何ページか本を捲った時、エリーゼの手が止まった。
「ねえ、ケンキ……。ちょっとこの本を見て」
「俺は遠慮しておく。そういう趣味を持つ人達の価値観は尊重したいし、山葉の漫画は上手いと思う。だが俺に、そっちの趣味はない」
「違うの……。そんなんじゃない。この本に出てくる、男を見て」
本を開いたまま、硬直しているエリーゼ。
イースズは賢紀の方を振り返り、真剣な目を向けてくる。
ただならぬ気配を感じた賢紀は彼女達の背後へと歩み寄り、季子作の「薄い本」を覗き込んだ。
登場人物は、2人の男性。
1人は酷薄そうな顔に眼鏡をかけた、黒いロングコートの男。
これが季子の話に出てきた、魔神ヴェントレイに違いない。
問題は、もう1人の男だった。
賢紀の胸に、焼けつくような殺意が湧いてくる。
相対していないのに、こんな気持ちになるのは初めてだ。
今まで抱いていた敵対心は、身体の中にある【神の加護】が煽り立ててたに過ぎない。
賢紀はそれを、ハッキリと理解した。
本の中にいたのは見知った黒髪、黒目の青年。
やたらと耽美な顔にデフォルメされていたが、1発で誰がモデルか分かってしまう。
「安川君、知ってるの? その轢き逃げ野郎のこと」
「ああ、よく知ってるさ……。元レーサーなんだろう? 何で人ひとり、避けられないんだ? ……荒木瀬名!」
いつも無感情な【ゴーレム使い】にしては、珍しい。
周りにも明確に伝わる程の怒りを込めて、安川賢紀は戦女神の使徒の名を叫んだ。




