第100話 光の文字~何かの間違いだ……そうだろう?~
「はあ? 時空魔王って、寿命で死んだんじゃなかったとね? あれは、魔石に残った魂には見えんばい。がっつり実体持っとるし」
「別に、よろしいのではありませんか? 実体があるのなら、説得も可能というものです」
「叩きのめして、いうことを聞かせる……。シンプルでいいじゃない」
話が違うとうろたえる、イースズ・フォウワード。
逆にアディ・アーレイトとエリーゼ・エクシーズは、「説得」が通用しそうな相手だと安心した。
魔王は何の前触れもなく、右手を水平に振るう。
すると強烈な魔力と闇の波動が、黒い炎となって立ち昇った。
黒い炎は高速で地面を走り、安川賢紀へと襲い掛かる。
4人+賢紀が操る小型無人マシンゴーレム〈トニー〉は、闇の波動を回避した。
「さすがは魔王。大した威力ね」
無事に回避はしたものの、エリーゼの声色は硬い。
一方で賢紀は、「あの魔法カッコいいな。後で真似してみよう」などと呑気なことを考えていたのだが。
「各自、説得を開始しろ」
賢紀の号令で、他の3人+1機は散開した。
まずはアディが、大口径ハンドガンの銃弾を魔王の胸に叩き込んだ。
衝撃で、魔王の全身が震える。
着弾跡からは、黒い煙が噴き出した。
どうやら相手が実体化しているのは、間違いないようだ。
「効いてはいます。……でも、微々たるものですわ」
「なら、これはどう!?」
今度はエリーゼの剣が、振り下ろされた。
緑色に輝く魔導の刃が、唐竹割りの軌道で魔王に迫る。
さすがの魔王も、食らえば大きなダメージを受けると判断したのだろう。
赤く輝く片手剣を召喚し、エリーゼの攻撃を受け止めた。
その隙にイースズのライフル弾が、魔王の側頭部に命中。
魔王の頭が、横にぶれる。
さらに追い討ちをかけようと、賢紀は〈トニー〉を走らせた。
だがその拳が届く前に、魔王の身体は虚空へと掻き消える。
全員で周囲を見渡すと、魔王はフロアの隅まで移動していた。
ほんの一瞬のうちに。
「空間転移……。時空魔王の名は、伊達ではないということですわね。ケンキ様! もっと高火力の武器を下さい!」
賢紀はマシンガンを、【ファクトリー】から取り出した。
それをアディに、手渡そうとした時だ。
ドスッ! という聞き慣れない音が、【ゴーレム使い】の耳に届いた。
「何の音だ?」と疑問に思うが、分からない。
しかしマシンガンを受け取ろうとしていたアディが、全身を硬直させてこちらを見ている。
彼女には、何の音か分かっているようだ。
賢紀はアディの視線を追った。
すると見慣れた自分の腹から、見慣れぬ物体が生えている。
長く伸びた、1本の黒い爪だ。
それが自分を背後から貫いたのだということを認識した瞬間、激しい灼熱感が賢紀を襲った。
(ああ、そうか……。「時空魔王」っていうぐらいだからな。自分自身が、空間転移できるんだ。爪だけ空間を飛び越えさせての攻撃も、可能というわけか……)
外見は冷静に見えて、内面は慌てていたり動揺していることの多い賢紀。
だが今回は、やけに心も落ち着いている。
自分の状態も、客観的に分析できた。
これは致命傷だと。
血液と共に、全身から力が抜けていく。
1番近くにいたアディが、すぐさま回復魔法で治療を試みた。
しかしとても、助かりそうにはない。
(俺はもうダメだ……。アディ、早く魔王との戦いに戻れ。〈トニー〉も動けなくなるから、一気に戦況が傾くぞ)
賢紀はそう言いたかったのだが、言葉が出ない。
口から零れるのは、血液のみ。
魔王との戦いに専念して欲しいという願いとは裏腹に、エリーゼとイースズも賢紀の側まで駆けつけてしまった。
3人がかりで、回復魔法をかけ始める。
(馬鹿! 全員で来てどうする? みんな死んでしまうぞ!)
3人ががりで回復魔法を掛け続ければ、賢紀は一命を取りとめるかもしれない。
だが戦闘の最中に、魔王がそんな時間を与えてくれるはずがないのだ。
美しくも暗い微笑を浮かべながら、魔王はゆっくりとこちらに歩いてくる。
手にした赤い魔剣で、全員を切り刻む気のようだ。
(だめだ……! せめてお前らだけでも……。何か……何か手はないか?)
――自分はもう、どうなってもいい。
この3人を生き残らせるためには、手段を選ばない。
何か手を考えろ。
お前は自由神の使徒だろう?
信徒を守る力も無くて、何が【神の使徒】だ。
俺の中にある【神の加護】よ、力を貸せ。
ついでにフリード神も、力を貸せ。
誰でもいいから、力を貸せ。
何の名案も思いつけなかった賢紀は、ついに他人任せな思考に到達する。
こんな場所で、誰が力を貸してくれるというのだろうか。
だが、それに応える者が現れた。
(仕方ない。ケンキ! 〈トニー〉のコントロールを、妾に寄越せ!)
