第102話 あの日の真実(2)~そこに彼はいないんでしょう!?~
気がつくと、山葉季子は神殿と思わしき建造物の中にいた。
自身の恰好は、Tシャツとハーフパンツ。
車に撥ねられ酷い怪我を負ったはずなのに、なぜか血で汚れてはいない。
神殿は床も壁も柱も全て、黒曜石を思わせる黒い石で作られていた。
重苦しい静寂と、謎の圧迫感が漂う空間だ。
壁や柱には、オイルランプのような照明器具がかけられている。
青い炎が揺らめき、室内を冷たく照らしていた。
「ああ。ここがあの世なんだなあ……」
冥界の入り口としか思えない趣の室内を見渡して、季子は自らの死を理解した。
「うーん。ここから何とか、帰れないかな? まだ、三途の川を渡った記憶はないし……。今から後ろを振り返って全力ダッシュすれば、現世に戻れたりとか?」
季子はクルリと、背後を振り返った。
闇に向かって、どこまでも通路が伸びている。
『そんなことはやめておけ、無力な娘よ。貴様の肉体は、すでに死んでいる。戻っても、生き返るなど不可能だ』
季子の疑問に答えるかのように、声が神殿内に響き渡った。
低い男性の声で、幾重にも反響して聞こえる。
数拍の間を置いて、幽霊のように透けた人影が現れた。
ちょうど季子の背後だ。
振り返ってよく見ると、透けた人影は青年の形をしていた。
徐々に全身の色が濃くなり、はっきりとした姿になる。
さらりとした、ミディアムの黒髪。
同色のロングコートは、闇と同化していた。
髪と服装が黒いので、肌の白さが目立つ。
眼鏡越しに、鋭い目つきがうかがえる。
神殿内の光源であるランプの光が、レンズを青く光らせた。
美形だが、やけに酷薄な印象だ。
(うん。属性は、ドS眼鏡ってところね)
季子は勝手に、青年をカテゴライズした。
「貴様は、生き返ることはできない。……しかし私の与える使命を果たすと約束するなら、異なる世界での新たなる人生を授けよう。しかも今の記憶を、引き継いでだ」
青年は、眼鏡のブリッジをクイッと押し上げながら名乗る。
「我が名は魔神ヴェントレイ。トキコ・ヤマハよ、貴様は魔神の使徒となれ。絶滅の危機にある魔族達を纏め上げ、他種族に魔神の力を知らしめよ! 私への信仰心を、取り戻させるのだ!」
コート裾をバサーッ! とはためかせ、カッコよく決めた魔神様。
だが季子は彼の決めポーズを無視すると、回れ右して通路の奥――闇の中へと全力ダッシュを始めた。
数歩進んだところで、季子は襟首を掴まれ引きずり戻される。
首を捻って背後を見ると、魔神の手首から先が黒い蛇のように変化していた。
それが彼女に巻き付き、拘束していたのだ。
「聞いていたのか? トキコ・ヤマハよ。貴様は新たなる世界で、【魔神の使徒】として――」
「いえ。私そういうの無理なんで、他を当って下さい。私は現世に帰ります! 肉体が死んでてもいいんで、帰ります! 幽霊でも構わないから、帰ります!」
「意外と強情な。今なら前世の記憶だけでなく、特別な力【魔神の加護】も付けてやるぞ? お前の住んでいた日本では、『チート能力』と呼ばれているのだろう? 貴様ら日本人はこういうのが大好きだと、知り合いの駄神が言っていたぞ?」
「駄神の言うことなんて、真に受けないで下さい。リサーチ不足です。女の子はチート能力で異世界無双するよりも、乙女ゲームの世界に転生して破滅エンドを回避したり、ざまぁするのが大好きなんです」
「むう……。フリードの奴め、相変わらず適当なことを言いおって……。まあ待て、トキコ・ヤマハ。『幽霊でも構わない』と言ったな? 魂だけの不安定な存在になった貴様が、ここから無事に地球まで帰れる可能性は低い」
幽霊として帰還することすら、難しい。
その事実は、季子の胸に重くのしかかった。
