第95話 推理の穴~ボスだったんじゃないのですか?~
時空魔王は地球人。
ビシリと言い放った安川賢紀の断定に、帰ってきたのは深~い溜息の三重奏だった。
「まあ、ケンキさんは異世界人だけんね。知らんでもしょうがなか」
当然かとばかりに頷くのは、イースズ・フォウワード。
「ルータス王国では、初等学校の授業で習いますのよ」
アディ・アーレイトは手厳しい。
不勉強だと言いたげだ。
「ケンキ……。寂しくて、魔王を同類扱いしたい気持ちは分かるわ。でも、思い出して。あなたにはセナ・アラキという、同類がいるじゃない! ……敵だけど」
エリーゼ・エクシーズは憐憫の眼差しで、賢紀の両肩に手をかけた。
30cmの身長差なので、彼女の姿勢はバンザイに近い。
「あんなゾンビ野郎と、同類扱いするな」
賢紀はタライを投げ捨てながら、抗議した。
「どういうことだ? 魔国ディトナの和食。このゲームじみたダンジョン。いま思えばエンス大陸中の進んだ食文化や、下着の文化だってそうだ。地球から魔王が持ち込んだものだとすれば、説明がつくだろう?」
「あのね、ケンキ。時空魔王アクヤック・レイジョールは今から500年前に、この世界でおぎゃーと産まれたの。多くの文献が残ってるから、それは間違いないわ。あなたやセナみたいな、ポッと出じゃないの」
「何だその名前は? 召喚者でないのなら、転生者じゃないのか? 地球で生きていた頃の記憶を持ったまま、魔族として生まれ変わったという可能性だ。~乙女ゲーの世界と間違えて魔族に転生したので魔王を目指します~みたいな感じで」
いかにもネット小説のタイトルにありそうな物語を、ポッと出【神の使徒】は妄想する。
「アハハハハ! 記憶を持ったままで転生? そんな事例、聞いたことも無いわ。な~に突拍子もないこと言ってるのよ、ケンキ」
「ケンキさん……。さっき、頭を打ったけん……」
「非科学的ですわ」
【神の使徒】や異世界からの召喚者には理解を示すくせに、魔王転生者説は頑なに否定する3人。
おまけに常日頃から魔法をぶっ放しておいて、「非科学的」ときた。
「そんな変な名前の奴が、普通の存在なわけが……変な名前? そうか……」
もし自分が地球の記憶を持って魔王に転生したら、そんな変な名前は絶対に嫌だ。
魔王就任と同時に、改名する。
「そういうことよ。古代の魔族のネーミングセンスって、変わってたらしいから。……地球人のケンキが聞いても、変な名前なんでしょ? 地球生まれだったら、名乗り続けるわけがないじゃない。それにね……」
エリーゼは賢紀に背を向け、瞑目した。
アディも俯き、イースズも遠くを見つめている。
「人生は、いちどきり。死んだらそこで終わりなんだから、精一杯生きなきゃね」
(ああ、そうか……。彼女達は全員、両親や家族を……。俺の両親は、どうしているだろうか? 相手はお約束の、トラックだったからな……。転生しているより、あの世から見守ってくれていると嬉しいな)
中学の進路希望調査票に、希望職種「人型機動兵器のパイロット」と書いてしまうような賢紀。
そんな息子を、いつも心配してくれていた両親。
賢紀は目を閉じ、今は亡き両親に祈った。
――父さん、母さん。
あなたの息子は、テキトーで浮気性な神様の部下になりました。
いまは異世界で人型ロボットに乗って、ドンパチやっています。
仲間にも、恵まれています。
ドワーフの切り裂き女王。
突撃獣人メイド。
ドMのスナイパーエルフに……あ、ロクなパーティじゃないな。
これ以上報告すると、頭おかしくなったと思われるかもしれないのでやめときます。
――ま、結構楽しくやってるってことで。
最後はざっと締めくくった自由神の使徒は、閉じていた目を開く。
「さあ、行くぞ。俺達は、魔王の魔石を手に入れる」
そう全員に告げると、賢紀は颯爽と歩き出した。
しかし――
決意を胸に歩き出した【ゴーレム使い】の右足は、先程投げ捨てた金属ダライの縁を踏みつけた。
跳ね上がったタライは、彼の脛を強襲。
激しいダメージを与える。
「ケ……ケンキさん、大丈夫ね? 回復魔法いらんね?」
「やっぱり俺は、仲間に恵まれているな。すまん、みんな」
痛みにうずくまる自分を気遣ってくれる、イースズのやさしさ。
仲間のありがたみを噛みしめながら、先程「ロクなパーティじゃない」と思ってしまったことを反省する賢紀だった。
■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□
「地下1階は、そろそろ終わりごたんね。そぎゃん広うなかったばい」
「もう終わりだと? イースズ、何で分かる?」
「ほら、アレば見てん」
イースズは通路の奥を指差すが、賢紀の視力ではよく見えない。
地球で最後に受けた健康診断では、両目とも1.0。