「ユー……ハブ……コン……トロール」
「アイ・ハブ! 後は大人しく、寝ておれ!」
【ファクトリー】から飛び出した、マリアが叫ぶ。
すると黒い有機的なフォルムをした小型マシンゴーレムの瞳に、赤い光が灯る。
床にうつ伏せで倒れていた〈トニー〉は、飛び上がった。
人間でいうと、腹筋と背筋に当たる人工筋肉の力のみでだ。
200kgのボディが、4~5mの高さまで飛び上がる。
そこから落下する勢いを生かし、〈トニー〉は魔王の後頭部に踵落としを決める。
床に叩きつけられ、バウンドする魔王。
彼の髪を、〈トニー〉は、引っ掴んだ。
さらに、爪先を踏みつける。
その状態から、〈トニー〉は拳のラッシュを見舞った。
赤く輝く魔力を纏った両拳が、目視できないほどのスピードで振るわれる。
爪先を踏まれている魔王は、吹き飛ぶことも許されない。
赤光の嵐に翻弄され、ボロ雑巾と化してゆく。
〈トニー〉はラッシュの最後に、固定していた魔王の爪先から足をどけて解放。
左ストレートで派手に吹き飛ばし、ドーム状建物の扉に叩き付けた。
「トドメじゃ!」
〈トニー〉の全身が、夕日のように輝く。
拳に行うだけでも難しい魔力伝導を、マリアは〈トニー〉の全身にやってみせたのだ。
夕日と化した〈トニー〉のタックルを受け、時空魔王アクヤック・レイジョールは跡形も無く消滅した。
ついでに〈トニー〉も、無茶な運用により壊れた。
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賢紀はアディとイースズの2人に両脇から抱えられて、ドーム状建物の中に入っていく。
回復魔法により傷口は塞がったが、大量の血液を失っていてフラフラだ。
建物の中には、通路が伸びていた。
無機質で不自然なほどに白く、明るい通路だ。
どういう原理なのかは不明だが、建物は全くの無傷だった。
魔王を消滅させる程の威力を持つ、〈トニー〉のタックルが直撃したにもかかわらずだ。
先ほどまで戦闘を行っていた空間とこの建物は、魔王お得意の空間魔法により切り離されていたのかもしれない。
賢紀はそう推測している。
「すまない、マリア。親殺しをさせてしまった……。アクヤックは、お前の親父さんだったんだろう?」
「はあ? あんなもの、親などではないわ! 魔王が戯れに作った、魔王っぽいボス役の魔物じゃ! 妾と本物の魔王は、奴のことを魔王(笑)と呼んでおったわ」
(笑)が付いている存在に殺されかけたという事実に、賢紀達の心はひどくヘコんだ。
「ハッ! そうじゃ! 妾はもう、【ファクトリー】に引っ込むからな。本物の魔王には、妾の存在を黙っておくのじゃぞ!」
賢紀の返事も聞かずに、マリアは【ファクトリー】の中へと姿を消した。
立っているのがやっとの賢紀に、精霊達の勝手な出入りを制限する気力は残っていない。
空中に掻き消えたマリアに、エリーゼは涙ぐみながら感謝の言葉を述べた。
「ありがとう、マリアちゃん……。ケンキを助けてくれて」
「直接助けてくれたのは、お前らの回復魔法だろう? ありがとう、助かったよ。……だが今度ああいう場面になったら、俺の治療なんか後回しにしてくれ。危うく、全滅するところだったぞ」
「嫌よ! またそうなったら、きっと私は同じことをするわ!」
「あたしもばい!」
「わたくしは……状況次第ですわね」
「……わかったよ。俺が死にかけないようにすればいいんだな? 白兵戦でも、安全に戦える手段を考える」
賢紀は以前にも、全身に装着するパワードスーツ型マシンゴーレムを開発しようとしたことがあった。
その時は〈トライエレメントリアクター〉と〈慣性緩和魔道機〉の搭載スペースが確保できなくて、諦めたのだが。
開発を、再開する時がきたのかもしれない。
賢紀達が通路を進んでいくと、真っ白な扉が現れた。
その傍らには、お馴染みの案内石碑がある。
賢紀は肩を借りるのをやめ、石碑の正面に立った。
浮かび上がる石碑の文字を、読み上げていく。
『地下100階クリア、おめでとうございます。先程あなた方が倒した魔王モドキは、私が作り出した番人です。本物の私の肉体は、既にこの世にはありません』
「なるほど。レヴィの言う通りだったな。ダンジョン各所にあったこの石碑は、魔王様からのメッセージだったというわけか」
賢紀はエリーゼ達と頷き合ってから、さらに石碑の文字を読み進める。
『魂だけはこの扉の奥に留まっておりますので、良かったら少しお話をしましょう。地下100階踏破の記念に、素敵なプレゼントも用意しております。時空魔王――』
そこまで読み上げて、賢紀は床に膝を突いた。
全身が細かく震え、目の焦点が合わない。
彼は石碑にしがみつくと、光の文字を爪でガリガリと引っ掻き始めた。
そこに浮かび上がっている魔王の名前を抉り取ろうとするように。
「嘘だ……。何かの間違いだ……。そうだろう?」
あまりに強い力で引っ掻いたため、爪が剥がれ、指先からは血が流れ出していた。
今度はその血を擦りつけて、光の文字を塗り潰してしまおうとする賢紀。
だが、光の文字は消えない。
――事実なんだ、受け入れろよ。
そう主張しているかのように、輝き続ける。
「ちょっと! 何やってるのよケンキ! やめて! 血が出てるじゃない!」
エリーゼが駆け寄り、賢紀を石碑から引き剥がす。
賢紀が塗り潰そうとしていた部分に目を向けた彼女も、同じく驚愕した。
震える声で、なんとか言葉を絞り出す。
「そんな……。そんなことって……」
石碑を見たアディの顔は蒼白になり、イースズはヒュッと喉を鳴らした。
そこには、魔王の名前が記されていた。
時空魔王、トキコ・ヤマハ――と。