「あんなに『生きたい』と、叫んでいたではないか。ここはひとつ、異世界で生まれ変わり逆ハーレムでも築いてだな……」
「だって……。生まれ変わっても、そこに彼はいないんでしょう!?」
全身を振り向かせた拍子に、季子の瞳から涙の雫が飛び散った。
魔神ヴェントレイも、ここまで頑なに拒まれるとは思っていなかったのだろう。
酷薄そうな表情から、人間味を帯びた困り顔になっていた。
「トキコ・ヤマハ……。貴様の地球での最期には、同情するが……。転生すれば貴様は、約300年の時を生きる魔族として生まれる。人の魂は世界を越えて、輪廻転生を繰り返す。長生きすれば、彼の生まれ変わりに出会う可能性もゼロではない」
「300年……。それだけの時間があれば……」
「前向きに、検討してくれるか? 今なら加護は、2種類から選べるぞ。まずは絶大な魔力量と、魔法知識。異空間に大量の道具を保管できる、【次元収納魔法】も得られる【魔王】という加護」
魔神ヴェントレイの右手に、光の球が浮かび上がった。
続けて左手にも、光球が生まれる。
「……そして不人気で、いつも売れ残ってる【ゴーレム使い】だ。こちらはあまり、おすすめできぬな……」
「そうですね、【ゴーレム使い】はないです。ヴェントレイ様。魔神の使徒としての使命を果たした後、残りの人生……魔族生は好きに生きていいんですか? 【魔神の加護】は、取り上げられたりしませんか?」
「ああ、かまわぬぞ。加護は使命を果たした後も、そのまま残る。貴様が使命を果たせなかった場合は、私が消滅してしまう。そうなったら、加護も消えてしまうがな」
「もうひとつ、質問。次元や世界の壁を越えるのって、神々の禁忌だったりします?」
「いや。越えた先の世界を害するのでなければ、特には……。まさか、貴様……」
季子が何を企んでいるのか、魔神ヴェントレイは察したようだ。
何度も眼鏡をクイする。
「地球と異世界では、時間にズレが生じる。お互いが生きているうちに帰ろうとするなら、空間だけでなく時間にもある程度干渉する必要があるのだぞ? わかっているのか? それは神々の所業と変わらぬ」
魔神ヴェントレイは驚きつつも、季子の計画を否定しているわけではないようだ。
むしろ、どこか面白がっているようにすら見える。
「異世界での魔法は、無限の可能性を秘めた力。だが時空を飛び越える魔法など、存在していない」
「でも【魔王】の能力で、【次元収納魔法】はあるんですよね? それを解析して、発展させれば……」
「恐ろしい執念だな……。可能性は、ほとんどないぞ?」
「人型機動兵器のパイロットになるなんていう荒唐無稽な夢よりは、たぶん現実的ですよ」
安川賢紀は中学生の時まで、そんなことを本気で言っていたらしいのだ。
高校に入ってからは、周りに「産業ロボットメーカーの開発職を目指す」と公言していた。
しかし、季子は気付いていた。
彼は未だに心の奥底で、「人型ロボットに乗りてえ~」と思っている男なのだ。
産業ロボットメーカーを足がかりに、「いつかは自衛隊用の人型機動兵器を作り出す」とかいう野望を持っていたのかもしれない。
今や双腕式パワーショベルなどという、ロボットじみた建設機械も存在するのだ。
重機オペレーターの職についたことですら諦めなどではなく、壮大な野望の第1歩に過ぎないのかも知れない。
季子は勝手にそう思っていた。
――目標への執念という点において、彼に負けるわけにはいかない。
魔神の使徒の使命も、世界の壁も上等だ。
みんなさっさと片付けてやる。
「……? よく意味はわからんが、やる気になってくれたのは結構なことだ。さっそく【魔神の加護】、【魔王】の能力を授けよう」
ヴェントレイの手の平から、光の球が飛ぶ。
光球は、季子の胸へと吸い込まれていった。
「これは! 凄い力……。これならきっと……。そうよ、私は世界の壁を越えてみせる。時空を自在に操る魔法を編み出すのよ。今日から私は魔王……時空魔王、山葉季子!」