なので普通の人間としては、いい方である賢紀の視力。
だが三ツ目魔族とエルフの血を引くイースズが相手では、足元にも及ばない。
「あれは……。ボス部屋の前に設置されているという、脱出用魔方陣ですの?」
パーティ内で2番目に目が良い、アディが確認を取る。
イースズは、こくりと頷いた。
賢紀が目を凝らして通路の奥の闇を注視すると、確かに小さな光点が見えた。
照明である魔道灯の光とは、色が違う。
「よく、こんなに遠くから見えるな……」
通路には一定間隔で魔道灯が灯されているとはいっても、ここは地下迷宮。
通路の奥は闇に包まれ、何があるのか賢紀にはよくわからない。
光点に向け、歩いていた一行。
だが突然イースズが、皆の前に飛び出す。
彼女は背負っていたスナイパーライフルを、立ち撃ちの姿勢で構えた。
マシンゴーレム戦では賢紀も何度か使用している、狙撃砲〈リコー〉の人間用モデル。
使用する銃弾は、7.62×54mmケースレス弾。
イースズはそれを、無言で闇の中へと発砲した。
乾いた銃声が、皆の鼓膜を震わせる。
「ふーっ、仕留めたばい。あの顔を見ると、つい反射的に狙撃してしまうったいね」
ひと仕事終えてサッパリしたという表情で、イースズはライフルを背中に戻す。
「何だったんだ? あの顔とか言われても、俺には全然見えなかったんだが……」
「あたし達エルフ女性……いや、この大陸のあらゆる女性の天敵、オークたい」
オーク。
ファンタジー系の物語では、定番の種族。
豚と猪を、掛け合わせたような姿の獣人。
雄しか産まれず、他種族の雌を攫って孕ませるしか繁殖の手段を持たないという設定の物語が多い。
イースズの反応を見るに、この世界のオークも同じ生態なのだろう。
「それって、この階層のボスだったんじゃないのか?」
ボス部屋に入るより前に、遠くから攻撃。
そのような裏技を使ってくる挑戦者を、ダンジョン開発者である魔王は想定していなかったに違いない。
「詰めが甘いな、魔王。ちゃんとボス部屋には扉を用意して、閉じておく仕様にしておかないと」
賢紀はまだ見ぬ魔王に、めんどくさいゲーマーみたいなダメ出しをするのだった。
賢紀達のパーティがボス部屋に踏み込んだ時、すでにオークの死体はない。
ポツリと残された魔石だけが、寂しげな輝きを放っていた。
■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□
地下2階。
『魔物が群れで、襲ってきます。メンバーの少ないパーティは、無理をしないで下さい』
またもや設置されていた、親切な石碑の案内板。
確かに2~3体の群れで襲われることが多くなったが、魔物の顔ぶれは地下1階と変わらない。
瞬殺して、奥へと進む賢紀達。
地下1階よりも若干フロアが広がっていたが、あっという間に調べ尽くした。
ボスはホブゴブリンという小鬼の上位種だったらしい。
「らしい」というのも、賢紀は目視できなかった。
またもやイースズが、遠くからライフルでズドンとやってしまったのだ。
■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□
地下3階。
ザコ敵に、オークが混ざり始めた。
視界に入ると同時に、イースズがライフルで絶命させていく。
ボスはお約束通り、イースズが瞬殺。
「今のボスは、どういう魔物だったんだ?」
「うーん、狼系のヤツ? よくわからんかった」
■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□
地下4~9階は、今までと同じようなパターンの繰り返しだった。
だが地下10階では、若干の変化が現れる。
「おーっ! 今回はボス部屋の前に、扉があるわね」
「区切りのいい階ですし、特別なボスが配置されているのかもしれませんわ」
賢紀達の前に立ち塞がるのは、重厚感漂う鉄の扉。
奥に強敵の存在を、予感させる佇まいだ。
「よし、ここは俺に任せろ。みんな、ちょっと下がっていてくれ」
そう言って、小型無人マシンゴーレム〈トニー〉を出現させた賢紀。
彼は〈トニー〉を操りながら、同時に強力な魔法を構築し始めた。
〈トニー〉に、ちょっとだけ扉を開けさせた賢紀。
その隙間から、ボス部屋の中に向けて、【ゴーレム使い】は爆炎魔法をぶっ放す。
「【エクスプロード】」
素早く扉を閉める〈トニー〉。
賢紀はすぐに障壁魔法を展開し、扉が吹き飛ばないように押さえ込む。
大きな地響きが、魔王陵を揺るがした。
「ケンキさん……。それはちょっと、ズルかと思うばい」
「イースズ。お前にだけは、言われたくない」
賢紀はボス部屋の扉を開けた。
焼け焦げた部屋の中央には、どういう魔物のものかも定かではない魔石が転がっていた。