この時の季子は、想像もしなかった。
生まれ変わった先で、アクヤック・レイジョールなどというふざけた名前を付けられるという未来を――
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魔王陵最下層で、幽霊季子は賢紀にまくし立てた。
転生してからの苦労を。
彼女がエンス大陸に転生してきたのは、今から500年も前。
これは魔神ヴェントレイが言っていた、異なる2つの世界における時間のズレだろう。
当時の魔族は、大幅に数を減らしていた。
そのくせ協調性がなく、皆がバラバラに活動していたのだ。
力の強い魔族達は、自信家ばかりだった。
「我こそは魔王!」と吹聴しては他種族に喧嘩を売り、逆に追い詰められ数を減らしていくという有様。
魔王気取りなその連中を、季子は全員叩きのめして配下にしたらしい。
そこから百年かけて魔国ディトナを建国したりと、本当に大変だったようだ。
「……しかもその後、『魔王トキコ・ヤマハ』って改名しても誰も聞いてくれないし……。最後まで、『悪役令嬢』だったの」
途中まで、泣きそうな気持ちで季子の回想を聞いていた賢紀。
だが、季子が魔王気取りを叩きのめして回った件。
そして『悪役令嬢』の話を聞いて、心の中で噴き出してしまう。
賢紀はあくまで心の中で噴き出してしまっただけだが、背後ではエリーゼ・エクシーズが本当に腹を抱え爆笑していた。
初対面のくせに、季子に対して失礼だ。
賢紀はそう思い、やめさせようとしたのだが――
「ブフーッ! 『いつも売れ残りで、オススメできない【ゴーレム使い】』! 『【ゴーレム使い】はないです』! やめて~! もうそれ以上、ケンキを追い込まないで~!」
エリーゼが笑っていたのは季子ではなく、賢紀のことだった。
「ひょっとして、安川君の加護って……。ゴメンね。私が【魔王】、取っちゃったから……。安川君、【魔王】とか好きそうなのに」
「いいんだ、山葉。今は【ゴーレム使い】の能力が、気に入っている」
エリーゼは、しつこく笑い続けていた。
平静を保っているように見える【ゴーレム使い】だが、段々腹が立ってくる。
「ふむ、よかろうエリーゼ。お前が馬鹿にした【ゴーレム使い】の能力、思い知れ」
賢紀は【ファクトリー】から取り出した、新型のマシンゴーレムを起動する。
今まで戦闘に使っていた〈トニー〉よりもひと回り小さく、賢紀の身長よりは少し全高が低い。
四肢は細くてスマートになり、いかにも運動性が高そうに見える。
だがこのマシンゴーレムは、戦闘用ではない。
新型マシンゴーレムは、エリーゼの背後に回り込んだ。
動体視力に優れた彼女でも、見失ってしまうほどのスピードだ。
背後へと回り込んだ新型マシンゴーレムは、高速回転する両拳でエリーゼのこめかみを圧迫した。
「ギャアー! 何よ!? コレ!?」
「お仕置き用マシンゴーレム、〈エクスキューショナー君〉だ。〈トニー〉でやると死ぬって言ってたから、新規開発した」
「それだけのために、新しいマシンゴーレムを!? ……何よ!? コイツのボディ!? ミスリル合金にルーンタイト、レアメタルの使い過ぎよ!」
季子も賢紀の変態的なゴーレムを見ながら、呆れていた。
「地球のカーボンファイバーまで再現して使ってるし、贅沢ねえ。ネーミングセンスも、相変わらずだし……。そうそう。お仕置きで、思い出した……」
季子は虚空に向かって、微笑んだ。
この笑みを、賢紀は知っている。
高校時代、絵の描き方を教わっていた頃だ。
彼女からの注意点を守らず、勝手に描いてしまった時に見せた笑顔。
静かなる激おこモードな時の季子だ。
「マリアちゃん、居るのは分かっているのよ? 出てきなさい」




